第四十九話「体育祭(前編)」・6
「だ、ダレノコトデショウカ?」
思わずカタコトになる。
「はぁ? あんた、私を馬鹿にしてるワケ? 調子に乗るのも大概にしなよ?」
そう言って背を向けていた俺の肩をガッシリ掴むと、ありえない力で反対方向に強制的に向けられた。瞬間視界に入ったのは俺よりもやや身長が低く暗い青色をした髪の毛をした女子生徒。額にはハチマキを巻き、気合十分という状態。その女子生徒はやたらと不機嫌そうに俺を睨めつけていた。赤の他人なら何で睨まれないといけないの? と言いたいところだが、生憎とこいつは肉親である。
「あ、燈……。ど、どうしてここに?」
そう、俺の四人の従姉妹の内の一人――西城燈だ。
燈は俺の質問に嘆息し、俺を馬鹿にするような眼差しで口を開いた。
「あんた、どんだけ馬鹿なの? 最早クズね。いい? 私はこの学園の生徒よ! そのことを忘れたとは言わせないわよ?」
「い、いや……後遺症で」
「は、何それ?」
片眉を釣り上げ馬鹿じゃないの? と言わんばかりの表情を浮かべる燈。ホント、何でこいつはここまで俺に対して敵意むき出しなわけ? 確かに麗魅も最初はそうだったけど、今では随分丸くなったもんだぞ? それに引き換え――。
「今、ほかの女の事考えてたでしょ?」
「何でちょっと彼女風に言ってんだよ!!」
「は、はぁ!? な、何で私があんたなんかの彼女にならないといけないの!? し、死んでもお断りだし!!」
急に顔を真っ赤にした燈が、俺を指差してそう叫ぶ。
「で? 何でここにいるんだ?」
「わ、私もこれに出るのよ!」
「ま、マジかよ」
予想だにしていなかった。まさかこれに出るとは。しかし、まぁ当然っちゃ当然か? まぁこいつも霙並に馬鹿力あるし。
「今、失礼なこと言わなかった?」
「い、言ってないって! ははは、ま……頑張れよ?」
「ふん、あんたに応援されてもモチベあがんないし!」
「へいへい」
ツンとそっぽを向いてしまう燈。やはりこいつは麗魅に似た面があるな。まぁ、言うなれば麗魅と霙を合体させた感じ?
そんなこんなで開始された七つの贖罪の二つ目。何事もなく終わ――るわけないが、出来れば被害は少なめであってほしい。
ちなみにこの競技。単に雲梯を進んでクリアすればいいとか簡単なものではない。ところどころに罠が仕掛けられている――と思う。一つ目もそうだったからな。水を上からぶっかけられるというなんともベタなものが。
しかも、コースも結構クネクネしている。円形のもの、まっすぐなもの様々だ。
「よーい、ドンッ!」
ピストルの発射音と同時に霙がスタートする。ちなみにこの種目は二人ずつだ。その後先を進む選手がある位置を過ぎたところで次の二人がスタートする。だが、これではすぐには混雑するのではないだろうかと思う人物もいるだろうが――。
「きゃっ!」
「ピッ、一名脱落!」
そう、この種目。腕の筋肉が結構しっかりしていないとすぐに落ちてしまうのだ。まぁ、雲梯ってそういうものだからな。普段腕の筋肉を鍛えてないやつらには苦難だろう。その点本当に霙は運がいい。あいつの武器はあの巨大なハンマーだ。あれを振るうにはそれ相応の筋肉が必要だろうからな。まぁ、その割には腕を見ても筋肉質ではないのだが。まぁ、そこは悪魔の力か?
