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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
しょうがくせいへん
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なな すいえい

「暑い……ねぇねぇあたるくん、またあの猫と遊んでジュース飲もうよ」

「いいかいみたきちゃん、猫と遊ぶのにはお金がかかるんだ。この短期間に猫カフェに2回、しかもみたきちゃんの分も俺が出したせいでお小遣いはほとんど残っていないんだよ。さぁ、さっさと家に帰ってクーラーをつけてジュースを飲んでアイスを食べよう」


 蝉の声が聞こえ始めるようになったある日。

 たまに谷串の家で一緒に遊んでやるというスタンスを貫いていた俺であったが、今年の夏の暑さは尋常では無く、涼むために積極的に彼女の家に上がり込むように。


「あー涼しい……さてと、明日の授業の準備をしようね」

「うん! えーと……算数と、体育と……」

「あ、体育は明日からしばらく水泳だからね。去年の水着がまだ着れるか確認しておいてね。きつかったら明日の水泳はお休みして、お母さんと新しい水着を買いに行ってね」

「うん! プール♪ プール♪」


 クーラーのガンガンに効いた部屋で彼女に持って来させたジュースとお菓子を堪能しながら、翌日の授業の教科書を準備させる。

 明日からの体育の授業が水泳である事を伝えると、彼女は上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、ベッドに寝転がって枕をビート板代わりに持ってその場でバタ足をし始める。

 俺も日頃の鬱憤だったりを晴らすためにプールで気持ちよく泳ぎたいところだが、その願いは叶う事は無いだろう。




「えへへ、二人だと広くていいね」

「そうだね」


 何故なら俺はみたきちゃん係で、みたきちゃんは『ばい菌』で『お子様』で、他の皆が高学年用のプールで遊ぶ中、俺は低学年用のプールで彼女の御守だからだ。

 低学年用のプールってこんなに浅かったんだな、と当時を思い返しながら、俺は監視員になった気分で彼女が溺れたり壁にぶつかったりしないように眺め続ける。


「どう? 私ちゃんと泳げてる?」

「うんうん、泳げてる泳げてる」


 ビート板にしがみ付いてバタ足で斜めに泳ぎながら、彼女は褒めてもらいたいのか期待するような目でこちらを見やる。

 小学6年生がこのレベルなのは正直ちゃんと泳げているとは言えないのだが、俺は彼女に適当に相槌を打って喜ばせる。

 これが日常会話や算数のような、彼女が今後生きて行く上で重要なスキルならきちんとダメ出しをして色々と教えてやる気にもなるが、水泳となれば話は別。

 水泳なんてものは自主的にプールや海に行かなければ必要の無い行為だし、彼女は基本的に単独行動が許されていないから、泳げなくても今の俺のように周りの誰かが助けてくれるだろうから。


「あたるくんは泳がないの? 気持ちいいよ?」

「俺はいいよ。みたきちゃんが泳いでるのを見てるから」


 そんな事を考えながら彼女の水泳を眺めていたのだが、馬鹿なりに人を気遣う気持ちはあるようで、ずっと泳がずにいる俺を誘う。

 万が一の事を考えて俺は監視に徹するのだと、彼女に微笑みながら泳ぎを再開させようとするも、


「泳げないの?」

「……しょうがないな、お手本を見せてあげるよ」


 前言撤回。彼女に人を気遣う気持ちは無いようで、心無い言葉で俺の胸にナイフを突き立てる。

 誰のために監視員をやってると思ってるんだと微笑みは絶やすことなく心の中で睨みつけながら、身体は自然と準備運動をし始める。


「はい、これ貸してあげる」

「俺はビート板なんて使わないよ。そうだみたきちゃん、俺が泳ぎ始めたら、ざっくりで良いから数を数えてくれるかな? 奥まで行ったら数えるのお終いね」


 プールに入ると端に立ち、壁を蹴って勢い良くスタートダッシュを決めてそのままクロールで泳ぎ始め、『いーち、にーっ、さーんっ』と言う彼女の人力タイマーを聞きながら、全力で泳いで25m先、奥の壁に見事に辿り着く。


