三話 異常
「いきなりなんの話だよ」
軽蔑するような視線で俺を見やる男子達に不快感を抱きながらも、非難されるような事をした覚えは無いので困ったように返す。
「エロいことしたいのはわかるよ。俺だって彼女と毎日のようにしたいもん。でもさ、だからってガ〇ジを言いくるめて彼女にして好き放題するのってどうかと思うぜ」
「女なら誰でもいいのかよ」
「本村さんもお前が自分を振ってガ〇ジと付き合ったって知ってすげえドン引きしてたぜ」
そんな俺を嗜めるように非難する、普段は顔面偏差値だの、胸の大きさだの、下世話な会話ばかり繰り広げている男子達。
「……俺はそんな理由でみたきちゃんと付き合ってるんじゃないんだよ。彼女の純粋さに魅かれてるんだ」
「精神年齢小学生だろ? ロリコンかよ」
「身体目当てだろうが何だろうが、お前おかしいよ。善悪の判断も難しいような子を連れ歩いて、恋人扱いして」
彼女の事を何も知らない癖に、毎日勉強だってしてるし、パンを作ったり接客だって頑張っているのに、男子達は幼稚な存在だと、そんな幼稚な存在を恋人扱いしている自分は外道のロリコンだと責め立てる。
「……てめえらに何がわかるんだよ! ばい菌扱いしてた連中が! 寄り添いもしなかった連中が! 少し大人になった程度で、過去の醜さを無かったことにしようとしてる偽善者が!」
気付けば俺は激昂しており、近くにあった机を蹴り飛ばしていた。
そのまま教室を飛び出して、学校を飛び出して、近くの公園のベンチに座った俺であったが、少し冷静になると男子達の言葉が突き刺さり、吐き気と共に強烈な罪悪感が芽生えてしまう。
「……違う、違う! デートに金がかからないだとか、簡単に身体を許してくれるだとか、そんな理由で俺はみたきちゃんを好きになったんじゃない! ……大体、恋愛なんてそんなもんだろ! 見た目が好みだとか、性格が好みだとか、お金を持ってるとか、誰だって損得勘定を否定できるはずがない! なのにどうして、俺だけそれが許されないんだ! 違う! そんな損得勘定で俺は……っ!」
自分の醜い気持ちを否定したり、醜い気持ちを正当化したり、独りでぶつぶつと喚く様は、近くで遊んでいる子供や付き添っている親からすれば、それこそみたきちゃんのように映るのだろう。
近づいたら何をするかわからないと自然と人は離れて行き、人の目を気にしなくていいようになるにつれ、俺の何かに対する言い訳も、嘆きも、怒りも、どんどん激しくなる。
「……そろそろみたきちゃんの仕事が終わる時間だ」
暴走する自分を冷静にさせてくれたのは、時計も見なくても体内時計でわかる、みたきちゃんの迎えの時間。
男子達に言われた事を引きずっており、どんな顔で彼女に会えばいいのかわからないながらも、身体は自然と彼女の通う学校の、彼女の働くパン屋へと向かって行く。
「あたる君、いらっしゃい! ……あたる君?」
彼女の方もこの時間になると店にやってくるのは俺だと理解しているからか、お店のドアが開いた音に反応して俺を笑顔で出迎える。
しかし俺の顔はとても酷いモノだったのだろう、すぐに心配そうな表情をし始めて、バックヤードに向かうと絆創膏や塗り薬を持って来る。
「別に怪我とかした訳じゃ無いよ」
「本当? ……とりあえず、帰ろ」
俺を気遣う彼女の優しさに触れ、精神の落ち着きを若干取り戻した俺は頼りなく彼女に微笑むと、そのまま彼女の家まで並んで歩く。
「今日はね、学校で~」
普段に比べて元気の無い俺をどうにかして元気づけようとしているのか、普段に比べて帰り道に積極的に喋る彼女。
男子達は精神年齢が小学生だとか散々言っていたが、彼女は立派に空気を読む事も、その場に応じた対応をすることも出来るのだ。
