第十一話「霊のメイド服」
護衛役の一人、零との戦闘の次の日……。
気がつくと、いつもなら目の前にいるはずのルリがいなかった。
――珍しいこともあるもんだ。それとも先に起きているだけなのかもしれない……。
その時、後ろから人気が。それと同時に、俺の腹に腕を絡めてきた。
「な、何だ!?」
「ふにゃぁ~……」
俺が振り返ると、そこには俺の背中にすりすり頬をすりよせる霊がいた。さらに、これは珍しい……霊が、あの霊がフードを外しているではないか。本当に猫の耳がついてる……。
――す、凄い……本物か?
ごくり……。
息を呑んだ俺は、身体を捻って霊の方に向き直り、そ~っと、その猫耳を触ってみた。
フニッ……。
――ああ、この触り心地……やっぱり猫はいいな~。ストレスも解消されて、凄く癒される……。
しかし、俺が何度も何度も耳を触っていたためだろう、霊がゆっくり眼を開けた。
「あ、お……おはよう」
「……何やってるの?」
「いや、その……霊がフードを外しているのが珍しいから、少し記念にと……」
彼女はまだ寝ぼけているのか、眼を半開きにしたままそ~っと自分の頭をポンポンと触った。そして、ようやく自分がフードを被っていないことに気がついたのか、ハッと目を見開き顔を真っ赤にした。
「やだっ!!」
慌ててフードを深く被る霊。
――そんなにフードを被っていないといけないのか……?
そこが俺にはよく理解できず、とりあえず掛け布団を剥いで起きようとした。
「あっ、ダメ!」
「えっ!?」
俺は彼女の言葉に反応しつつも、そのまま掛け布団を剥いでしまった。すると、彼女はパーカーの様な服を着てはいるものの、何故かその下に何も身に着けていなかった。
「うわっ! ちょ、お前! 何でまた裸なんだよ!?」
「し、仕方ないでしょ? ずっとあの服着ているわけにはいかないじゃん……。それに、私他の私服持ってないんだもん……」
「そ、そういえばそうだったな」
――そういえば、こいつら護衛役やルリは、一番最初自分が身に着けていた物以外は何も服を持ってきていなかったな……。全く、それぐらい想定して持ってきておけっての……。
「しょうがないな。姉ちゃんの昔の服がまだあればいいんだが……」
そんなことを呟きながら部屋の扉を開けると、向かいの部屋の扉を開けた。ここは昔、姉ちゃんの部屋だったのだ。姉ちゃんが家を出て以降誰も使用しないからだろうか、まだ微かに姉ちゃんが使っていた香水の香りがする……。
俺は左右を見渡し、奥にクローゼットを発見した。
「おっ、あったあった……」
さっそくクローゼットを開き、中を確認する。
――こりゃすごい……。姉ちゃんが昔使っていた服を捨てずにそのまま残しておいてくれて助かった。しかも、まだ新品みたいに見える服がたくさんある……。とりあえず、サイズ的にも霊にはこれを着せておくか……。
とりあえず、一番手前にあったサイズ的にも霊に丁度いいフリルのついたスカート付きの洋服を持っていった。
その時、俺はちゃんと中身を確認していなかった。
俺は姉ちゃんの部屋を出て自分の部屋のドアを開けると、何故か霊は布団の中ではなく、裸の恰好で堂々と部屋の真ん中に立っていた。
「うわっ! だから、そのままでウロチョロするな!!」
「だってぇ……」
「はぁ、まぁいいや。とりあえずこれ着ろ。それと、そのパーカーも脱げ!」
「えっ、ダメ……これはっ!」
「いいから……」
俺は目を逸らしながらさっき姉ちゃんの部屋から取ってきた服を彼女に押し付け、それと交換でパーカーを脱がせた。
「じゃあ、これ洗濯に持って行くから、それに着替えとけよ?」
「う、うん……」
霊は少し頭を気にしながら不機嫌そうに俺を見つめた。俺は、急いで霊の着ていたパーカーを脱衣所に持っていった。
――そういえば、ルリも零も霄も何処に行ったんだ?