「すごーい!」

「まぁこんなもんよ。で、タイムは?」

「えーとね、25秒!」

「……まぁまぁかな」


 俺がちゃんと泳げる事を理解したようで賞賛する彼女にタイムを聞くと、25秒と言う答えが返って来る。

 1m1秒なら悪くないんじゃないか? と思いつつ、参考までにとクラスメイト達の水泳の授業を眺めると、


「うっし! 20秒切った!」


 俺よりも速いタイムを出している人達がかなりいる事に気づき、悔しくなった俺はストップウォッチを拝借してそれを彼女に持たせ、もう一度全力で泳ぐ。

 さっきは彼女が口で数えていたから正確なデータが出なかったのだ、きちんと測れば俺だって20秒くらいになるはずだ。


「タイムは?」

「30秒! 疲れちゃったのかな?」

「……もう一回!」

「私も泳ぎたいのに……」


 2回目で慣れたのでタイムは良くなったはずだと期待を込めながら彼女の持つストップウォッチを見るが、そこに表示されているのは30という非情な数値。

 どうしても平均レベルのタイムを出したい俺は彼女を記録員にさせてその後も泳ぎ続け、水泳の授業が終わる頃にはすっかりと疲れ果ててしまう。


「……zzz」

「あたるくん、起きて、プリント配られるよ」

「……はっ」


 その結果、次の授業で眠ってしまい、彼女に起こされるという屈辱を味わうことに。


「5年の時より多分タイム落ちてるよな……受験勉強とかやり過ぎたからかな……市民プールで練習しようかな……」

「プールなら私の家にもあるよ? 一緒に泳ごう?」


 その日の帰り道、水泳においても負けず嫌いを発揮してしまった俺は休日に市民プールで特訓をしようかと真面目に考えるが、彼女は自分の家にプールがあると言いながら俺の手を引いて帰路につく。


「じゃーん! えーとね、昔よくこれで遊んだんだよ」

「そうだね、確かにこれもプールと言われているね」


 どう見てもプールがあるような家庭には見えなかったが、彼女が言っているのはビニールプールの事らしく、まだ彼女の両親が育児に力を入れていた時に使っていたであろうそれを空気入れと共に庭へ持って来る。


「空気はこれで良し、と。それじゃあ水を入れるよ」

「はーい! プール♪ プール♪」

「みたきちゃん、ここで脱いじゃ駄目。中で水着に着替えて来なさい」


 両親が不在の時に勝手に使っていい物だろうかと悩みつつも、彼女はすっかりプールの気分になっているようだし仕方が無いかと空気と水を入れてビニールプールを完成させる。

 彼女が水着に着替えるために家の中に向かった後、どうせ一緒に遊ぼうと誘われるだろうしとこっそり着替え、しばらくしてビニールプールの中に二人の小学六年生が入るというあまり無い光景が完成する。


「くらえ、みずでっぽう!」

「みたきちゃん、ここはみたきちゃんの家の庭なんだからね。あんまりはしゃいだら水が家の物にかかっちゃって親に怒られるよ」


 ビニールプールの中ではしゃいだり、俺に水をかけたりと全力でプールを満喫する彼女を眺めながら、小学六年生にもなって俺は何をやっているんだろうとため息をつく。

 考えようによってはクラスの女子と放課後に一緒にプールで遊ぶというリア充的なシチュエーションだが、中身が低学年と言っても過言では無い彼女の御守をする行為をそれにカウントしてしまっては色々と終わりだろう。


「あー楽しかった!」

「良かったね。それじゃ俺は帰るから、バスタオルだけ貸してくれない?」

「え? 折角だから一緒にお風呂に入ろうよ? 背中洗ってあげる!」

「それは色々とまずいんだよ。例え水着だとしてもね。おかしな話だよね」


 17時になり家路が流れ、そろそろ親が帰って来るだろうしと後片付けをし、すっかり濡れてしまった身体を拭くために谷串家のバスタオルを借りる。

 プールで遊んだからかまた眠たくなってきたな、家に帰ったら夕飯が出来るまで眠ろう、その前に風呂に入ろうと欠伸をしながら帰路につくのであった。



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