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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
しょうがくせいへん
9/32

きゅう なつまつり

「やったー、お姫様助けたー! ……あれ、偽物?」

「残念ながら本物のお姫様は8面をクリアしないと助けられないんだよ」


 夏休みも終盤。定期的に谷串を自分の家に招き、彼女に教育を施してアクションゲームの1面をクリアさせるという生産性の欠片も無い暇潰しを行っていると、外から陽気な太鼓の音が流れて来る。


「何の音?」

「お祭りだね。そういえばそんな時期か」


 毎年この時期には夏祭りが実施されており、よく分からない音楽やよく分からない踊りがその辺で繰り広げられたり、無駄に高い出店が並んでいる。

 もっと幼い時はりんご飴やくじ引きに胸躍らせたものの、高学年ともなればぼったくりに近い出店に貴重なお小遣いを消費する気分にはなれず、それどころか祭りによる騒音や、終わった後のゴミだらけの近隣にげんなりとしていた。


「お祭り! 行こう!」


 一方の彼女はまだまだお祭りで大はしゃぎする精神的な年頃らしく、目を輝かせながら俺の手を引いてすぐにお祭りに出かけようとする。


「みたきちゃんとお祭り行ってくるから。お小遣い」


 彼女を引きつれてお祭りでお金を浪費するのは嫌だったが、俺もタダで転ぶつもりは無い。

 それをダシに両親から特別ボーナスをもぎ取って、馬鹿とハサミは使いようだな、と暖かくなった財布を持って彼女と共にマンションを出て、近くに立ち並ぶ出店の群れへ。


「どれ食べる?」

「たこ焼きだったり焼き鳥だったりはいつでも食えるからな、祭りでしか食えないもんを食おう」


 りんご飴にイカ焼き、たこ焼きに焼き鳥……色々な出店を見ているうちに俺にも祭りを楽しもうと言う感情が蘇り、どれを食べようか悩んでいる彼女と作戦会議をする。


「りんご飴にしようよ」

「そうだな。だがな、りんご飴ってのは結局りんごの周りにべっこう飴をコーティングしただけなんだよ。外側のべっこう飴を食べ尽くしたら結局ただのりんごを食べる羽目になって、しかもりんごって芯があるからどこまで食べればいいか毎回悩むんだよな。そういう訳で全部食べられるメロン飴とかパイン飴とかにするべきだな」

「りんご飴ください!」

「……それとメロン飴とパイン飴、ブドウ飴も」


 祭りを最大限に楽しむために食についてもアドバイスをする俺であったが、損得勘定を持ち合わせていない彼女は大玉のりんご飴を手に取り、ムッとしながらも俺は小さ目のフルーツ飴をいくつか選んで財布に手を伸ばす。

 飴を買った俺達は近くに座り、もくもくとべっこう飴を齧り始める。


「一口食べる?」

「全部みたきちゃんが食べなよ」


 しばらくして、色んな角度から齧られたりんご飴の残骸をこちらに向ける彼女。

 齧られたりんご飴は美味しそうには見えないし、そもそも彼女と間接キスなんて嫌なので彼女を傷つけないようにやんわりと断っていると、彼女は俺の食べているメロン飴をじっと見つめ出す。


「……あたるくんのも美味しそうだね」

「俺のは小さいから一口あげただけで大惨事なんだよ」


 りんご一玉分のボリュームがある彼女のりんご飴と違い、俺の購入したフルーツ飴は一切れ分しか無いので一口齧られただけで大幅に減ってしまう。


「……うん、ごめんね」

「わかったわかった、残りはやるよ」


 なので彼女にあげるのは断固反対だったのだが、彼女に情が移りすぎたのだろうか、しょんぼりする彼女を見て罪悪感が湧き出てしまったのと、周りから見れば俺がダメな男に見えるのだろうか、視線が痛い気がするので半分近く残ったメロン飴を彼女に差し出し、彼女は満面の笑みでそれを一口で平らげる。