俺はふとそんなことを思った。
脱衣所にパーカーを持って行った後、リビングに行ってみた。だが、やはり誰もいない。
しばらく周囲を探していると、テーブルに白いメモ紙が置いてあることに気がついた。
「何だ? え~っと『皆で少し出かけてきます。すぐに帰ってくるので、心配しないでね☆』ルリより……」
――なるほど、要するにあいつら三人が外に行ったってことは、今俺の家には俺と霊しかいないってことか……。さてと、そろそろあいつも着替え終わった頃だろ。
時計の指し示す時刻を見てそう思った俺は、二階に上がっていった。
――そういえば今日休みだったな……。ったく、制服が血で汚れてるからな……。休みで本当によかった。
ぶつぶつとそんなことを呟きながら階段を上がり部屋の前に来ると、そのまま俺の部屋の扉を開けた。するとそこには、ストレートの青い髪の毛と青い瞳、そして首に金色の鈴がついた首輪をつけ、猫耳をつけた飛び切りの美少女がいた。しかも、何故かその美少女はメイド服を着ていた……。
俺は、その雰囲気の変わりように一瞬ドキッとして慌てて扉を閉じた。
――あれ? 今の俺の部屋だったよな? えっ、つ~か今の誰? えっ、霊? いや、フードを外した姿をよく見たことなかったから分からなかったけど……しかも、俺が姉ちゃんの部屋から持ってきたフリルの付いた服、あれメイド服だったのかよ……。ん? ……ちょっと待て、俺の部屋だよな?
一応念のためと、俺の部屋かどうかを確かめる。
――確かに俺の部屋だ。
再確認を終えた俺は、もう一度扉を開けた。そこには、両手を腰に当て不機嫌そうに立っている霊がいた。
「な、何をそんなに怒っているんだ?」
「別に……」
――いや、明らかに怒ってるだろその顔。
「あっ、そうそう。今この家、俺とお前以外誰もいないぞ?」
「えっ!?」
霊は急に頬を赤らめた。
「ん? どうかしたのか?」
「な、なんでもない!! それよりもお腹減った~食べ物頂戴っ!!」
――全く、それが人に頼む態度かっての……仕方ねぇな~。にしても、霊のメイド服凄く似合ってる……。いや~、服も着る人によって変わるんだな……。でも、どうしてこれが姉ちゃんの部屋に? まさか、あの男っぽい姉ちゃんがメイド服を……!!?
俺が姉ちゃんのメイド服姿を想像した瞬間、背中に悪寒が走った。
「ううっ……!?」
「どうかした?」
「い、いや……」
――今、めっさ殺気を感じたんだが。いや、恐らく気のせいだろう……。
うんうん頷きながらそう自分に言い聞かせた俺は、ふと机のデジタル時計に視線を移した。
「げっ!? もうこんな時間かよ……」
時間は、丁度昼の十二時を示していた。
――やばい、最近起きるのが遅れてるような気がする……。ったく、これだから困るんだよな。
本当は俺もさっさと寝たいのだ。しかし、眠れない原因がある。それは、ルリ達だ。あいつらは、いつもいつも毎夜のごとく俺が持っているゲームで遊んでいる。それがもう楽しいゲームではなく、グロいゲームというから驚きだ。とまぁ、そういうわけで俺は寝れないのだ。彼女達のキャーキャーと叫ぶ声で――。ったく、夜中だから静かにしろと言っているのだが、どうしても聴いてもらえない……今ではもう言うのが疲れて諦めている状態だ。
「じゃあ、昼食の準備するから降りて来い」
「……はぁ~い」
俺は部屋の扉を開け、少し段が急な階段を降りていった。
その時、慣れないメイド服のせいか、霊がメイド服の裾を踏んでしまい、階段を降りている途中でこけた。しかも、俺の後から階段を降りてきていたので、俺は彼女に押し倒されそのまま一緒に階段を転がり落ちて行った。
ガタガタガタガタ! バタンッ!!
「イッテテテ……。ったく、何してるんだ」
むにっ……!
「んっ!?」
「んにゃっ!? 何処触ってるの!?」
「えっ!?」
俺は霊に押し倒され、仰向けの状態になって彼女と顔が向き合う様な状態になっていた。しかも、その霊の胸を触っていたのだ。さらに最悪なのは、その時だった。
ガチャッ!!
聞き覚えのある玄関ドアの開閉音……。それは、この間姉ちゃんに破壊され、建付けが悪くなっているドアの音だった……。
――まさか、ルリ達が……!?
俺の嫌な予感は、見事的中した。
「ただいま~!」
「響史。すまんな、少し遅れてしまった」
霄やルリ達は何かを買ってきたようで、買い物のビニール袋を片手に持っていた。そして、俺と霊の今のこの状況を見た彼女達は、一瞬にして今の状況を理解し、俺を軽蔑的な眼差しで見つめた。その時、霊がいつものようにパーカーを着た姿ならまだ良かったかもしれない。しかし、今の彼女はメイド服姿…そんな彼女を見たら、彼女達が何を言うのか、俺には大体想像がついた。
「きょ、響史……。まさか、お前がそんな男だったとは!!」
「ひどいよ、響史……」
「いや違うんだ、これには深い訳が!!」
「言い訳は聞かんっ!!」
ドガッ!!
