青空色の法則『リカバリー』
理はばけねこの少女である。
水色の髪に水色の目、さらに水色の浴衣を着ている。その頭には一対の猫耳が、そして浴衣の帯に隠されたところに切り口があり、そこからしっぽがぱたぱたしていた。
「おはよう!」
理は今、大通りに面した友人の科のオフィスにやってきていた。
ここは科がマンションのだだっ広い部屋を三つ並べて購入し、勝手に壁を削ってさらなる大部屋にしたものである。白を基調とした壁には薄い水色で細かな幾何学模様が入っている。
「おはよう。どうしたのー?」
部屋のど真ん中にある大きなソファで眠っていたらしい科が起きてきた。
紺色の髪はいつもはねているが、それ以上にぼさぼさだ。目は上半分が紺、下半分が琥珀色という変わった目をしている。そして今は白に水色の縞模様が入ったパジャマを上下着ていた。
理が本題を告げる。
「クロワッサンつくって!」
「……え?」科はしばし困惑して固まった。「買えばいいんじゃないのー?」
「それがね……」
理がスマートフォンを茶色いかばんから取り出し、宅配のアプリを開く。
だいぶ遅い入力速度で検索し、科に見せた画面には、『アーモンドとはちみつバターとチョコレートのクロワッサン』、そして赤い『売り切れ』の文字があった。
「だからこれと同じ味のクロワッサンを食べたいの!」
「そ、そんなこと言われてもー……ぼく、食べたことないしー……」
「ええー」
理が唇をへの字にして不機嫌を表すが、作れないものは作れない。
しばらくふたりで悩んでいると、窓の外から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「うわお」
理がカーテンを開けて道路を見ると、高校生くらいの少女がひとり倒れていた。しかも、右腕がちぎれ、内臓も少し飛び散っている。とても目を背けたい。
「治してくる!」理はかばんから明らかにサイズのおさまらない手術道具一式のケースを取り出した。「そしてクロワッサンつくらせるから!」
「う、うん。がんばってー」
窓を開くと、七階という高さから理は飛び降りた。
すとっ。
「そう! 高いところから降りても衝撃をうまく逃がせば――うっ! 痛くなってきた! ひねった!」
理はかっこいい着地を決めようとしたが、衝撃をうまく逃がせずに痛みにのたうち回った。
しかし少女が死んでしまうとクロワッサンが……というあまり褒められたものではない動機によって痛みを克服し、ささっと少女の手術を開始する。
なんか野次馬がぎゃあぎゃあ言っているが、既に理は魔法によって『絶対に人が入れないフィールド』を展開していた。
「よしっ、右手はくっついた!」
そのまま「『内臓がないぞう』という状況はやばい!」とか意味の分からないことをつぶやきつつ、人間業とは思えない――まあ理はばけねこだが――速度で、手づかみで内臓を丁寧に体内へ戻していく。一応きちんと手袋をしている。
合計手術時間、二十秒ちょっと。
少女は縫った跡が見えるだけで、五体満足の状態に戻った。
少し待つとサイレンを鳴らしながらすごいスピードで救急車がきた。少女は担架に乗せられ、車内に運ばれる。
「はい! はい! 一緒に乗る!」
「ええと……ああもう、時間がないからいいや、早く乗りなさい!」
なんだかんだで一緒の車に乗りこみ、出発した。すべてはクロワッサンのためである。
「それで、この子の右手、自分がくっつけてあげたんだよ! すごいでしょ!」
「……」
少女が意識を取り戻さないので、いろいろ機会を触るのに忙しい救急隊員の人はあいまいにうなずいて返した。そもそも信じていないのだろう。
しかしそれはお構いなしに、両手の親指で自分の顔を指しながらべらべらと自慢を続ける理。隊員は律義に毎度頷いていた。
少しすると、少女が目を開けた。
