今年も咲いたオーフェリエの花。昔は嫌いだったけど今は好きよ。
「アマーリア。綺麗な花が今年も咲いたぞ。見においで」
「まぁ、本当に今年も咲いたのね」
今のわたくしはとても幸せ。
ディフェリル・コルディ公爵と結婚して5年経つ。いまだ子は出来ないけれども、わたくしはとても幸せ。
ディフェリルはわたくしの事をとても愛してくれる。
ディフェリルは32歳アマーリア・コルディ公爵夫人は23歳。
歳が離れた夫婦だ。
ディフェリルはアマーリアの手を取り、花壇の花を指さして、
「ほら、綺麗だろう」
「ええ、真っ赤なお花が咲いたのね」
この世界では、貴重な花、オーフェリエ。真っ赤な血のような花を咲かせる。
この花を見ながら、婚約者だったヴィクトルの事を思い出していた。
ヴィクトルは優しくてとても綺麗で。
アレクト公爵家の嫡男で、金髪碧眼の美男のヴィクトル。
アマーリアとは、学園で顔見知りになって、互いに恋に落ちた。
金の髪に青い瞳のアマーリア・トレド公爵令嬢。
家格的にも申し分はなく、二人は一目で恋に落ち、お互い15歳の時に婚約が決まった。
ヴィクトルはとても優しくて賢くて、アマーリアを大事にしてくれて。
二人で出かけた街でのデート。護衛はいたけれども、世界は二人だけのもので。
ヴィクトルはアマーリアに、
「私は君と婚約出来て幸せだよ」
「わたくしも幸せよ」
「そうだ。何か買ってあげよう。せっかく街に出てきたのだから」
「いいえ、貴方とこうしてお出かけ出来る事がわたくしの幸せよ」
屋台で売っている串焼きを買って、二人で食べた。
庶民の味をこうして食べる体験も楽しくて。
道端で食べながらヴィクトルが、串焼きにかじりつき、
「いつもの食事も美味しいけれども、この串焼きも最高だ」
アマーリアもちびっと噛り付いて、
「本当ですわね。美味しい」
二人で顔を見合わせて笑った。
本当に幸せで幸せで。
それが、崩れたのはヴィクトルが恋をしたから。
それも、平民の特待生のエリスに。
エリスは勉強熱心の茶の髪の地味な女性で。
でも、どこで知り合ったのか、アマーリアが気がつけば、エリスと仲良く中庭で話をするヴィクトルを見かけるようになった。
「ヴィクトル様はわたくしの婚約者ですわ。遠慮して下さる?」
エリスはヴィクトルの後ろにしがみついて、震えて、
「ただ、私は勉強を教えて貰っているだけです」
ヴィクトルも頷いて、
「ああ、嫉妬なんて見苦しい。君はそんなに狭量な女性だったのか」
「狭量ですって?貴方こそ、これは浮気でないと言い切れますか?」
「言い切れるさ。私はただエリスに勉強を教えていただけだ」
まるでアマーリアが悪者のように、ヴィクトルに睨みつけられて悲しかった。
何故、その女を大事にするの?
貴方が愛するのはわたくしのはずよ。
それからも、度々、二人で仲良く勉強する姿を見かけるようになって。
嫉妬で苦しい日々。
婚約者の交流で、時々、互いの屋敷で会ったり、街でデートをしていたりしていたが、それもぱったりと無くなり。
アマーリアの心は悲しみに沈んだ。
彼の両親もアマーリアによくしてくれて、嫁入りを楽しみにしていたのに。
本当に結婚する気があるの?
貴方はわたくしと人生を共にする気はあるの?
