おじょうさまの出番です!
「佐々井君、ちょっといいかな?」
俺は真っ白に塗られた頑丈そうな木のドアを数回ノックした。ドアを開けて中に入るとメイド服の若い女性がこちらに背を向けて佇んでいる。もう一度声を掛けようと近づいたら不意に振り返ってきた。
「シーッ」
ボブカットでツリ目の若い女性が凄まじい形相で俺を睨み付けている。左手にはブラシ、そして右手にはハサミを持っているのが見えた。女性の影に隠れてよく見えなかったが、小さい椅子のようなものが奥にあるが分かる。
「ゴメン…取り込み中だったね」
俺は慌てて出ようとするが、すぐに女性は椅子の方へ向き直ると手早くハサミとブラシを動かす。それから少し時間を置いて女性はフゥーと一息を付いた。女性は横にある小さなテーブルにハサミとブラシを置くと、小さな椅子に向かって優しく呼び掛けた。
「お待たせしました、「おじょうさま」。キレイに整いましたよ」
女性の言葉に椅子の方から微かな声が聞こえる。気持ちよさそうな、それでいて眠そうな、そんな声だ。しばらくすると声の代わりに寝息のような音が聞こえてきた。
「…もう大丈夫ですよ。「おじょうさま」はお休みになられました」
「あっ…ありがとう」
「やれやれ、執事長にも困ったものです。せめてドアに取り込み中の札を掛けとくべきでしたね」
「だからそれは謝るって」
「それで何の用ですか?」
メイド服の女性が矢継ぎ早にまくし立てる。女性の勢いに圧倒されそうになるが、俺は気を取り直してコホンと咳払いした。
メイド服の女性の名前は佐々井ゆかり。この屋敷に住んでいる「おじょうさま」専属の世話係だ。そして俺はこの屋敷の主である旦那様に仕える執事長である。一応佐々井とは上司と部下の関係ではあるが、今一つ上下関係でいうと逆な気がしてならない。
「実はお見合いの話が来ていてね。ちょっと相談があるんだ」
「お見合い!?」
佐々井の眉がピクリと上がった。さっきから不機嫌ではあったが、今の口調から更に気を悪くしたように感じる。俺、そんなに気に障ることを言ったのだろうか。
「旦那様から頼まれたんだ。旦那様のご友人がどうしてもお願いしたいって…あれ?佐々井君?」
いつの間にか佐々井は俺に背を向けている。よく見ると腕組みして頰を膨らませているようだ。
「いいじゃないですか。すればいいじゃないですかお見合い」
「どうしたんだよ。何で拗ねてるの?」
「自分の胸に聞いてみてください。旦那様からの頼みだから執事長が断れる訳ないでしょ?さっきから鼻の下伸びてるし」
「伸びてない!」
「とにかく私のことは放っといてください」
子どもの如く背を向けて拗ねている佐々井を見た俺はハァーと盛大な溜め息を付いた。どうやら彼女はとんだ誤解をしている。仕方ないので俺は手に持ったお見合い相手の写真を見せることにした。
「佐々井君、とりあえずこれを見てくれ」
「何ですか?執事長もしつこいですね」
「何を勘違いしてるか知らんが、これを見れば納得してくれるだろ?」
佐々井は頰を膨らませたまま、俺の方へ振り返る。が、俺の持つ写真を見た途端、佐々井はフリーズした。佐々井の表情は怒りから動揺に変わり、そして恥ずかしさの余り一気に顔が紅潮してきた。ようやく自分の早とちりに気づいたのか慌てて顔を隠して、またも俺に背を向けた。
「もしかして俺がお見合いすると思ってた?」
「……図りましたね、執事長」
「図ってない。というか自爆したのは君だろう」
「さっきのは忘れてください。今すぐに!」
「分かったよ、とにかく落ち着いてくれ」
俺が佐々井に見せた写真には黄金色に近い毛並みのペルシャ猫を抱いた恰幅の良い壮年男性が写っていた。余程の猫好きなのか機嫌がいいのか知らないが、男性は金歯を見せて満面の笑顔を見せている。
