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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
しょうがくせいへん
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よん さんすう

「おはよーございまーす!」


 みたきちゃん係になって一週間が過ぎた。世話係を放棄した今までの人達との格の違いを見せつけるべく、毎朝彼女の家まで迎えに行き、二人で校門をくぐる。


「おはよーございまーす!」


 今まで谷串が教師に大声で挨拶する事に対し、恥ずかしいし五月蝿いと思っていたが、よくよく観察してみれば低学年も負けず劣らず大きな声で教師に挨拶をしている。

 俺も昔はあんなだったかな、と当時を思い返しながら、ずっと彼女が小学校一年生として留年し続ければ、うまく行くんじゃないかと悲しい発想をしてしまう。


「おはよー」

「……」


 自分の教室に向かうと、谷串はクラスメイトに向けても元気良く挨拶を告げるが、誰も彼女の挨拶に返してはくれない。慣れっこなのか特に気にする様子も無く、自分の机に座ってカバンから絵本を取り出して読み始める彼女。


「……おはよ」

「……? あはは、あたるくんおかしいよ。だって家の前でもおはよーって言ったのに。忘れちゃったの?」

「……ふん」


 誰にも挨拶を返されない彼女を不憫に思ってしまった俺は、後ろの席で絵本を読んでいる彼女の方に振り向いて、時間差で挨拶を返す。

 しかし彼女は俺が家に迎えに来た時に挨拶をしていることを覚えていたからか、俺の事を朝の挨拶を二回する変な人間として笑い始める始末。

 人の善意に仇で返しやがって、と不貞腐れながらホームルームに臨み、そのまま一時間目の算数の授業へ。

 前回受けた小テストの結果が返って来ており、98点という優秀ではあるのだが満点では無い、受験組としては素直に喜べない点数に少し舌打ちをしながら早速間違えてしまった問題のチェックをする。


「あたるくんは、何点? 見せて見せて……えーと……9、8……72!」

「九九が出来るのか、みたきちゃんは賢いね」

「えへへ、花丸貰ったんだよ」


 後ろの席から谷串が身を乗り出して、俺のテストの点数をのぞき込む。もっと馬鹿な子だと思っていたが、俺の98という点数を分解して掛け算にして答えるというそれなりにユニークな能力は持ち合わせているらしい。

 花丸を貰ったと自慢をして来る彼女の答案用紙を受け取って眺める。九九がちょっと出来たところで小学校6年生の算数の問題を理解できる訳がなく、ほとんど適当な数字が描かれていたり、途中で飽きたのか落書きになっていたりと紙の無駄。

 そんな誰がどう見ても0点の答案用紙に教師は点数では無く花丸マークをつけており、こんな気遣いが出来るならもう少し俺達の味方をして欲しいものだなと、生徒の質問に答えている教師を睨みつける。



