1:問題編
☆彡〈問題編〉と〈解答編〉の全2話の短編です。《画材屋探偵開業中!》番外編ですが未読でも全然大丈夫!
小さな店をやっていると、時おりパッタリと客足が途絶えて――さながら地球上に僕たち以外の人間は存在しないのでは? と思うことがある。
そんな時、僕・桑木新(店主兼自称画材屋探偵)と城下来海サン(バイトJK兼相棒)は何をしているのか? 実は二人だけでやっている格別に楽しい遊びがあるのだ。
その日は、まさにそんな一日だった。柔らかな春の雨が降る夕方、H市ヒカリ町の一画、祖父創業の桑木画材屋のレジカウンターでおもむろに顔を上げ、僕は言った。
「ここにとっておきの〈謎〉がある。君、挑戦する?」
暇つぶしにカラーペンの棚の整理をしていた我が相棒がスキップして駆け寄って来る。
「待ってました、受けて立つわ!」
「今回の題材は、枚数にして10頁に満たない、タイトルもずばり『なぞ』という短編から。作者は著名な英国作家デ・ラ・メアだ」
前置きすると僕は言った。
「僕自身、この作品を読み終えた時、思わず叫び声を上げてしまった。何故かと言うと、全く謎が解明されないまま物語が終わるからだ」
「?」
小首を傾げる来海サンに僕はピシッと人差し指を立てて、
「勿論、理由はある。この短編が幻想小説のくくりだから。幻想小説の愛好家は解き明かされない結末にふくらみと余韻を憶え、より一層魅力を感じるだろう。だが、しか~し!」
レジカウンターをドンと叩く僕。
「ミステリファンとしては謎が謎のまま放置されるのは耐えられない。謎は解き明かしてこそ、だ」
「うん、〝謎を解くまでが遠足〟よね!」
来海サンの絶妙の合いの手。
「ありがとう。では、本題に移ろう」
プリントアウトした問題を渡しながら僕は概略をザックリと説明した。
「18世紀末の英国。7人の姉弟妹が高齢の祖母に引き取られることになった。馬車が着いたのはジョージ王朝期に建てられた邸宅、住人は祖母と世話役のミセス・フェン、二人だけ。
到着した日に祖母は7人の孫たちにそれぞれ素敵な贈り物を手渡して言う。『朝と晩に私に挨拶に来ておくれ。それ以外は好きに過ごしていい。但し、一つだけやってはいけないことがある。邸の最上階の大きな空部屋、そこは隅に樫の長持ちが置いてあるだけだから、けっしてこの部屋に入ってはいけないよ』」
「来たな」
ニヤリとする来海サン。
「お約束のお邸の禁忌ね」
うなずいて僕は続ける。
「さて、例によって、真っ先に長男が祖母との約束を破る。長持ちの中が見たくてこっそり部屋に侵入すると年代物の古びた長持ちの、果実や花が彫刻された蓋を開ける。だが、中は空っぽ。期待した宝物などは隠されていなかった。長持ちの内側は灰紫色の絹で裏打ちされ、仄かに甘い香りが漂って来る。思わず長男は長持ちの中に入り、蓋を閉めてしまった……
翌日、長女は『一番仲が良かった年長の弟の姿が見えない』と祖母に訴えるが、祖母は『ちょっとの間、いなくなっただけだろう』などと全く取り合わなかった。かくして、残りの弟妹たちが次々に姿を消していく。流石、詩人でもあるデ・ラ・メア、このそれぞれのいなくなり方が個性的で物凄く面白く描かれているから必読だよ」
横道に逸れた。僕は咳払いをして続ける。
「長女の悲しい報告のたびに祖母は言う。『いつか必ず帰って来るさ。でなければおまえの方が皆の処へ行くだろうよ』そして、必ず繰り返すのだ『決してあの部屋に入り、長持ちの蓋を開けてはいけない』と。
しかし、最後の一人となった長女も遂にある夜――大好きな妖精や小鬼の出るメルヘンを読んで寝入った真夜中、夢うつつに階段を上り最上階の禁じられた部屋に入ってしまう。長持ちの蓋を開け、自分のベッドのごとく身を横たえる。裏打ちされた灰紫色の絹から漂う馨しい薫りの中で長女は静かに目を閉じる――
翌日の夕方。孫たちが独りもいなくなった邸で、祖母はゆっくりと最上階の部屋へと階段を上って行く。戸口からそっと長持ちを見つめる。その脳裡に去来する様々な思い出。しばらく立ち尽くした後、ドアを閉め、彼女は階下の窓際の自分の椅子へと戻って行くのだった。完」
「そこで終わり?」
「終わりだ。謎は全く手つかず。な? ギャーだろ?」
僕は相棒を見つめた。
「そこで、君ならどうする? この宙ぶらりんな謎を、幻想小説ではなく、ミステリ小説としてミステリ愛好家が納得できるように完結してくれたまえ」
待て、次号、
以下、城下来海サンの解答編へ続く!
※ ウォルター・デ・ラ・メア(1873~1956)英国の小説家、詩人、児童文学作家。
代表作「妖精詩集」(1922) 「謎 その他」(1923)など多数