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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
しょうがくせいへん
8/32

はち なつやすみ

「明日から夏休みですが、皆さんは~」


 気付けば夏休みはもう目前。

 校長先生の長い話を欠伸をしながら適当に聞き流していると、突然後ろから肩を掴まれる。


「……眠い」

「退屈だし眠いよね。もたれ掛かっていいよ」

「うん、ありがとう……」


 俺の後ろで校長先生の話に耐えていた谷串だったが、普通の人間でも聞いていられない話を彼女がまともに聞けるはずもなく、俺の背中にもたれかかって休もうとする。

 普段の俺なら涎がつきそうだから嫌だとか、そもそも俺も眠たいだとか、理由をつけて拒んでいただろうが、今日の俺は夏休み直前という事である程度心が大らかになっているため、彼女の重さを眠気覚まし代わりに校長先生の話を聞き続ける。



 長い話も終わり、教室に戻って一学期最後のホームルームを終え、大量の宿題と一カ月半の休日を手に入れた俺達。

 帰り支度を始めながら俺はクラスメイト達の会話に耳を傾けた。



「夏休みどうするよー?」

「俺夏期講習だから」


 そのまま地元の中学に進む男子の陽気そうな声と、受験のために夏休みは勉強三昧でとてもじゃないが遊べない男子の陰気そうな声を聞きながら、勝ち誇ったように鼻歌を歌う。


「あたるくん、帰ろ?」

「そうだね。帰ろうか」


 それもこれも全ては彼女のおかげだ。彼女の世話係を始めて3ヵ月。辛い事はたくさんあったが、その努力がこうして小学生最後の夏休みをストレス無く楽しめるという形で返って来たのだ。


「それじゃ、また今度!」

「……またね」


 上機嫌なまま、いつものように彼女を家まで送り届けると、彼女はまるで明日か来週に再び会えるかのようなテンションで俺に別れの挨拶を告げる。

 夏休みという概念をきちんと理解しているかも怪しい彼女に憐憫めいた笑みを向けた後、俺も帰路につき、自室で大きく背伸びをしてベッドにダイブする。


「受験勉強もほとんどしなくていいし、あいつの世話係もしばらくお休みだし、今までの人生で一番開放された気分だよ」


 そしてこれからの一ヶ月半をどうやって過ごそうか考えながら、ベッドの上でニヤニヤするのだった。



 それから二週間が過ぎたある日曜日の昼。クーラーと扇風機の効いた部屋でシャツにパンツ一丁という谷串を笑えないくらいだらしない状態の俺は、何をするでも無くぼーっとし続ける。


「暇だ……」


 夏休みが始まった時は豊富な時間に胸躍らせていたものの、いざ始まると時間の使い方がわからない。

 宿題も終わらせてしまったし、受験勉強もある程度はやっているものの推薦が確約された状態だからかあまりやる気にならない。

 ゲームも自分の家にはあまり無く、友人の家に集まって遊ぶパターンが多かったため、友人を全て失ってしまった今となっては自前で用意する必要があるが、お小遣いに余裕も無い。

 これが燃え尽き症候群というやつなのだろう、俺は自分の無趣味さにショックを受けながら、それでも何かアクションを起こす事無くただ部屋でダラダラし続ける。


「……あいつは寂しがって泣いてたりしてな」


 ふと、谷串の事が頭に浮かぶ。べったりと俺に依存していた彼女は、俺のいない日常に耐えられるのだろうか。

 そんな自意識過剰な事を考えながら、暇潰しも兼ねて連絡でもしてみるかとスマホを開くが、そもそも彼女は携帯電話を持っていない。

 緊急連絡先として彼女の家の番号は知っているが、『俺がいなくてみたきちゃん寂しがってませんか?』なんて馬鹿げた連絡が出来るはずも無い。


「こんにちは。たまたま近くを通りがかったので。みたきちゃんは元気してますか?」


 数十分後、悩んだ末に俺は用事のついでに立ち寄ったという体で彼女の家へ向かうという我ながら馬鹿げた行動に出る。

 案の定彼女の機嫌はここずっと悪いままらしく、娘に手を焼いていた両親はまるで厄介払いをするかのように嬉々として彼女を呼び出す。


「……あたるくん!」

「久しぶりみたきちゃん。……暇なら俺の家でゲームでもしない?」

「うん! するする!」


 これまでのように世間話がてら彼女の部屋で遊びに付き合っても良かったが、彼女の両親がいる状態で部屋で遊ぶというのがどうにも嫌だったため、逆に彼女を連れ出して俺の住むマンションへと向かう。