「あっ! おはよう! 起きた!」
「ん……あ……はっ!」少女ががばっと飛び起きる。「こ、ここは……?」
自己紹介を始めようとする理を丁寧に押しのけ、隊員が状況の説明をしてくれる。
「で、自分がバラバラだったのをくっつけたんだよ!」
「え……そうなんですか! ありがとうございます!」
高校生くらいに見えた外見のわりに実際は幼いのか、それとも甘やかされて疑うことを知らないのか。少女は寝たまま首だけを動かし、ぺこぺこと何度もお辞儀をする。理は少し満足したようだ。
「そっちの名前は? 自分は理」
「私は……」ぐしゃぐしゃになっていたためか、まだ少し混乱しているようだ。少し考えこんでから口を開いた。「シードル・シャーレニアです」
「シードル」
理はシードルの顔をまじまじと見つめて、頭の中で名前と顔をひとつにまとめた。いつまで覚えておけるかは知らない。
「……シードルって何だっけ?」
シードルを見ながら何か書き物をしている救急隊員が答えてくれる。
「シードルというのはりんごの果汁を発酵させた酒のこと。フランス語です」
「へえー、物知り!」
その名前は、彼女が赤毛だからだろうか。
しばらくすると車両は病院に到着した。
数時間後。
目撃証言から、シードルがばらばらだったのは本当だったと病院や警察が知ったため、診察で一応健康だと分かってもしばらく入院することになった。シードルは特に異論がないようで、おとなしく病室でテレビを見ている。
「日本人じゃないよね?」理が病室の隅でストレッチをしながら聞く。「旅行中だったとか?」
シードルが目を閉じて思い出す。
「はい、弟と一緒にオーストラリアから旅行に来ていました。たまたまホテルから出ていたんです」
背もたれのない椅子に座ってふうと息を吐く理。
「さっき電話がきたので、たぶんもうすぐ来るはずですね」
言った直後でドアが開いた。素晴らしいタイミングなので、聞き耳を立てていたのかと理は思った。
「"姉ちゃん!"」
入ってきたのはシードルと同じ赤毛の少年だ。だいたい中学一年生くらいか。
「"大丈夫?"」
少年が英語で話しかける。シードルも英語で答えた。
「"大丈夫だよ、エフィー。この人が直してくれたんだって"」
「"ふうん、ありがとう!"」
エフィーが理にお辞儀する。英語が苦手な理でも「サンキュー」ぐらいは聞き取れたので、たいへん変わった発音で「ノープロブレム」と返しておいた。
「この子が弟のエフラー・シャーレニアです。エフィーって呼んであげてください」
「よろしくエフィーくん!」
日本語で言いながら手を差し出す。エフィーは雰囲気からだいたい理解したようで、しっかりと手を握り返した。
ふたりが何かを話しているのを聞いていると、電話がかかってきた。理がスマートフォンを取り出すと、画面には『科』と映っている。理は少しふざけることにした。
「はい、こちら松信コーポレーションの阪田です」
『噓つきは泥棒の始まりって言うよー?』
聡い科には通用しなかったようだ。面白くないなあと思いつつ、「どうしたの?」と尋ねた。
『クロワッサンは作ってもらったー?』
「あ! そうじゃん! ありがとう!」
理は一方的に電話を切ると、すぐにシードルへ『アーモンドとはちみつバターとチョコレートのクロワッサン』を作るよう頼み込んだ。
「お邪魔します」
「おじゃましま」
「やっほー!」
理は科のオフィスにふたりを連れてきた。なおエフィーの「おじゃましま」は、シードルの言葉をまねて言っただけである。
「いきなりどうしたのー?」
「クロワッサンづくりのためにキッチンを貸して! あと材料もちょうだい!」
「……自分のマンションじゃダメなの?」
ジト目を向ける科。理は気にした様子もなく、大きな机に持ってきた工具セットを広げながら返事する。
