第四十九話「体育祭(前編)」・1
「あ、あの……だ、大丈夫? ご、ごめんね。お兄さん、ちょっと急いでてさ」
俺はとりあえずその場に尻餅をついて今にも泣き出しそうなくらい涙目になっているバニーガール幼女に手を差し伸べる。
「あ、ありがと……」
消え入りそうなくらい弱々しい声音でお礼をした幼女は、俺の手に恐る恐る捕まった。その瞬間、物凄く柔らかい感触が俺の手に触れる。すげぇ、まるで赤ちゃんみたいにもちもちで柔らかい手だ。しかも、ホント小学生みたいに手が小さい。
一瞬その感触を楽しみすぎて引き上げるのを忘れてしまっていたが、ようやく正気に戻って目の前の幼女を引き上げてやる。
「それで君……迷子か何か? 体育祭はまだ始まっていないんだけど、誰かの付き添い? それとも、お兄ちゃんかお姉ちゃんを探しに来たのかな?」
「え? えと、わ、わたし……その……」
やたらパニくっている様子のその子は、あたふたしながらピコピコと頭につけているうさ耳を揺らしている。いかん、何このマスコット。
「あ、そういえば……君、何年生?」
「ふぇ? え、……ぇと、さ、三年生」
その言葉になるほどと納得する。どうやらこの幼女は小学三年生のようだ。
「そうかそうか、三年生か。でも、どうしてそんな格好をしているの?」
「こ、これは……男の子に着るようにいわれて……それで」
やたら恥ずかしそうに口元に手を持っていくその女の子。
と、そこで俺はあることに気づいてしまった。
――あれ? この子……よく見ると、やたら胸大きくないか?
不自然な点に俺は疑問符を浮かべた。
――いやぁ、最近の小学生は発育がよくてけしからんなぁ――って、んなわけねぇだろ!! おっさん発言はとりあえず今は置いとくとして、一体どういうことだ? 確かに霖も小学生にしてはそこそこ出るとこ出てるけどさ……。それでもまだ発展途上だぞ? それなのに、この子……何でこんなちっちゃいのにグラマラスなの!? え? いやいや、アンバランスだろ身長と体格ッ!!!
そう、何故かこの幼女……胸が結構あった。軽く麗魅を超える程のそれは、腕に挟まれて見事な谷間を生みだしている。おまけにバニーガールというコスチュームを身につけているため、それが俺の眼前に晒されているわけで。
――い、いかん、は、鼻血が出そうだ!!
慌てて鼻を押さえる俺。そんな俺の行動に不思議そうに眼を丸くして幼女が声をかけてきた。
「ど、どーかしたの……?」
――いや、あなたの体がどうかしたのだよ!? 一体何したらそうなるんですか!!
「き、君……本当に小学――」
と、その時だった。突然俺が顔を近づけたせいもあったのかもしれない。
「うぇ……ぐすっ」
――え、こ、これって……まさか。
そう思ったのも束の間……。
「――おい」
何者かに肩を叩かれる。しかも、その手が物凄く大きくて、まるで巨人か何かに呼びかけられたようだった。
恐る恐るそちらに顔を向けてみる。
「……ぁ」
「お前か、その人を泣かせたのは」
物凄く野太い声を響かせるその男――もとい、巨漢。2Mは優に超えるであろうやたらデカい図体をしたその男は、糸目の割に何故か凄まじい威厳を誇っていた。まぁ、体格のせいもあるだろうが。
それにしても、この温和な顔と体格、不釣り合いすぎるだろ。
「いや……俺は別に泣かしたわけじゃ――」
「じゃあ、誰が泣かしたんだ?」
「俺です」
物凄く顔を間近に近づけて改めて尋ねられると、もう言い訳出来なかった。だってメッチャ怖いんだもん!
と、俺が正直に答えるや否や、その巨漢がデカい拳を強く握り締めた。
――や、ヤバい殴られる!?
