【第10話】幼き婚約者 ―涙の庭で芽生えた絆―
アデルに訪れた初めての婚約の顔合わせ。
相手は二つ年上の伯爵令嬢リリアンヌ。
ぎこちない空気の中、二人きりで庭を歩くことになるが……。
幼い二人の心に芽生える“特別な想い”とは――。
公爵はゆったりとした口調で言った。
「私はダービー伯爵とまだ話がある。……アデルよ、リリアンヌ嬢を庭に案内して差し上げなさい」
その言葉に続くように、ダービー伯爵が語気を強める。
「ほう!ヴァレンティア公爵家の庭といえば、美しさで名高いと聞いておりますぞ。さあ、リリアンヌ。アデル様に案内してもらいなさい!」
伯爵の声に押され、リリアンヌは小さく肩を震わせた。
「……はい」
伏せた瞳のまま、小さな声で答える。
(え、僕が女の子をエスコート……!?いや、無理だろ!)
アデルは内心で慌てふためく。だがすぐに考えを切り替えた。
(……いや、案内っていうより、遊びに行く感覚でいいはずだ。そうだ、そう思えば――)
その時、脳裏に聞き慣れた声が響く。
(アデルちゃん!初エスコートよ♡きゃー!ドキドキするわねぇ!)
「……っ!」思わずため息をつく。
(女神様。ご親切にどうも。でも……ここからは僕ひとりで考えたいんです)
(あら!そうよね、二人きりの邪魔は無粋だわ♡……じゃ、またねぇ~☆)
弾む声と共に、女神は霧のように消えた。
ホッとしたアデルは、リリアンヌに向き直り、そっと手を差し出す。
「はじめまして、リリアンヌ様。僕が庭へご案内します」
その赤い瞳にまっすぐ見つめられ、リリアンヌは驚きに目を見開いた。
「……はい」
小さな声で応え、重ねられた手はわずかに震えていた。
――庭に出ると、陽光が石畳を照らし、秋風がやさしく頬を撫でた。
赤、白、黄、桃――咲き誇る薔薇が広がり、ほのかな香りが二人を包む。
その光景に、リリアンヌの瞳が一瞬だけ輝いた。
アデルはその小さな変化を見逃さず、問いかける。
「リリアンヌ様。……この婚約に、ご不満があるのですか?」
リリアンヌは真っ青になり、声を震わせる。
「い、いえ……!大変、栄誉なことです……」
必死に否定しようとするが、口元は震え、目には涙がにじむ。
アデルは彼女の前にしゃがみ、同じ高さで視線を合わせた。
「無理に笑わなくてもいいんです。……嫌なら、断っても大丈夫ですよ」
その言葉に、リリアンヌの瞳から涙があふれ落ちた。
「ごめんなさい……!でも……婚約をなくさないでください……!お父様に、叱られてしまいます……」
アデルは慌てて胸ポケットからハンカチを取り出し、涙をそっと拭った。
「泣かないでください。僕は、リリアンヌ様が嫌がることは絶対にしません」
その声音は幼いながらも、不思議なほど安心させる力を持っていた。
リリアンヌは涙の中で、驚いたようにアデルを見つめる。
「どうして……?私は女で……アデル様より下の家柄なのに」
アデルは微笑んだ。
「そんなこと、僕には関係ありません。僕は……リリアンヌ様と仲良くなりたい」
堰を切ったように、リリアンヌの心から言葉があふれ出した。
「私……いつもお父様や兄に叱られてばかりで……褒められたことなんてなくて……」
アデルは小さな手を包み込む。
「……大変でしたね。でも僕は、リリアンヌ様を叱ったりしません。安心して」
その瞬間、リリアンヌの瞳が大きく揺れ、そして――花のように綻ぶ笑顔へと変わる。
「……ありがとうございます。アデル様。あなたと婚約できて、本当に良かったです」
その笑顔は薔薇の花々にも勝るほど眩しく、アデルの心臓を強く打ち抜いた。
耳まで真っ赤になりながらも、アデルはその手を離さなかった。
――幼き婚約者たちの手のぬくもりは、この瞬間、確かな絆へと変わったのだった。
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お読みいただきありがとうございます!
ついにアデルとリリアンヌが二人きりで話す場面でした。
強気なお父様の影響で怯えていたリリアンヌですが、アデルの優しさに救われて笑顔を見せてくれましたね。
ここから二人の関係は、ただの婚約者以上の“絆”へと変わっていきます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!




