いち みたきちゃん係
小学6年生になった俺こと高下中は、自分の前の出席番号の連中が自己紹介をするのを適当に聞き流す。
クラスメイトと仲良くするつもりは無い。
もう中学受験まで1年を切っているし、俺みたいな受験組は頭の悪い連中に合わせた学校の授業もそこそこに、塾や家で受験勉強をしなければならないからだ。
「高下中です。〇〇中狙ってます」
ぶっきらぼうに自己紹介をしながら、あまり話しかけるなオーラを周囲に出す。
友達と遊んだりするのはもう5年生で卒業。
将来を見据えてメリハリのついた行動が出来る人間こそが、成功者となるのだ。
「たにぐし、みたきです!!! よろしくおねがいします!!!」
自分の自己紹介を終えて席に着き、残りの連中の自己紹介を適当に聞き流そうとしたのだが、俺の後ろに座っていた……つまりは次の出席番号の女子が大声で自己紹介をし始めて耳鳴りがしてしまう。
「またあいつかよ……俺6年間で4回も同じクラスだぜ」
「さっさとなかよし学級にでも行ってくれればいいのにな」
彼女の自己紹介により一瞬にして悪くなる教室内の空気。
ある者は舌打ちをし、ある者は溜め息をつき、ある者は彼女に対する心無い罵倒をする。
担任の教師が困ったように仲良くしましょうね、とクラスを鎮めようと奮闘する中、俺の耳にダメージを与えた後ろの少女を見やる。
「……! よろしく!」
「話しかけるな」
すると目が合った少女が嬉しそうに話しかけてきたので、理解しているかも怪しいが拒絶のムードを出しながら前を向く。
焦点の微妙に合っていない目。
コミュニケーション能力が著しく低い事が伺える滅茶苦茶な発音のアクセントや声量。
全体的に醸し出す圧倒的な幼さ。
同じ学年に『みたきちゃん』というアレな子……今は俺のような小学生であってもスマホやネットが普及しているので、彼女のような人間を正式に何と呼ぶか、正式で無くてもスラングとして何と呼ばれているのかは知っているが、正式名称で呼ぶのは長くて面倒だし、頭の悪い人達が多用するようなスラングを使うのも何だか嫌なのでアレな子と呼称するが、とにかくそういう女子がいるのは知っていた。
彼女がいるだけで授業が遅れたり、クラスメイトに迷惑がかかったりと、同じクラスになってしまった同級生の不満をずっと聞いていたが、ついに自分も外れくじを引いてしまったらしい。
不幸中の幸いか、俺はもう受験に専念するので、多少クラスの空気が悪くなろうが関係ない。
仮に彼女が授業中に騒いで授業を妨害しようが、俺は耳栓でもつけて受験用の問題集でも解けばいい。
そういった彼女に対する対策を練りながらロングホームルームを終えた矢先、担任の女教師に呼ばれた俺は彼女と共に教室を出て人気の無い場所へ連れていかれる。
「……何ですか?」
こんな呼び出し方をされて良い話な訳が無いので警戒しながら教師の言葉を待つ俺。
教師に呼ばれるような問題行動を起こした覚えは全く無い。
いや、一つだけ、心当たりというか、外れくじ中の外れくじがある。
「高下君、お願いがあるんだけど、出席番号が一つ後ろの子、みたきちゃんって言うんだけど、彼女ちょっとだけお勉強とかが苦手な子なの。出席番号も近いし高下君にみたきちゃん係を」
「絶対に嫌です!」
何となくそんな気はしていたのだが、教師がその言葉を口にした瞬間、俺は声を荒げて拒絶する。
「何で俺なんですか! 出席番号が近いなら、彼女の次の……名前覚えてないですけど、その子は女子だったはずですよ! 性別が同じなんだからそっちの方が適切でしょう!」
ただ授業を妨害したりする問題児なら馬鹿そうな一部の男子も当てはまるし、様々な原因で友達がいない生徒だっている。『みたきちゃん』がそう言った連中の比では無いくらい嫌われている理由は、彼女が一人では学校生活を送れないので世話係が必要という点だ。
「田村さんは、5年生の時にもみたきちゃん係になって貰ったの。それに、高下君、とっても優等生だし、要領もいいでしょう? 安心して任せられるというか」
「先生知ってますよね!? 俺は中学受験するんですよ!? ガ〇ジの世話なんてしてる暇は無いんです!」
担任は尤もらしい理由をつけて俺を世話係にしようとするが、絶対に嫌だった俺は思わず感情的になり、頭の悪い人間が使うような汚い言葉を使ってしまう。
担任の言う通り今まで優等生で、教師からの頼まれ事もそれなりにやってきた俺ではあったが、それも6年間というそれなりに長い小学校生活を円滑に送るため。
残り1年しか無い上に受験も控えている今の俺にとっては優等生の肩書なんてどうでも良く、反抗的な態度で担任を睨みつける。
「……そうだ! 高下君が希望しているの〇〇中よね? 学校からの推薦枠が1つだけあって、例年は10月頃に決めるんだけど……」
「……! 絶対ですよ!? いや、今すぐ校長先生に事情を説明しに行きましょう!」
担任が推薦というフレーズを口にした瞬間、俺は目を輝かせながらそれが単なる口約束で終わらないように、大人がよく使う『考えておく』なんて汚い手口にならないように、確約させるために学校の最高権力者である校長先生の下へ担任を急かすのだった。
「みたきちゃん、1年間よろしく」
汚い大人の取引が終わった俺は教室に戻り、自分の席でぼーっとしている彼女……表面上はみたきちゃんと呼ぶが、心の中でもちゃんづけをする程に好意を抱いている訳では勿論無いので谷串と呼ぶ……俺がこれから一年世話をする対象にニッコリと話しかける。
「……? うん、よろしく。えーと」
「高下中。たかしたくん、でも、あたるくん、でも、お好きにどうぞ」
今まで同級生にそんなに好意的に話しかけられた経験が無いのだろう、きょとんとしながら俺の名前を思い出そうとするが、普通の人ですら一度名前を聞いただけのクラスメイトを覚える事は難しいのに彼女に出来るはずが無いので、改めて名前を告げて覚えやすいようにあだ名も提供する。
「じゃあ、あたるくん! えへへ、友達」
俺を下の名前で呼びながら勝手に友達認定する彼女であるが、そんな無礼な彼女に対しても不機嫌な表情は見せずに笑顔を絶やさない俺。
俺は自分の学力に不安がある訳では無い。
成績は上位だし、計画通り勉強すれば問題無く受かる自信はある。
しかし推薦で合格できるなら越した事はないし、生徒会長を勤め上げるだとか、課外活動で成果を残すだとか、そんな事をせずとも彼女の世話をするだけでそれが可能になるのだから悪い話では無い。
こうして俺は自分のために、谷串三滝を利用することにしたのだった。