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みたきちゃん係  作者: 中高下零郎
しょうがくせいへん
14/32

じゅーよん そつぎょう

「最近、コンビニやスーパーに、チョコレートたくさん置いてるね? 流行ってるのかな?」


 受験も無事に終了し、既に頭の中は来年度からの中学校生活で一杯になっている俺。

 この時期の小学生にとって卒業式までの重要なイベントと言えばバレンタインくらいなもので、数日前となった今日は貰える訳も無いのに男子がソワソワしたり、女子達が友達同士で渡し合おうなんて話を繰り広げている中、谷串もブームを察知してその話題を出す。


「バレンタインって言ってね。製菓会社の陰謀なんだよ」

「……?」

「俺達には関係の無い話なんだ。まぁ、でも普段見慣れないチョコレートが色々あるし、学校終わったらちょっと色々探検しよっか」


 そんな彼女の問いかけに、『バレンタインは女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日なんだよ』とは答えずに適当にはぐらかす。

 まともに答えたところで、『じゃあ私があたるくんにチョコレートをあげるんだね』と彼女が言うに決まっているし、ラブとライクの違いを説明したところで、彼女に理解は出来ないだろうし、理解した上でラブだと言いかねない。

 来年度以降も同じ学校に通う人間もいる中でそんな会話が繰り広げられてしまうのは生き恥なので、放課後に少しお高いチョコレートを買いに行くことで彼女のその場の興味を逸らす。


「これ、16個しか入って無いのに2000円? えーと、トロルチョコが1つ20円だから……6倍くらい!」

「みたきちゃんは算数が上手だね。すみません、この6個入りのを。ラッピングはいらないです」


 デパートの地下で自分達にとってみれば高額なチョコレートを眺めた後、数個入りの物を買ってコンビニのベンチに二人で座り、高いチョコレートだからよく味わって食べようねと黙々とそれを頬張る。


「うーん……よくわからない! 苦い! トロルチョコの方が、美味しいかも!」

「そうだね。その感性、大事にした方がいいよ。俺達は情報に踊らされてるんだから」


 オシャレな形をした、何かの果物の皮とかが入っているらしい、甘さも控えめな高級チョコレートを味わう彼女だが、口には召さなかったようで首を傾げる。

 高いんだから美味しいはずだ、ブランドなのだから美味しいはずだ、そんなバイアスに支配されている人間は普通の人間で、彼女が馬鹿な人間として扱われている現状に一種の不条理を感じながらもチョコレートを食べ進め、彼女を家まで送り届ける途中にコンビニに寄って安くて美味しいチョコレートも食べる。彼女の言う通り、俺にはトロルチョコの方が美味しいようだ。


「義理チョコ欲しい人集まれ~」


 それから数日後。バレンタイン当日になり優しい女子が男子達にチョコレートを配ったり、友達同士でチョコレートを贈り合うという微笑ましい光景が見られたり、本命の受け渡しという大事なイベントが起きたりと学校中が愛に包まれる。


「くだらねぇ」


 そんな様子を自分の席から眺めながら、つい本音を口に出してしまう俺。

 女子からチョコレートが貰えないだとかそんな事はどうでも良く、散々谷串や俺をばい菌扱いしてきた、愛とはかけ離れた連中が、愛だの友情だので浮かれている現状が心底自分には醜悪に思えたのだ。


「みたきちゃん、帰るよ」


 チョコレートが貰えるまで残るなんて馬鹿な男子もいる中、掃除免除な俺はこの日の授業が終わるとすぐに彼女の手を引いて、逃げるように帰路につく。


「それじゃあ、また明日」

「えーと、その……はいこれ」


 彼女の家の前で辿り着き、別れを告げてその場を去ろうとした俺であったが、彼女はそんな俺の腕を掴んで引き止めると、カバンからスーパーの特売で数十円で売られているような、一般的な板チョコレートを取り出して俺に渡そうとする。


