第4話:声を持たぬ花嫁
それから数日、アリアは言葉を発することもなく、ただレイリアンの傍に居続けた。まるで記憶のかけらを辿るように、かつて彼女が暮らした部屋の物に触れ、時にはただ窓から風を見つめていた。
彼女の瞳は空虚でありながら、時折確かな感情の光を宿す。それは悲しみとも、懐かしさともとれた。
レイリアンは語り続けた。かつての思い出、彼女と出会った日のこと、日々交わした言葉。返事はない。けれど、語らずにはいられなかった。
ある夜、彼女は食堂の隅に置かれていた古い竪琴を見つめた。それはアリアが愛した楽器だった。触れることはない。ただ、長くじっと見つめていた。
レイリアンはそっと近づき、低く囁いた。
「弾いてくれないか。あの時のように」
彼女は動かない。けれどその手が、かすかに震えていた。
夜の深まりと共に、風が竪琴の弦を鳴らす。それはまるで、彼女の代わりに森が奏でた一音の返事のようだった。
翌朝、レイリアンはアリアと向き合い、彼女の瞳をまっすぐに見つめて言った。
「少しだけ、外を歩かないか」
彼女はしばし躊躇い、そして小さく頷いたように見えた。
ふたりは館の裏手、花の精が住むという古庭園へと足を運ぶ。春の名残を感じる風が草花を揺らし、小さな蝶が舞っていた。アリアの視線が、一輪の青い花に留まる。
それは、かつて彼女が好きだと言った、星影草だった。
レイリアンはそっと摘み取り、彼女の手に乗せる。彼女は花を見つめたまま、その瞳にほんの一瞬、光を宿す。
「・・・憶えているのか」
返事はない。
だが、風の音がその沈黙に寄り添うように優しく吹き抜けた。