「自分の家狭いもん」
「それもそうだけどー……もう、いいや」科はため息をつくと、広さに驚いているシャーレニア姉弟に挨拶した。「初めまして、科だよー」
シードルとエフィーも同様に挨拶する。シードルは早速キッチンへと向かい、エフィーは何かを組み立てている理を興味津々な様子で見た。
「できた!」
理は椅子にもたれかかった。机の上には、小説の本くらいのサイズの黒い箱がある。何やらいろいろ刻まれており、ボタンやランプや穴がたくさんある。
「それは?」
「前々から準備してた魔法を誰でも使える装置、その名も『サブストレート』! すごいでしょ!」
理のへたっぴな説明によると。
その箱は中に魔法を発動させる一通りの仕掛けが入っていて、差し込んだカセットに応じて違う魔法が使える。
たとえばと理が取り出した『バウンサー』のカセットなら、対になる『バウンスビーコン』の位置まで素早く戻れるらしい。
「これが『バウンスビーコン』! よく行く場所に置いておけば、速やかにそこまで行ける! すごいでしょー!」
理はかばんからもう既に作ってあった黒い球体を取り出し、胸を張った。
科の翻訳を聞いて、エフィーがやたらキラキラした目で『バウンサー』を見つめる。
「ん? 貸そうか?」
理が言うと、科はすぐにエフィーに伝える。エフィーは飛び跳ねて喜んだ。
「けど、家の中ではだめだからねー。ちゃんと公園かどこかに行ってからね」
また理が椅子に座って、別のカセットの製作を始めた。科が見た感じ、回復系の魔法のようだ。部品などが明らかに持っていたかばんに入る量のではないが、まあきっとばけねこパワーで何とかしているのだろう。
少しするとキッチンからシードルが出てきた。
「できました!」
手には、おいしそうなクロワッサンが白いお皿の上に載っていた。
「『アーモンドとはちみつバターとチョコレートのクロワッサン』です! 食べたことないからわかりませんが、たぶんおいしいですよ!」
「やったー!」
理はすごい速度でクロワッサンを取りに行く。科が、放り投げられたドライバーが床に傷をつけるのを困った顔で見つめた。目立つようなら後で傷を専用のクリームで埋めないといけない。
「うわー! うまー! んー!」
ばくばくとクロワッサンを食べる理。その隣でシードルがうれしそうな笑みを浮かべていた。
理は病院に姉弟を送った後、すぐに科のマンションに戻ってきた。
「ねえ」理が『サブストレート』に入れる新しいカセットを作りながら、不思議そうな顔で質問する。「普通、あんなにはならないよね?」
「うん。この下で悲鳴が聞こえた時、魔法が行使されたみたいだよー」
「やっぱり」
理が頷く。
「シードルちゃんをあんな目に合わせたやつ、絶対許さん! というわけで調べて!」
「……はいはい……」
科はもうあらかた予想できていた。
面倒ごとは人に任せつつ、自分は投げたものの弾道を補正するカセットを作っている理を横目で見て、小さくため息をつく。心の中では、お友達がほかにいない科は頼られることがうれしい。
理の特技が精密な作業だとすれば、科の得意分野は情報収集だ。手段としてけっこう違法なことをやっているが、ばれなければいい。
「黒い車。窓にはカーテンがされていて、監視カメラの角度からでは中は見えないねー」科が光の速さを越えそうな速度でタイピングする。「うん、海外の高級車。日本ではあんまり一般的じゃないメーカー」
「ふむふむ」
理が猫耳をぴこぴこさせる。聞いてますよアピールのつもりだろうか、どちらにせよ科の視界には入っていないわけだが。
「この車種だと最高で三百キロ弱。海外に出航した船にはこの車は乗っていない。ただ」
科は一旦言葉を切り、手を止めた。
「相手は魔法が使えるから、監視カメラに映らず海外に出ることも容易な可能性が高いね」
