じゅーさん ごうかく
「帰りにゲーム買いに行こうぜ」
「悪い、受験の追い込みがあるから」
1月になり、お年玉をいくら貰ったかで盛り上がるクラスメイトもいる中、一部の受験生はピリピリとしており教室の空気はあまり良くない。
本当ならば俺もそっち側の人間だったんだよな、とイライラしながら参考書と睨めっこしているクラスメイトを眺めながら、自分も週末に控える推薦用の入学試験に備えて頭の中で面接のイメージトレーニングをする。
「土曜日に何があるの?」
「うーん……大会かな」
「優勝出来るように応援するね! 頑張れ!」
入学試験案内のプリントを後ろから覗き見て興味を抱いた谷串に対し、彼女とは別の学校に通うための試験をすると伝える事の出来なかった俺は、大会があるとぼかしてよくわかっていない彼女からの声援を受ける。
それから数日後。来年度から通う予定の中学に朝早く向かった俺は、同じように色々な小学校から集められた内申点の良さそうな生徒達と共に筆記試験を受ける。
推薦受験をするからといって勉強を全くしていない訳では無いので比較的スラスラと解き、手応えを感じた俺はそのまま面接へ向かう。
「長所は面倒見の良さと、継続する力です。同じクラスにみたきちゃんという……」
密約のおかげで俺の内申点は過去最高レベルなのだが、更に評価を盤石にするためにみたきちゃん係に関する嘘偽りないエピソードをスラスラと話す。
それから一週間後。一般入試組が激しい競争を繰り広げている最中、家に届いた合格通知を見た俺はまるで谷串のように部屋で奇声をあげながらピョンピョンと小躍りをする。
「おはようみたきちゃん!」
「おはようあたるくん! 何かいい事あった?」
「大会に優勝したんだよ」
「本当!? おめでとう!!!」
「みたきちゃんのおかげだよ」
その次の月曜日、寒さも気にならず鼻歌と共に谷串家に向かうと、俺がいつもより上機嫌なのを察したらしく彼女が理由を聞いてくる。
受験に合格した事をぼかして伝えると、俺と同じくらい嬉しいらしくピョンピョンとその場で小躍りをする彼女。
彼女のおかげで楽に合格した事は間違いないので素直に彼女に賛辞を送り、これでもうお前は用済みだと突き放す事も無く、卒業までしっかり面倒を見るからねと優しい目で彼女を見つめる。
「みんな! あたるくん、大会で優勝したんだよ!」
喜びを皆とも共有したいらしく、教室に入るなり普段は絡もうともしない俺以外のクラスメイトに向けて俺が大会で優勝、もとい中学受験に受かった事を発表する彼女。
ほとんど絡みの無いクラスメイトの受験合格のニュースはどうでも良いからか多くのクラスメイトが『そうなんだ、良かったね』とでも言いたげな視線を俺に送る中、
「……ちっ」
一般入試組、それも手ごたえが芳しく無かったであろう一部の生徒達は俺に冷ややかな視線を向ける。
その状況に対し寧ろ快感を覚えながら、日を追うごとに漏れ聞こえて来る一般入試組の結果で暇潰しをし続け、俺が通う中学の一般入試組の合格発表が行われる。
「高下君もあそこの中学行くんだよね? よろしくね」
「あ、あぁ……」
合格したらしい同じクラスの、今までは俺と谷串を無視し続けてきた女子が、来年度からは谷串が関わらないのだから仲良くしようねと気さくに声をかけてくる。
女子って怖いなと思いつつ、他に誰が受かったのかを聞いて来年度からの同級生を把握し、あいつと同級生かぁ、あいつは落ちたんだざまぁみろと色々と思いながら日々を過ごす。
「ごちそうさま! あたるくん、お散歩しよう?」
そんなある日の給食後。あれだけ寒かった冬も終わりを迎えており、この日は気温もそれなりに高く絶好の散歩日和ということで谷串は俺を外に連れ出そうとする。
