五話 転生
『病院は快適?』
『うん 今色々検査してるとこ』
みたきちゃんが治験のために去って行ってからしばらく経過した。
俺は学校では既に孤立しており、みたきちゃんを失った事で学校に行くモチベーションもすっかり失っており、不登校では無いもののまともに授業なんて受けずに彼女にメッセージを送ったり、彼女が参加する治験が本当に大丈夫なのか調べたりする学園生活を送り続ける。
『私とっても健康なんだって。いつもあたる君が色々お出かけに連れてってくれたからかな』
『みたきちゃんが頑張ったからだよ』
みたきちゃんもメッセージのやりとりをしている時間帯は、本来であれば俺が授業を受けている時間という事に気づいているのだろうが、彼女もやはり寂しいのだろう、それに言及する事無く頻繁にメッセージを送って来る。
進学校の中でもそれなりに優秀だった俺の成績はどんどん下がって行ったが、そんな事はどうでも良かった。
『明日から メッセージ送れなくなる ごめん 最後に写真見たい』
『今すぐ送るよ』
やがて本格的に彼女の治験が始まるのだろう、今までのようにメッセージのやり取りが出来なくなるなんて報告と共に、俺の自撮り写真が欲しいと言うお願いが飛んでくる。
授業中であろうがすぐに彼女の願いを叶えるのが俺の役目なので、俺は机の下でこそこそと操作していたスマホを持ち上げて、パシャリと自撮り写真を撮って彼女に送る。
「……」
授業中に突然写真を撮り始める生徒に対し、教師もクラスメイトも腫れ物を見るような視線を俺に向けると、俺が色々とやばいやつという噂に尾ひれがついて関わりたく無いのだろう、無視して授業を再開し始める。
みたきちゃんはずっとこんな感覚を味わっていたんだろうな、と彼女の苦しみを改めて理解していると、彼女も病室で写真を撮ったらしく、これから始まる手術に対する恐怖と戦おうとしている、ぎこちない笑顔の写真が送られて来る。
そしてそれから、彼女からの連絡は途絶えた。
「身体目当てだとか、従順だとか、そんなんじゃないんだ。彼女の優しさや、穢れを知らぬ純粋さに俺は魅かれていたんだ」
彼女を失い、学校では最早ゾンビのように生気の無い状態で授業を受け続ける俺であったが、自室に戻ると飾ってある彼女の写真を眺めながら、彼女への愛情が周りの人間が言うような歪んだものでは無い事を再確認する。
「彼女が戻って来た時に、おかえりって言えるような、立派な人間にならなくちゃ」
そしてしばらく使っていなかった教科書やノートを机に広げて、すっかり遅れていた分を取り戻すために勉学に励む。
学校の授業も少しずつではあるが真面目に受けるようになり、三者面談を行う時にはそれなりの優等生に戻る事が出来た。
教師からは県外にある大学を勧められるも、みたきちゃんを優先したい俺は実家から通える範囲の大学に行きたいと言い、近くに大したレベルの大学が無いこともあり教師や親に考え直すように勧められてしまう。
「中。あの子の事はもう忘れなさい。折角成績も良くなったんだから、いい大学目指さないと。可愛い彼女なんてすぐに出来るわ」
「黙れ!」
三者面談の帰り道。俺は両親にみたきちゃんと付き合っているなんて言った事は無いが、流石に電話をしたりデートをしたりを続けていれば気づかれるものらしい。
彼女が治験を受けている事もどこからか知っていた母親は暗に彼女と別れるように俺に勧め、激昂した俺は親に対して遅れて来た反抗期を発揮させる。
小学校の頃は『心配しなくても、仲良くするつもりは無いよ』なんて言っていた俺が、数年後には恋人になって自分の人生すら犠牲にしようとしている事に対し、残念ながら両親は子供の成長を感じてはくれなかったようだ。
だったら家族の世話にはならない、近くで一人暮らししてやる、県外の大学に行ったって、みたきちゃんを呼んで同棲してやる、高校を卒業すれば俺達は結婚だって出来るんだ……彼女と逢えない時間が彼女への愛を強め、自立した人間にさせて行く。