「あ、クジ引きあるよ! ほら、新しいゲーム機だって!」

「当たりなんて入って無いだろうけどね。ほら、1回やりな」


 飴を食べ終えた俺達は再び出店街道を歩いていたのだが、くじ引きの前で立ち止まり、目玉商品である最新ゲーム機に食いつく彼女。

 俺も1年生の時はくじ引きの現実に気づかずに親に何度もねだって困らせたな、と当時を懐かしみつつ、500円を店主に渡して彼女にくじを引かせる。


「~♪」

「安上がりな女だな」


 これがフィクションなら幸運の女神が彼女に微笑み大当たりが出たのかもしれないが、そもそも当たりは存在しないのだからイカサマをして当たりの番号を他所から持ってくるなりしない限り、景品は約束された正式名称のよくわからない吹いたら紙が前に出て来る笛だ。

 かつて俺がそれを手に入れた時は酷く絶望したものだが、彼女はそれを楽しそうにヒューヒュー吹きながら、次は何で遊ぼうかと辺りをキョロキョロと眺める。


「うわ、こいつら仲良くデートしてるよ」


 そんな感じでそれなりに祭りを満喫していたのだが、突然冷やかされ声の主を探すとそこにいたのは友達同士で祭りに来たと見られるクラスの男子達。


「久しぶり! 夏休み楽しかった?」


 俺以外とはほとんど絡んでいない谷串であったが、意外にもクラスメイトの判別が出来ているようで、自分達が冷やかされている事には気づかずに、祭りで上機嫌だからか気軽に挨拶をする。

 そんな彼女に面倒臭そうに舌打ちをし、心底馬鹿にしたような表情で俺を見るクラスの阿呆共。


「友達いないからってみたきちゃんとデートとか、ほんと恥ずかしい奴だな」

「……みたきちゃん、行くよ」


 自分達も寂しく男同士で祭りに来ている分際で俺を冷やかす連中ではあるが、言い返す気にもなれなかった、言い返す事の出来なかった俺は歯ぎしりをしながら彼女の手を取りその場を離れる。

 やがて人気の無い場所に来た俺は、苛立ちを隠せずに近くにあった木をガンガンと蹴りつける。


「あたるくん、大丈夫? 木を蹴っちゃ駄目だよ?」


 突然の俺の奇行に心配そうな表情をする彼女であるが、彼女に心配されるという屈辱的な状況にあっても尚、俺は冷静さを取り戻す事が出来ない。

 彼女の世話係なんて貧乏くじ、本来は嫌々学校の中だけでやるものであって、学校の外でやるのは不自然極まり無い。

 それを夏休みにわざわざ彼女を家に呼んで遊んだり、夏祭りに一緒に行っている今の俺は、人恋しくてなりふり構わずに彼女を友達として扱っているという男子達の指摘を自分の心の中でも否定する事が出来なかったのだ。


「違う! お前が寂しそうで可哀想だから俺は付き合ってやってるだけなんだよ!」

「……ごめん、よくわからないけど、私と一緒にいて、楽しく無かった?」


 苛立ちながら彼女に八つ当たりをする俺に対し、言葉の意味は理解できないながらも自分に原因があるのだろうと判断して申し訳無さそうな表情をする彼女。

 圧倒的に自分よりも馬鹿だと、劣った存在だと思っていた彼女に気遣われるという現状が、更に俺を苦しめる。


「……そんな事無いよ。さて、お祭りに戻ろう。今日はいっぱいご飯食べようね」

「うん……」


 決して俺は寂しくて彼女を利用している訳では無い、自分の懐の広さを証明するために学校以外でも彼女に付き合ってあげている、だから男子に冷やかされようが気にする必要は無い……何度も自己暗示をかけた俺は冷静さを取り戻し、泣きそうな表情になっている彼女に笑いかけて祭りの輪へと戻る。


「わたあめ、美味しいよ! 一口食べる?」

「……」

「あたるくん? 何でそんなに離れてるの?」


 ストレスを解消するためにその後はやけ食いをしていたのだが、冷やかされた経験からか無意識に俺は彼女から距離を取るようになっており、節約して自分の足しにする予定だった親からのお小遣いもほとんど使い果たしてしまう。


「それじゃあまた学校で会おうね!」

「うん、ちゃんと朝起きるんだよ」


 やがて祭りを堪能しきり、彼女を家まで送り届け、独り帰路につく。

 その途中、夏休みが終われば彼女と一緒にいても自然だなと考えている自分に気づいてしまい、馬鹿か俺はとその場で地団駄を踏むのだった。

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