四 予行演習
『私と付き合わない?』
その瞬間は唐突に訪れた。
文化祭が終わった後も、友人と遊んだり、本村さんと遊んだり、みたきちゃんと遊んだり、学生生活を謳歌しながら時は少しずつ過ぎ中学三年生の五月。
また本村さんと一緒のクラスになる事が出来ずにがっかりしながらも、新しいクラスの友人とともに下らない話で盛り上がったりしながら、主にスマホ越しに本村さんとやり取りを続けていたのだが、この日夕食を終えて自室に戻りスマホをチェックした所、本村さんからそんなメッセージが届いていたのだ。
『俺から言おうと思ってたとこだよ』
どこに付き合えばいいの? なんてベタな気づいていないフリをする理由なんて無い。
年相応にぴょんぴょんとベッドで飛び跳ねながら返信をし、この日あっさりと俺には彼女が出来た。
その翌日。恋人同士になったからと言って、家が近い訳でも無いしクラスも違うので突然学校でベタベタするなんて事にはならないが、四時間目の授業を受けている途中に珍しく普段は真面目で授業中にスマホを開く事の無い彼女からメッセージが届く。
『購買でパンでも買って、一緒にどこかで食べない? 文芸部の部室とか、昼は誰も使って無いし』
普段は俺も本村さんも学食でそれぞれの友人と共にカレーだったりうどんだったりを食べており、目が合ったりすることはあるものの一緒に食事をする事は無かった。
しかし今の俺達は恋人同士。一緒にご飯を食べるのは自然であり、かといって学食で二人で食べるというのも騒々しいし周りの目が気になるしで、彼女が辿り着いた答えなのだろう。
彼女の提案を了承した俺は授業が終わると友人達に今日は一緒には食えねえわと告げて、色々と察した彼等にニヤニヤと見送られながら購買に向かい、パンと飲み物を買って文芸部の部室の前へ。
「お待たせー、ごめんごめん、鍵借りるのに手間取っちゃって。中高一貫だから3年生だけど権限なんて無いんだよね。次からは空き教室にしよっか」
しばらくすると、鍵を手にした本村さんが嬉しそうにこちらに駆け寄って来て、二人で中に入り机に向かい合って座る。
そして恋人関係になって初めての、恋人関係になる前から初めての二人きりの食事になったのだが、お互いどうにも恥ずかしさからか無言になってしまい話が弾まない。
「デート、しようぜ」
「うん。恋人だしね」
一目惚れして告白して付き合ったお互いをよく知らない間柄でも無く、元から仲良くてお互いをある程度知った間柄という事もあり、恋人関係になったからといって本来劇的に関係が変わる必要は無い。
俺としても昔のような関係性を崩したくは無かったため、とりあえず恋人らしい事としてちゃんとしたデートを行い、初々しい状態を終わらせようと画策する。
「土曜日にさ、映画とか」
「ごめん! 今週末は、家族で小旅行するんだ」
「そっか。じゃあ、来週」
「それなら大丈夫。ごめんね、私から告白したのに」
本村さんの都合でデートは来週の週末となってしまい、デート前にいちゃいちゃするのも変だし、しばらくはこのままの状態なのかなぁと食事を終えて彼女と別れた後に溜め息をつく。
その日の放課後、部活に向かう本村さんを見送り、学校を出た俺はいつものように駅に向かい、そこでみたきちゃんと合流して彼女の家へ。
「今日はね、テストで80点取ったんだよ」
「偉いね」
当たり前のようにこの日もみたきちゃんと部屋で遊んでいるが、正式に本村さんと恋人関係になった以上、どこかでけじめはつけないといけないのだろう。
みたきちゃんがもう少し大人になって、自分に依存しなくても大丈夫な時がその時なのだろうと、今はまだ幼さを醸し出している彼女を眺めながら考えていたのだが、そこで妙案を思いつく。
「みたきちゃん、週末暇?」
「うん、いつも部屋でテレビみたり、ゲームしたりして遊んでるよ」
「じゃあさ、一緒にお出かけしない?」
「いいの!?」
本村さんは今週末に家族と小旅行に出かけるので、仮に俺とみたきちゃんがデートをしていたところで鉢合わせする危険性は無い。
俺はみたきちゃんとデートをする事で来週のデートに向けた予行演習が出来る。
