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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
高校生編
30/32

七話 堕天

 知的障害を抱える児童が、手術と教育カリキュラムによって改善された……医学的にはこれはかなりの喜ばしいニュースらしく、みたきちゃん? のプライバシーに配慮して色々とぼかしながらも、それなりにニュースの話題になった。


『私が頭良くない時から、ずっと支えてくれた、恋人がいて。その人のおかげで、私は頑張れて。これからは、似た境遇の人を応援して行きたいです』


 彼女の部屋でテレビをつけると、顔にモザイクがかかり、声も変えられているみたきちゃん? がインタビューに答えながら、今の自分がいるのは俺のおかげだと告白し、そのVTRを見ているコメンテーターやタレントが、真実の愛だとか何か良い感じの事を言い始める。


「あはは、何だか恥ずかしいね。カットされてるけど、私も色々感情的になっちゃって、中君の名前出しちゃったんだよ。危うく中君の名前が全国放送されるとこだった」


 自分が喋っている光景を見ながら、照れくさそうに微笑む彼女。

 テレビの中の彼女は自分の名前も俺の名前を出す事は無かったが、世界は狭く、噂というものはあっという間に広まるらしい。


「高下。お前の彼女、手術成功したんだろ? 良かったな」

「お前がずっと支えてやってたんだな」


 ついこの前までは俺を鬼畜だ、変態だ、人間の屑だと罵っていたクラスメイト達が、掌を返してみたきちゃん? の手術成功に貢献した俺を賞賛し始める。

 今ならまたクラスの輪の中に溶け込む事が出来たのだろうが、そんな気にもならず、適当にありがとなと周囲に返して孤独な学園生活を続ける事にした。


「次の中君の、高3だから最後の文化祭。また一緒に回りたいな。今の私なら、きっと大丈夫だから。中君が悪く言われるような事にはならないから。……あはは、自信過剰かな。最近普通の人を観察してるんだけど、やっぱり私って、ちゃんと笑えて無いし、発音もなんかおかしいし。そんな急に普通になんてなれないよね」

「普通だとか、そんな事を気にする必要は無いんだよ。みたきちゃんには俺がいる。俺にはみたきちゃんがいる」


 みたきちゃん? も養護学校に復学し、学校では少し物足りなくなった勉強をして、放課後には俺と一緒に勉強をして、遅れていた分をどんどん取り戻して行く。

 この日は日常で使うような英語について学習し、実力を測るために英検5級を今度受けようなんて話をしているうちに五時のチャイムが鳴り、みたきちゃん? は欠伸をする。


「はー、疲れた。アイムタイアード。今日の勉強は終わり。あたる君、夫婦ごっこしよ」


 そして覚えたての英語を使うと共に服を脱ぎながらベッドに座り、その横をポンポンと叩いて俺を誘う。

 いつものように俺が彼女の隣に座って、彼女を押し倒して夫婦ごっこをしようとしたのだが、彼女は俺のズボンに手をかけた。


「俺はいいんだよ」

「私がしたいの。中君を気持ちよくさせたいの」


 みたきちゃん? が退院してからそれなりに経過しており、病み上がりだからなんて言い訳はもう使えない。

 そもそも俺達は恋人で、みたきちゃん? はもう自分で考える能力が十分についているのだ。

 世間が許すなら、俺が罪悪感に囚われないのなら、そういう事をしたって何らおかしく無いし、自分に言い訳しながらそういう行為をしていた今までの方がずっと異常なのだ。

 それを悟った俺はネットに転がっている動画だったり漫画だったりで勉強したであろう彼女のたどたどしい愛を受け入れて、十分後には今までとは違い、俺がベッドの上で荒い声を出していた。


「ふふ、中君、そういう顔とか声とかするんだね。可愛い」

「……またね」


 紅潮した表情でニヤニヤと俺を眺めるみたきちゃん? から逃げるように、服に着替えるとそそくさと部屋を出て帰路につく。

 帰り道、俺はこんなことがしたくて、手術を受ける彼女を見送ったのだろうかと自問自答しながら、不安な気持ちになって行く。

 彼女を愛でて満足させて、欲求がたまった状態で家に帰って一人でするよりもずっと気持ち良かったが、同時に彼女が今までしなかった行為や、それまで見せた事の無い表情を不気味に感じてしまったのだ。

