じゅーいち おとまり
「あたるくん、私の本は?」
「これはみたきちゃんには無いんだよ」
「じゃあ一緒に読もう?」
ある日のホームルームの授業。『修学旅行のしおり』と書かれた冊子が自分以外のクラスメイトに配られている事を疑問に思った谷串に、今だけは修学旅行気分を味わわせてやるかと冊子を読ませる。
もうすぐ小学六年生の修学旅行。受験勉強に気を張る必要も無くなったし、普通の生徒のように旅行を楽しもうと色々と想像してはにやける俺であったが、
「それじゃあ4、5人で班を作ってください」
教師のその言葉に固まってしまう。すぐに仲の良い人達同士で班を組もうとするクラスメイト。自分達も早く班を作ろうと俺の手を引こうとする谷串。
無理矢理どこかの班に入れて貰ったところで楽しい修学旅行なんて出来やしないと悟った俺は、教師に修学旅行を欠席すると伝えると、その日の放課後に返金された積立金を使って高いアイスクリームを彼女と食べる。
「皆は旅行に行くの? 何であたるくんと私は行かないの?」
「何でだろうね」
高級なアイスクリームに舌鼓を打ちながらも、自分達以外は旅行に行くと言う状況を不自然だと思っているし不満にも思っているのか、少し機嫌の悪そうな表情で修学旅行のしおりの中にある観光地の写真を眺める彼女。
「私達も旅行して、お泊りしようよ」
「小学生だけで旅行なんて駄目だし、俺とみたきちゃんがお泊りなんてもっと駄目だよ」
「お休みの日に、一緒にお出かけして、私の家に泊まるの」
「ダメダメ」
やがて自分達も修学旅行の真似事をしたいと言い始め、デートをした後に彼女の家で泊まるというかなり仲の良いカップルでも無ければ許されないイベントを提案してくる。
彼女とデートなんて真っ平御免だし、男子が女子の家に泊まるだなんて普通の親が許す訳も無い。
そう思っていたのだが。
「あたるくんなら泊っても大丈夫だって」
「はぁ?」
彼女の親は既に普通では無いらしい。余程俺が信用されているのか、それとも自分の娘が同級生と間違いを犯そうがどうでもいいのか、彼女の両親に対し不快感を抱きながらも既にデートと泊まりが決まった気分でいる彼女の考えを変える事は出来ず、自分の両親に色々と事情を説明して土曜日の朝に俺は彼女の家の前にいた。
「お待たせ」
「どこ行きたいの?」
「えーとね、皆は奈良で鹿と遊ぶんだよね? 私達も宮島で鹿と遊ぼう」
「宮島か……まぁ近いし妥当だが、ワクワクしない修学旅行だな……」
平日ならば彼女を連れて学校に向かっていたが、この日は夕方まで彼女の気の向くままに街をブラブラ。
幸か不幸か今頃同級生達は修学旅行へと出発しているので、俺と彼女のデートを見られて色々と言われる可能性は無い。
知り合いに見られなければ彼女とデートをしても問題無い、と若干価値観がおかしくなりつつある事を嘆きながらも、彼女と共に最寄りの駅へ向かい、電車と船を乗り継いで何度も来た事のある宮島へ。
「鹿だ!」
「ああ、そこ走っちゃ駄目……ああ、鹿のフンを踏んでる……」
船着き場を降りてすぐに近くをうろついている鹿目掛けてダッシュする彼女と、昔は気にならなかったが今はその辺に落ちている鹿のフンが気になってしまい、それを避けながら歩いているうちに『何の遊びをしてるの?』と彼女に突っ込まれてしまうという醜態を晒す俺。
正月の度に参拝のために家族と来ている宮島だが、いざ自主的に? 来たとして何を楽しめばいいのか分からずマップを眺めてプランを決めようとしていると、彼女はロープウェイに興味があるようでマップ上のそれを指し示す。
「これ! 観覧車乗ろう!」
「まぁ、確かに形の違う観覧車と言えるかもしれないな……」
ロープウェイを観覧車と言い張る彼女に対し、ぐるりと一周する観覧車と、上と下を往復するロープウェイは本質的には同じものなのかもしれないと純粋な発想力に若干感心しつつ、彼女を連れてロープウェイ乗り場に向かい、正式名称の分からないアレに乗り込んで弥山の頂上を目指す。
