二 二股
「本村さんと最近一緒に帰ってるらしいじゃねーか、どこまで行ったんだ」
「何も進んでないよ」
「いいよな、顔面偏差値57くらいあるよな」
「失礼だろ」
みたきちゃんと再会した俺ではあるが、俺と彼女は学校が違う。
暇な時にたまにSNSのやり取りをする程度で、基本的には健全な中学生としての生活を送っており、本村さんとの仲も順調に進んでいた。
意図的に俺は本村さんを狙っていた訳では無いので実感は無かったが、彼女はそれなりに人気の女子らしい。
「……そういえばさ、親戚の子なんだけど。この子、顔面偏差値いくらくらいだと思う?」
男子達の話題が女子の顔面偏差値という悪ノリになってしまい、そういうのにあまり興味の無かった俺はもどかしい思いをしていたのだが、ふとみたきちゃんは周囲にどう思われているのかが気になり、スマホを取り出して彼女が最近送って来た自撮り写真を周りに見せる。
「……この子、アレじゃね? いわゆる、ダウ〇じゃね? あいつら皆同じ顔だよな」
「偏差値40くらいだろ」
彼女の屈託無い、しかし上手く笑えていない笑顔を見ながら、失礼ながらも客観的な評価を次々と下す男子達。
若干の不快感を覚えながらも、これが現実だよなとスマホをカバンに戻し、これ以上この話題を聞きたく無かったのでそろそろ帰るわと友人達に告げる。
「もう少し残れば? 本村さんまだ部活だろ?」
「ちょっと野暮用があるんだよ」
何だかんだ言って俺は友人に恵まれているらしく、仲の良い女子がいる俺に嫉妬する事無く応援してくれる友人達だが、俺の知り合いは本村さんだけでは無い。
学校を出てしばらく歩き、駅前で待つ俺の前にバスがやって来て、そこから俺を見るなり満面の笑みで手を振る彼女が降りて来る。
「お待たせ! お腹空いちゃった」
「成長期だからね。かなり背も伸びたんじゃない?」
「あたる君はもっと背が伸びたね。昔は私の方が高かったのに」
「ま、男女の違いだね。ハンバーガーショップのクーポンがあるから、ちょっと買って帰ろうか」
男子曰く顔面偏差値40くらいのみたきちゃんと共に、近くのハンバーガーショップで夕食前のご飯を買い込み、彼女の家に向かい部屋でそれを食べながら雑談に耽る。
「みたきちゃんの学校は、部活とかあるの?」
「んー……それって、サッカーとか、野球とか、学校が終わったらやるやつだよね? 無いかな。でも、あたる君と一緒に遊ぶ方が楽しいから」
「そっか。じゃあここが部室で、俺達はみたきちゃん部だね」
彼女と再会してから何度か家にはお邪魔しているが、彼女の両親は年頃の女子の部屋に男子が入り浸る事に対して特に何とも思っていないらしい。
それどころか久々に家に上がり込むようになった俺を歓迎している節すらあり、さっさと俺とみたきちゃんにはくっついて貰って、嫁にでも出て行って欲しいと考えているのかもしれない。
俺には彼女よりも可愛くて仲の良い女子がいるんだけどな、なんて言葉は勿論口には出さず、夕飯前まで一緒に遊んで、またねと別れを告げて家を後にする。
「……何で俺はまた、みたきちゃんと一緒に遊んでいるんだ?」
一人で帰路につきながら、再会したみたきちゃんとまた関係を持ち続けようとしている理由について考える。
たまたま再会して、向こうが俺と遊ぶことを望んでいて、断りづらいから。
しかし、SNSを頻繁に返したり、放課後にこうして彼女の部屋で遊んだり、本村さんという優先すべき女性を蔑ろにしてまで彼女と交流をしたり、それだけでは説明出来ない部分はあった。
「女性として見てる……は有り得ないよな。偏差値40だし」
俺はみたきちゃんに対して『可愛い』と思った事は一度も無い。
中学二年生になり、それなりに女性らしく成長はしているものの、その顔つきから醸し出す圧倒的な幼さに女性としての魅力は感じないし、偏差値40と直球で貶す男子達には苛立ちを覚えるものの、俺自身彼女のルックスについては贔屓目に見たって中の下だと思っていた。
「憐みか? 憧れか?」
けれど、みたきちゃんを可哀想だと思った事は何度もあるし、自分には無い部分を持っていると感じた事だってある。