 これが普通の恋人としての日常なのだから、しばらく経てば慣れるだろうと自分に言い聞かせて、普通の恋人としての日常を送ろうとする。


「デートしようよ。私も落ち着いて来たし」


 ある日の放課後。お互い裸になって布団の中で身体をまさぐりあい、両者共に果ててしばらく無言で余韻に浸っていたところ、みたきちゃん? がデートの誘いをかける。


「確かに、今まで毎週のように遊びに出掛けてたもんね」


 退院したり、復学したりで色々と立て込んでいた彼女であったが、それも無くなり暇が出来たらしい。

 俺も受験生とは言え週末に遊びに出掛けられない程に切羽詰まっている訳では無いので断る理由は無く、週末の朝に俺達は駅で落ち合う。


「どこ行こうか」

「この街も久々だし、昔行ってたとことか行きたいな」

「じゃあ猫カフェ行こうよ。あの子も待ってるし」


 手術をしたと言っても彼女は別に整形をした訳では無いので、外見は変わらない。

 しかし顔の筋肉の使い方だとか、落ち着きようだとかは大きく変わっており、今までのように周囲の人間に『あの子はアレなんだな』と悟られるような事は無くなったのだろう。

 昔のように駅前で喋っている俺、というよりは彼女を奇異な目で見るような通行人はおらず、もう俺達は普通のカップルになれたんだなと実感し、近辺をブラブラしたいと言う彼女の要望に応えて保護猫カフェへと向かう。


「芳一、久しぶり。ほら、みたきちゃんだよ」

『マーオ♪』


 保護猫カフェで席に着き、昔助けた片耳の無い、冷静に考えると不謹慎な名前をつけられている気もする猫の名を呼ぶと、恩人達を覚える知性はあるようでとことことこちらに走り寄って来て、みたきちゃん? の膝の上に飛び乗る。


「……ここ出たら、別の猫カフェ行かない? 小学校の近くにあったよね」

「え? 確かにあったけど、一度しか行ってないよ」

「でも、あっちは普通の猫カフェでしょ? この子達も可愛いけど、向こうは普通の猫だし」


 猫を撫でながらも、別の猫カフェに行きたいと言う彼女。

 彼女の言いたいことはわかる。ここは保護猫カフェで、傷ついていたり、病気だったり、お世辞にもペットショップや普通の猫カフェに並ぶような可愛い猫はいない。

 実際俺だって、一人で行くならこの保護猫カフェよりも向こうの猫カフェを選ぶ。

 けれど、彼女の口から、『向こうは普通の猫』だなんて、そんな残酷な言葉が出て来るとは思っていなかったので、言葉に詰まりながらもそれを悟られないように話を合わせるしか無かった。


 その後も彼女と街を歩くが、彼女は変わってしまった。


「プニキュアの映画、新作やってるよ。見る? 新しく深夜のシリーズも始まって色々熱いよね」

「中君。私もう17歳なんだよ? プニキュアなんて幼稚園児が見るものでしょ」

「そ、そうだね……」


 今までは欠かさずに見ていた、つられて俺もファンになったプニキュアシリーズからはすっかり卒業してしまったし、


「今のカップル見た? 釣り合って無いよね」

「……確かにね」


 すれ違ったカップルを見て、釣り合っていないという感想を抱いてそれを口にする。

 勿論それが悪という訳では無い。

 普通の女子高生はプニキュアなんて見ないし、他人の容姿だったりにも敏感だ。

 本村さんだって、クラスの女子だって、同じような感性を持っている。


「今日は楽しかったよ。またね」

「うん、またね」


 普通のカップルとして、今までよりも遅くまで遊んだ俺達は駅前で別れ、自分の家へと去っていくみたきちゃん? を見送った後も、俺はその場に立ち尽くす。

 そして今まで抱いていた違和感の正体に気づいてしまい、それを否定するべく、駅で一人声を出した。


「手術は成功した。みたきちゃんは普通の女の子になって、世間に受け入れられて、それでハッピーエンドなんだ!」


 けれど、心はそれを否定する。



 手術は失敗した!

 みたきちゃんは死んだ!

 俺の隣にいるのは!

 天使のような純粋な心を失った!

 ただの谷串三滝なのだ!

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― 新着の感想 ―
やっぱりそうなるよね… なんて残酷な
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