「やっべー、23点だわ……みたきちゃんかよ」

「おいおい、もう少し真面目に勉強しなきゃみたきちゃんに負けるぜ」

「0に負ける訳ねーだろ」


 両極端な答案用紙を眺めていると、クラスの一角から馬鹿そうな男子の声が聞こえる。どうやら馬鹿な男子が酷い点数を取ってしまい、その頭の悪さを谷串に例えているらしい。


「呼んだ?」

「呼んでないから座ってようね」


 自分が馬鹿にされている事には気づかず、自分の名前に反応して席から立ち上がり男子の下に向かおうとする谷串を制止し、次の算数の小テストの範囲を見始める。


 その日の放課後、谷串の家に向かった俺は、アニメを見ようとする彼女に今日はお勉強をしようとカバンから算数の教科書を取り出して見せつける。


「……いや!」

「お勉強しないと、一緒に遊ばないよ」

「……うーっ……」


 元から勉強が嫌いなのか、理解出来ないから嫌いになったのかはわからないが、教科書を見るなり不機嫌そうな表情になって俺を睨みつける彼女。

 しかし俺も引き下がるつもりは無いと、彼女が俺以外に遊ぶ相手がいない事を利用して脅しにかかり、彼女はしぶしぶ机の前に座る。


「7×3は?」

「えーと、えーとね……21!」

「じゃあ10×12は?」

「……わからない」

「10+12は?」

「えーと……えーと……10と、10と、2だから……22!」

「偉いね。ご褒美にチョコあげるよ」


 いきなり小学6年生の算数の教科書を使っても理解できるはずが無いので、彼女の今のレベルを確認しつつ、スマホで小学校教育の算数の単元について調べる。

 九九はどうにか覚えているし掛け算の概念も理解している。二桁の計算も足し算ならどうにか対応出来る。小学二年生レベルだろうか。


「何でお勉強しないといけないの?」

「みたきちゃんが将来生きて行くためだよ」

「じゃああたるくんは、私の為にお勉強を教えてくれるの? えへへ、ありがとう」


 割り算や二桁以上の掛け算について例え話やひっ算を使って教えていると、彼女が俺が何故突然勉強を教えようとするのかについて聞いてくる。

 彼女の将来の為だと答えると満面の笑みになり、やる気を出したのか俺の作った問題を解き始めるも、俺はそんな彼女から目を逸らす。



 算数がある程度出来れば、彼女のような人間であっても人生の質が多少高くなるとは思っている。

 しかしそんなのはおまけでしかない。

 本当の理由はあの馬鹿な男子達に、俺をひっくるめてばい菌扱いしてきた連中に、一泡吹かせたいだけ。


「うー……疲れた……」

「じゃあ続きはまた明日にしようか」

「えー……明日もお勉強するの?」

「しばらくは毎日お勉強だよ。その代わり、お勉強が終わったら一緒に遊ぼうね」


 欠伸を連発する彼女に対し、これ以上続けても効率は悪いと判断した俺は切り上げて彼女の見たがっているアニメのセッティングをし始める。

 毎日勉強をする事に対し嫌な表情をする彼女ではあったが、それまでたまに放課後に遊んでいたのが勉強ついでに毎日遊べるメリットを理解したらしく、鼻歌を歌いながらテレビに向き合った。

 俺の教え方によるものなのか、脳の容量が小さいながらも空っぽであるが故に一教科に特化すれば詰め込みやすいからか、思った以上の手ごたえを感じながら時は流れて行く。


「今日は分数の計算をやります。教科書の23ページを開いてください」


 それから2週間後。算数の授業になり、担任が教科書を開くように指示すると谷串も机の中から教科書とノートを取り出して開く。


「……?」


 その光景に、彼女の隣の席の生徒が信じられないと言った表情をする。今までの彼女なら、授業中に教科書を取り出すなんて行為は有り得なかったからだ。


「3/4×2/5は……えーと、3×2が6で、4×5が20で……ねえねえあたるくん、6/20であってる?」

「間違ってはいないけど、こういう時は約分をするんだよ。どっちも2で割れるよね?」


 更に教師が黒板に書いた問題に対し、喋りながらではあるが真面目に解き始める彼女。

 授業中に喋り始める迷惑なクラスメイトに対しての苛立ちよりも、彼女が分数の計算をしているという状況に対する困惑の方が勝っているらしく、顔を見合わせるクラスメイト達。

 そんな状況に苦労した甲斐があったとほくそ笑む俺。


「それじゃあ今日のまとめとして小テストをやりましょう」


 そして授業の最後に小テストが実施される。前から配られたプリントを後ろの席に彼女に渡し、


「テスト中は絶対に喋っちゃ駄目だよ。答えがわからなくても、途中の計算式とかはちゃんと書こうね。全然わからない問題があったらその次の問題を解く事」

「うん!」


 彼女に何年ぶりかの真面目なテストを受けさせるべくアドバイスをし、それに元気良く反応した彼女を見送って前に向き直る。それから20分の間、後ろの席からは落書きでは無い鉛筆の音が聞こえてくるのだった。


「昨日やった小テストを返すので、出席番号順に取りに来てください」


 翌日。俺は谷串の分も小テストの結果を受け取り、彼女にそれを手渡しながら口元に指を当てて、喋らないように指示をする。

 その後クラスメイト達がある程度テスト結果を受け取ったのを確認すると、


「凄いじゃないかみたきちゃん! 30点も取れたなんて!」

「えへへ……でもあたるくんは100点だよ? 私よりずっと凄い」


 クラスメイトに聞こえるように彼女の点数を公表し、クラスを騒然とさせる。

 そのうちの1人、馬鹿な男子の顔色が青ざめている事に気づいた俺は、心の中で『みたきちゃん未満』と彼を馬鹿にするのだった。

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