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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
しょうがくせいへん
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ご うんどう

「……zzz」


 俺の甲斐甲斐しい努力により算数はちょっと出来るようにはなったものの、他の教科は壊滅的で、俺が彼女に勉強を教えた理由もクラスメイトへの復讐なので達成した今となってはやる気は出ず、こうして今日も彼女は自分の席で幸せそうに寝息を立てる。


「みたきちゃん、起きて。次は体育だよ。体操服持って、更衣室に行こうね」


 理科の授業が終わり、後ろにあるロッカーから彼女の体操着入れを取り出した俺は、寝ている彼女を揺らして起こしてそれを手渡し更衣室に向かわせる。彼女が一人で着替えが出来るかなんて知らないが、流石に俺の管轄外だ。


「はい、手を伸ばして」

「痛い痛い痛い……うう……」


 しばらくしてジャージ姿でグラウンドに合流した俺達は、授業が始まると当然のように二人組による準備運動を行う。このクラスは男子16人女子14人なので、俺と彼女が二人組を組んだ結果同様に余る男子と女子が発生し、気まずい事になっているようだがこちらには関係の無い話だ。


「今日はマラソンをするぞ」


 準備運動が終わり、体育教師がそう告げるとあちこちからブーイングが飛ぶ。ただ走るだけの退屈な競技ではあるが、クラスメイトと協力する必要が無いので俺達にとってはやりやすい部類だ。


「……見学する」

「駄目。マラソンはみたきちゃんでも出来るんだからちゃんと走る」

「うう……」


 クラスメイト達がグラウンドを走り始めるのを見て今日は何をやるかを察した彼女が、一部の女子と同じく木陰で休もうとするため、彼女の腕を引いて無理矢理並走させる。

 ドッヂボールのような団体球技やハードル走のような怪我をするかもしれないジャンルについては見学しても構わないが、単に走るだけの行為を拒否していては彼女の今後の人生は灰色だ。


「もう無理……」

「本当に体力無いのな……」


 軽いペースで一緒にグラウンドを1周、200mくらい走ったところで息を切らせながら立ち止まる谷串。

 何となく彼女のような存在は運動は出来るというイメージだった。

 勉強と運動が一種の対立した概念として考えられているのもあるし、彼女のような人間はリミッターが外れているというイメージもあるし、何より近くで彼女の喧しさに触れていれば、馬鹿だが活発な人間という印象を抱く。


「おんぶして」

「馬鹿言うな。3分休憩してもう1周。はい、深呼吸」


 しかし馬鹿は自己管理も出来ないし、筋肉の動かし方も下手なのだろう。身体の成長自体は周囲の女子と比べて大差無いものの、その体力や運動神経は月とすっぽん。

 頻繁に休憩をしながらダラダラと走る彼女に合わせた結果、まるで俺がサボっているように見られるというアクシデントもあり、多少は彼女に運動をさせた方が良いのではと考えながら放課後に。


「ねえねえ、今日は何して遊ぶ?」

「誰も今日遊ぶなんて言ってないんだけどな……」


 彼女を家まで送り届ける途中、彼女に今日は何をして遊ぼうかと聞かれて困惑する。彼女に勉強を教えるための条件として毎日のように遊びに付き合った結果、もう毎日遊ぶことが既定路線のようになってしまったらしい。

 受験勉強に費やす時間が減ったとは言え、幼児の絵本やアニメに毎回付き合うのも大変だな、と改めてみたきちゃん係の恐ろしさを実感していると、100m前方に彼女の家が見える。


「……みたきちゃんの家までかけっこしようよ。みたきちゃんが勝ったら美味しいお菓子あげるよ」


 ここから彼女の家までの道は見晴らしも良いし交差点も無い。彼女が勉強や運動は嫌いでも遊ぶ事は好きである事を利用すれば、彼女に色々とさせる事は可能なのでは無いかと、カバンの中に入れているお菓子をダシに彼女に家まで走らせようとする。