「たかーい!」
「お願いだから、騒がないで」
「あたるくん、外綺麗だよ? どうして目を瞑ってるの?」
今までロープウェイに乗った経験が無かったため気が付かなかったが、どうやら俺は高いところが好きでは無いらしい。
決して高所恐怖症では無い、そもそも人間が高い場所を怖がるのは危険性を感じ取っているからであり知性ある行為であり、彼女のように怖がらない人間こそがリスクを分析出来ない馬鹿なのだと自分に言い聞かせながら長い空の旅を終え、数百メートルという中途半端な標高の頂上へ俺達は立つ。
「やっほー!」
『やっほー!』
「……何か感動しないな。まぁ、苦労して登山した訳じゃないしな……帰りはロープウェイを使わずに下って帰ろう。決してロープウェイが嫌とかそんな訳じゃないから」
「あたるくん、大声出さないとやまびこさんは返って来ないよ?」
「独り言だからいいんだよ」
どこで覚えたのかは知らないが山彦の概念を理解している彼女は恥ずかしげも無く山頂からそこら中に大声を出し、一緒になって大声を出すつもりになれなかった俺はせめて空気だけでも吸っておこうと山頂で何度か深呼吸をする。
その後自然観察をしながら山を徒歩で下り、もみじ饅頭だったり穴子飯だったりグルメを満喫したりしながら観光地をぶらつき、夕方になったので子供は帰る時間だと帰路につく。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす」
彼女の家に入った俺は彼女の両親へのお土産を渡そうとしたのだが、家の中に人の気配は無い。
両親は何時頃帰ってくるのかと彼女に聞くも、
「お母さんとお父さんは今日は帰って来ないよ? 二人も旅行なんだって」
「……」
彼女の両親は俺を生贄にすることで、彼女の貞操を危機に晒すことで(そんな可能性は万が一にも有り得ないが)、夫婦仲を深めるつもりらしく机の上には千円札が数枚置かれていた。
彼女のせいで両親が不仲になるよりはマシなのかな、と溜め息をつきながら、今夜はパーティーでもしようかと出前でピザやケーキを注文する。
「たんじょうびおめでとう!」
「違うよ。ところで、みたきちゃんの誕生日はいつなの?」
「3月17日! あたるくんは?」
「8月。もう終わったよ」
「じゃあ、たんじょうびおめでとう!」
「……みたきちゃんも、誕生日おめでとう」
ピザやケーキは誕生日のご馳走という認識の彼女は見当違いのハッピーバースデーを歌い、それを鼻で笑いながら彼女の誕生日を聞く。
夏休みの間に終わってしまった俺の誕生日を改めて祝う彼女を眺めながら、彼女の誕生日は春休みであり、その時には小学校もみたきちゃん係も卒業している俺は彼女に会う事は無いのだと、彼女の11歳の誕生日祝い、もしくは12歳の誕生日の前祝いをするのだった。
「お風呂に入ろう」
「一人で入りなさい。俺は後から入るから」
食事を終え、彼女の部屋で俺の持って来たゲームでしばらく遊び、良い子が寝る時間になって彼女が欠伸をし始めたので彼女と交代で風呂に入り、パジャマ姿の彼女におやすみを告げてリビングのソファーか彼女の父親のベッドで眠ろうとしたのだが、彼女はそんな俺の腕を掴んでグイグイと自分のベッドに連れて行こうとする。
「お泊りなんだから、一緒に寝るの」
「……まぁ、一緒に風呂に入るよりはマシか。妹だと思えば」
同級生の女子、それも見た目以上に幼い彼女と一緒に寝るというのは色々とまずいものの、俺も眠たくて彼女に抵抗する気が起きないこともあり、素直に彼女に付き従い彼女のベッドで並んで眠る。
「……zzz」
「……zzz」
俺に軽く抱き着きながら、すぐに寝息を立て始める彼女。
俺がまだ性に目覚めていないらしいからか、彼女を女性とは認識出来ないからか、特にドキドキする事も無く俺もすぐに眠りにつくのだった。




