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二人の遊び  作者: sanpo
2/2

2:解答編

「はい、画材屋探偵殿! これが私の答えです」

 こう言って、我が優秀な相棒が謎の〈解答編〉をレポート用紙――お気に入りの絵本シリーズ水性カラーペンで要所にアンダーラインを引いている、ムム、これは≪赤ずきん≫だな?――にまとめて持って来るまで、さほど時間はかからなかった。

「謎の解明に、まず私が注目したのは次の2点です」

 指を二本立てると来海サンは言った。

「一つめ:邸に住む祖母と7人の孫以外で唯一の人物、ミセス・フェンの存在。本編で確認した処、この人は孫たちが到着した日、祖母が孫たちに彼女の名を紹介する場面以外には一切物語に登場しません。

 二つめは:長持ちの内側の描写。灰紫色の絹の内張り、そこから仄かに漂う甘いポプリの香り……

 これらを念頭に、私が推理し、導き出した解答編をどうぞ!」

 以下、画材屋探偵団/相棒・城下来海はその涼やかな声で朗々と読み上げた――


       *


 長持ちの中で深い眠りに落ちた長女が目を覚ました時、最初に目にしたのは自分を取り囲む懐かしい弟妹たちの顏でした。総勢6名、皆、満面の笑顔で覗き込んでいます。再会の祝福とキスの嵐……!

 それがすむと、ベッドの縁に進み出て来たのはミセス・フェンです。彼女は言いました。

「お嬢様、あなたは合格しました。あなたがお祖母さまの邸と全財産の〈正式な相続人〉と決定したと、お伝えするようお祖母様がおっしゃっています」

 姿勢を正し、静かな目でミセス・フェンは続けます。

「あなたは一番最後まで約束を守り、踏みとどまった一人です。誠実で賢明で思慮深いあなた(・・・)なら大切な邸と一族の財産を上手に管理して維持することができるでしょう。またこの先、受け継いだものをご自分のためだけでなく弟さん妹さんのために正しい判断で使用・運営できるはず」


 ここで来海サンはちょっと言葉を切った。レポートから顔を上げ、僕をじっと見つめる。

「ね? いなくなった兄弟妹たちは別の場所――ミセス・フェンが手配した別邸に運ばれ、そこで使用人たちにキチンと面倒をみてもらっていたのよ。これで、弟妹たちが消えるたびに心配する長女に祖母が言った『ちょっといなくなっただけ』『あるいはおまえの方が皆の処へ行くだろうよ』という言葉が正しかったことが証明されるし、長持ちの中がいつも空っぽで恐ろしい子供の屍骸など一体もなかったことの理由になるでしょ?」

 我が相棒は頬を(ふく)らませた。

「それからね、長持ちの中、灰紫色の絹の裏打ちから漂う甘いポプリの香りは、この当時は一般的だった家庭常備薬――乳母たちがぐずる赤ちゃんや子供を寝かしつけるのに使用したアヘンチンキ……アヘン製剤だわ」

「なるほど」

 事実である。19世紀に法律で禁止されるまでアヘンは英国では〈万能薬〉としてどこの家にも常備されていた。

「だから、7人の子供たちは皆、スヤスヤと安らかに長持ちの中で眠ってしまった。更に推測すると、このミセス・フェンなる人物は単なる使用人ではなく祖母の〈コンパニオン〉だと思う」

 コンパニオンとは、18世紀~20世紀中頃まで存在した英国独特の職業。常に雇い主の(かたわ)らに寄り添い、話し相手や接客、社交行事、旅行の同伴を務めた職業的(プロの)友人である。

「物語の最後に明記されている〝翌日の夕方〟も見逃せない重要ポイントね。長女が長持ちに入ってその〝翌日〟とか〝翌朝〟ではないことに注目すべし。これは長女を他所へ移動させ、覚醒して弟妹と無事再会した後、ミセス・フェンが事実を明かす――そのための時間が必要だったからよ。祖母が黄昏(たそがれ)の中、階段を上り最上階の空き部屋のドアの前で長持ちを見つめて彼女自身の思い出に(ふけ)る、まさに同時刻、長女は真実を知るのよ。ほらね? 時間軸がぴったりと重なっている……」

「流石、我が相棒! 物語の書かれた時代の環境や習俗、史的事実の検証も踏まえた、素晴らしい推理と謎解きだ! 100点満点!」

 拍手喝采する僕に、さながらヴィクトリア時代の若き女家庭教師(ガヴァネス)のごとく優美さと威厳に満ちた微笑みを浮かべて来海サンは城下来海流の〈謎〉を締めくくった。


     **


 ミセス・フェンはそっと長女の手に手を重ねて言うのでした。

「お嬢様、受け継がれたお邸でのあなたの幸せな人生をお祈り申し上げます。賢いお嬢様ならお気づきでしょう? あなたのお祖母様もかつて若い日、あなたと同じようにこのテストを受けられたのです。そして、完璧にやり遂げました。今も、あの長持ちを見るたび、様々な思い出が胸に去来するとおっしゃっておいでです。ご両親やごきょうだいと過ごした幸せな幼い頃の日々……様々なお友達との出会いと別れ……何より、最愛の人が去って行った日、どれほど、邸と財産、その全てを投げ捨てて身ひとつで彼の待つホームへ駆け込み、一緒に夜汽車に飛び乗りたかったか……

 でも、それはまた別の物語でございます」

     


 かくのごとく、僕たちは二人だけの楽しい遊びをしている。あなたが格別の謎を持って桑木画材屋のセーブル色の扉を開けるその時まで。


      FIN


☆あくまでJK来海サンの、個人的な、ミステリ的視点の創作です。

☆ウォルター・デ・ラ・メアの名作短編『謎』は、またたくさんの名翻訳家によって出版されています。

 金原瑞人/「南から来た男・ホラー短編集2」岩波少年文庫

 柴田元幸/「昨日のように遠い日・少女少年小説集」文芸春秋

 柿崎亮/「デ・ラ・メア幻想短編集」国書刊行会

 紀田順一郎/「幻想小説神髄・東雅夫編」ちくま文庫 


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― 新着の感想 ―
[一言] お邪魔します! 問題編と解答編とは、楽しくて素敵でした。 問題編のわかりやすくて無駄のないお話っぷり、さすが新さん。ホラーってこういうことなのか、余韻を楽しめるんだと疎い私は目からうろこで…
[一言] お邪魔します(^^) あれこれ考えるのがすっごい楽しかったです! うん、もちろん当たらなかったので負け惜しみですが(おい) ※以下、ネタバレあり。 なるほど、アヘンとコンパニオン……。 …
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