↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

モブ貴族Aシリーズ

モブ貴族A、婚約者の家へご挨拶に行く〜ラスボス公爵令嬢が居ますが俺の目には何も映っていません!〜

作者: Argon
掲載日:2026/10/18

いつもお読みいただきありがとうございます!

モブ貴族Aシリーズ第4弾です。

ライルが目撃する王都での騒動はひとまずここで一区切りになります。

名前を付けるなら王都騒動編といったところですかね。


卒業パーティーの狂乱、夜会、そして屋敷での苛酷なお茶会を乗り越え、ようやく領地へ帰省できると思ったライル君。

しかし、最後に待ち受けていた伯爵邸への挨拶で、更なる地獄(と不穏すぎる未来の予感)が彼を襲います。

どうぞお楽しみください!


(※今作は作者の設定整理も兼ねていますので、シリーズを通してみていただくとより楽しめると思います。)

↓これまでのが気になるという方はこちらにシリーズURLを用意しています↓

https://ncode.syosetu.com/s9360k/

心休まらない半年だった。ライルはガタゴトと揺れる馬車の中で、ここ最近起こった一連の狂乱を振り返り、深く重い溜め息をついた。

王立学園の卒業パーティーで勃発した、あの悪夢のような婚約破棄騒動。その直後に開かれた夜会で繰り広げられた、茶番劇。そして今月、俺の屋敷で執拗に繰り返された、婚約者マリアとの「心休まらないお茶会」。

心というか、もはや胃が休まらないという表現のほうが遥かに正しい。


だが——それもあと少しの辛抱だ。

今日この恐ろしい用事さえ済ませてしまえば、俺は王都を離れ、念願の我が領地へと帰省することができる。ひいては、愛しくも恐ろしい婚約者であるマリアから、物理的に距離を置くことができるのだ。


マリアに対して不満があるわけではない。容姿端麗、品格十分、頭脳明晰。婚約者としては出来すぎているくらいだ。……だが、どうして彼女は気づいたらいつも不穏な騒動の「裏側」に立っているのだろうか。

しかも、それを俺との穏やかなひと時の最中に、まるで最新の流行を話すように楽しそうにほのめかしてくるのだ。こっちとしては目と耳と口を固く塞いで、「俺は何も見ていません、聞いていません、ただのモブです」と全身でアピールするしか生き残る道がないというのに。


だが、晴れて安全な領地へと逃げ帰る前に、最後にして最大の難関が目の前に立ちはだかっていた。

マリアの実家——ヴェルク伯爵邸への訪問である。


ライル・フォン・ロランド。しがない男爵家の跡継ぎでしかない自分に、マリア・イザベラ・フォン・ヴェルクという、由緒正しい公爵近縁の伯爵家の末娘が嫁いでくる。

そんな荒唐無稽な打診が我が家に届いたのは、今から十年前の出来事だった。

当時の光景は今でも鮮明に思い出せる。公爵家筋からの釣書を受け取った父上は、あまりのショックと恐怖で顔面を蒼白にさせ、俺の胸倉を引っ掴んで「お前、一体何をした!?何をどうやったらヴェルク伯爵家から婚約の打診が来るんだ!!我が家では抱えきれんぞ!!」とガタガタ震えながら詰め寄ってきたものだ。

あの時は本当に死ぬかと思ったが、後ろで見ていた母上と、古くから家に仕える執事長が冷徹な手つきで父上を締め上げ、どうにか落ち着かせてくれたのだった。


「打診」とは名ばかりで、家の格差を考えれば実質的な「絶対命令」である。我がロランド男爵家に拒否権などあるはずもなく、畏れ多くも謹んでお受けいたしますと、確認の手紙を何度かやり取りした後に正式な婚約が成立した。


当然、格の差によって様々な問題が噴出する。世間からの嫉妬混じりの目、派閥の巻き込まれ、そして何より「お金」の問題だ。

先に行っておくが、我がロランド男爵家は決して貧乏ではない。王国でも主要な交易ルートが領地を通っているため、男爵家としてはかなり裕福な部類に入る。

だが、相手は歴史ある伯爵家の令嬢だ。格に見合う装飾品、ドレス、護衛、お茶会の一式を用意するとなれば、弱小男爵家の金庫など一瞬で吹き飛ぶ。その費用については「こちらからお願いした縁組みですので」と伯爵家側が全額負担してくれているのだが……。


さて、ここで問題です。

格上の大貴族との婚約、費用はほとんどあちら持ち。

では、弱小男爵家がその対価として差し出したものはなーんだ?

