九 恋人
「はーっ……はーっ……???」
「みたきちゃん、絶対に誰にも俺とお医者さんごっこしたなんて言っちゃ駄目だよ」
お医者さんごっこを終えた後、目の前にいる性知識も羞恥心も欠けている、それでも本能的に色々反応はしてしまうのか顔を赤らめて自分の感情が理解できずに息を荒げている彼女に厳重に釘を刺す。
「お母さんにも? 先生にも?」
「絶対に駄目。言ったら、俺とみたきちゃんはもう会えなくなっちゃうかも」
「……そんなの嫌だ」
周りにバレたら二度と会えなくなるかもしれないと言うと、みたきちゃんは寂しそうな顔をして俺の腕をぎゅっと掴む。
みたきちゃんの両親はもう彼女に大した愛情は抱いておらず、さっさと嫁に行ってくれた方が好都合だと思っていそうなので俺とみたきちゃんが何をしようと歓迎するスタンスかもしれないが、偽善者ぶった大人は彼女の気持ちを無視して引き離そうとするだろう。
彼女はこんなに俺に身体を触られて幸せそうにしているのに!
「それじゃ、そろそろ帰るよ。そうだみたきちゃん、診察するから、後で裸の画像とかを送ってね」
「うん……何だか凄く疲れちゃって眠いから、起きてお風呂入ったら送るね」
診察によってすっかり体力を消費してしまった彼女が服を着てベッドで眠りにつくのを見守りながら、自分のやったことは間違いじゃ無いと言い聞かせて部屋を後にする。
帰宅して、やがてみたきちゃんから送られてきた画像を保存した後に、ネットリテラシーの欠片も無い彼女にきちんと画像ややり取り自体を消すように命じ、その日の晩はそれで自分を慰める。
『文化祭高下君となるべく一緒に楽しみたいから、無理言って文芸部の当日の仕事は無しにして貰ったんだ。でも文芸部に私の作品置いてるから良かったら一人で見て欲しいな? 一緒に行くのは恥ずかしいから』
スマホには本村さんからのメッセージが届いていたが、面倒だったのでその日は返信をしなかった。
それからしばらく、本村さんとのスマホでのやりとりの頻度が減り、昼食時に最近準備で疲れているからスマホをあまり見てないと本村さんを納得させ、文化祭がやって来る。
「ごめんね、私の考えたプランに付き合わせて。あれも行きたいこれも行きたいって気づいたら一人でプラン作ってたんだ」
「構わないよ、俺も忙しくて本村さんと話し合えて無かったし。本村さんが決めてくれて助かったよ」
余程文化祭を俺と回ることが楽しみだったのか、普段の大人しめな印象とは打って変わってテンションの高い彼女。
そんな彼女のギャップにそれまでならドキッとしていたのかもしれないが、今の俺は文化祭が終わったらすぐにみたきちゃんにお土産を渡す事しか考えていなかった。
文化祭終了直前にたこ焼きやクレープを買って、後片付けを終えて打ち上げには参加せずにそのままみたきちゃんの家に向かい、まだ買ってからあまり時間の経ってない文化祭グルメを堪能する。
「いいなぁ、文化祭。私も行きたい」
「来年からは、みたきちゃんも来れるようになるかもね」
去年のみたきちゃん祭の時に作ったお化け屋敷っぽいオブジェクトを押し入れから取り出しながら昔を懐かしみ、改めて文化祭に対する羨望を露わにする彼女。
彼女と文化祭を一緒に回る想像をしながら二人だけの打ち上げを行い、それからもう少し日々が過ぎ、昼食時に本村さんが顔を赤らめながらクリスマスの予定を聞いてくる。
「その、クリスマスなんだけどさ、友達とパーティーとか予定入ってる?」
「入って無いよ」
「私の両親、クリスマスイブはデートでいないんだ。だからさ、デートして、その後私の家で……ね?」
本村さんも更に友人と会話をしたり恋愛相談をした結果、次のステップに進む覚悟を決めたらしい。
その場では恋人としてデートを了承しながらも、家に帰ってデートのプランを考えながら、お金がかかるなと溜め息をついてしまう。
「みたきちゃんなら映画だって動物園だって美術館だって割引なのにな」
