第五十話「体育祭(後編)」・1
昼食を食べ終えた俺は、ふとある場所を目指していた。次の競技、『抱き合い進め! ヌルットの滝』の出場者である瑠璃と麗魅に説明を施すということでルールを理解するためだ。では、どこへ向かっているのか、それは――。
「来たな、神童」
「ニシシ、そんなに気になるのか? オレらが考えたあれが」
「……ま、まぁな」
少し返答に困りながらそう口にする俺。頭をかきながら早くルールについて訊きたかった俺は、次なる七つの贖罪の種目であるそれの内容を知るために、それを作った二人――変態軍団の幹部の二人、日暮里と鶴吉に尋ねた。
すると、二人はやけに自慢気に説明を始めた。それによると、ルールの全容はこんな感じだ。
まず、出場者(当たり前?だが女子がほとんど)は二人組で競技を行う。そして、ゴールとなるポールを目指すと言う、一見簡単そうに見えるものだった。だが、そこまで行く過程が大変だった。何よりも、まず出場者である二人は互いを抱き合い、その間にビーチバレーに使う様なビニール製のボールを間に挟んで運ばなければならないのだ。無論、道中それを落としたり体勢を崩したりしたらアウトである。そして、ゴールポールまで来ると、そのボールをポールのところにある籠に入れて二人が、左右に設置されたレバーを息を合わせて回し、籠を一番上まであげて晴れてゴールしたことになるのだそうだ。ちなみに、これを行えるのは一回のみ――即ち、多くの出場者の中で勝利出来るのは一組のみということになる。
問題は、その道中だな。走るにしても息を合わせて速度を合わせたりもしないといけないだろうし、何よりも行く道の先にどんな仕掛けが施されてるかしれない。何せ、この種目は七つの贖罪の一つなのだ。何があってもおかしくない。まぁ、唯一期待できるのはレバー回しの部分だな。瑠璃と麗魅は中身はあれほど違っても双子だ。こういった動作は得意の様な気がする。
「――理解したか?」
「ああ、大体はな。んじゃあ、俺戻るわ」
「ふんッ、お前が何をするつもりかは知らんが、決して我々変態軍団アスメフコーフェッグには勝てんぞ?」
「へっ、お前ら分かってねぇな……変態は必ず打ち滅ぼされる運命にあるんだよ」
そう言って俺は二人に背を見せてその場を後にした。
「あっ、響史が帰って来た♪ お帰り、ルール分かった?」
「あ、ああ。ルールはな――」
やたら笑顔を振りまきながら瑠璃が俺にルールを教える様せがんでくるので、まぁ焦らすこともせずに教えてやる。その隣では、何故か俺を下劣な物を見るような眼差しで麗魅が腕組みをした状態で睨めつけていた。俺、何かしただろうか?
「――分かったか?」
ルールを説明し終えて二人に確認を取る。
「うん、要はそのゴールに向かえばいーんだよね?」
「まぁ、かいつまんで言えばそうだが……大丈夫なのか? ボールを落としたり体勢崩さずに行くんだぞ?」
「ふんっ、あんた私達をバカにしてるわけ? お姉さまと私がそれくらいの事成し遂げられないわけないじゃない! 殺すわよ?」
「何で殺されないといけないんだよ!! 分かったよ、心配はなさそうだな。ただ気をつけろよ? この競技は七つの贖罪の一つなんだ、注意するに越したことはないからな」
俺の忠告に麗魅はふんっと鼻を鳴らしてぷいっとそっぽを向く。ホントこいつは何でこう、俺に対して敵意むき出しなのだろうか? 一方で瑠璃はというと――。
「食材? 料理でもするの?」
「違ぇよッ!」
ホント、こいつら双子なのか? 対照的すぎんだろ!! まぁ、いい。中身だけじゃなく、外見だって一部分が明らかに違うしな。
「悪かったわね、ペッタンコでっ!」
「お前はエスパーか!」
マジで心理を読まれてビビッてしまう俺。まぁ、夫婦でも夫が不倫してたりしてそれを妻に隠しててもすぐにバレるって言うし、女の子って実は産まれた時から超能力者の芽を持っているのかもしれない。そして、それがいつ開花するか分からない。女の子は実は恐ろしい生き物なのかもしれない、ガクブル。
「お兄ちゃん」
