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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
しょうがくせいへん
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に ばいきん

 ロングホームルームの次は算数の授業となり、教師が黒板に俺からすれば簡単すぎる数式を書いていく。

 俺のような中学受験を見据えている人達と、そうでない普通の人達との間の学力差は6年生になる頃には大きく開いており、復習にもなりはしないと俺は欠伸をしていたのだが、ふと後ろの方を向いて谷串の様子を見る。


「……zzz」


 てっきり授業中に騒ぐものかと思っていたが、6年生ともなるともう彼女の頭では授業なんてほとんど理解出来ずに反応する事も難しいのだろう、幸せそうにすやすやと机に突っ伏して寝息を立てていた。


「……」


 推薦がほぼ確約されたことで開放感があることもあり、俺も真面目に授業なんて受けずに惰眠を貪ろうかと考えたものの、何となく彼女と同じ事をするのが嫌で素直に前を向き、形式だけでも授業に参加する。



「みたきちゃん、算数の授業終わったよ。トイレは大丈夫? 一人で行ける?」


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、クラスメイトが雑談に興じたりトイレに行ったりと思い思いに行動する中、ずっと寝ていた谷串の肩を揺さぶり起こしにかかる。


「ん……おはよう……トイレ行ってくる」

「俺も行くか」


 起きた谷串は目をこすりながらフラフラと立ち上がり、最低限の行動は躾けられているようで廊下を出てトイレへと向かう。

 俺も用を足したかったので彼女と共にトイレに向かうが、性別も違うので当然連れションなんてしないし、男の方が基本的に用を足すスピードは速いので先に出るが、彼女を待つ事も無く一人で教室へと向かう。


「あ、田村さん。聞きたいことがあるんだけど」

「うん? 高下君だよね? 何?」

「俺みたきちゃん係になったからさ。アドバイスとか欲しいんだけど」


 廊下を歩き教室に戻る途中、みたきちゃん係としての前任者である田村さんを見つけたので、何が出来るかとか気を付けないといけない事とかを知っておくために彼女に助言を乞う。しかしながら、


「……は? 知らない」

「5年の時はみたきちゃん係だったんだろう?」

「その話はしないで」


 俺が谷串の名前を出した瞬間に不機嫌そうな表情になりこちらを睨みつけてくる彼女。

 彼女との接点は今まで全然無かったが別の男子が言うには優しい女子だそうだし、実際に俺も第一印象としてはそんなイメージを抱いていたのだが、目の前にいるのは非常にきつい性格をした印象のある女子だ。


「……! う……」


 気付けば用を足し終えた谷串が後ろからやってきており、俺と田村さんが向かい合っているのに気づき、怯えたように俺の後ろに隠れようとする。


「……聞いて悪かったよ。みたきちゃん、教室に戻ろうか」

「うん……」


 何かがあったのだろうと察した俺は話を切り上げ、谷串を連れて教室へ戻る。

 その次の3限目、国語の授業も同じように漢字もほとんど読めないであろう谷串は寝静まり、俺は授業を無視して教科書に載っている小説を読んでそれなりに有意義な時間を過ごす。


「……zzz」


 休憩時間になり、ずっと寝ている谷串を放置して教室の中でテレビ番組の話をしている男子達の輪へと向かう。積極的にクラスメイトと仲良くするつもりは無いものの、休憩時間に日常会話を楽しむくらいの交友関係は持っていて損は無い。

 何の話をしているんだ? と去年はクラスが同じでそれなりに仲の良かった男子に声をかけるが、


「こっち来んじゃねーよ」

「あぁ?」


 男子は去年まで本当に仲が良かったのかと記憶を疑ってしまうくらい、俺に冷たい視線を投げかけて拒絶の意向を示す。


「うわ、みたきちゃん係だ」

「菌がうつる」


 他の男子もそれに同調するように、思い思いに谷串と、彼女の世話係である俺に対する誹謗中傷をし始める。

 傍から見れば明らかないじめではあるし声量的に気づかないはずが無いのだが、教室で次の授業の準備をしている担任は男子達を諫める事無く、質問に来た生徒の対応をし始めた。


「マジでウケるー」


 他のクラスメイト達も陰湿な男子に呆れる事は無く、俺に対してニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたり、嫌な思い出があるのか谷串を睨みつけたり、俺と谷串を犠牲にクラスがまとまっているのが伺える。

 この場にいるのが嫌になった俺は教室を出てアテも無く廊下をフラフラと歩き、チャイムが鳴ると教室に戻って4限目の授業を受けようとするが頭に何も入って来ず、自分の精神を落ち着かせる事に時間を費やす。


「ねぇねぇ、遊ぼう?」


 谷串はもう眠くないようで、後ろの席からトントンと俺の肩を叩いて何かをして遊ぼうと言い出し、それを聞いていた他のクラスメイトは授業中に堂々と遊ぼうだなんて良い身分ですねとばかりに軽蔑の視線を彼女に送る。


