八 お医者さんごっこ
「最低だよ俺は……違う、俺は悪くない、みたきちゃんがあんな所で服を脱ぐのがそもそも悪い、いやみたきちゃんが精神年齢低いのはわかり切ったことなんだから」
自室で自分を慰めながらも、口から出て来るのは興奮の声では無く自己嫌悪や自己弁護の言葉ばかり。
背徳感で興奮するだとかそんな感情にもならず、ただ欲望に身体を乗っ取られている状態のままその日を過ごし、メンタル不調のまま学校に向かう。
「高下君、大丈夫? 具合悪そうだけど」
「あー……昨日ゲリラ豪雨があったでしょ? あれで濡れちゃったから風邪引いたのかも」
「じゃあ早退した方がいいんじゃない? 文化祭の準備期間だし、うつしたら皆に迷惑だよ」
「そうだね、ほんとごめん。……本村さんに会いたくて無理しちゃった。ご飯食べたら帰るよ」
「もう、高下君ったら……ふふ」
事情は知らないながらも俺の様子がおかしい事には気づく、日頃から俺の事をよく見てくれている本村さん。
本村さんが身体を触らせてくれそうにないから他の女の身体を触ったなんて言える訳も無く、風邪を引いたと嘘をついてしまい、その結果風邪を引いて無いのに早退する羽目に。
『学校で料理してクッキー作ったんだよ 一緒に食べよう』
しばらくみたきちゃんとは会わない方がいいだろうと思い、何をするでも無く家でごろごろしていたのだが、こういう時に限って向こうからお誘いが来る。
勿論だよと返信し、学校が終わる頃にいつものように駅に向かおうと支度をしていたのだが、昨日の件がフラッシュバックしてしまい、また同じことを自分はしでかしてしまうんじゃないかと部屋の中で半狂乱。
「まだ少し時間があるな……」
どうにかなってしまいそうな自分を抑えるために、みたきちゃんに会いに行く前にスッキリして邪念を打ち払い賢者となり、素知らぬ顔で彼女と会ってそのまま部屋へ向かう。
「これがチョコチップクッキーで、これがブラウニーで……あたる君、何だか顔赤いよ? 顔も下向いてるし、大丈夫?」
「……大丈夫だよ。上手に焼けたね」
「あ、これは食べない方がいいかも。オレンジビールなんだって。お酒だからお父さんにあげるの」
「多分それはオレンジ『ピール』だよ。オレンジの皮を混ぜてるんだよ。苦いけど美味しいよ」
しかし自分自身、中学三年生の健全な男子のリビドーを甘く見ていたらしい。
一度した程度では賢者になるどころか、すぐに反動が来てしまい彼女の首から下ばかり眺める時間が続き、不審がられないように彼女の作ったクッキーをバリボリと貪る。
それからしばらくは再び文化祭の準備期間がやって来たこともあり、みたきちゃんとほとんど遊ばずにクラスの出し物の準備をしたり、本村さんと下校デートをしたりする日々が続く。
そんなとある放課後、男子達だけで力作業をしていたのだが、話題は当然のように性の話になり、各々が普段どんなものをオカズにしているかなんて話で盛り上がる。
「……じゃあ理想の大きさは? 俺はF」
「現実的にDだろ。高下は?」
その話題は、好みの大きさは何かという話に発展し、黙って聞いていた俺にもクラスメイトは質問をして来る。
「Bかな」
あまり自分の性癖だとかを曝け出したくは無かったが、大きさくらいなら別に言っても構わないだろうし、Bはとても現実的な大きさだ。
しかし俺の回答を聞いた男子達は不思議そうに顔を見合わせる。
「Cじゃなくて?」
「何でCなんだよ」
「だって本村さんCあるだろ」
「……人の彼女をそういう目で見るなよ」
男子的には好みの大きさは彼女の大きさであるべきらしいが、そもそも今まで俺は本村さんの大きさを気にした事も無かった。
その日の準備も終わり、本村さんと帰りに軽くファストフード店で駄弁っている最中、こっそりと本村さんの首から下あたりを眺めると、確かに男子達の言う通りそのくらいの大きさだった。
