第1話:白銀の森、静かに鳴く
夜の帳が降りると、森は言葉を失ったように静まり返る。白銀樹と呼ばれるこの森は、精霊に愛された土地。風が葉を撫でるたび、細やかな音の鈴が鳴るような優しい響きが広がる。
その中心に、エルフの貴族、レイリアン=ヴァル=シルエルの館がある。
レイリアンは、長い歳月を独りでこの館に暮らしていた。エルフとしてはまだ200歳ほどの若さながら、彼は誰よりも深い過去を背負っていた。
──人間の女性、アリア=リース。
彼が心から愛し、そして見送った妻の名。たった数年だけ共に生き、そして永遠の別れが訪れたあの日から、彼はその時間を閉ざしてきた。
だが、その夜。
彼はふと、森の奥で微かな気配を感じた。霧が立ちこめ、月光さえ薄れる夜。気配の主は、静かに彼を誘うように森の聖域へと向かっていく。
足を踏み入れた聖域は、何もかもが昔のままだった。アリアと出会い、婚姻を誓った、あの古の精霊の泉。
──そこに、いた。
白いドレスをまとい、細い腕を胸に抱いて佇む女。風も葉も止まったように、ただその存在が森の中心に在った。
その姿は、まぎれもなく──アリアだった。
「・・・アリア?」
その名を呼ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げた。だが、目は虚ろで、言葉もない。
ただ、彼を見つめていた。
レイリアンの胸の奥で、何かが崩れた。時の封印が解けるように、忘れたはずの痛みと共に、愛しい記憶が蘇る。
けれど同時に彼は知っていた。この存在が、生者ではないことを。
それでも彼は、彼女に近づいた。震える指先で、その頬に触れる。
冷たい。
だが、確かにそこに“彼女”はいた。
夜の森は、再び囁きを取り戻し──風が二人を包んだ。