本村さんと付き合ってから今までの事を振り返る。
デートにはお金がかかるし、それなりに気を遣わないといけないし、クリスマスという特別な日のブースト込みでようやくチェリーを卒業出来たところで割に合う恋愛なのだろうか。
そもそも俺は本村さんの事が本当に好きなんだろうか。
たまたま自分と仲良くなった女子ってだけで、見た目がそれなりに良くてステータスにもなるってだけで、今後も付き合い続けたところで俺は幸せになれるのだろうか。
そんな事を考えながら数日が過ぎ、クリスマスイブももうすぐというある日の放課後。
『別れよう』
俺は彼女が文芸部に参加している時間帯に、みたきちゃんと駅で合流して彼女の家に向かいながら、そんなメッセージを送る。
「あたる君、電話がさっきから何度も震えてるけど大丈夫?」
「気にしなくていいよ。それよりさ、クリスマス、一緒にお出かけしようよ」
「いいよ! お母さんとお父さんもお出かけするし」
本村さんからの着信を無視してみたきちゃんとクリスマスデートの約束を取り付け、それからしばらく俺達の破局を知った男子達に勿体無いと言われたり、女子に悪者扱いされたりと恋人を捨てたペナルティに耐え、クリスマスイブ当日の朝、雪の降る駅前で厚着をした俺とみたきちゃんはいつものように待ち合わせる。
「あたる君、おはよう! 雪降ってるよ! 雪合戦しよう!」
「おはようみたきちゃん。確かにこれくらい積もってたら、雪合戦したり、雪だるま作れるかもね。ちょっと広い場所を探そうか」
雪が降っている事に興奮する彼女を連れて、雪の積もっている河原に向かいそこで雪玉を投げたり、雪合戦をしたりとクリスマスイブのデートとは思えないような遊びに興じる。
他のカップルにとっては今日が特別な日で、今日しか出来ないようなデートをしようとしているとしても、俺達にとって今日はただ雪の降っている一日でしか無いのだ。
「……くちゅん」
「そろそろ俺の家で休もうか。俺も両親がデートでいないからさ。チキンとケーキでも買って食べようよ」
たっぷりと雪で遊び、彼女がくしゃみをし始めたのでそのまま彼女を連れて俺の家へと向かう。
暖房の効いた部屋でチキンとケーキを食べながらテレビを見たりと、多くのカップルが混雑した街で必死でデートをしている中、のんびりとクリスマスイブの時間を過ごして行く。
「……あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰って寝ないと。サンタさんも来るし」
「多分今年はサンタさんは来ないよ。どうせ俺の両親も、みたきちゃんの両親も帰って来ないんだから、今日はお泊りしよう。お風呂に入ろうか」
やがて夜になり、性の6時間だなんて身も蓋も無い表現をされている時間帯になると、みたきちゃんは欠伸をして帰り支度をし始めたので、それを制止して彼女と一緒にお風呂に入る。
邪な気持ちなんて一切持たずに彼女と身体を洗い合って、お風呂から出た俺達はそのまま俺の部屋に向かい、そこで彼女をベッドに寝かせて馬乗りになる。
「……今日もお医者さんごっこするの?」
「違うよ。……みたきちゃんと俺はね、恋人になるんだ。意味はわかる?」
「……お母さんと、お父さんみたいになるってこと?」
「そういうこと。俺はみたきちゃんの事が好きだよ。みたきちゃんは、俺の事好き?」
「うん。好き。そっか。じゃあ私達、恋人なんだ。私、知ってるよ。恋人だったら、キスしても、身体触っても、服を脱いでも、悪く無いんだって」
そして彼女に告白をして、彼女はそれを天使のように受け入れて、俺達は恋人になって、くすぐりあいでも、お医者さんごっこでも無く、恋人として愛し合った。
親にも愛される事無く!
子供達からはばい菌あつかいされ!
偽善者ぶった大人達からは意思決定を奪われる!
そんな!
そんな彼女を!
愛せるのは!
幸せに出来るのは!
俺だけなんだ!




