じゅー りょうり
「それじゃあ後ろから宿題を集めてください」
夏休みが終わり、再び小学六年生の日常がやってくる。
席替えを行い、厄介者の谷串と世話係の俺は後ろの端っこの席に固定され、その次の授業でしっかりとやり終えた宿題をカバンから取り出していると、後ろから彼女にどうしようと困ったような声と共に肩を叩かれる。
「宿題やってない……」
「何言ってるのさみたきちゃん。みたきちゃんにはそもそも宿題なんて出されてないんだよ」
「……何で?」
「何でだろうね?」
周りの人間が宿題を取り出しているのを見て自分も出された気になってしまった彼女だが、ずっと前から彼女は特別扱いだ。
何故自分が特別扱いされているのかを理解していない彼女は首を傾げながらも、しばらくは休みボケ状態だからか欠伸をして机に突っ伏し、それを見たクラスメイト達が不愉快そうな表情でこちらを睨みつけて来る。
世話係である俺の宿題も免除してくれたらなぁと考えながら宿題を後ろから集め、俺も休みボケがあるからか何度か欠伸をしながら授業を受ける。
そうして休みボケがある程度治ったある日の午後の家庭科の授業。
「あたるくん、後ろの紐結んで」
「はいはい。それとマスクもつけようね」
この日は調理実習とのことでエプロン姿の俺達は家庭科室に集まり、教師の説明を聞いてクッキー作りをすることになったのだが、当然のように俺達は二人班。
「私は何をやればいいの?」
「んー……生地をこねるくらいは出来るだろうけど、まだ生地が出来てないからなぁ。クッキーの形を考えておいて」
「うん!」
他のグループ授業ならともかく調理実習で二人、しかもそのうち一人は実質的には戦力として数えられないという孤独なクックの状態にため息をつきながら、卵を割ったり生地がある程度固まるまで混ぜたり、オーブンを使ったりと工程のほとんどを自分で担当する。
「えへへ、猫クッキー」
「それ猫だったのか……」
やがて彼女が型を使わずに手で模った、手作り感で言えば随一であろうクッキーが出来上がる。
俺はそれを全てビニール袋に詰めて彼女に渡すと、彼女は首を傾げながら袋からクッキーを1つ取り出して俺に食べさせようとする。
「半分はあたるくんのだよ?」
「俺はいいよ。みたきちゃんが全部食べなよ」
昨今問題になっている食い尽くし系とは違い、きちんと半分こが出来る彼女ではあるが、周りにクラスメイトもいる中で彼女の関わったクッキーを食べるという行為にはどうしても拒否感が出てしまう。
「……汚いから?」
「違うよ。わかったわかった……うん、美味しい。みたきちゃんがこねたクッキーは最高だよ」
能天気に見えても自分がばい菌扱いされている事を気にする事がそれなりにあるようで、悲しそうな表情をするので彼女から目を背けながらクッキーをいくつか取り出して乱雑に口に放り込む。
「あいつみたきちゃんのクッキー食ってるよ」
「ばっちいな。涎とか入ってそう」
そんな俺を案の定笑うクラスの馬鹿な男子達。
彼女にはきちんとマスクをつけさせているし、ダラダラとお喋りをしながら調理をしていた連中の作ったクッキーの方が余程不衛生だと反論するのも馬鹿らしくなった俺は、無言でクッキーを頬張り続けるのだった。
その日の帰り道、隣を歩く彼女はお土産用にと残したクッキーの袋を眺める。
「……やっぱり、料理がちゃんと出来た方がいいのかな」
「パンは作れるようになった方がいいかもな」
「何でパン?」
女の子らしく料理に興味を持つ彼女に対し、彼女のような人間は作業所でパンを作っているというイメージがあるためそれについて触れる俺。
何故唐突にパンが出て来たのか理解できないという表情にどう説明したもんだかと悩んでいるうちに、そういえば近くに実際にその手のパン屋があった事を思い出し、寄り道をしようと彼女を連れて行く。
「高級なパン屋さんなのかな?」
店内に入り、彼女の同類と思わしき店員に挨拶をされながら、並んでいるパンを眺める俺達。
彼女は一般的なパン屋やコンビニで売られているパンに比べ、ここで売っているパンがやたらと高い事を理解しているらしい。
頑張って算数を教えた成果があったな、と感慨深く思いながらも、彼女の疑問に答える事が出来ずに割高なパンを2つ購入して店を出る。
「美味しい?」
「うーん……よくわからない。コンビニのパンと変わらないかも。何であんなに高いの? 高級品なの?」
「さあ、どうだろうね」
自分の仲間と言える人達が一生懸命に作ったパンを頬張りながらも、価格の割にと言った表情を見せる無邪気で残酷な彼女。
あそこで売られているパンが高いのは高級だからでは無い。
彼女のような人間の就労支援施設として存在するあのパン屋だが、彼女達は大人になっても世話が焼ける。
そのコストが無駄に高い値段と言う形で表れており日頃から人気のパン屋とは言い難く、国の支援施設ということもあり運動会だったりのイベントが主要顧客。
税金の無駄遣いだという批判の声も定期的に出ており、彼女のような人間が社会と関りを持つための場所とは理解していながらも、素直に肯定する事は出来なかった。
「ただいまー! ……あ、そうだ、今日はお母さんもお父さんも遅くなるから、ご飯はあたるくんに注文して貰いなさいって」
「他力本願な一家だな……夕方にピザが届くようにしておくか」
帰宅した彼女は両親が遅くまで帰って来ないことを思い出し、リビングの机の上に置かれた千円札二枚を俺に渡して来る。
これで出前を頼んで欲しいということなのだろうと察した俺は、出前アプリを開いて手頃なお店を探していたのだが、彼女は今日家庭科で使ったエプロンをカバンから取り出して着用しようとする。
「お料理しよう!」
「みたきちゃんには危ないよ。俺だって別に料理得意じゃ無いし……」
先程クッキーを作ったからか夕飯も自分で作ろうとする彼女であるが、今日はそんなに長時間付き合うつもりは無かったし、クッキーのような単純なレシピすらマニュアルを読みながらようやく作れるレベルの俺に夕飯作りのサポートは難しい。
しかし彼女が言い出したら聞かないタイプの人間である事も熟知しているので、冷蔵庫を開いて食材を眺める。やがて台所の上に置かれたのはひき肉と玉子と刻みネギ。
「じゃあ三色丼にしよう。みたきちゃん、このコップ一杯にお米を入れて来て」
「はーい!」
ひき肉と玉子を炒めてご飯に乗せ、刻みネギをトッピングした三色丼ならそれほど手間もかからないだろうと、食材を台所に置きながら彼女に炊飯をさせようとする。
「零さないようにゆっくり水を捨てるんだよ」
お米を何度か洗わせた後、炊飯器に釜をセットしてボタンを押させる。
彼女がワクワクしながらお米が炊けるのを待つ中、俺はひき肉と玉子を軽く炒めて具材を作り、お米が炊けると具材と共に彼女に装わせる。
「自分で作ったご飯は美味しいね!」
ご飯を炊いて盛り付けをする行為を料理とカウントして良いのかはさておき、出来上がった三色丼を美味しそうに頬張る彼女。
どうせ後片付けのために残る必要があるしと俺も彼女と共にその三色丼を食べるのだが、お世辞にも美味しいとは言えず、自分の調理スキルの無さを痛感するのだった。