彼女と解散し、自宅に帰り、夕食後に日課の如く自室でズボンを下ろしてパソコンの前に座りながら、キスを拒まれただけで癇癪を起こすくらい彼女の身体に拘っていたはずの、恋人を作る理由だって半分以上はそっち方面だったかもしれない俺が、肝心? の大きさに無頓着という一種の矛盾を抱えている事について考える。
「……みたきちゃんは、Bくらいだよな。中3になってから成長した」
そしてふと思い出したようにスマホを開き、みたきちゃんが何度か俺に送ってきている自撮り写真(勿論服は着ている)を眺める。
再会した時にはAだったが、心の成長はゆっくりでも、思春期に突入しなくても、身長は小学校の時から大して変わっていなくても、身体は女性らしく成長していくものらしい。
あんなことをしておきながら、まるで父親気取りの感想を抱いている自分に嫌悪感を抱きながら、現実逃避のために自分を慰めようとするも、保存してあるお気に入りの動画だったり、画像だったりを眺めてとある事実に気づいてしまう。
「みたきちゃんに似てる……」
お気に入りのセクシー女優や二次元のキャラクターの顔つきだったり、体つきだったりは、一般的に男子が好むような大きくてセクシーなものではなく、彼女である本村さんに似たものでも無く、幼さの残るみたきちゃんに似たそれであった。
しかもその傾向はつい最近、みたきちゃんに悪戯をしてしまった時から意識してしまった俺が影響されたのではなく、もっと前の、再会してかららしい。
「……俺が? みたきちゃんの事を好きだって事か? いやいや、おかしいだろ。モテない男子ならともかく、俺には本村さんという可愛い彼女がいるんだぞ? ルックスだって、中身だって、本村さんの方が圧勝じゃないか」
彼女を性的な目で見る事も異常だし、恋愛対象として見る事も異常。
そんな事は誰よりも彼女の近くにいた自分が理解している事であり、それだけに現状を受け入れる事が出来ない。
「欲求不満でおかしくなってるんだよ。もうすぐ文化祭で本村さんとデートだし、それが終わればクリスマス。そろそろ次のステップに行けるはずだ、そうすればみたきちゃんを変な目で見る事なんて無くなる」
無理矢理にでも自分に言い聞かせ、本村さんとの関係ももうすぐ次のステップに行けるはずだという希望的観測を抱き、それから数日間は何事も無く文化祭の準備をしながら過ごしていたのだが、
『たまには遊ぼう?』
文化祭の準備も大詰め、本村さんと当日どんなルートで回ろうかなんて話し合いもし終えたタイミングで、最近遊んでいなくて寂しいからかみたきちゃんが珍しく自分から催促するような連絡を寄越す。
それを無下にする訳にも行かず、その日の放課後は急用が出来たからとクラスメイトと本村さんに告げてシフトをサボり、彼女と駅で待ち合わせをして彼女の部屋へ。
「アニメでも見る?」
「……またくすぐって欲しいな」
子供向けアニメでも一緒に見て時間を潰し彼女の欲求を満たしてやろうと思っていたのだが、彼女は顔を少し赤らめながら、口からはそんな危険な発言が飛び出て来る。
「……みたきちゃんは、くすぐって欲しいの?」
「あたる君に触られたら、なんだか、ぽかぽかってして、気持ちよかった」
もしも本村さんに同じ事をやろうものならドン引きされてクラスに悪評が広まったことだろうが、みたきちゃんは俺を責めるでも無く、寧ろ気持ちよかったとおねだりをする始末。
その様子に必死で封じ込めていたはずの気持ち悪い感情が、どんどん口から飛び出て行く。
「……服を脱いでくすぐったら、もっと気持ちいいよ」
「え、でも、先生が、服を脱いでって言われたら、絶対駄目って言いなさいって」
「これはね、お医者さんごっこなんだよ。ほら、俺も医者の先生だから」
「あたる君が先生役なの? わかった、じゃあ診察おねがいしまーす」
俺はみたきちゃんに服を脱げと言い、先生に言われた事を守ろうとする彼女をおままごとだから、お医者さんごっこだからと言いくるめて、彼女をベッドに寝かせて馬乗りになり、彼女が自ら服を脱ぎ始めるのを鼻息を興奮させながら眺める。
そしてお医者さんごっこをしながら、自分の素直に気持ちになる事を決めたのだった。