「……やめて」
天使の声が聞こえてきた。
――あぁ、お迎えが来たか――って違うだろ! こ、この声は……。
第三者の声が聞こえてそちらに顔を向けてみれば、そこには先程まで泣いていたバニーガール幼女が、目尻に浮かぶ涙の滴を拭いながらこちらを見上げる姿があった。アヒル座りしてその格好にその体格は、あまりにも破壊力が抜群すぎる。
「で、ですが……」
明らかに年上であろう巨漢が、何故かその幼女に対して丁寧な口調になる。まるでこの幼女が主人で、この巨漢が護衛であるかの如く……。
「い、いいの。それに、そろそろ行かないと」
「分かりました」
幼女の言葉に、振り上げた拳を下ろした巨漢。ふぅ、どうやら首の皮一枚繋がったようだ。まさに危機一髪である。
「あ、あの……ごめんね?」
俺は頭をかきながら幼い少女に詫びの謝罪を入れた。
「う、ううん……いいの。こっちこそぶつかっちゃって……ごめんなさい」
可愛らしい仕草をしているそのバニーガール幼女は、ペコリと謝って巨漢と手を繋いでどこかへ行ってしまった。その後ろ姿を見ていると、まるで巨漢が父親で幼女が娘の様に見えた。
しかし、一体何だったのだろうか今の二人は。片方の巨漢は、光影学園の制服を着ていた。あの黄色のネクタイからして、恐らく高等部二年生だということは理解出来るので、少なくともあちらの巨漢は先輩だ。だが、問題はあちらのアンバランス体型をお持ちの幼女だ。全てがミステリーに包まれていた。
と、そこで俺は当初の目的を思い出す。
「あっ! せ、先輩どこ行ったんだ!?」
周囲を見やるが、どこにも星空先輩のあの金髪は見えなかった。いかん、俺を置いてどっか行っちまった。
「くそ、どうすりゃいいんだ? 俺、先輩のメアドも電話番号も知らねぇし……」
頭をかき途方に暮れているそんな時だった。
プルルルルル……♪
突如俺の携帯に電話がかかってくる。
「え? だ、誰だ?」
慌ててポケットから携帯電話を取り出す。画面に出た番号を確認すると非通知だった。
「非通知……誰だ?」
いたずら電話かと思いながら電話に出てみる。すると、受話器の向こうから聞こえてきたのは――。
〈――もしもし、神童くん?〉
「え? 星空先輩? え、何で俺の携帯番号知ってるんですか!?」
率直な疑問を相手にぶつける。そりゃそうだろ、教えてない携帯番号を知っていたのだから、驚くのも無理はない。
〈あぁ……そ、それはその……生徒名簿から……ね〉
――名簿に何で携帯番号まで書かれてんの!? てかそれ、思いっきり個人情報バラしまくりじゃね!? てかそれ、生徒会のメンバーだったら誰でも見れるんだから、余計にあの「ぽっくん」とか呼ばれてるやつに悪用されるんじゃ!?
「……そ、そうだったんですか」
とりあえず、今はそんなこと言っている場合じゃないので、それについては後で聞くことにした。
〈ところで、どこにいるの? 後ろからついてきているのかと思ったら、突然ふっと消えちゃって〉
「あぁ、すみません。ちょっと女の子にぶつかっちゃって」
〈女の子? 怪我させてないでしょうね?〉
「あぁ、大丈夫ですよ。にしても、不思議な子だったんですよね……」
〈不思議?〉
少し訝しんだような声音で訊く星空先輩。
「はい、何かバニーガールを着た幼い女の子がですね……」
〈――神童くん、妄想するのは大いに構わないけれど、そこまで来たら重傷よ?〉
「いや、妄想じゃないですよ!! それ、俺完全に変態じゃないですか!!」
〈あら、違うのかしら?〉
「違いますよ!! ホントなんですって! なんか、幼女なんですけど、体つきが大人っぽくて……」
〈はぁ、そんな子がいるわけ――〉
と、そこで先輩のセリフが途絶える。
「ん? どうかしたんですか先輩?」
〈……神童くん、もう一度その女の子について教えてくれないかしら?〉
「え? 何ですか? 星空先輩も興味抱いたりしたんですか? ええと……バニーガールのコスチュームを着てて、明らかに身長は小学生くらいなんですけど、胸が結構大きくて」
〈他に何か言ってなかった?〉
「あぁ、確か、三年生って言ってましたよ。小学三年生」
〈……それは、本当に小学三年生って言ってたの?〉
「え? いや、三年生としか言ってませんでしたけど、明らかに身長とかで……。まぁ、見た目――っていうか格好は大人でしたけど、ハハハ」
と、冗談混じりに言ってみるが、星空先輩の笑い声は聞こえなかった。
〈神童くん、恐らくその女の子は小学生ではないわ〉
「え? あぁ、それじゃあ中学生ですか? 確かにあれくらいの身長の中学生もいますもんね!」
〈……中学生でもないわ〉
「え? じゃあ、園児ですか? あ、でもそれじゃああまりにも小さすぎますよね! ハハハ……はは。…………え、あ、あの……先輩。それってつまり――」
〈三年生は三年生でも、高校三年生……ということよ〉
「いやいやいや! 何の冗談ですか! こ、高校生って!! しかも三年生って、俺より年上じゃないですか!!」
〈神童くん、気持ちは分かるけど、本当のことよ。ぶつかった時に何か言ってなかった?〉
「え? あ、そういえば確か、なんか可愛らしい声出してましたね」
〈……うきゅ、とか言ってたんじゃないかしら?〉
唐突に受話器の向こうから可愛らしい声が聞こえてきた。一瞬聞き間違いかと思い、俺は戸惑い気味に口を開く。
「……せ、先輩?」
〈ち、違うわよ!? べ、別にそういうつもりじゃ……こ、こんな声を出してなかったってことよっ! そ、それで、ど、どどどうなの?〉
物凄く動揺している星空先輩。
「はい、確かにそんな声出してました」
〈じゃあ、間違いないわね。神童くん、その子はウサギちゃんよ〉
「う、ウサギちゃん? え、名前ですかそれ」
〈ええ。列記とした名前よ。まぁ、正確には苗字ね。名前は『羽鷺 美夕』。生徒会の人間よ〉
それを聞いた瞬間、俺は背筋が凍りついた。あ、あの可愛らしいマスコットが生徒会!?