突然後ろから声をかけられたんで思わず振り向いてしまう。俺の事をお兄ちゃんなんて呼ぶのは三人しかいない。一人は実の弟である亮祐。まぁ、呼び方は微妙に異なるが。そして、残り二人は護衛役でもある霖と雪だ。んで、この声の雰囲気は――。
「霖か? どうした?」
俺は振り返りながら話しかけてきた人物の名を口にする。霖は長い髪の毛を下の部分で左右に結っていて、その毛先は腰辺りまである。可愛らしく大きな空色の瞳と海色の髪の毛、そして両耳の少し上付近で結んであるリボン。そんな霖が年相応の可愛らしい仕草をしながら俺を上目遣いで見てくる。
「うっ、どうした?」
思わずドキッとしつつ、平常心を保ちながらもう一度問うと、霖は口を開いてこう言った。
「『親子でスナイパー』のことなんだけど……」
「ああ」
顔を俯かせて明らかに悩んでいる様子の霖に、俺は疑問符を浮かべて首を傾げた。まさか、出たくないとかだろうか? でも出場者の名簿に登録したらしいし、今更出場しないというのは……まぁ、ちょっと重要な用件があるから出場は棄権するということもできなくはないが、それでは盛り上がりに欠けるだろう。
「実は、雪と喧嘩しちゃって」
「え? 何で?」
なぜ喧嘩をしたのか理由がいまいち分からない俺は、率直な疑問をぶつけてみる。そもそも、いつも大人しくて人を殺めたりも出来ないような霖がそんな暴力的な行為をするとも思えない。悪い事をした相手にも口では叱るが、決して手は出さない。まるで、それが彼女のモットーであるかのように。
「お兄ちゃんも出るでしょ?」
「え? それって――」
「あっ、雫お兄ちゃんのことだよ?」
「あ、ああ……それで、雫がどうして関わってくるんだ?」
「その……親子でスナイパーって二人一組なんだよね?」
「ああ、そうだな。肩車をして上に乗った方が水鉄砲で的を射るんだ。まぁ、水鉄砲だし的は多分紙とかだろうな」
などと思案していると、霖が俯いたまま続ける。
「問題はペアなんだよ」
「ん? あぁ、俺と雫と霖と雪だから丁度四人なんだ。で、誰と誰がペアなんだ? さすがに俺と雫じゃ無理だろ」
「あ、当たり前だよ! ……それだと意味ないし」
「え?」
後半部分よく聞こえなかったのでもう一度訊こうとする。
「な、何でもないっ! ええと、それでね? じゃんけんで決めたんだ」
「そ、そうか。それで? 俺のペアはどっちになったんだ?」
「……私だよ」
霖が手前で指と指をいじりながらこちらを見上げてくる。どうしてそんなにモジモジしているのだろうか? 競技前の緊張だろうか? だが、この競技はまだ先のはずだ。今から緊張にしてはあまりにも早すぎる。
「じゃあ、雪は雫とペアになったのか」
「そこが問題なんだよ」
「え?」
なぜそこで問題が発生するのかが分からない。しかし、霖からの説明を聴いて全て理解した。内容はこうだ。
じゃんけんの結果勝った霖は、ホント宝くじの一等賞でもあったくらいのテンションで喜びまくったという。が、対する敗北した雪は、まるで後一点で追試を免れる所だったのに一点足りずに追試をくらい、その挙句追試直前というところでインフルエンザにかかって追試にも失敗して留年してしまい、行きたくもない高校を再び一年間過ごさなければならなくなった、哀れな人生を送ることが決定づけられた人、みたいな顔つきになったらしい。で、そんな雪を見た雫は自分とはペアをやりたくないのかというショックと、ジャンケンに勝って俺とペアになれたことにとても喜んでいるということに対するショックの二重ショックでORZになったという。うん、まぁ兄としては悲しいかもしれないな。まぁ、俺には妹はいないんでよく分からないけど。まぁ、従妹ならいるが。
「で、結局雪はどうしたんだ?」
「ぶつくさ文句言ってたけど、一応出るんだって。あっ、そういえば雫お兄ちゃんから伝言預かってたんだった」
「伝言?」
何やら嫌な予感がする。そう言えば、あれから雫の姿を見てないな。それに、何だろう。さっき日暮里と鶴吉からルールの説明をしてもらってた時辺りから変な視線を感じるんだよな。
「親子でスナイパー、覚悟しとけよ? てめぇのドタマ、スナイプして赤い薔薇咲かせてやる! ――だって」
――あいつ、妹に何言わせちゃってんの!?