だから俺は決して彼女を幼稚な存在として、それこそペットのように扱っている訳では無いと自分に言い聞かせながら、いつものように彼女の家へ。
「あたる君、ほら、早く早く、夫婦ごっこしよ」
いつもは彼女の部屋でダラダラと遊んだ後、最後に夫婦ごっこをして解散する流れだったのだが、この日のみたきちゃんは部屋に入るや否や、ベッドに向かって服を脱ぎ始める。
どうやら彼女は夫婦ごっこをすれば、俺が喜ぶという事を理解しているらしい。
「……今日は辞めよう。俺達は夫婦じゃないから、あんまり夫婦ごっこはしちゃ駄目なんだ」
男子達に言われた事を引きずり続けている俺は、自分の汚い欲望のために彼女を利用している事を否定できず、アニメを見たりゲームをしたり、健全に過ごそうとするも、今まで毎日のようにやっていた行為を突然しなくなるのはやはり何かがあったに違いないと考えたらしく、みたきちゃんはとても心配そうな表情を見せる。
「学校で、嫌なことあったの?」
「そんな事無いよ」
「でも、この前、お祭りに行った時、皆、あたる君と私に、変な顔してた」
「……」
都合のいい恋人を作って舞い上がっていた俺なんかよりも、ずっと彼女の方が周囲を冷静に見ていたらしい。
日頃から周囲に後ろ指を指されながら生きて来た彼女からすれば、原因は自分にあると判断したのだろう、すぐに泣きじゃくった顔になり、俺に謝り始める。
「私が、恋人だから、あたる君、変って言われてるんだよね。私が、馬鹿だから、ばい菌だから。ごめんね、私のせいで」
「違う! みたきちゃんが悪い訳じゃない!」
彼女は何も悪く無いのに、悪いのは彼女の好意を利用している事を否定できない自分なのに、彼女が泣きながら俺に謝る光景をとてもじゃないが受け入れる事が出来ず、彼女をベッドに押し倒すように抱きしめると、彼女も呼応して俺をぎゅっと抱きしめる。
そういった行為なんてするつもりの無い、ただお互いの感情を落ち着かせるための、お互いの不安をどうにかするための抱擁。
「あたる君だけは、私と仲良くしてくれた。だから、あたる君は、私に何してもいいんだよ。私、あたる君がいないと、う、うう……」
両親よりも、先生よりも、学校の友人よりも、彼女にとって俺が占めている領域は大きいのだろう。
そんな俺と離れたくないと、献身的な事を言う彼女であるが、周囲の人間からすればそれすらも、俺が彼女を利用するために自分に依存させた結果なのだろう。
「皆が、俺を、みたきちゃんを、利用してるって。そうかもしれないんだ。夫婦ごっこなんて、本当はしちゃいけないし、恋人にだってなっちゃいけないんだ」
「あたる君が『人間』で、私は『人間』じゃ無いから?」
「違う! みたきちゃんは『人間』なんだ! でも、でも……っ!」
そこからはお互い自分の感情を爆発させて、不安を吐露して行く。
俺は自分の感情が純粋な恋愛感情である自信が持てなくて。
みたきちゃんは自分が普通じゃない事を気にしていて。
「私、あたる君と、別れたくないよ! 私、何でもするから!」
「駄目なんだよ、恋人ってのは、そんな関係じゃ無いんだ。俺達は、最初から恋人になんてなって無かったんだ! 俺は、ずっと、みたきちゃんを、都合のいいペットのように扱ってたんだ!」
「私が猫だったら、あたる君のペットになれたのにな。一緒に寝るのも、お風呂に入るのも、身体を触るのも、ペットだったら、普通なのに」
同じ人間で、同じ年齢なのに、俺達が普通に恋人として付き合うなんてのは幻想にしか過ぎないのだとお互いに理解してしまったその日、俺達はわんわんと泣き喚き続けるのだった。