「どうしてこの写真を私に見せるんです?」
「まずは君に相談するべきことだと思ったんだ。勝手に話を進めたら怒るだろ?」
「……申し訳ございませんが、お断りさせてください」
「へ?何で?」
「大変失礼ながらこの方のことは私は存じ上げません。それに幾ら旦那様の頼みとはいえ、私の趣味ではございません」
「………はい?」
「執事長も人が悪いですね。どうしてこの方と私を無理やり結ばせようとするのを止めないですか?」
佐々井の発言に対して俺の脳裏に無数のクエスチョンマークが浮かぶ。どうやら佐々井の誤解はまだ解けていないようだ。俺は思わず吹き出しかける。それを見た佐々井が鋭く睨み付けた。
「何がおかしいんですか!」
「い、いや…俺が言っているお見合いというのはだな…ククク。お、「おじょうさま」のことなんだよ」
「え!??」
「君が一番「おじょうさま」に近い立場だろ?だから君の意見も聞いておきたかったんだ…ククク」
「………えっ、まさかお見合い相手って…このご友人の方ではなくて…」
「そ、この方の抱いている猫なんだ」
佐々井が恥ずかしさの余り再び顔を伏せる。そして今度はヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまった。自分の度重なる勘違いに耐えられなくなったらしい。いつも冷静な佐々井らしくない自爆っぷりに俺は新鮮な気持ちになる。
「それなら早く言ってくださいよぉ、執事長…もう恥ずかしくてお嫁に行けません」
「そんな大げさな…それに俺や君のお見合いのことなんて俺は一言も言ってないぞ」
「策士ですね、執事長は」
「何で?」
よく分からんが、俺のせいにされている。一体佐々井は何をどう勘違いしたのだろう。と、そうこうしている内に佐々井の後ろの椅子からモゾモゾ動いている影が見えた。「ニャ~」という甘えた鳴き声も聞こえてくる。
「「おじょうさま」が目覚めたようですね」
「ちょっと騒いじゃったから早く起きちゃったか。申し訳ない」
椅子から白い毛並みのペルシャ猫が顔を覗かせた。欠伸すると椅子の上に立ち上がって体を伸ばす。佐々井は俺から写真を奪うように受け取るとペルシャ猫の前に持ってきた。
「「おじょうさま」、いかがでしょうか?旦那様からお見合いを頼まれているのですが、こちらの方にお会いになられますか?」
佐々井の呼び掛けを受けて写真を一瞥した「おじょうさま」はもう一度甘えた声で「ニャ~」と鳴く。「おじょうさま」としては好感触らしい。佐々井は俺の方に振り返るとOKサインを出した。
「分かった。じゃ、旦那様にお伝えしてお見合いをセッティングするようにする」
俺が写真を持って部屋から出ようとすると、佐々井が俺の服を引っ張ってきた。俺はびっくりして佐々井の方を振り返る。
「どうした?」
「今回の勘違いのことは秘密ですよ」
「え?何のこと?」
「………ほんっとうに鈍いですね、執事長は。こないだ休みを取ってデートまでしたのに。まだ私の気持ちが分かりませんか?」
「何となくは察しているつもりだが、今言った方がいいの?」
「!!……ほんっとうに意地悪ですね」
「よく分からんが、今回のことは秘密にするよ。ありがとう佐々井君。いや、ゆかり君」
「へぇ!!??」
俺の言葉に動揺したのか、佐々井の手が俺の服から離れる。その隙に俺はさっさとドアから出て旦那様への報告に向かうことにした。部屋の中で一人呆然と佇む佐々井の「いきなり名前呼びはずるいです」という言葉が背後から朧気に聞こえてきた。
ご一読ありがとうございました。