六 キス
「高下君、待った?」
「いや、今来たとこだよ」
みたきちゃんと予行演習デート、本物のデートを行ったその翌週の週末。
すっかり待ち合わせ場所としてお馴染みとなってしまった駅前で俺と本村さんは合流し、電車に揺られて少し遠くの街に向かい、先週既に見た映画を本村さんと一緒に見る。
「中盤のあのシーン良かったよね、本をバラバラにしちゃうとこ」
「高下君もそう思う? 私もあそこは色々共感とかしちゃったなぁ」
映画館を出た俺達は先週行ったばかりの、コーラが500円するけど空いていて映画の話をするにはうってつけのレストランに向かい合って座り、映画の話で盛り上がる。
先週既に見ている上に、その後も感想サイトとかで色々調べて主に女子はどこで感動するかを知り尽くしている俺は、パーフェクトコミュニケーションを取り続けており目の前に座る本村さんは常に上機嫌だ。
「見て見て高下君、この絵は販売もしてるんだって。家に飾ってみない?」
「いいね……って10万円もするじゃないか」
その後も美術館に行ってよくわからないけど多分価値のある芸術を二人で眺めて素晴らしい素晴らしいと俗っぽい事を言ってみたり、
「あー古本屋の匂い! 一冊100円! 読む機会無くても本棚に飾っておきたい!」
「インテリア扱いでもいいんじゃないかな」
古本屋に行き、テンションの高くなっている本村さんを見てニヤニヤしたり、この日のデートは控えめに言って超絶大成功。
「今日は凄く楽しかったよ! またデートしようね!」
「俺も凄く楽しかったよ。また明日。……俺達恋人になったけど、あんま気にせずにさ、昔みたいに仲良しベースでやっていこうよ」
「……そうだよね。私もちょっと、女友達から彼女になったから色々変わらなきゃって思ってたけど、考えすぎだったよね。それじゃ」
デートの目的である、付き合いたての初々しい、気まずい状態をどうにかするというミッションも目論見通り達成し、家に帰った俺は今後の恋人としてのイベントを思いながらニヤニヤとする。
その翌週、昼休憩時に先日と同様に購買でパンを買って空き教室で本村さんと食事をする事に。
「こないだ買った古本なんだけど、棚に入れてみたら結構部屋の中に匂いが染み付いちゃって。古本のい匂いって結局はダニだったりカビだったりするらしいんだよね……」
「まぁ、たまに行くから古本屋の匂いも受け入れるけど、部屋で匂うのはね……」
気まずい空気になる事も無く話は盛り上がり、次のデートはいつにしようかなんて話題にもなって、そうして本村さんとの恋人生活は順調に過ぎていく。
放課後に本村さんと街をブラついたり、3週間に1度のペースで休日にデートをしたり、彼女と共に過ごす時間は増えて行き、それはみたきちゃんと共に過ごす時間が減る事を意味していた。
夏休みのある日、この日は本村さんが家族で出かけているということで、別にみたきちゃんの家に行くくらいは堂々としていても問題無いのだが彼女の家で遊ぶ事に。
「最近、勉強が忙しいの?」
「……まあね」
「あたる君、受験生だもんね」
俺が最近みたきちゃんと一緒に遊ばないのは、高校受験を控えているからなのだろうと自分を納得させる彼女から目を逸らす、自分が通っている学校は中高一貫校である事を知らせていない俺。
「それじゃ、またね」
「またね、みたきちゃん」
日常的に寂しさを感じているからかこの日一日中テンションの低い彼女に別れを告げ、帰る途中にみたきちゃんとの関係をいつ終わらせようか本気で考え始める。
小学校の時と同じ流れになってしまうが、高校に進学したタイミングでもう会えないと言うべきか、あの頃から3年経過した今ならみたきちゃんも耐えてくれるだろうか……彼女ですら無いみたきちゃんへの別れ話に悩みながら日々を過ごし、夏休みが明けたある日の昼休憩。
「高下君さ、今日の放課後暇?」
もう空き教室で二人で一緒にご飯を食べるのが日常となって来たため、学校に来る前にコンビニでおにぎりやお弁当を買ったりと食のバリエーションが増えており、いつかお弁当作りにお互い挑戦したいねなんて会話で盛り上がることしばらく、食事を終えた本村さんがもじもじしながら俺を見やり、放課後の予定を聞いてくる。
「帰宅部だからいつだって暇だよ」