もうすぐ卒業してこの学校に来ることは無くなるのだから、最後に学校を色々見て回ろうかなとその提案を快諾した俺は、昼休憩の間に彼女と共に学校巡りをする。
「……」
そんな中、同じクラスの男子を含めた3人の同級生男子達が不機嫌そうにたむろしている場に俺達は出くわす。
彼等は確か受験で本命に受からなかった、競争社会の敗者達だ。
負け犬同士傷を舐めあっているのだろうと、この場にあまりいたら俺にまで陰気臭さがうつってしまうとすぐに別の場所に行こうと彼女の手を引いてその場を離れようとするが、
「……ズルして受かって楽しいか?」
彼等にとって推薦合格組である俺は何より気に入らない存在らしく、俺に思い思いの怨恨をぶつけ始める。
「あたるくんも、私もズルなんてしてないよ!」
俺はそれを無視しようとしたが谷串は反応してしまい、男子達はお前は黙ってろよと言わんばかりに彼女を睨みつけると、俺がみたきちゃん係をやった事で推薦を勝ち取った事についても卑怯だ、運よく出席番号が近いからなれた癖にと俺を口撃し続ける。
「好きなだけ言えば? 俺はいくら煽られようが手を出さないから。お前らと違って本命受かってるからさ、問題起こしたく無いんだよね。殴りたいなら殴れば?」
しかし俺は彼等と同じステージに立ってやるほど暇では無いし愚かでも無い。
連中に対して腹が立っていないと言えばそれは嘘になるので、彼等が暴力沙汰を起こして滑り止めすら合格取消になるように、彼等を鼻で笑いながら逆に挑発をする。
男子の一人がまんまと挑発に乗っかり、俺をぶん殴るつもりなのかこちらに向かって来た時、
「あたるくんをイジメるな!」
谷串がそう叫びながら勢いよく助走をつけて、見事なドロップキックを男子に食らわせる。
蹴飛ばされて地面に倒れ込んだ男子は彼女を睨みつけ、彼女も追撃として噛みつこうとしているのかうなり声を上げながら男子を睨みつける。
他の男子二人もそれを引き金に喧嘩モードに入り始めるという一触即発状態の中、俺は喧嘩を止めるためにスマホを構えてその様子を撮影し始めた。
「おいおい、みたきちゃんに怪我でもさせてみろ。お前が必死で合格した滑り止めも取消だぞ」
「はぁ? 先に手を出したのはこのガ〇ジだろ」
「そうだね。でも証拠が無いし、みたきちゃんは何やっても許されるんだよ」
男子の言う通り先に手を出したのは谷串の方だが、今の社会において弱者はある意味では無敵の強者。
知能に問題のある女の子に攻撃されたからと言って反撃すれば悪になってしまうというこの世の不条理をニヤニヤしながら男子に伝えると、不愉快そうに彼等はその場を去って行く。
「助けてくれてありがとう!」
「いや、助けて貰ったのは俺の方だよ。自分から殴られようとするなんて俺もちょっと冷静じゃ無かった。飛び蹴りした時みたきちゃんも地面に転んだよね? 怪我してない? ああ、ちょっとひざ擦り剝いてる。保健室に行こう」
ドロップキックをかました勢いで地面に倒れ、服も汚れて少し怪我もしている彼女は満面の笑みで俺に感謝を述べ、俺がダメージを負う事無く向こうにダメージを与える事が出来たのは彼女のおかげなのでお礼を言いながら彼女の頭を撫でた後、怪我の治療をするために保健室へと向かう。
「あいつらが出席番号近くたって、みたきちゃん係なんか勤まるもんかよ。俺が立派な人間で、みたきちゃん係も問題無く出来るから推薦貰えたってだけなんだよ。俺はズルなんかじゃないんだよ」
「そうだよ! あたるくんはズルくない! 偉い! 立派!」
保健の先生も昼休憩をとっているらしく無人の保健室で、俺は彼女のひざに薬を塗りながら自分はズルじゃないと言い聞かせ、意味はよくわかっていないながらも彼女もそれに賛同して俺を肯定するのだった。