そうだね、全部だね。


当時持っていた男爵家の主要事業に口出し(事実上の主導権掌握)する権利。我が家に仕える使用人も、古くからいる数名を除いてすべて伯爵家から派遣された「洗練された者たち」へと置換された。

極めつけは、「将来生まれる嫡子のうち、男児が二人以上生まれた場合、長男はヴェルク伯爵家へ養子に出すこと」という条項まで組み込まれていた。最後の養子条項だけはなぜかマリア本人が異様なまでに渋ったため保留に近い形になったが、それ以外の条件には父上も俺も二つ返場で従うしかなかった。


乗っ取りと言えば聞こえは悪いが、そもそも我が領地は乗っ取りで得するほどの価値もない。父と執事長は常識的な範囲で収まったなと不思議そうな顔をしていた。婚約が成立した直後、最初の挨拶でヴェルク伯爵当主に「なぜ我が家のような弱小男爵家を選ばれたのですか」と恐る恐る尋ねたことがある。

その時、伯爵は俺を見下ろし、「……関わっていけば、いずれ自ずと察するであろう」とだけおっしゃった。

(いまだに完全に理解できてないんだよなぁ。)

マリアが望んでこうなったことはわかっているが……。


「どうしました? ライル様。私をそんなに見つめて」

回想に耽っていた俺の耳に、鈴の鳴るような可憐な声が飛び込んできた。

ハッと正気に戻ると、目の前の座席に座っていたマリアが、完璧な淑女の微笑みを浮かべた。

「い、いや。もうすぐ男爵領へ帰るからね。そしたら、しばらく会えないだろう?」

「まぁ。慌てて目に焼き付けなくとも大丈夫ですわ」

マリアは嬉しそうに細い指先を口元に当て、クスクスと可愛らしく笑う。


……ついてこないよね?

君も花嫁修業だとか、伯爵令嬢として王都の社交界で片付けないといけない用事がたくさんあるって聞いてるんですが?

冷や汗をダラダラと流す俺を、何がそんなに楽しいのか親しみあふれる(ように見える)笑顔で見つめる彼女。俺はその直視できないプレッシャーから逃げるように、馬車の窓へと視線を逸らした。


車窓の外には、見上げるほど巨大な鉄製の門扉と、広大な敷地——ヴェルク伯爵邸の敷地へと馬車が滑り込んでいく光景が映っていた。


「ふふ、恥ずかしがらなくとも良いのに」

(……楽しそうで何よりですよ、本当に。)

俺は心の中でそっと遠い目をした。


間もなくして、重厚な音と共に馬車が完全に停止した。

扉が静かに開かれ、すかさず完璧な所作の執事が一礼して迎え入れてくれる。

俺は必死に表情を繕い、馬車から降りるマリアの手を取って優雅にエスコートした。足を踏み入れたヴェルク伯爵邸は、相変わらず無駄な装飾を削ぎ落とした静謐な作りをしており、廊下に敷き詰められた最高級の絨毯は俺たちの足音すら完全に呑み込んでしまう。


広いエントランスにずらりと並ぶ使用人たちが出迎えてくれる。

いつも通り、執務室に案内してもらおうとしたら

「旦那様は応接室でお待ちです」

と返され、まだ開いている扉を振り向いた。


馬車は自分たちが乗ってきた一台のみ。

王国では客人の馬車を止める用の待機場が入り口付近にあるのが主流であり、伯爵邸もその作りのはずだ。格式を重んじる王国らしい理由で、どの家が来ているのかをこれから来る客人に知らせるためのものだ。

(客人がいるってわけではない?)