「これで食べていいから大人しくしててね」

「あ、キャラメルだ! えへへ、ありがとー」


 勉強の合間の糖分補給用にカバンにストックしていたキャラメルを彼女に渡して黙らせ、彼女がキャラメルを美味しそうに頬張るのを眺めながら『みたきちゃん係』を安請け合いしてしまった先程の自分の浅はかさを呪う。


「今日のご飯は何かな?」

「カレーだってさ」

「やった、カレーだ!」


 そして4限目が終わり給食の時間になり、賢い俺はこの後の展開を予想出来ていたので自分の机を後ろに向けて谷串と二人きりの班を作り、カレーを溢して泣かれても困るので彼女の分も給食を受け取るのだった。



「ごちそうさま!」

「食べ終わったなら、外に行こうか」

「お散歩? うん、いいよ!」


 自意識過剰なのかもしれないが休憩時間中に教室にいると俺と彼女に対する悪口が聞こえてきそうな気がして、給食を食べ終わった彼女を連れて教室の外に出て誰もいないような寂れた場所へ向かい、並んで座ってぼーっと空を眺める。


「お前のせいで、俺までばい菌扱いだよ」

「私はアンパンの方がカッコいいと思う」

「……ばい菌扱いされた子が悲しまないように主要キャラにしてるのかもな、考えすぎか」


 それまでそこそこの優等生として周囲から評価されていただけに、唐突に腫れ物扱いされてしまった事を受け入れる事が出来ず、苛立ちを隠さずに口調も本来の物となり谷串を不満気に睨みつけてしまう。

 谷串は俺の表情から感情を読み取る事が出来ないのか、日向ぼっこを楽しみながら幼児向け作品の話をし始める。

 暖簾に腕押し、彼女に悪意を向けたところでどうにもならないと理解している俺は大きくため息をつき、彼女がばい菌扱いされるに至った経緯を考え始めた。


「お前が悪くない、とは思わないからな。授業中に騒いだりするのが許されるのは精々1年生くらいだ。どれだけ周囲に迷惑かけて来たんだ?」

「???」


 俺ごと拒絶したクラスメイトに不快感を覚えるも、それは俺が今まで彼女と同じクラスになった事が無くて犠牲者の気持ちが理解出来ないからなのだろうと一種のシンパシーも覚える。

 世話係だって、ただでさえ友達と遊びたい時期に拘束される上に、男子からはばい菌扱いされてからかわれてしまうのだ。最初は谷串に優しくしていたであろう田村さんがあそこまで彼女を嫌悪するまでの事を考えるとやるせなくなってしまう。


「俺が今まで何度かお前と一緒のクラスになっていたら、その時に世話係押し付けられていたら、俺はどうなっていたんだろうな? 考えたくも無い」


 周囲の男子に比べれば賢いし理性的であると自負しているし、彼女が馬鹿なのは別に病原菌のせいでは無い事も理解しているが、仮に去年同じクラスになっていたとして、世話係が別の人だったとして、俺はばい菌扱いなんて下らない事は辞めろよなんて言わずに、多くのクラスメイトに同調していただろう。

 たまたま今年は受験のために友人関係を重視するつもりが無かっただけで、そこまで正義感のある人間でも無ければ孤独を愛する人間でも無いのだから。


「お前にとっても俺にとっても、ラッキーだったな。お前はきちんとお世話をして貰える。俺は自分の醜悪な部分を出さずに済む。まぁ、引き受けたからにはやり遂げてやるよ」

「……? うん、頑張って?」


 話をさっぱり理解していない谷串に向けて、今年一年彼女とふたりぼっちの学園生活を送る決意表明をする。

 そして放課後、彼女の家は俺の帰宅ルートからそこまで外れていない事もあり、一緒に帰ろうと自分から誘う。

 世話係も放棄されるようになってきた今の彼女は登下校を一人で行う機会なんて珍しく無いのだろうが、それでも車に撥ねられたりしたら俺の責任になってしまうだろうから。


「おい高下、掃除サボんなよ」


 机を下げ、彼女を連れて教室を出ようとする俺をクラスの男子が引き留める。足手まといになるであろう谷串は当然のように掃除の班からは除外されているが、俺は除外されていないので当然の話だ。


「ばい菌扱いした癖に掃除はしろなんて虫が良すぎるだろ。掃除なんかしたらお前にもみたきちゃん菌がうつるぞ? さぁみたきちゃん、帰ろう」

「……ちっ」


 ただ、俺もクラスメイトに拒絶されても掃除は仲良く協力してやる程に掃除が好きな訳では無い。

 その男子が俺を拒絶した一員であることもあり、尤もらしい屁理屈を並べて言い返す事の出来ない男子が舌打ちをするのに若干の快感を覚えつつ、皆が掃除をしている中一足先に校門を出るという特権を味わうのだった。

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