映像制作部、退部します
音芽です。
3つ目です。
バチンと鈍い音が部屋に反響した。
俺は体を大げさに振りかぶって床に倒れ込む。
倒れ込んだ後は…なんだっけ?
「カット!」と監督の声が聞こえた。
その声で今の状況を思い出す。今は俺が所属する映像制作部の撮影中だった。
主人公が自殺をしようとする友人を殴って止めるという何とも古臭い台本は脚本家兼撮影担当監督であるヒカル先輩が考えたものだ。
俺は友人役、見上げると主人公役のショーゴが心配そうな顔をしていた。
「おい、大丈夫か?当てるつもりはなかったんだ。ごめん」
と申し訳なさそうにしている。本当なら拳があたるふりをするはずが、ショーゴと息が合わず思いっきり当たってしまった。そのせいでセリフも飛んでしまった。
「あ、ああ。ちょっと痛いけど大丈夫だよ」と差し出された手をつかみながら俺は立ち上がった。
「せっかくなら演技続けてくれたら良かったのに」
ヒカル先輩がぶっきらぼうにそう言った。
「むちゃ言わないでくださいよ…」「俺が悪かったっス!」
俺の声をかき消すようにショーゴが大声で言った。
俺とヒカル先輩はよく衝突していた。脚本のことでも、演技プランのことでも。そのせいで部活の雰囲気が悪くなることもあった。今回の脚本だって、俺はもっとハッピーな映像を作りたかったのに、無理やり撮影が始まった。ショーゴはそんな俺たちをいつも見ているからか、今も割って入ったのだろう。
締切が3日後に迫った今日の撮影。クライマックスのシーンを今日中に完成させたかった。
「せっかくなら顔が赤いうちに撮影再開しよう」
ヒカル先輩は言う。相変わらずストイックだ。でも俺もそのつもりだった。殴られ損で終わらせたくはない。「はい」というともう一度倒れ込み、撮影の再開を待つ。ショーゴも立ち位置に戻った。
「アクション!」
「「なにすんだよ…」」
「「俺、お前に死んでほしくない。飛び降りるっていうんだったら足の骨を折ってやる。首を吊るって言うんなら腕の骨を折ってやる。だから、死ぬな」」
「「なんだよそれ…。ハハ…」」
「「ハハハ…」」
「「…ごめん」」
「「俺の方こそ殴って悪かった」」
「まあ、面白かったね…」「意外と力入ってたよね」「3人しか部員いないって聞いてたけど」「ちょっと泣きそうになったかも」「あのシーン、本当に殴ってなかった?」
撮影から5日後、文化祭で披露されたそのショートムービーは思いのほか好評だった。
先生からは一部苦情が出たようだがヒカル先輩が黙らせた、先輩は成績が優秀なため教師からの信頼も厚いようだ。
「ヒカル先輩知らない?そろそろ交代の時間だと思うんだけど」
部員は3人しかいない。教室での上映の準備と受け付けは交代で行うことになっている。
5回目の上映の準備を終えた俺は受付で立っていたショーゴに話しかけた。
「いや…まだ来てないけど…電話かメールは?」
「電話はつながらない、メールは送ったけど」
先輩は最後の文化祭ということもあり友達と学校を回っているはずだ。
「もしかしたら、文化祭が楽しすぎて忘れてるのかも」
とショーゴが言う。困ったな。俺も見て回りたかったのに。
「俺、一人でも大丈夫だから少し回ってきなよ」とショーゴは魅力的な提案をしてくれたが、「いや、そこまで気になるものもないし良いよ」と断った。
元々は別の部活に所属していたショーゴを映像制作部に誘ったのは俺だから、1人で文化祭を楽しむなんて無粋な真似は出来なかった。
「7回目の後の休憩に、一緒に昼飯食いに行こうぜ」と言っておいた。
10回目の上映が終わる。上映はあと2回だ。
ここで、外が少し騒がしくなっていることに気付いた。機材をショーゴに任せて11回目の上映中に確認しに行った。
どうやらケガ人らしい。
誤って転落したとか。
3年の女子生徒と言っていた。嫌な予感がする。
数日後、俺とショーゴはヒカル先輩のお見舞いに来ていた。
3階から落ちたが、幸いにも足の骨が折れただけらしい。
病室でヒカル先輩はスヤスヤと眠っていた。寝顔はこんなにも美しいのに。グルグルと包帯に巻かれた足は痛ましかった。
結局、起こさずに病院から帰ることにした。
帰り道、無言が気まずく、俺は何かしゃべらずにはいられず口を開いた。
「なんで、落ちちゃったんだろうな」
「…」ショーゴは何も返してくれない。とても落ち込んでいるようだ。
「大きなけがじゃなくて良かったな」
「…」おいおい、そんなに落ち込んでるのか?つられるように俺もそれっきり黙ってしまった。
その日の別れ際、最後にショーゴが話しかけてきた。
「あ、あのさ…」「なに?」
「たぶん、俺のせいだ。ヒカル先輩が落ちたの」「え」ショーゴの次の言葉を待つ。
「ごめん、映像制作部やめるわ」「ちょ…」
ショーゴは走って行ってしまう。映像制作部には先に俺が入部していた。2つ上の学年が卒業し人手が足りなくなった2年目、幼馴染のショーゴに相談したら快諾してくれた。
急にやめたのはヒカル先輩の件があったからだろう。でも、そんな一方的に言わなくても。
数か月後、退院したヒカル先輩も受験勉強を理由に退部してしまった。ショーゴともあれ以来気まずくなってしまった。
映像制作部の部室には俺1人。次はどんな映像を作ろう。俺のドキュメンタリーでも良いかもな。なんて。
────
文化祭前日、ヒカル先輩に呼び出された。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「いえ、明日の上映のことで話があるとかで。ユウヤも来るんですよね?」
「あれ、噓」先輩は笑う。その笑顔はどこか不気味に感じた。
「ユウヤも来るって言わないと、君は来てくれないかなって」
バレている。この先輩には。
「あっ、やっぱり。ふふ…。ラストの撮影で手が当たったでしょ、そのときやけに動揺してた気がしたから考えたらピーンと来たんだ」
「だから、なんですか?」挑発するようなしぐさに苛立ちを隠せなかった。
「いやあ、がっかりしたなって」
急に先輩はしおらしくなってしまった。わけが分からない。
「ユウヤが君を連れてきたとき、"ときめいた"んだ。君は普通の学生とは違うって。でも、それだけだった。マイノリティなだけだった。臆病なだけだった。だから、がっかりしたなって」
「俺の何を知ってるんですか!」
頭に血が上る。幼馴染に対して隠し続けた気持ちを暴かれて最悪な気分になった。
「俺、帰りますね」
「告白、しないの?ユウヤに」
「しませんよ」とぶっきらぼうに言いながら俺は映像制作部の部屋を出る。
背中にかけられた「がっかりだなぁ」という先輩の甘い声が耳に残った。
おそらく続きません。