首を傾げつつも、執事の後に続いて廊下を進む。

他の客の馬車がないということは、他家の公式な訪問ではない。ならば、なぜ執務室ではなく応接室なのか。

嫌な予感がする。


「ではいきましょうか」

マリアに背中を押され、その予感が何なのか考える暇なく応接室へと歩みを進めようとすると。


「「あら、ライル男爵令息。来てたの」」


上から声を掛けられ、頭を下げる。

この息ぴったりの声の主はこの屋敷に一組しかいないのだ。


エレナ・ソフィー・フォン・ヴェルク

カリーナ・ベアトリクス・フォン・ヴェルク


マリアの双子の姉だ。初めて会ったときはびっくりした。双子とは息ぴったりの声なのか。

怖かったなぁ。二人とも鑑定するような人を見る目で見てきたら。


「お久しぶりでございます、エレナ様、カリーナ様。本日はご挨拶に伺いました」

二人は階段の上から、寸分違わぬ優雅な動作でくすくすと笑い声を上げた。

「「相変わらず、律儀でいらっしゃるわね」」

「お父様は応接室でお待ちよ。どうぞ、ゆっくりしていってちょうだい」

「ふふ、あまりゆっくりはできないかもね?」

(何が待ってる!?応接室に何が待ってるんですか!!??)

背中に冷や汗を流しながらも、「お心遣い感謝いたします」となんとか笑顔を張り付かせる。マリアはそんな姉二人に対し、「お姉様方、ライル様をあまりからかわないでくださる?」と可愛らしく頬を膨らませていた。そんなマリアに「「ごめんなさい。マリアあなたの婚約者であんまり遊ぶつもりはないから、許して?」」と変わらず楽しそうな声で話すが、なんか内容が怖いのですが。


双子の姉たちと別れ、執事に促されてついに応接室の重厚な扉の前に立つ。

執事が静かにノックをし、「旦那様、ロランド男爵令息をお連れいたしました」と声を掛ける。

(ん?俺だけ?)

隣を見るといつの間にかマリアがいなかった。

(いつの間に?さっきまで隣にいたよね。)

ドアが開かれたためあたりを見渡すわけにもいかず、

足を踏み入れた応接室の重厚な空気は、いつも以上に凍りついていた。


「——よく来たね、ライル。」

部屋の中央、ヴェルク伯爵が深い革張りソファに座り、鋭い眼光を向けてくる。

そして、その向かいで優雅に紅茶のカップを傾けていた人物を認識した瞬間に頭の中で警戒音が鳴り響く——すべてを見透かすような蒼氷の瞳を持つ、ソフィア・エレノア・フォン・ウント・ツー・グランヴェール。幽閉された王子の元婚約者であり、つい先日の卒業パーティーで婚約破棄宣言した王子を完膚なきまでに叩き潰した、すべての女性陣の頂点に立つお方だ。


彼女がこちらにまなざしを向けると、あの日のように膝を震えさせたくなるが、なんとかこらえる。

(マリアァァァ。なんでこういう時はいないんだよ!そうだよねこういう時だからだよね!)

事前に知っていたであろう楽しげな顔をするマリアを思い浮かべながら、限界まで低く、完璧なまでの敬礼を捧げた。


「お招きいただき、恐悦至極に存じます、ヴェルク伯爵閣下。ならびに、グランヴェール公爵令嬢様におかれましても……」


「堅いな。ライル。この場は私と君だけの場だ」

ヴェルク伯爵の言葉に全力で頭を回す。が、意味はすぐに分かった。

表に馬車がなく、伯爵自身も俺との2人だけだと。

(うわぁ。余計いやだ。公式の訪問のほうがましだろ。)

公爵令嬢の非公式な訪問の現場に男爵令息ごときを招かないでほしい。


冷や汗が背中をダラダラと落ちていくのを必死で無視し、俺はゴクリと唾を呑み込んだ。

「失礼いたしました、伯爵閣下」

「……お義父様で構わんと言ったはずだが?」

「いえ! まだ正式に式を挙げる前でございますので!」

伯爵の底意地の悪そうな笑いに少し動揺が収まる。

(いたずら好きはこの人の血だよな。)

俺は一息置いて、胸の前で軽く手を組む程度の少し砕けた礼に切り替えた。

「あらためまして……本日は領地へ戻る前の挨拶に伺いました。ヴェルク伯爵」


公爵令嬢という最大級の爆弾が存在しないかのように、俺は一切彼女の方へ視線を向けることなく、伯爵だけに集中してペコリと深く頭を下げた。

見えていない。俺の目には何も映っていない。

非公式な訪問者、「察してスルーする」ことこそが、この場において弱小貴族が生き残る唯一の解のはずだ。


「……ほう」

伯爵の口角が、愉悦に歪むのが見えた。

そして、視界の端でソフィア様が「あらあら」と嬉しそうに目を細め、磁器のカップをソーサーに優雅に戻す。

「徹底しているな、ライル。そこに座っている『見えない客』には一言も触れんか」


(触れるわけないでしょうが!!非公式の場に俺みたいなモブが首を突っ込んで『ソフィア様もおいででしたか』なんて言ったら、その後どうなるかわかんないんだから!!つーかあんたが触れんなって仄めかしたんだろ!)