「だよねえ」
理はあいづちをうちながら、完成したカセットの実験をしようとしていた。
「ちょっ! 家の中でボール禁止!」
「あっ」
家の中に、ガラスの割れる甲高い音が響いた。
「実験は成功!」
「何やってくれてんのー、ねえ……」
* * *
イギリスのどこかにある大きな屋敷の応接間。黒を基調とした部屋で、ふたりの人が机を挟んで向かい合っていた。
「どうした、今日は機嫌がいいみたいだな」
「そんなわけあるか、ただ厄介者を始末できただけだ」
「そうか」
マリティア・J・スターダストはグラスの中身を一気に飲み干した。
身長百五十センチ。赤紫色の髪に同じ色の瞳で、目の中には色の薄い渦がある。服装は上から下まですっぽり覆うマントで、手だけ空いた穴からにゅっと出している。まさかその下に何も着ていないわけではあるまい。
その向かいに座るのは、黒髪黒目の気だるげな男、法だ。切れ長の目をしたハンサムな青年で、どこかのアイドルグループに所属していそうな外見をしている。
「で……これがお前の欲しがってた書類だ」
法が黒い革の鞄から大きな封筒を取り出す。マリティアがそれに手を伸ばすが、法はすっと引っ込めた。
「代金、払ってもらうぞ」
「わかってる」
机の上に大きな金属製の箱が置かれる。南京錠を外すと、中にはきれいに整列された札束があった。
「一千万ポンドある」
法が札束を眺める。
「……太っ腹だな。七百万だったはずだが、どういうつもりだ?」
「なに、貴様は役に立つ。礼だ」
少し訝しんだが、特に厄介ごとを押し付けてくるつもりでもないようなので封筒と箱を引き換える。もらえる金はもらえるだけもらった方がいい。
法は他にやることもないし、今はワインの気分でもないので席を立った。
「じゃあな」
「ああ」
* * *
この地域にしては珍しい、いつも人気が無い公園。今日も例にもれず人が全くいない。
ここは木や置物がいっぱいあるのでいろんな製作物を試すのに最適である。
「『リヴァイザー』!」
腕に『サブストレート』を巻きつけた理が木の幹に向かって軽く野球のボールを投げつけた。
するとそのボールは、右上にゆっくりと曲がる。一本目の木を外れた後、ボールは元の弾道へと戻り、その陰に隠れていたコーンに直撃した。ぱたりと倒れる三角コーン。
「すごいじゃん」科が拍手する。「そろそろ戻ろうよー……もう一時間もここにいるよ?」
「えっ、ほんと?」
理が三角コーンを立て直しながら聞き返し、科が頷く。
「あらら……」
それならしかたないなあ、と六つのボールをジャグリングしながら呟く。やっとオフィスに戻れる科は小さくため息をついた。これは心の底から困っている。
翌日。
「さー、シードルちゃんをひどい目に合わせた敵を探し出すよ!」
「と言うと思ってねー」
科は、オフィスに飛び込んできた理の顔の前に一枚の紙を突き出した。
その紙には赤紫色の髪の少女の顔写真が乗っていた。その横に『マリティア・J・スターダスト、イギリス在住』と書かれている。
「でかした! やっつけてやる! いぇい!」
「というわけでやってきましたイギリスです!」
「こないだも言ってたけど、誰に言ってるのー……?」
理の魔法なら、日本からイギリスくらい一瞬だ。
買い食いしながら敵の住む屋敷に近づくにつれ、だんだん人気が少なくなってきた。十分も歩けば、周りは人がいなくなる。真昼間なはずなのに薄暗く、おばけが出てきそうである。
そしてこの道の奥には、黒い大きな屋敷があった。異世界もののアニメに出てきそうなカッコいいお屋敷だ。
「ふむ。奴をやっつければあの屋敷が手に入るかな?」手製の銃二丁をかばんから出し、点検しながら理が呟く。「爆発してもバレなさそうだし、よさそうな別荘だ!」
理の銃は『パープル・ミックスF』と『パープル・ドロップ』。