「ここがあたるくんのお家? 大きいね!」

「これはマンションって言って、小さな家がたくさんあるんだよ。駅から近いのはいいけれど、エレベーターの移動は面倒だし狭い。みたきちゃんの家みたいな一軒家が少し羨ましいよ。まぁ、隣の芝生は何とやら、だな」


 マンション全てを俺の家だと勘違いしている彼女を鼻で笑いながら、高層でも低層でも無い、中途半端に移動に時間のかかる我が家へ彼女を案内する。


「こんにちはー!」

「ただいま。あまりキョロキョロするな、俺の部屋はこっち」


 家の中に入った途端、大声で挨拶をする彼女の手を引いて両親に見られないように俺の部屋へと連れて行くつもりだったが、残念ながら両親はリビングで二人くつろいでおり、今まで友人を家に連れて来る事すら稀だった息子が女子を、それもどう見ても頭の弱そうな子を連れ込んでいることに目をパチクリさせる。


「部屋で待ってて。おやつ持ってくるから」


 そんな両親を無視して彼女を部屋で待機させた後、リビングに向かいお菓子やジュースを取り出していると、母親に声を掛けられる。


「中。今の子は、ひょっとして彼女?」

「違うよ。ただのクラスメイト。たまたま道端で会ったから」

「そう。元気そうな子ね?」


 母親の質問に適当に答えながらおもてなしの準備を終え、両親から逃げるように自分の部屋へ向かう。

 元々両親に学校での話をするタイプでは無いのも相まって、未だに俺は両親に俺がみたきちゃん係であることや、それが原因で孤立している事は告げていない。

 学校推薦が貰えるという情報だけを親には伝えているので、さぞや学校では素行良しの人気者で、友達付き合いもしっかりしているのだろうと両親には思われているだろう。


「あたるくんは、お母さんやお父さんと仲がいいの?」

「……さぁ? はいクッキー」


 お菓子とジュースを持って自室に戻ると、まるで俺の心を見透かすように谷串がそんな事を聞いてくる。

 そんな問いかけを適当にあしらいながら、黙ってろと言わんばかりにお菓子を彼女の口に持って行って食べさせる。

 俺は彼女と違って手のかからない良い子だからか、両親はそこまで俺に干渉していないし、俺も両親にあまり甘えない。

 受験だって両親に言われて決めた訳でも無く、自分が周囲より頭が良いのを自覚した俺が自主的に両親に相談して了承を得た。

 彼女のように厄介者だと思われている訳では無いし、自慢の息子だと思われているからこその先程の反応なのだろうが、俺は自身を持って両親と仲がいいと答えることが出来ず、逃げるようにゲーム機のスイッチを入れる。


「あはは、海に落ちちゃった」

「みたきちゃんは絶対に車を運転しちゃ駄目だよ」


 レースゲームで壁に衝突したり海に落下する彼女と遊んだり、アクションゲームで彼女の声援を受けながら華麗にステージをクリアして時間を潰した後、彼女を家まで送り届けて帰路につく。

 その日の夕飯の時間、普段は食事中に会話をする事は稀だったが、この日は母親が話を切り出した。


「中。今日遊んでた子だけどね、あまり仲良くしない方がいいと思うの」


 オブラートに友達は選べと言う母親と、それにコクコクと頷いて同調する父親。

 俺よりも人生経験の長い二人には、彼女がどういう存在かなんてすぐにわかるらしい。


「心配しなくても、仲良くするつもりは無いよ。俺は彼女の世話係ってだけだから」


 いい機会だと俺は両親に自分がみたきちゃん係であり、それが原因で孤立しており、その見返りで推薦枠を貰う事になっている事を説明する。

 貧乏くじを親に無断で押し付ける学校の対応に不満を抱いている様子の両親に最終的に俺が決めた事だから、と推薦の事もあり学校と揉めないように釘をさしながら、食事を終えて自室に戻る。


「……大人からもばい菌扱いか」


 そして無邪気で残酷な子供だけでは無く、大人からも煙たがられる彼女にどうしようもない同情心を抱くのだった。






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