とある日、アマーリアはリフェル公爵家に嫁入りした姉レティシアが開くお茶会に招待された。
レティシアはアマーリアに、
「ディフェリル・コルディ公爵様。結婚相手を探しているの。貴方に紹介したくて」
「え?でも、わたくしは婚約者がいるわ」
レティシアは優雅に笑いながら、
「あの男とまだ婚約を続ける気?あれだけ愚痴を言っておいて」
姉には愚痴を手紙でこぼしていたのだ。
ディフェリルは銀の髪に碧眼の美男で、
「私と婚約しませんか?貴方に不誠実な相手とは婚約破棄をすればよろしい」
「でも、わたくしは……ヴィクトルの事を愛していますわ。きっと目を覚ましてくれると信じております」
「そうですか。そんな愚かな相手とはさっさと縁を切るに限りますがね」
そう、縁を切るに限るけれども、それでもわたくしは、まだ彼を愛しているんだわ。
彼と一緒に食べた串焼き。笑いながら互いの家でお茶を飲んで、庭を散歩して。
オーフェリエの花が彼の家には沢山咲いていて。
ヴィクトルはその花を見ながら、
「私はこの花が好きだ。なんたって情熱的な色合いではないか」
「そうですの?確かにそう言われればそういう風に見えるわね」
「私から君への熱い愛みたいだ」
「まぁ、嬉しいわ」
思い出して涙がこぼれる。
ディフェリルがハンカチを差し出してくれて。
「無理にとは言わない。私との婚約を考えておくれ。私は婚約者を病で亡くしていてね。とても良い人だった。彼女とは愛と呼べるかどうかは解らなかったが。しばらく結婚する気が起きなくて相手を探していなかった。だけど君の姉上に紹介されてね」
「有難うございます。こんなわたくしを気にかけて下さって」
「君は美しい。目を覚ましてくれることを願うよ」
そう言われたけれども、まだヴィクトルとの事が諦められなくて、お茶会からの帰り道、ヴィクトルの屋敷に寄ってみた。
ヴィクトルはいなかったけれども、公爵夫人が対応してくれて。
「ごめんなさいね。あの子が留守で」
「いえ、突然来たわたくしがいけないのです」
そこへ、ヴィクトルが帰ってきて、アマーリアを見て、
「しつこい女だな。いきなり来るだなんて」
「最近、わたくしに会って下さらないじゃないですか」
「ああ、私は忙しくてね」
「わたくしは寂しいわ」
「もう、鬱陶しい。私はエリスと過ごすのに忙しいんだ」
公爵夫人が、怒り出して、
「何を言っているの?ヴィクトル。アマーリアに使うってお金を強請っていたじゃないの」
「へ?母上。あれは……」
プレゼントだって、デートだって、何も貰っていないし、していない。
怒りがこみ上げる。
「どうして?何で?わたくしのどこが嫌いだと言うの?あんなにデートしたじゃない?あんなに楽しく話をしたじゃない?」
「君の事を嫌いになったわけじゃない。エリスの事が好きになっただけだ。母上。私はアマーリアと婚約解消してエリスと結婚したい」
公爵夫人が金切り声を上げる。
「エリスって誰?」
「学園で知り合った娘だよ。とても努力家で私に勉強を聞いてくるんだ。可愛くてね。アマーリアと大違いだ」
「わたくしだって、貴方の事を理解しようと、一生懸命で。前はあんなにわたくしの事を好きだって言ったじゃない」
「あれは前だろう?今はエリスの事が好きなんだ。過去のことを言うなよ」
「解りました。婚約解消を受け入れます。両親も反対しないでしょう。今まで有難うございました」
公爵夫人の引き止める声を無視して、屋敷の外へ出ようとした。
庭に咲き乱れる真っ赤なオーフェリエの花が風に揺れて。
二人で見た思い出が胸をよぎる。
貴方は情熱の赤で好きって言ったけど、わたくしはこの花は嫌い。
まるで血のようだから。
わたくしは嫌いよ。
ヴィクトルとの婚約は解消された。
婚約破棄をしようかと両親に言われたのだが、解消で良いとアマーリアは両親に言ったのだ。
慰謝料を貰いたい訳じゃない。
それに、あの人に愛されていた時は幸せだった。
だから、婚約解消でいい。
そんな気持ちで。
改めてディフェリル・コルディ公爵から婚約の申し込みが来た。
二人で我が公爵家のテラスでお茶をする。
「わたくしでよいのですか?」
「ええ。こちらこそ、歳が離れているけれども良いですか?」
「構いませんわ」
とても穏やかそうで良い人そうで。
アマーリアは彼となら幸せになれる。そう信じた。
結婚して5年経った。
いまだに子が出来ないが、アマーリアは幸せだ。
自分を愛してくれる優しい夫 ディフェリル。
彼の優しさに癒される日々。彼は年下のアマーリアをとても可愛がってくれた。
アマーリアが望むことなら何でも叶えてくれた。
でも、忘れられないヴィクトルとの日々。
赤いオーフェリエの花は嫌い。
でも、今はとても好き。
ヴィクトルはエリスと共に駆け落ちをして、公爵家に戻らなかったそうだけど。
そっと、花壇に咲き乱れるオーフェリエの花に語り掛ける。
「今年も咲いたのね。昔は嫌いだったけど今はとても好きよ」
優しくディフェリルが答える。
「毎年、それを言うね。嫉妬してしまうな。これからも君が望むことは叶えてあげるよ。私は君の事を愛している」
「有難う。わたくしも貴方の事を愛しているわ」
ディフェリルにそう言った後、そっと花壇の土を撫でて。その冷たい感触に、その愛しい感触に微笑むアマーリアであった。
某騎士団の会話
「せっかく屑の美男情報が入ったのに、彼はどこへ行ったんだ?」
「さぁ。公爵家を出たというのは掴めているんだがな」
「美男の屑捕獲失敗かっ」
貴方は冷たい土の下。
憎い人、でも愛しい人。永遠にわたくしのもの…