本村さんはしっかりと予行演習されたデートで俺への好感度が上がる。
みたきちゃんも俺と遊べる。
WinWinWin、三方良しだと、これは浮気では無いと心の中で本村さんに言い訳をしながらみたきちゃんとデートの約束を取り付け、土曜日の朝に俺達は駅前で待ち合わせをする。
「おはよう!」
「おはようみたきちゃん。それじゃ切符を買って、電車に乗って街に行こう」
「ここも街じゃない?」
「確かにね」
楽しみだったのか俺よりも先に駅に着いていた彼女は俺を見るなり、子犬のように目を輝かせながら駆け寄って来る。
そんな彼女に挨拶をすると駅の改札を指し示し、本番では流石に切符代を奢るのはアピールが酷いと思うのでやらないが二人分の切符を買い、電車に揺られながら本格的なデートが出来る街へと向かう。
「どこ行くの?」
「まずは映画だね」
地元よりも少し都会な街についた俺達は、近くにあるショッピングモールに併設されている映画館に向かい、本村さんと来週見る予定の青春映画をチョイスする。
映画デートで先に予習しておくのは邪道かもしれないが、つまらなかったら本番で別の映画を選べばいいし、面白ければ終わった後の話を盛り上げるのに利用できる。
同じ映画を二週連続で見る退屈さを受け入れてこそ、素敵な彼氏になれるのだ。
「大人二枚ください」
「……! あ! すみません、これ使います!」
財布から二人分のチケット代を取り出そうとした俺であったが、みたきちゃんは思い出したようにカバンから緑色の手帳……療育手帳だとか、愛の手帳だとか呼ばれているソレを取り出すと受付にそれを見せると共に1000円札も取り出して自分の分を払い、奢るつもりが付き添いの俺は割引料金で自分のチケットを買うことが出来た。
「これを見せると、映画とか、電車とか、色々安くなるんだよ。電車で使うの忘れちゃった。ごめんね」
「……あんまりそれを見せない方がいいよ」
日常生活が大変だったり、定期的に病院に行く必要もある彼女のような人達が手帳を使ってお得にサービスを享受するのは何ら間違っていない行為なのだが、一緒に出掛ける身としては少し恥ずかしいと言うか、漢気を見せたいというか、複雑な感情を飲み込んで彼女と共にシアターへ向かう。
「……zzz」
映画の内容は彼女にとっては難しかったらしく、大声を出して周囲の迷惑になる事も無く、シアターを1000円の宿代わりにすやすやと寝息を立てる。
そんな彼女の横でじっと映画を見続け、来週本村さんと見た時に語り合うポイントをしっかりチェックする俺。
映画を見終え、寝起きで欠伸をしているみたきちゃんと共に近くのレストランを探し、少し目立たない場所にあるからか休日の割に混雑していないレストランへ向かう。
勿論行列が出来ていたり混雑しているレストランの方が味だったりの面では無難なのだが、本村さんはあまり人が多いのが好きじゃ無いし、味よりも邪魔されない場所でゆっくり映画について語り合うシチュエーションの方が大事なのだ。
「美味しい?」
「うーん……よくわからない。……何でコーラが500円もするの?」
「何でだろうね」
料理を美味しいとも思えず、映画もほとんど寝ているので喋ることも出来ず、メニュー表に書いてある自販機の4倍近い値段のコーラを見ながら首を傾げる、あまり楽しそうじゃないみたきちゃんを他所に、本番デートプランについてメモを取る俺。
その後も美術館に行ったり、古書店に行ったり、本村さんとのデートの予行演習としてみたきちゃんを連れまわした結果、地元の駅に戻る頃にはすっかり彼女は退屈そうな表情。
「……今日はありがとう。楽しかった。またね」
それでも人を気遣う感情は十分に持ち合わせているからか、不満を口にする事は無く、俺にお礼をして一人帰路につこうとする彼女。
「……待って! 明日、もう一度遊びに行こう。今度は、みたきちゃんの行きたいとこに行こう」
自分のデートの予行演習に付き合わせるという、女友達? の最悪な使い方をしてしまった俺は後ろめたさから、気付けば去ろうとする彼女の腕を掴み、翌日に改めてデートの仕切り直しを申し込むのだった。