両方とも銃弾の入ったカートリッジを左右にスライドさせて差し込むため、翼があるような変わった形をしている。
「ぼくはここには住みたくないかなあー」
科が右腕をぶんと振る。そのジャケットがカチャカチャと音を立てながら手を覆い、近未来的なデザインの小さな砲になった。空に向けてレーザーを発射し、点検を終える。
「よっしゃ! 突撃ぃ!」
理がものすごいパワーで高級そうな木のドアを横薙ぎに蹴る。ドアはようかんを切った時のように、まっすぐの線を描いて壊れた。
やろうと思えばいくらでも直せるので、敵の家を破壊することにいっさい躊躇いはない。
中は外見から予想できるような、まさに高級そうな屋敷だ。実際高級なのだろう。チェス盤のような床に、観葉植物や机などが多すぎず少なすぎず適度に配置されている。
「出てこい! シードルちゃんをずたずたにしやがった悪人め! 正義の味方理さんがやっつけてや――きゃん!」
急にあたりが真っ暗になり、理は吹き飛ばされる。科はそれを見て飛びのいたので無事で済んだ。
そして暗闇の奥から出てきたのは、シードルを攻撃した張本人、マリティア・J・スターダストだ。今はいかにもお嬢様感あふれる服装に、黒いマントをはためかせている。
「……何のつもりか知らないが――」
「シードルちゃんの復讐のためだー!」
「そうか、それでもいきなり人の家に――」
「シードルちゃんをいきなり轢いた奴が何を言う!」
「ああもうっ、人の話を最後まで終わりまで聞け!」マリティアは変な言葉を使いながら腰に差してあった、銀色に輝いているサーベルを理たちに向けた。「とにかく、我の貴重な睡眠時間を邪魔した! 斬り殺してやる!」
人間離れした速度でマリティアが理に迫る。数十年ばけねこをやっている理でも視界にとらえるのが難しかった。
とっさに『パープル・ミックスF』を振り上げてサーベルを弾き、蹴りを入れる。躱された。
科も遠くから三発レーザーを放ったが、マリティアが手をかざすと溶けるように消えてしまった。
「この我の『宵闇』の中では! あらゆるっ! ちょっと貴様人が話しているんだぞっ!」
自慢を始めようとしたので隙ありだと判断したが、そうでもなかったらしい。
「魔法を使えるって、そっちは何者なの?」
「我か? 我は『吸血鬼』だ!」
理と科はなるほど納得がいった。人間でないのなら説明がつく。
「『リヴァイザー』っ!」
そう叫び、発砲する。弾丸はわずかにカーブを描いた。どうやら手で投げた物でなくとも効果は発揮されるようで、実験成功である。
「なんだそれは?」マリティアが弾丸をサーベルで斬りながら尋ねる。「魔法……なのか?」
「ふっふっふ、これは自分が開発した『ランタイム』だよ! 魔法を誰でも使えるようになる画期的な発明だよ! すごいんだよ!」
「すごいな」
自分が自慢を遮られても人の自慢は最後までちゃんと聞いてくれるらしい。マリティアは理が思っていたより道徳心がある。思っていたよりは。
マリティアが剣を振り下ろす。理からはだいぶ離れていたが、剣から黒い衝撃波が飛んできた。理が慌てて飛びのく。
「我の剣は特別製! 体力がマックスだと衝撃波が――」
「てやあー」
科が気の抜けた声を出しつつ背後から殴りかかる。レーザーでは効果がないと判断したため、キャノンをしまって今は丸腰だ。
「なんで貴様らは人の話を最後まで聞けないのだ! この!」
銃弾を斬り裂いたり科の手を弾いたりと忙しいマリティア。だが、疲れは一切見えない。
理が『パープル・ドロップ』に持ち替えて手元のトグルボタンを操作し『空気砲』モードにする。そのまましっぽを使って、かばんから取り出した爆薬の小瓶を銃口に当てた。
「どーん!」
「うわ!?」