俺は思わず妹を溺愛している変態兄貴野郎に畏怖してしまった。だが、伝言はまだ終わってはいなかった。
「あ、後これも言ってって言ってたんだった」
「?」
「こほん……てめぇのピストルじゃ、俺のマグナムには勝てねぇ……これ以上俺の邪魔をしようってんなら、俺のマグナムでてめぇの後ろの標的表示を撃ち抜くぞ! ――だって!」
――ホントあいつ、妹に何言わせてんのッ!? 溺愛する妹に下ネタ吐かせるってどんだけだよ!!
「……ねぇ、お兄ちゃん……ピストルとかマグナムってどういうこと?」
「あ、ああ……それはだな――」
と、そこで来てはいけない人物がやってきてしまう。そう、その人物とは――。
「ふふ、霖ちゃんもようやくそういうコトに興味を示すお年頃になったか~♪ ピストルとかマグナムっていうのはね~? 男のヒトの――」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああ! 何いらんこと吹き込んでるんですか露さんッ!!」
「えぇ~? だってこんな興味津々なんだよ? 教えてあげたら、私みたいになるかもよぉ~?」
「うっ!」
思わず脳内で露さんと同類と化した霖の姿を思い浮かべてしまう。しかし、すぐにその姿を脳内から払拭して露さんをあちらへと追いやる。
「い、いいか霖。世の中にはな、知らない事が幸せなこともあるんだよ」
「?」
霖は意味が分からないという風にきょとんとして頭上に疑問符を幾つも浮かべている様子だったが、あまり余計な事は口走らない方がよいと思いそのままにした。
と、去り際にふとメールの着信音が鳴り響く。そういやマナーモード解除してたんだっけと思いだし、メールを開く前にマナーモードに設定しておく。それからメールの相手を確認しようと携帯画面を眺めると、そこには一件メールが届いておりその送り主を見て俺は少し表情を険しくさせた。
「……体育館裏に来い、か。俺、殺されんのかな」
などと危惧しつつ、無視しても殺される可能性があるのでどうせなら僅かでも生き残れる可能性があるなら、という希望を胸に抱きつつ目的地へと向かった。
体育館裏へと到着した俺は、メールの送り主である人物を眼で探した。と、そこで探していた相手の後姿を発見して声を張り上げ呼びかける。
「燈ー!」
そう、俺が用がある――もとい燈が用があるということで俺にメールをしてきたのだ。西城燈、俺の従妹にして恐るべき相手。小さい頃はそんなでもなかったんだが、最近は特に反抗的な傾向が目立つ。俺が一体何をしたというのだ、などと脳内で過去の記憶を振り返りつつ、呼んでも反応がないのでもう少し距離を縮めてみる。
しかし、このまま後ろから「わっ!」とか驚かせたりしたらまず命がないので、とりあえず肩を叩いて反応を見よう。
「なぁ、燈――」
「きぃやあああ!?」
「ふぎょッ!?」
名前は確かに呼んだ。その上で俺は肩を軽く叩いたつもりだったのだが、燈は何か考え事でもしていたのか、声が聞こえず体へ与えられた刺激が結果的に驚かせることに繋がり、俺はもれなく顔面パンチを貰い受けた。……理不尽にも程がある。
「どうしたんだ、燈? 用があるっていうから来たんだが……」
赤くなった鼻を押さえつつ鼻血が出ていないことを一応確認して用件を尋ねる。すると、燈は俺に背を向けて言った。
「さ、さっきのコトなんだけど」
その台詞で俺はもしかすると、先程燈の透けた体操服越しに見えてしまった下着姿を思い出してしまう。
「あっ、わ、悪い! でも、あれはその……不可抗力で!」
「その事じゃないの! ……だから、その……あ、あり……あり――」
「あり?」
「あ、ありが……とう」
「あ、ああ。別に気にしなくていいさ。それより、お前は怪我とかないのか?」
普通に歩いていた事から別に外傷はなさそうだが、一応確認しておく。
「え、ええ大丈夫よ。あ、あんたこそ大丈夫なの? スライディングしてどっか擦ったりしたんじゃない?」
珍しくやけに心配してくれる燈。まるで四年前のあの時みたいだ。そう、忌まわしき過去……忘れ去りたいあの一件。いかん、思い出しただけで頭痛がする。
「大丈夫? 頭痛? やっぱり、あの時の後遺症が……安静にしてた方がいーんじゃ――」