そういった感情から彼女と交流する事が果たして正しい事なのかはわからないが、少なくともみたきちゃんはそれで喜んでいるのだから、罪悪感なんてものは心の奥底に封じ込める事にした。
それから数日後。文化祭の準備期間に突入し、ホームルームでクラスの出し物を決める中、俺は黒板に書かれている候補には興味が無いと言わんばかりにスマホを開き、まだバスに揺られているらしいみたきちゃんとやり取りをし続ける。
「……という事で、学校の歴史について展示する事になりました」
「つまんねー、お化け屋敷とかメイド喫茶とかだろ普通は」
「しょうがないじゃん、そういうのは高校生が優先的にやるんだからさ」
出し物が決まり、がっかりする生徒や、あまり準備に時間を割く必要が無いからと喜ぶ生徒。
中高一貫であることもあり、中学生の出し物はチャチなものに限られている。
俺も本村さんやみたきちゃんと遊ぶ時間を奪われたくは無いので、しょうもない出し物に決まった事を喜びながらも、部活に入っていない生徒は優先的に準備をする流れなので仕方なく説明を聞きに行く。
「あ、高下君。今帰り?」
「本村さんはまだ部活だよね?」
「うん、文化祭では自分達で書いた本を展示するからね。……まぁいいや、本なんて別に自分の家でも書けるし。一緒に帰ろう?」
それから更に数日後。適当に文化祭の準備をした俺は、みたきちゃんの家に行くために学校を出ようとしたのだが、その途中で本村さんと鉢合わせてしまう。
この日は彼女が部活で忙しい事は知っていたのでみたきちゃんと遊ぶ予定を入れていたのだが、俺が思っているよりも本村さんの俺に対する好感度は高かったのだろう、彼女は部活を切り上げて強引に一緒に俺と帰ることに。
「文化祭当日さ。読みに来てよ」
「勿論。早く本村さんの書いた文章読みたいなぁ」
「だったら文芸部に入ればいいのに。……それでね、私、13時まで当番なんだけど」
文化祭が近づくにつれて、当然話題も文化祭当日の話になって行く。
昼過ぎまで文芸部の出し物で当番をやっている、と告げた本村さんは少し顔を赤らめてそれ以上何も言わず、まるで俺の発言を待っているかのようだった。
「……じゃあ、終わったら一緒に回ろうよ」
「うん。……え、えへへ。いわゆる、初デートって、やつなのかな」
可愛くて仲の良い女子に、文化祭を一緒に回ろうと言われて断る理由なんて全く無かった俺は彼女を誘い、彼女がデートという直球の言葉を口にするとお互い無言になってしまう。
「……俺、ちょっと別の用があるから、ここで」
「そうなんだ。また明日!」
やがて駅前に到着し、本村さんと別れてバスに乗っているみたきちゃんを待ちながらも、頭の中は彼女との文化祭デートで一杯。
そのうちバスが到着して、降りてきたみたきちゃんが俺の顔を見るなり、何か良い事でもあったのかと聞いて来るも、他の女とデートをする事になった、なんてとてもじゃ無いが言えない俺は適当に誤魔化して彼女の家に向かう。
「そういえば、聞いたよ。もうすぐあたる君の学校、お祭りなんだって?」
「そうなんだよ」
彼女の部屋で遊んでいる途中、誰かから聞いたようで文化祭についての話をし始めるみたきちゃん。
夏祭りのように本格的な食べ物は食べられないけれど、その分お化け屋敷だったり喫茶店だったり、色んな物が楽しめるんだよと、中学一年生の時の記憶を頼りに説明すると、
「……行きたい! 一緒にお祭りに行こう!」
目を輝かせながら、一緒に文化祭を楽しもうと提案してくる彼女。
俺はそんな彼女から目を逸らし、
「ごめん。外部の人間はお祭りに参加出来ないんだ」
「そっかー、残念。あたる君だけで楽しんで来てね!」
彼女に対して優しくも無い嘘を告げる。
文化祭は学外の人間だって参加できる。俺とみたきちゃんが文化祭を回ることは可能なのだ。
時間をどうにか調整すれば、みたきちゃんと文化祭を回った後、本村さんと回る事も可能だろう。
ただ、他の生徒の視線もある中で、そんな上手に二股をかけるだけの技量は俺には無い。
許してくれ、俺の最優先は本村さんなんだと、寂しがるみたきちゃんから目を逸らして、スマホを開いて本村さんの写真を見つめるのだった。