マリティアがマントで自分の体を覆い、地面に溶けこむように消える。科は一瞬だけ自分の体をすーっと消した。
地球が粉々になりそうな威力の爆発が起き、理が少し吹っ飛ばされる。
「なんて物を人の屋敷で放ってくれるんだ貴様はぁ!」
「タイム! 無敵バリア!」
地面に転がる理の真上に現れたマリティアが首を切り裂こうとするが、理の魔法で防がれる。
「なっ」
「すっきありぃー!」
理のアッパーがきれいに炸裂する。鉄筋コンクリートを粉砕できる威力のパンチ、プラス魔法による衝撃をまともに受けて、マリティアは真上に吹き飛んだ。
「き……貴様ぁ……!」
「自分の勝ち! はっはっはっはー!」
マリティアが血を吐きながら立ち上がる。魔法の行使者がダメージを負ったためか、『宵闇』が歪んで消えた。
「悪は滅びるのだー!」理が奇怪なダンスを踊る。「正義が勝つ!」
「ああ……そうだな」
サーベルを理に向ける。
とっさに科が魔法を放ったが――
「勝った奴が正義だからなぁ!」
「っあ!?」
理は、一瞬のうちに百を超える斬撃を受けた。
血が止まらない。
意識が遠のいてゆく……。
* * *
「理!」
科はマリティアに殴りかかった。
「身の程知らずが。我の邪魔をするからだ!」
「知るかこの自己中吸血鬼! 一人称が我とか中二病か!」
「なっ」
マリティアが少し動揺する。そういえば今はもう『宵闇』が消えているので、レーザー攻撃も通用するはずだ。
腕を思いっきり振ってレーザーキャノンを出現させると同時、そのままそれでマリティアの頭をぶん殴る。
「調子に乗るのもいい加減にしろ!」
「お断りだね」
科がにやりと笑う。
マリティアの後ろから、誰かが飛びかかってくる。
倒れたはずの理だ。
「はっはっは! こんなこともあろうかと、しっかりカセットを用意してたのさ! その名も『リジェネレイト』!」
「何だと!?」
「ついでにくらえ! 『バウンサー』!」
理の方を向いたマリティアの胸ぐらをつかむと、そのまま魔法を発動させ――
「がっ」
マリティアは、天井に思いっきり突っ込んだ。
「かんぺき!」
「さすがー!」
それを掴んで空中にぶらぶらしている理が、科に向かって親指を立てる。
* * *
「……あれ……」
マリティアは目を覚ました。
視界に映るのは白い天井。水色の線がたくさん入っている。少なくとも、自身の屋敷ではないようだ。
「あ」足音が聞こえる。「目を覚ましたねー。よかったー」
声の方を向くと、そこには憎たらしい猫の連れがいた。
「ここは貴様の家か?」
「うん」
「そうか……」
どうやら命は失わなかったようだ。とくに体に支障もないようなので、少し安堵する。
科が出て行った後、ほっと一息ついていると、入れ替わりで誰かやって来た。
「げんき?」
「あっ」
顔を出したのは、あの憎き猫だ。無邪気そうにニコニコしている。
「貴様よくも!」
「ふっふっふ、自分に歯向かえばもう一度やっつけちゃうぞうひゃあ!」
マリティアが理の猫耳を引っ張る。
「ばけねこは猫耳と尻尾が弱点だそうだな」自信満々の笑みを浮かべる。「仕返しだ!」
「ひゃあ!? ちょっと! ちょっ、にゃああ……」
一分も耳を引っ張り続けると、理はぱたっと倒れてしまった。
「我の勝利だ!」
それに、缶コーヒーを持ってきた科が何とも言えない目を向ける。
「何やってるのー……」
おはようございます、館翔輝と申します。
マリティアさんが初登場しましたね。この人は面白いので次の外伝か何かの主人公にします。
よろしければ、コメントやいいね、評価をよろしくお願いします!
最後までお読みいただきありがとうございました! これからもよろしくお願いします!
2023年7月21日 館翔輝
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