「へへん、あたしについてこられるやつなんているかよ!! このまま一位だぜ!!」
というわけで、結構選手同士の間に差が生まれるために然程問題はないのである。
と、ここで霙を見ていた柿谷先輩が声を荒げた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!! 素晴らしいッ! この種目ではゴールまで行く女子はいないと思っていたが、まさかここまで優秀な女子が現れるとは!! しかも、あの脇……素晴らしいッ!!」
脇に良し悪しがあるのかは、甚だ疑問であるが当人がご満悦なので問題ないのだろう。だが、そんな声が聞こえていたとしても――。
「よっ、よっ!」
霙は調子を狂わせることなく進行し続けた。ホントに気にしていないらしい。ちなみにこの競技、くじで選ばれているにも関わらず女子しかいなかった。やはりあのくじ引き……仕組まれてるとしか思えない。
と、その時だった。
「すごい、あの女子!」
「ん?」
霙以外にも雲梯を続けてるやつがいるのかと思い顔をあげてみると、そこには見知った人物がいた。ハチマキを額に巻きつけた女子生徒――燈だ。
「あ、あいつもあそこまで行ってたのか!?」
まぁ確かに霙と同じくらい馬鹿力のあいつなら当たり前か。
「へ~、お前やんじゃん!」
「ふんっ、あなたには負けないわ!! 白ブロックが優勢みたいだし、私達がここで巻き上げて黒ブロックが勝つっ!!」
――げっ!? な、何ィィィィ!? あ、あいつ黒ブロックだったのかよ!? よ、よりにもよって肉親が敵とは……。だが、手は抜けない。それに、霙には関係ないことだしな。
「ヘンッ、黒ブロックのやつらか! なら余計に負けるわけにはいかなくなったぜ!! この勝負、あたしの勝ちだぁぁぁぁぁ!!!」
そう言ってさらに速度をあげる霙。二つ飛ばしどころか三つくらい飛ばして雲梯を渡っていく。最早その動きは猿としか思えない。ものすごい身体能力である。だが、負けじとその後ろから燈もついていっていた。すごいな、あいつ。霙は悪魔なのに、その悪魔に人間が追いつくなんて。まぁ、確かに悪魔みたいに怖いけど。
〈……皆さん、長らくお待たせしました。少しばかりトラブルがありましたが、実況アナウンス『小城都 崇央』、たった今復帰しました~!!〉
と、そこにあのうぜぇ実況が帰ってきた。てか、何で制裁られたはずなのに戻ってきてんの!? 復活早ッ!!
〈え~、ちょっとばかし残機が減ってしまいましたが、生徒会の一人にして放送委員会の委員長であるからには、自分が抜けるわけにはいかないんでね!〉
――えぇ~っ、生徒会の一人にして放送委員長かよ~! そこは変態軍団の一人にして、隠れ構成員とかにしとけよ!!
〈変態軍団じゃないんで、ヨロシク!〉
――うん、やっぱチャラいわ。これでビジュアルまでそんなだったらどうすんだ?
〈おっと、私がいない間に白熱してますね~。先頭を行くのは男勝りな水連寺選手! そして、その後ろを行くのは……西城選手です! これはどちらもパワーではすこぶる強い二人ですね! 解説の牡蒲校長どうでしょう?〉
〈……その顔、どうしたの?〉
〈あー、聞かないでください〉
校長の声に急にトーンが通常に戻る。てか、これが本来なのでは? なんかこう、根暗で陰険な感じ。
「おっしゃ! 後一息っ!!」
ゴールが目前に迫ってきた事を知らせる霙の声にそちらを見やれば、確かにゴールテープを持つ体育委員会の二人が立っていた。
「くっ、逃がさない!!」
何やら敵の女幹部みたいなセリフを吐く燈。余程負けず嫌いな性格が出ているようだ。にしても、すごい体力だ。霙はあれにしても、それに追いつくってのが……。
と、そこで罠が発動した。突如頭上から何かが降ってくる。なんか、ドロッとした液体だ。つーか、液体好きだな。
それを慌てて躱す霙。後方にいた燈も動きを止めていた。
「うぇっ、んだよこれ!?」
「こ、これは……ローション?」
「何だよ、そのロー○ンって」
――それはコンビニな。
と、俺が呆れ顔でツッコんでいる間に、燈が説明を終える。
「くっそ! こんなもんで負けっかよ!!」
しかし、ここでローションの特性、滑りが霙を襲った。
「くっ、滑りやがる!?」
「ぬふふふふ、まだだッ!!」
とどこからともなく声が聞こえるが、誰なのかは分かっているので無視だ。
その人物の声と同時、霙と燈にローションが直撃した。
「ぬわっ!?」
「冷たっ!?」
――冷たいのか、あのローション。
と、率直な感想はともかく、あれでは前進ヌルヌルで気持ち悪いだろう。だが、あの滑りではなかなか前に進めない。それに、腕の筋肉も限界が近いはずだ。これでは体力持たずに両者撃沈……ドローということになる。だが、それをあの負けず嫌いな燈と勝ちにこだわる霙が許すはずもない。それはつまり――。
「くっそぉぉぉぉぉ!!」
「負けないぃぃぃぃぃぃ!!」
両者は架空の炎を煮え滾らせて奮闘した。と、そこで俺はあることに気づいた。そう、何故変態軍団がやたらと液体に執着するのか。それは――。
――す、透けてるぅぅぅぅ!?
そう、ローションが二人の頭から脚にかけて垂れると同時、体操服が濡れたために透けてしまったのだ。そして、それをある人物が逃すはずもなく――。
「シャッターチャァァァァァァァァァァァンス、ですぞぉぉぉぉぉ!!」
ぽっくん登場である。どこからともなく登場した彼は、まるで忍者のように姿を現して地面すれすれを滑空し、あられもない姿を晒す霙と燈を激写すると、そのまま人ゴミに消えた。ホント、何者だよあの人。
「きゃあああああ!!」
燈が顔を真っ赤にして悲鳴をあげる。いかん、あの様子だと落ちる!?