「あ、あの……冗談じゃないですよね」
〈ええ、本当のことよ。もしかしたら、誰か一緒にいなかった?〉
「あ、そういえば……巨漢が」
〈ああ……それは恐らく鵜飼くんね〉
「う、鵜飼くん?」
〈ええ、『鵜飼 大翔』。彼も生徒会の一人よ〉
それを聞いて、さらに俺は背筋が凍りついた。何で今日だけで一気に二人も生徒会の人間に出くわしてんだ!?
「あ、あの……何でその二人が一緒に?」
〈それは、二人が飼育委員会だからよ〉
「し、飼育委員会? あの、動物を世話する?」
〈ええ。今は飼っている動物が殆どいないから、暇を持て余しているみたいだけれど〉
「で、その二人がどうして?」
〈さぁね。それよりも、急いで体育祭実行委員会の部屋に来て。そこで今日の日程を説明するわ〉
「わ、分かりました」
俺はそう言われて電話を切り、急いで言われた場所へと走った。
「――と、いうわけだから、分かったかしら?」
「はい。それで、話って何なんです?」
「あぁ……白ブロックが優勝しないといけないということは話したわよね?」
「はい」
そう、今年の体育祭では体育祭実行委員会と変態軍団との勝負も兼ねてある。白ブロックの優勝は体育祭実行委員会の勝利を意味し、黒ブロックの優勝は変態軍団の勝利を意味している。つまり、もしも黒が勝てば、それは体育祭実行委員会の敗北を意味し、体育祭実行委員会委員長である星空先輩を始め、北斗七星の二人――丑凱先輩と七星先輩も大変なことになるのだ。だからこそ、俺は彼女たちを変態共の魔の手から守らなければならない。なので、はっきり言って一年二組が白ブロックに所属してくれたのは不幸中の幸いだった。ここで思う存分俺が頑張れば、ある程度の稼ぎにはなるはずだからだ。
「それじゃあ、頑張って白ブロックを勝利に導きましょうね!」
「ええ、私達が勝って変態軍団を壊滅状態に追い込んであげるわ!!」
「その意気っスよ、先輩! おれらも頑張るっスから! 特に巨郷のヤローだけは許しておけねぇ! 姉貴には絶対に手ェださせねぇかんな!!」
「私も頑張りますよ、委員長。確か、あちらには霧能くんがいましたよねぇ? うふふ、たっぷりイジめてあげちゃいます♪」
握りこぶしを作って気合十分の星空先輩、姉を変態軍団十幹部の一人から守ろうと意気込む丑凱先輩、頬に手を当てて何やら恍惚の表情を浮かべ、何やら目論んでいる様子の七星先輩。うぅん、大丈夫だろうか?
というわけで、三連休なのでなんとか体育祭本番を投稿することに成功しました。ちなみに、書いてて思ったこと……四十九話ボリューミーです。魔界の少女初の七部構成になる予感(てか確実)です。
今回の本番はほぼ新キャラは出さないつもりでしたが、はっきり言って無理です。なので、めちゃくちゃ登場人物が増えました。で、ただでさえ護衛役だけで相当セリフを使ってしまう上に、響史のツッコミが炸裂しまくるので長くなりました。なので、実際セリフだけでは量はそこまで多くは……ないと思います。
では引き続き二部目をお楽しみください。