俺は霄に蹴りをくらわされた。しかも最悪なことに、この攻撃が見事俺の鳩尾にクリティカルヒットしやがった。
「うごぉおお!? イッテエエエエ!!!」
「安心しろ、お前が今感じてるその痛みよりも、霊が今されたことの方が痛い……。霊が今どんな気持ちなのか、お前分かっているんだろうな?」
「えっ……」
ふと霊を見ると、彼女は一瞬泣いているように見えた。
「いや、本当にごめんって……。俺が悪かった……」
俺は潔く罪を認め、霊の目の前に土下座した。
「グスッ……もういいよ、響史。顔を上げて?」
「あ、ああ……」
顔をあげて申し訳なく霊の顔を見ると、涙を流していたせいか、その眼は少し充血していた。
そんなことがあって、結局俺達のその後の昼食は、ルリ達が買い物してきた食材で、俺が料理を作り食べることになった。しかし、その時の気まずさったらなかった。何せ俺達はその後、夜になるまでひと時も言葉を交わさなかったからだ。
昼食の時は、殆ど時計の針の音と、皿とお箸がぶつかり合う音。そして、野菜などを噛み締める時のシャクシャクという新鮮な音……だけだった。
あの時の時間は、凄く長く感じた。
そして、時刻は夜の七時……。
安定の料理係の俺は、霊にお詫びと昨日のおんぶも兼ねて、大量の魚料理を振舞った。
「霊……その、何かごめんな? 深く反省してる」
「もういいよ。それに、私が躓いたのもいけないんだし……」
「そう言ってもらえると、俺も心が軽くなるよ……」
「だが、私は許さんぞ?」
「私も!!」
張本人の霊は少し俺を許してくれたが、霄とルリの二人は許してくれなかった。
「なぁ、いい加減機嫌直してくれよ?」
「なら、今日の私の風呂掃除当番をお前が代わりにやれ!!」
「ええっ!?」
――それは、関係ないのでは?
少々不満気な表情を浮かべ、俺は心の中で思った。
「や・れ!!」
「……はい」
霄に無理強いされ、俺は仕方なく従った。
――っていうか、ほんと零は殆ど喋らないな……。戦ってた時はあんなにベラベラ喋ってたのに……。
「なぁ零、お前は何も言わないけど、何か意見はないのか?」
「いえ、別に私は何も……」
「あ、ああ、そう……」
静かな声でサラッと言われ、何だか気まずかった。そして、全員が夕食を食べ終わると、俺はまるでパシリの様に扱われ、結局皿も全て俺が片付け皿洗いまですることになった。
その後、風呂掃除をしてなんとかそれも終えると、俺はまるで全てをやりつくして何もかもが終わったかのように、真っ白な灰の様な状態になった。
それから一時間後、風呂が沸いて霄とルリが俺に対して不機嫌そうな気をヒュンヒュン飛ばしながら風呂場に向かった。俺はようやく凍りついた空気から逃れて落ち着くことが出来た。
その時、霊が俺の肩を人差し指でツンツンとつついた。
「ん? どうかしたか?」
「その……これって、いつまで着ていればいいの?」
自分の服を指差しながら少し不機嫌そうに訊ねる霊に、俺は頭をかきながら言った。
「ああ、すまねぇな。今の所、それぐらいしか丁度いいサイズがなくて……今度一緒に霊や他の皆に似合う洋服買いに行こうな?」
「うん!」
――ああ、よかった。俺が望んでいたのはその笑顔だよ……。いつまでも不機嫌なままなのもな……。
俺は1人で納得し、1人で頷いていた。
「じゃあ、指きりな!」
「うん、指きり!」
――おっ、よかった。零や霄はともかく、霊だけはこの指きりについての知識があって……。
そんなことを思いながら、俺は湯のみを持ってきて彼女にお茶を注いであげた。
「ほら、あったかいぞ? 飲め!」
「うん!」
ズズズッ!
「んぐぁっ!? あっつぅ~!!」
「えっ? 一応、俺には丁度いいくらいの温度なんだが……」
「うぅ、ごめん言うの忘れてた……。私、猫舌だから熱すぎるのはダメなんだよ……」
――ええええええ~っ!!!? そういうことはもっと早く言ってくれよ……。まぁ、猫だから当たり前か……。えっ、いやでも、こいつは悪魔じゃないのか?
悪魔なのか猫なのかなんともよく分からない霊の生態に首を傾げつつ、俺は騒がしくも楽しい一日を過ごした――はずだった……。
というわけで、今回は霊を中心に話を進めてみました。魔界の人間――悪魔であり、猫にもなれるという彼女。そんな彼女の能力は治療です。まぁ、猫といえば犬同様癒しの存在で和む動物ですからね。
そして、あの男っぽい響史の姉がメイド服を所有という。その話についてもその内書こうと思っています。
次回は、また一騒動起こりそうな感じです。




