四話 昇天
俺とみたきちゃんの関係がおかしくなってしばらく経ち、俺達は高校二年生になった。
学校ですっかり俺に関する『知的に問題のある子を言いくるめて、性的消費している鬼畜ロリコン』という噂が広まってしまったらしく、女子からは女の敵とみなされ、男子からもそこまでするかと引かれる立場となった。
反論する気にもなれず、ただひたすらに孤独な学園生活を送る。
「それじゃあそろそろ帰るね」
「うん……」
みたきちゃんと夫婦ごっこをする事も無くなった。
勿論家のパソコンに保存してある彼女の恥ずかしい写真だって消した。
恋人とそういう行為をしなくなってしばらく経つと、自分の中に『やっぱり本村さんと付き合い続けてた方が良かったのかな』なんて感情も産まれて来る。
そもそも自分はずっと前から、彼女と恋愛関係になるなんて有り得ない、女性として見るなんて有り得ないと思い続けて来たはずなのだ。
周囲の人間よりも、ずっと彼女の傍にいたからこそ、彼女が幼くて危うい存在だと理解していたのだ。
結局のところ、自分の抱いている感情は恋愛感情なんて尊い物では無かった。
ただ彼女が自分に従順で、身体だって簡単に許すから利用していただけ。
もしくは、彼女のような可哀想な人間と付き合う自分に酔っていただけ。
周りの人間だって、多くはそういう感情で行動しているはずだ。
女子と性的な行為がしたいという理由で付き合おうとする男子。
ステータスのために、年上の彼氏を作ろうとする女子。
漫画やアニメに出て来るような、純粋で崇高な恋愛感情なんてものは現実には基本的に存在しない。
でも、皆同じ人間だから。
そんな事はある程度割り切った上で皆関係を持っているのだ。
男子は恋人にがっつき過ぎれば男子から注意されるし、
女子だってガードが固すぎれば女子から恋人が可哀想だと注意される。
勿論、幼過ぎる人間は意思決定の能力が無いと認識されているから法で守られる。
「私や、学校の友達って、いつになったら、人間になれるのかな?」
「みたきちゃんはずっと人間だよ」
「こないだ調べたんだけど、せんしょくたい? ってのが、私はおかしいらしいよ。だから、人間じゃないのかも」
みたきちゃんはもう16歳。最近法律が変わったが、少し前まではもう結婚出来る年齢だし、子供を作る事だって可能だ。
けれど、周囲の人間も、近くにいる俺ですらも、彼女を16歳の人間だとは認識していない。
「私って、本当は何歳なのかな?」
「みたきちゃんはこの前16歳になったんだよ」
「でも、中学一年生の問題が、わからないよ?」
多くの人間は彼女を一生精神年齢が小学生のままだと思っているだろう。
精神年齢なんて曖昧な概念に答えが見つかるはずも無い。
彼女は確かに勉強が出来ない、喋りも苦手だ。
けれどクラスの男子なんかよりも、俺なんかよりも、ずっと気遣いが出来る。
全てにおいて幼い訳では無いのだ。
「あたる君は、どうして、このエッチな動画みたいな事を私としないの? 私、誰にも言わないよ?」
「みたきちゃん、そんな動画を見ちゃ駄目だよ。スマホ貸して。検索設定変えるから」
「どうして私は駄目なの?」
そんなものは、一部分は年相当だなんてのは俺にとって都合の良い解釈でしか無いのだろう。
俺とみたきちゃんは、いわゆるちゃんとした性行為をしていない。
毎回俺がみたきちゃんの身体を触ったり、身体を舐めたりして彼女を満足させて、自室でその余韻に浸る。
それは彼女を大事に思っているからでは、きっと無いのだろう。
俺自身、彼女を幼い存在だと、本来そういう行為をしてはいけない対象だと理解しているからこそ、自分の中で勝手に線引きを決めて、ここまでならセーフなんて言い訳をしているのだろう。
「あたる君のペットに、どうすればなれるのかな? ペットなら、何やってもいいよね?」
「人間が人間をペットには出来ないよ」
「じゃあ、『どれい』になればいいんだ。アニメでやってた」
「みたきちゃん、あんまり深夜のアニメを見ちゃ駄目だよ」
「あたる君や、あたる君の友達は良いのに、私は駄目なんだね」
最近はずっと、みたきちゃんをまるで妹のように扱っている。
世間一般的には、その距離感が正解なのだろう。
けれどみたきちゃんは、そんな関係性にしかなれない原因は自分にあると思ってて、いつも自分を責める。
「私は、ずっと大人にはなれないのかな。ずっと子供のままだから、あたる君と恋人にはなれないのかな。あたる君と私が恋人になるのは駄目だってあたる君に怒ってる人は、誰ならいいの? 皆があたる君と私が一緒にいるところを見て怒るなら、私、ずっと家にいる。デートもしなくていい。あたる君とこうして部屋で遊んで、夫婦ごっこ、えっちなことをして、私は、それでいい。あたる君は、それじゃ駄目なの? 私が、子供だから? 馬鹿だから? 人間じゃないから?」
みたきちゃんの悩みに、問いかけに、俺は答える事が出来ない。
世間の視線なんて気にするものかとみたきちゃんを愛することも出来ない。
代わりに俺はみたきちゃんを抱きしめて、お互いに泣きじゃくる。
そんな破綻した恋人生活が続いたある日の事だった。
「あたる君、大事な話があるの」
最早何のために彼女の家に行っているのかがわからなくなっていた俺に対し、最近は暗い表情ばかり見せていた彼女がいつになく真剣な表情で俺を見やる。
あまり自分の表情を鏡で見たりしないが、きっと俺も酷い表情ばかりしていただろうし、そんな人間が毎日のように部屋に来ても迷惑なだけだろうから、悪者になりたくなくて別れ話を切り出せない俺の代わりに別れ話を切り出すのだろう。
そうだ。きっとそれでいいんだ。それで俺の罪は清算出来る。
最後くらい笑顔で締めたいと、頑張って笑いながら彼女の言葉を待つが、
「私、手術する事にしたの」
彼女の口から飛び出て来たのは、全く予想もしていなかった言葉。
「……え? みたきちゃん、どこか悪いの?」
「身体は大丈夫だよ。頭はいつも悪いけど。……えっとね、「ちけん」って言うんだって。手術して、頭が良くなるかもしれないんだって」
彼女の身を案じる俺に対し、自分の頭を指差しながら、病院から渡されたであろう資料を俺に見せて来る彼女。
それなりに信用のある医療機関が、脳の手術により知能を活性化させる研究をやっていて、そのテスターとして彼女が選ばれたらしい。
けれど、治験、それも脳の手術なんてものに危険性が無いはずが無い。
「……あのクソ両親! みたきちゃんを、金で売りやがって!」
「違うの! 私が、やりたいってお願いしたの!」
すぐに俺は彼女の両親に対して怒りを抱くも、彼女は慌てて両親に無理矢理治験に参加させられた訳では無いと釈明をし、その目からはポロポロと涙が零れ始める。
「私が、もっと頭が良くなれば、大人になれば、あたる君と、ちゃんとした恋人になれるから、手術は、怖いけど、私、頑張るから、だから、私、あたる君と、別れたく、無い! 何でも、するから、また、帰ってきたら、デートしたり、夫婦ごっこ、したい!」
そうして語った彼女の覚悟はあまりにも大きくて、俺は手術なんてしなくたってみたきちゃんを愛するなんて言う事も、別れ話を切り出す事も当然出来なくて、気付けば数日後、彼女が手術のために去って行くのを黙って見送っていたのだった。