そうしてクラスでは孤立し、家族との仲も険悪になりながらも、人間としてのスペックはどんどん向上しながら時は過ぎて行き、高校三年生になってしばらく経ったある日。
『お久しぶりです。やっと、スマホが出来るようになりました』
優等生になりすぎた結果、学校の授業を退屈に感じてしまうというジレンマに苦しんでいた俺であったが、スマホが震えたので確認すると、そこにあったのは『彼女』からのメッセージ。
授業が終わると早退しますなんて連絡を教師に入れる事無く、俺はカバンを持って学校を飛び出し、彼女のメッセージに返信しながら帰路につく。
『良かった。心配したよ。身体は大丈夫?』
『うん。もう少し検査とか色々あるけど、もうすぐそっちの病院に転院して、しばらくすれば退院かな』
『そっか。電話出来る? 久々に、みたきちゃんの声が聞きたい』
『私も、中君の声が聞きたい』
自室で愛する彼女からの元気そうなメッセージだけでは物足りなくなり彼女に電話をかけると、元気そうな、けれどどこか落ち着いた彼女の声が聞こえる。
『う、うう……』
『みたきちゃん!? どうしたの!? 身体の具合が悪くなったの!?』
『ふ、ふふっ、違うよ。久々に中君の声が聞けて、何だか涙が出て来ちゃって。全然変わらないね』
『良かった……みたきちゃんは、何だか声が変わったね。変声期?』
『ひっどーい。そんな事無いと思うけどなぁ』
俺の声を聞くなり感動して泣いてしまう彼女。
彼女からそれだけ愛されている事を感じながら、こっちの近況だとか、病院での生活だとか、他愛も無い会話を繰り広げ、検査があるからと彼女が電話を切ると、俺は彼女がこっちの病院に転院する日を、カレンダーに花丸マークをつけて書きこんだ。
『病院で過ごしてたら、結構体重減ったんだよ。中君は、スリムな方が好き?』
『別に元々みたきちゃん太って無かったじゃ無いか。ちょっとくらい肉がついてた方が、健康的でいいと思うけどな』
『じゃあこっそりお菓子食べて太ろうかな、なんてね、ふふっ』
それから俺と彼女は、メッセージのやり取りをしたり、電話をしたりしながら、遠距離恋愛を続けて行く。
『私、昔に比べたら算数……じゃなくて、数学出来るようになったんだよ。問題出して』
『99×98は?』
『え、電話でそんな問題出すの? えーと、えーと……もう、いくら何でも無理だよ中君。私今、必死で中学校の勉強してるんだから』
『あはは。ちなみにコツがあってね、(100-1)×(100-2)って考えるんだ』
お互い実際に出会うまで姿を見れる感動はお預けにしようということで、あえて俺も彼女も自分の顔写真だったりは送らずにやり取りを続け、そうしてついに彼女の転院の日がやって来る。
「退院祝いの花は……ん? でもみたきちゃん、そもそもまだ退院して無いしな……転院祝い? いや、別に祝う事でも無いし……というか冷静になって考えたら、花束なんて貰っても邪魔だよな……」
普段行き慣れていない花屋で悩み、花瓶と花を買った俺は近くの病院に向かい、彼女が入院しているという病室へと向かい深呼吸をする。
本当に中にいるのはみたきちゃんなのだろうか。声も何だか変わっていた気がするし、結局顔写真は見ていないし、実は別人なのでは無いだろうか。
しばらく会っていないだけにそんな不安を抱えながらも、いいや、俺は彼女を信じるぞと、意を決して病室をノックした。
「みたきちゃん? 俺だよ、中」
「中君? 入って入って」
電話で何度か聞いていた、快活ながらも落ち着いた声が聞こえる。
彼女に促され、俺は病室のドアを開けた。
「……中君! 会いたかった!」
そこには、みたきちゃん? がいて、彼女は俺を見るなり涙目になり、点滴を打っている事なんて気にもせずにベッドから飛び降りると俺に向かって駆け寄って来て、わんわんと泣きながら俺に抱き着いて来るのだった。




