第6話:魂の檻
それは、静かな始まりだった。アリアの記憶と言葉が少しずつ戻る一方で、森にわずかな異変が現れ始めていた。
白銀樹の葉が、夜ごとにひとつずつ音を失っていく。風に揺れても、精霊たちのささやきが聞こえない。まるで、森全体が彼女の存在に対して沈黙を選んだように。
レイリアンは精霊たちに問いかけた。かつて彼に力を貸してくれた風の精霊も、水の守り手も、答えなかった。ただ、ひとつの警告だけが風に乗って届く。
──魂は、この世にとどまるべきではない。
館の大広間に飾られた水鏡が、突如として揺らぎ、ひとりの精霊術士の幻影を映し出した。
「レイリアン=ヴァル=シルエル。お前が抱きしめているのは、死者の囁きだ。愛によって魂を呼び戻したならば、その代償もまた、愛で支払わねばならぬ」
「彼女は・・・アリアは、ただ彷徨っていたのではない。私の想いが、彼女を留めてしまったというのか」
「そのとおりだ。だが、彼女の魂は完全ではない。記憶が戻るほどに、現世と幽世の狭間に裂け目ができる。魂は崩れ、やがて“穢れ”となるだろう」
その言葉は、レイリアンの胸を締め付けた。アリアを留めていたのは、彼の愛。だがその愛が、彼女を少しずつ壊しているという。彼は問い返す。
「どうすれば・・・彼女を救える」
「解放することだ。魂を自由にすること。すなわち、別れを選ぶことだ」
レイリアンは答えられなかった。言葉を失い、ただその場に立ち尽くした。
その夜、アリアはレイリアンの夢に現れた。白い霧の中、彼女はかつてのままの微笑で彼を見つめていた。
「わたし・・・本当は、もう・・・」
その声は、霧の向こうへ消えていった。
目覚めたレイリアンは、朝焼けに染まる森を見下ろしながら、心に問いかける。
“お前は、何を選ぶ?”