二人がいるのはちょっとした高めの場所。ぷら~んとぶら下がっても足がつかない。女子の平均身長でもだ。そして、そんなトコで何も見ずに落ちたりしたら着地に失敗して怪我でもするのではないか? そんな危惧が生まれた。別段気にする必要もないような気がするが、俺はどうにも心配性になっていた。あの事件も関係してるだろうが……。
「燈ッ!!」
俺は咄嗟にその場に駆けつけていた。
刹那――。
「あっ!」
ローションで手が滑り落下する燈。と、そこに俺がスライディングする。
ドサッ!
なんとかキャッチに成功した。ふぅ、腹部に衝撃走ったけど燈は無事のようだ。
「だ、大丈夫か燈?」
「ば、馬鹿! な、何で助けに来たワケ!? あ、あのままクリアできたのにっ!!」
「あぁ、そうだな。まぁ、カメラのフラッシュに驚いた拍子にローションの滑りも混ざって手が滑っちゃったんだよな?」
「え? ――あっ、そ、そうよ! そういうことにしといたげるわ!! で、いつまで私を抱きしめてんの!? は、早く放してくんない?」
せっかく上手い具合に取り持ってやったのに、俺を貶しやがるとは、ホントに泣かせてやろうかこのヤロー……。だが――。
「……写真、撮られちゃった。あんな恥ずかしい姿……」
その泣きそうな顔を見て、その気はなくなってしまった。
「大丈夫だって。気にすんな」
「何でよ」
「いちいちそんな小さい事気にしたって仕方ないだろ? だから落ち込むなって!」
そう元気づける燈だが、彼女は喜ぶどころかさらに不機嫌そうに唇を尖らせて俺を問い詰めた。
「あんたは……見たくないワケ?」
その言葉に思わず口ごもる俺。と、そこで俺が視線を少し下におろした瞬間、あるものが視界に映る。そう、少し離れていた時には見えなかった燈の下着――。
「んごッ!?」
「見んな、変態っ!!」
自業自得だが、顔面パンチをもらった。消えゆく意識の中、「羨ましいッ! 是非ともそのパンチを自分にもッ!!」と霧能先輩の声が響いた気がしたが、気のせいということにした。
結局、意識を取り戻した後確認すると、あの競技は霙の勝利だったそうだ。ホント、あいつは揺るがないな。
●棒引き
次なる第八種目はこれだ。まぁ、単純に棒を引っ張るものだが、これは両方から一気に目標となる棒へと駆け寄り、それを自分の陣地にまで運ぶものだ。ちなみに、一人対複数という事が可能のため、力もしくは人数が鍵となる。ちなみに、これに出るのは零だ。大丈夫だろうか?
「零~、頑張れよ~?」
「はい、精一杯やります」
まぁ、悪魔だし力の面では平気だろう。問題は、複数を相手にする場合だが……。
などと、俺が危惧している間にも競技は始まっていた。一気に走っていく男子と女子。と、一人の男子の棒の所に複数人の女子が! お、めっちゃ引っ張ってるよ!
――てか、男子一人にあの人数はいささか多すぎやしないか? なんか、あの男子が可哀想になってきた。いかん、同情したってもしかしたら相手は変態軍団の一味かもしれない。つーか殆どの男子生徒がそうだったな。
「うむ、これは弱肉強食の世界なのだな!」
なんか、変な方に取ってるけど、あながち間違いじゃないからいいか。
「あっ、零の番みたいだよ?」
霊が身を乗り出して尻尾を振る。それにつられて尻尾に括りつけられた金色の鈴が心地よい音色を響かせた。
「零、頑張れよ~!」
口の周りに手を持ってきて、メガホンの様にしてエールを送る霙。さっきまでヌルヌル塗れで気分が乗らないとか言ってたのに、もう調子を取り戻している。体操服も着替えたようだ。
そして、零はというと。一人の男子生徒を相手にしていた。
「ふっ、中等部だからって手加減はしないかんな?」
「望む所です!」
そう言って零が眉毛を釣り上げ真剣な面持ちになる。その顔つきは、初めて零にあった時に見たあの恐ろしい殺人鬼の表情そっくり……。それを見た男子生徒は思わず竦んでいる様子だったが、すぐに調子を取り戻してこめかみから冷や汗を流しながらも棒を手にとった。
というわけで、正体は燈でしたね。久しぶりの登場?ですかね。まぁ、電話越しには出てましたけど、ちゃんと姿見せたのは久しぶりなので。そして、ぽっくんはデブなのに俊敏な動きしまくりですね。で、響史もまた凄まじい身体能力です。なんとか燈助けてましたしね。負けず嫌いの燈的には気に入らないでしょうが、はっきり言って響史に言われてまんざら嫌そうでもないような?
とまぁ、そんなわけで長かった体育祭も次の七部目で一区切りです!
では引き続き七部目をお楽しみください!