「……今日さ、私の部屋、来ない?」
「……! もも、勿論いいよ」
暇だと答える俺に対し、顔を赤らめながら自分の部屋で遊ぼうと誘う彼女。
恋人を部屋に招くというのは、好感度というか、ステップが1つ上がった証だ。
興奮しながらそれを了承し、放課後まで友人達に彼女の部屋に呼ばれたらどこまでしていいんだなんて相談をし、全力で平静を装いながら放課後に彼女と共に帰路につく。
「ここが私の家だよ」
「お邪魔します」
俺の家同様に、それなりに高そうなマンションの一室に住む彼女。両親はまだ仕事中とのことで、二人きりの状態で彼女の部屋に招かれた俺は、とりあえず彼女のベッドに座り深呼吸をする。
「紅茶で良かったかな? コーヒーの方が良かった?」
「本村さんの淹れてくれた飲み物なら何だって美味しいよ」
「もう、高下君ったら」
彼女が用意してくれた紅茶を音を立てないように飲みながら、ベッドに並んで座って他愛も無い会話を繰り広げることしばらく、お互い紅茶を飲み終えて一息つき、静寂が流れる。
タイミングとしては今しか無いと思った俺は、隣に座る本村さんの名を呼んで彼女が反応した瞬間、肩に手を回す。肩に手を回して、彼女がそれを受け入れて、キスをして、後は流れで何とかしよう。
「……いきなり何するの!」
「ご、ごめん」
瞬間、彼女が驚きながら俺から距離を取り、コミュニケーションの失敗を悟った俺は彼女から目を逸らしながら謝罪する。
その後は気まずい空気が流れ続け、やがて親がそろそろ帰って来るからと本村さんに言われた俺は、帰れと言われているのだろうと察してまたねとだけ告げて彼女の家を後にし、涙目状態で帰路につく。
「……あいつら俺を騙しやがって! 何が付き合って3ヵ月経ってればキスは絶対大丈夫だ! 本村さんも、男を家にあげるってそういうことだって知ってるはずだろ! そもそも本村さんの方から告白して来た癖に! ああ、ムカつくムカつくムカつく」
自分の部屋で下半身を露出させ、パソコンで女性の裸を見て自分を慰めながらも、口から出て来るのは適当なアドバイスをした友人や、勘違いさせるような振舞をした本村さんに対する不満。
その日の夜は欲求不満とストレスからキャリアハイを達成し、疲労感の残った状態で翌日学校に向かうも、あれから一度もやりとりをしていない本村さんからは昼休憩に突入したタイミングで『今日は友達と食べるから』と連絡が届く。
学食で友人達と食べても本村さん達のグループと鉢合わせして気まずいからと、既にコンビニで食事を買っていた俺は、独り空き教室に向かいモシャモシャと食事を採った。
その日の放課後、彼女はきっと文芸部に行ったのだろうと待つ事無く学校を出た俺は、無意識に代わりの遊び相手として認識している節のあるみたきちゃんに連絡を取り、ストレスを表情に出さないように努めながら彼女の家で遊ぶ。
「……? あたる君、私の顔になにかついてる?」
ただ、まだ引きずっているからか、昨日の夜にシすぎたからか、みたきちゃんの顔、もとい唇が気になってしまいしょうがない俺。
「……みたきちゃん、キスしよっか」
「キス? 何で?」
「海外では仲良い子がキスするのは当たり前なんだよ。これからはグローバル社会だからね」
「……うん。じゃあ、ちゅーしよ、ちゅー」
そして気づけば俺はみたきちゃんに対しキスをせがんでおり、突然過ぎる申し出に困惑しながらも、基本的に俺の言う事を拒まないようになっているからか、自分から身体を乗り出すように顔を俺に近づけて、誘ったのは俺であるが彼女に唇を奪われる。
「……甘い」
「さっきお菓子食べてたからね、そりゃ。どうだった?」
「……あたる君の顔が近くて、なんだか、くすぐったかった」
「絶対、他の人としちゃだめだよ」
「仲良くても?」
「仲良くても」
チョコレート味のキスがしばし続いた後、先に耐えられなくなった俺は唇を離すと共に冷静になり、絶対に他の人間とはキスをしないように釘をさして彼女の家を後にする。
「……俺は悪く無いよ。本村さんが悪いんだ。それに、みたきちゃんだって嫌がって無いし」
そして自分のやった事に対する罪悪感から逃れるように独り言い訳を続け、現実逃避するかの如くその日もキャリアハイを叩きだすのだった。