「心配ない、医者だって治るのは四年間だって言ってたし、もうそろそろ四年経とうとしてるんだからな」
「そうね、ホント……どこまで優しいのよ、アンタは」
「はは、まぁ……それくらいしか出来ないし、そう務めるのが俺の役目だって……茜従姉ちゃんや姉ちゃんも言ってたしな」
腕組みをしてこちらをチラリと見やる燈。どうやら、余程あの事件の時の俺の姿が鮮明に記憶に刻み込まれているのだろう。ホント、こいつにも悪い事をしてしまったと反省している。だが、謝るべき相手は何も燈だけじゃない……茜従姉ちゃんや姫歌従妹ちゃん、それに雛下やゆう姉にも迷惑をかけてるんだ。悔いてはいないが、恨みはしている。だが、その恨むべき相手が存在しない以上、この怒りをぶつけることはもう出来はしない。
四年前の夏休みのあの日……事件は起こったんだ。でも、それは今ここで話すべきではない。話すとしたらもう少し後だ。そう、丁度四年前になる、あの日までは……。
「何か、思い詰めたりしてないでしょーね? アンタはいつもそーやってしょい込むんだから、少しは迷惑かけなさいよ? その……一応、家族なんだし」
そう言って恥ずかしそうに頬を赤らめて再び俺から視線を逸らした燈は、「お礼が言いたかっただけだから、もう戻るわね」と言ってこの場を後にした。
一人体育館裏に取り残された俺は、ふと物憂げに空を見上げ、それから体育祭の後半戦が開始される合図を耳にして運動場へと向かった。
●抱き合い進め! ヌルットの滝
第十一種目はこれだ。種目内容は既に分かっているが、問題はこれが七つの贖罪の一つであるという事だ。これが何を意味するのかは、前半戦で行われた七つの贖罪で理解出来る。つまり、何が起こるか分からない。どんな卑劣でいやらしい罠を仕掛けているか分からないのだ。
と、そこに日暮里と鶴吉の二人が現れる。変態軍団の十幹部の内の二人である彼らは、既に歓喜の表情を浮かべていた。既に脳内はピンク色になっているのだろう。下劣な笑みを浮かべる彼らは、異性からだけではなく、同性である俺から見ても嫌悪感を否めないものだった。
「神童、確かこの種目にはお前の妹が出るのだったな。ヘッヘッヘ、楽しみになってきたぞ」
「オレらが考案したこの種目でせいぜいあられもない姿を晒してくれよ? ケッケッケ」
何とも悪っぽい感じの笑い声をあげて二人はどこかへと消えた。そうだ、瑠璃と麗魅はどこに行ったんだ? ちゃんと待機しているだろうか?
少し心配になる俺だったが、思いのほかその心配はいらなかったらしく、既に入場ゲートに二人の姿が見受けられた。まぁ、双子なんて珍しい――ってほどでもないけど、そんなにたくさんはいないし、何よりも蜜柑色の髪の毛をしている人間がいるわけないし、目立つのだ。なので、例え入場ゲートにたくさん人だかりができていたとしてもその二人を見つけるのに然程時間は要さなかった。
「瑠璃、麗魅」
「あ、響史だ!」
「どうかしたの?」
瑠璃が元気よく返事し笑顔を浮かべ、麗魅が俺の呼びかけに疑問の声を洩らす。まぁ、用ってほどでもないが、まぁ一応これだけは伝えておくか。
「二人とも、頑張れよ?」
「うん♪」
「当たり前じゃない」
「これは七つの贖罪の一つだからな、何がしかけてあるか分からない……十分に注意しろ?」
「分かった!」
「言いたいことはそれだけ? 終わったんなら早く戻ってくんない? こっちだっていろいろ準備があるんだから」
「お、おおそうだな……」
麗魅に言われて俺は少しバツの悪そうな気分になりながらその場を後にした。
そして、競技が始まった。この種目は一斉に選手が出発する。瑠璃と麗魅はゴールポールに向かって一直線に走ればいいのだが、そんなに上手く行くとも思えない。それに、あの時の日暮里と鶴吉の表情は明らかに何か企んでいる。経験則からいって間違いない。
というわけで、お久しぶりです。何やら前回の更新から一ヶ月とちょっとくらい経ってます。まぁ、いろいろと忙しかったので。昨日から書きはじめて何とか書き終わったので投稿してます。
今回もめちゃ長くなってます。下手すると、七ページどころか八ページいくかもわかりません。
また、今回は次なる夏休み編と、その中に含まれる四年前の夏休み編の布石も入ってます。まぁ、そのために響史の親族をたくさん出しているわけなんですが。