「バレンタインって、女の子が、好きな男の子に、チョコレートをあげる日なんだって。だから、家にチョコレートがあったから、持って来たの。貰って、欲しい。ばいばい」


 バレンタインの意味をしっかりどこかで学んでいたらしい彼女は俺の手に無理矢理チョコレートを握らせると、逃げるように自分の家の中に去って行く。

 別に誰にも見られていないし冷やかされる事も無いのだが、顔を赤くした俺もその場を逃げるように走って帰路につき、夕食前にバリボリとチョコレートを無言で頬張る。


「おはよう!」

「……おはよう、みたきちゃん」


 その翌日の朝。色々とモヤモヤと抱えた俺が彼女の家の前に向かうと、彼女は何事も無かったかのように俺に気づいて挨拶をする。

 彼女にとってみればバレンタインがそういう日だからチョコレートを渡したに過ぎないし、ラブじゃないしライクなんだから俺が気にするのは馬鹿げた事だとため息をつきながら共に学校に向かい、その後も残り僅かなみたきちゃん係の日々は過ぎていく。






 そしてあっという間に、俺達は卒業式の日を迎えた。


「中学違っても、私達友達だからね!」

「うん!」


 中学がバラバラになり、大泣きしながら友情を確かめ合う女子達。


「中学2年までには彼女作りたいよな」

「ナンパでもするか?」


 中学校生活に夢を抱く、そのまま地元の中学に通う男子達。

 心底下らない、とそんな元クラスメイト達を冷ややかな目で眺めた俺は、さっさと帰って来年度からの中学校生活の準備をしようとカバンに卒業アルバムだったり、ロッカーの中身を詰め込んで行く。


「皆の写真が載ってる。あはは、あたるくん、もうちょっと笑った方がいいよ」


 地元の中学に通えない、特別支援学校に通うことが決まっている彼女だが、皆と離れ離れになる事も、俺と離れ離れになる事も理解していないのだろう、卒業アルバムの写真を見てはゲラゲラと笑っていた。


「帰ろっか。みたきちゃん」


 帰るまでが遠足という言葉もある。だから俺にとっては最後のみたきちゃん係の仕事を遂行すべく、帰りの挨拶が終わると盛り上がるクラスメイト達を無視して、彼女の手を引いて学校を出て、気持ちゆっくりと帰路につく。


「あ、そうだ。みたきちゃん、アルバム出して」

「アルバム? どうするの?」

「持って帰るのも、部屋に置いておくのも大変だからね。軽くして置くんだよ」


 その途中、川が流れる道に差し掛かると、俺は思いついたように自分と彼女の卒業アルバムを取り出して、ハサミで自分と彼女の写真だけを切り抜いていく。


「残りは、お魚さんの餌にするんだよ」

「わかった。えーい! ……食べてくれるかな」


 この一年で色々とクラスメイトにも、教師にも色々と負の感情を覚えてしまった俺は、自分と彼女の写真だけを卒業アルバムとして認め、それ以外の大部分はゴミだと彼女と共に川に投げ捨てるという、優等生らしからぬ暴挙に出る。

 人をばい菌扱いしてきた、真に汚い連中のアルバムなんて魚も食べることは無く、川に二つの卒業アルバムが投棄されるのを見て少しスッキリした俺は再び彼女と共に帰路につき、とうとうお別れの時間がやってくる。


「それじゃあ、また学校で!」


 家に到着するなりニッコリと笑って、あっさりと家の中に戻って行く彼女。

 春休みが終われば小学7年生になって、また俺がみたきちゃん係になるとでも思っているのだろう。


「……」


 彼女の家の前で一人取り残された俺は、気付けば涙を流していた。

 来年からきっとまた孤独になってしまうであろう彼女への憐みなのか、

 俺自身、彼女と共に過ごす日々に愛着を抱いていたからなのか、

 その愛着すら、心から彼女の純粋な部分に惹かれたのか、

 彼女と共にばい菌扱いされて孤立した事によるものなのか、今の俺にはわからなかった。




 確実に言える事は、今ではみたきちゃん係をやって良かったと思っている。

 彼女はどうしようもなく馬鹿で愚かで可哀想なだけの存在では無いと思っている。


「さようなら、『みたきちゃん』」


 だから、俺は彼女の事を認めて、最初で最後のつもりで心の中でも、みたきちゃんと呼んだ。

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それは多分愛だよあたるくん
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