「よーし、負けないよ!」


 思った通り、『マラソン』は嫌いでも『かけっこ』は嫌いでは無いのか、意気揚々と家まで走り始める彼女。


「あ、あれ……?」


 彼女に少し遅れて走り始めた俺であるが、日頃から運動をしている訳では無いとは言えど、この年頃では女子の方が発育が良かったりすれど、身体の動かし方もよくわかっていない人間に負ける道理は無い。

 決して彼女に与えるお菓子が惜しい訳では無く、彼女にやる気を出させるために簡単に勝たせるつもりは無いと途中で追い抜き、先に家の前に到着して彼女の悔しそうな表情を見て笑う。


「俺の勝ち」

「……次は負けないもん」


 俺以上に日頃から運動をしていない彼女にとっては100m走るのも重労働らしく、息を切らせながら早く部屋で休みたいのか隠してある鍵を取り出して家の中に入って行く。

 俺のおかげかは知らないが彼女も多少はしっかりしつつあり、母親が常に家にいなければならないというレベルからは卒業したらしい。


「どうやったら、速く走れるの?」

「俺も詳しくは無いけど、腕の振り方とか、色々あるらしい。とにかく大事なのは、定期的に運動する事だと思うよ。ほら、アニメのヒーローだって、特訓してるでしょ?」

「確かに……よし、私も特訓する」

「俺を殴らないで」


 彼女の部屋でヒーロー物のアニメを見ていると、俺に負けたのが悔しかったからか運動に若干前向きになったようなので、自分も人に教えられるレベルでは無いものの親身にアドバイスをする。

 彼女にとって特訓とはボクシングの事らしく、その場で俺に向かってジャブを繰り出して来た。なかなかいいパンチしてやがる。

 それからしばらく経ったある日、彼女がグラウンドを3周出来るくらいにまで成長して並走する俺もあまり楽は出来ないなと思っていると、体育教師が笛を吹いて生徒を集める。


「お疲れ、先生はちょっと用事があるから後は自由」


 残り時間が自由行動となり、大はしゃぎでサッカーボールやドッヂボールを取りに行く男子生徒達。女子生徒達もこの日はドッヂボールをやろうという流れになったらしく、手書きのコートに女子達が集まって行く。


「……私もやる!」


 今までの体育の授業は本人の意思でずっとサボっていたのか、教師に止められていたのかは知る由も無いが、ここ最近の運動や特訓によりやる気を出したらしく、トコトコと女子のコートの中に入って行く谷串。


「……」


 そうして始まったドッヂボールだが、誰も彼女にボールを当てようとしないし、回そうともしない。

 今までずっと存在しない者として扱われてきた彼女が突然参加したところで周囲が困惑するのは当然の話であり、女子生徒たちは障害物かのように彼女を避けてボールを投げ続ける。

 結局彼女は最後まで当てられる事無くチームの勝利に貢献したものの、ドッヂボールの楽しさを一切味わう事無く、チャイムが鳴ると不満気に更衣室へと向かって行くのだった。


「……不満そうだな」

「うーっ……」


 その日の放課後、家まで送り届ける最中に俺の横で野犬のように唸り続ける彼女を宥めようとカバンからチョコレートを取り出して渡すが、彼女は余程機嫌が悪いようで乱暴にそれを奪い取ると包み紙ごとそれを頬張り、くちゃくちゃと汚い音を立てた後に包み紙を地面に吐き出す。


「ドッヂボールは二人じゃ出来ないけれど、キャッチボールでもしようよ」


 流石の俺も彼女の唾液まみれのゴミを片付ける程に人間は出来ていないので、ゴミから目を逸らしつつ、近くに落ちてあったソフトボールを手に取ると少し広いところに彼女を誘う。


「そーれ……ナイスキャッチ」


 そしてボールを山なりに投げて彼女にキャッチさせ、同じようにこっちに投げるように促すも、


「ええええーーい!」

「ひぃっ!」


 彼女の頭の中はまだドッヂボールだからか、思い切り俺の胴体めがけてストレートにボールをぶつけようとして来たため若干情けない声を上げながらそれを避けるのだった。なかなかいい肩とコントロールしてやがる。



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