「……いえ、私の未熟ゆえ、伯爵閣下の前にいらっしゃるのは、ヴェルク伯爵邸の至高なる静寂そのものとしか認識できておりません」

「ふふっ……! くすくす……あははっ!」

俺の命がけの知らぬ存ぜぬに対し、ソフィア様が鈴を転がすような可憐な声で笑った。

思わず、そちらに目を向けそうになるのを慌てて目を閉じて回避する。

(意外だな。)

学園の頃、マリアがソフィア様の友人であったから近づく機会は何度かあったが、その姿は完璧な淑女そのものであったが。そんな彼女がこんな風に笑うとは。

(王子の婚約者じゃなくなったからか?それともヴェルク伯爵家はそんなに気を許せる場なのか?)

「フフフ、ごめんなさいね。でもあなたも相変わらずね。マリアがあなたをからかいたくなるのはそういうのよ」

「叔父様、あの件はそのまま進めて大丈夫だと思いますわ」

ソフィア様は明るい令嬢だったんだな。王子の婚約者って仮面はそれだけ完璧を求められてたのか

(というかあの件て何?どう考えても俺がかかわってるよね。聞いていいのかな。)

どう聞こうかと悩んでいると、伯爵はこちらを見て目を細め、

「もう下がってよい」

「失礼しました。ご貴重な時間をいただきありがとうございます」

全力で逃げた。


応接室の重厚な扉が閉まった瞬間、俺は文字通り崩れ落ちそうになるのを必死の気力で堪えた。

(生きた心地がしない、あの件のことも聞けなかったし)

とはいえ余計なことを聞いてどうこうもごめんだしな。

「お疲れ様でした、ライル様。お父様ともお話しできて良かったですわね」

後ろからの声にゆっくり振り返ると、やはりマリアがとても楽しそうにしていた。

(わかってたよね)

口を開くも疲れたからか声に出さずに口を閉じる。

「庭にお茶の準備をさせています。王都を発つ前にお話ししましょう?」

「そうだね。」


その後のお茶会は姉君たちの乱入と、伯爵夫人の同席という第2のイベントもあり全く休まらなかった。


ガタゴトと重く揺れ続ける馬車の中で、俺は深く、深ーく息を吐き出しながら背もたれに身体を沈めた。

「終わった……いや、始まってすらないのか……?」


応接室での死闘、庭園で繰り広げられた双子の姉君たちの怒涛の乱入、そしてラスボス以上の威厳を誇る伯爵夫人(お義母様)の同席という地獄のフルコース。

胃はすでにボロ雑巾のように絞り上げられ、擦り切れそうな意識の中で思い返されるのは、応接室の去り際に聞こえたソフィア様のあのお言葉だ。


「ライル。これから苦労も多いでしょうが……応援しておりますわ」


(………。)

とりあえず。領地に帰ってから何やら災難が待ってそうなことは分かった。


日記に書く内容は決まってる。

『領地に帰りたくない』だ。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


非公式な客を目の前にして「ヴェルク伯爵邸の至高なる静寂」と言い切るライル君の命がけのモブムーブ、無事に(?)乗り切ることができました。

しかし、去り際のソフィア様の「応援」と、謎の「あの件」……彼が帰る領地には一体どんな災難が待ち受けているのでしょうか。


「ライルの胃がもう限界!」「ソフィア様の笑い声がかわいい」「次も気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ作品への評価(★★★★★)やブックマーク登録をいただけますと幸いです!


設定の小窓

ライル達が所属する国では名に一定のルールがあり格によってつけ方が違います。

王家の血を継ぐ最上位一族 名前・洗礼名・フォン・ウント・ツー・家名

格式と歴史ある名家 名前・洗礼名・フォン・家名

歴史ある家 名前・フォン・家名

貴族 名前・家名

平民 名前


といった感じです。第2弾のイキリ成金の時に出せばよかったね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。