第七十八話 なんだかんだいそがしい
文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
視線を向けられたリカオンも、眉間に皺を寄せ小さく首を振っている。
「フィルブライト公爵、それは私には荷が重すぎますわ。もっと社交界や政に詳しい名門の貴族にお願いした方がよろしいのではないでしょうか」
「いいえ、古い考えを学ばせるなら私でもできるのです。ですが貴女は、物事の捉え方や考え方そのものが他の者とは違っています。そこを学ばせたい」
リカオンのときもそうだったが、フィルブライト公爵は教会派である。こちらの動きを探る目的で、ルーカスを送り込もうとしているとも考えられた。
アルメリアが少し考えこんでいると、フィルブライト公爵は付け加える。
「ではまず、見習い期間として三ヶ月ほど手元に置いていただいて、様子を見ていただけないでしょうか」
少しなやんだが、三ヶ月ぐらいならばなんとかなりそうだった。それに三ヶ月も年下の公爵令嬢に付けば、ルーカスもうんざりして離れて行くに違いない。
「わかりましたわ。ですが、もしも本人が拒否された場合は、そこで終了としても宜しいでしょうか?」
その返事を聞くと、フィルブライト公爵は嬉しそうに答える。
「もちろんです。まぁ、本人が拒否することは絶対にないでしょうが、もし嫌がれば即見習い期間を終了してくださってかまいません。無茶なお願いを聞いてくださってありがとうございます」
改めて、深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。それに今すぐということではなく、ルーカスの怪我が完治してからでも宜しいかしら?」
「はい、もちろんです。そちらも準備があるでしょうし、開始時期はそちらにおまかせいたします。本当にありがとうございます」
そう言って冷めてしまったお茶を一口飲み落ち着くと、不意に思いついたようにアルメリアに質問した。
「ところでずっとお訊きしたいと思っていたことがあるのですが、あのような画期的な治療法や、薬学の知識はどちらで学ばれたのですか?」
「あれは本で読んで知っていましたの、独学で役に立てたかわかりませんけれど」
不思議そうな顔でフィルブライト公爵は更に尋ねる。
「本……からですか? 私も本は好きな方なのですが、あのような治療法が書かれているものは、読んだことがありません。そのような稀少な書物を所蔵しているとは、クンシラン家の図書を一度拝見してみたいものです。それにしても、本から得た知識だけで、あれだけのことをこなしてしまうなんて」
ひとしきり感心すると、フィルブライト公爵はアルメリアの背後にある柱時計に目を止めた。
「申し訳ありません。だいぶ遅くなってしまいました。私はこの辺で失礼させていただきます」
「いいえ、またいつでもいらしてください」
そう言うと立ち上がり、執務室の入口まで見送った。フィルブライト公爵の姿が見えなくなったところで、リカオンがため息を漏らす。
「お嬢様、引き受ける必要はなかったと思いますよ」
その意見にアルメリアは苦笑いで返した。
確かに、引き受ける必要はなかったかもしれない。しかし、なるべく教会派の人間と関わり情報を集める必要があったので、こちら側の情報を漏らされるリスクを冒しても、フィルブライト公爵家とは関わりを持っていた方が良いとアルメリアは考えていた。
一週間後の夕刻、屋敷に戻るとペルシックから気がかりな報告があった。
「クンシラン領と帝国の国境近くで、アンジーの塩レモンと類似した商品が出回っていると、複数の行商人から報告がありました」
「似た物を作っているということですの? おかしいですわね、いずれは類似した商品が出回ることはわかっていましたけれど、それにしても少し早すぎますわ。檸檬の栽培も時間がかかりますし、発酵塩レモンを作るとしても檸檬をうち以外から仕入れるとなると、今のところ遠方から取り寄せするしかありませんわ。そんなコストのかかることをしたら、儲けはでないはずですし」
ペルシックは無表情で答える。
「しかも、その商品はアンジーの塩レモンと全く同じ味だそうです」
アルメリアは、行動を止めペルシックの顔をじっと見つめた。考えたくないことだったが、一つの恐ろしい仮説が思い浮かんだからだ。
「誰かが横流しをしているということですのね?」
ペルシックは真剣な顔で頷く。
「はい。私どもも、色々調べたのですが、かなり不穏な動きがありまして、一度しっかりお調べになった方が宜しいかもしれません」
ペルシックがそう言うなら、そういうことなのだ。アルメリアはすぐに国境へ向かう決断をした。
「わかりましたわ、国境はヒフラの別荘とも近いですし、しばらくお休みをもらって静養名目で行って調べてみましょう。でもその前に、ブロン司教とお会いする約束は三日後でしたわよね、その後に出発しても問題はありませんわね」
そう言うとペルシックは頷く。
「はい。では、そのように準備いたします」
そう言って、報告書をアルメリアに手渡すと下がっていった。二ヶ月後にセントローズ感謝祭が迫っていたため、早急に調べなければならないと思いながら、アルメリアはペルシックの報告書に目を通す。
報告書によると、三ヶ月前ぐらいから国境付近の帝国からの品物を卸している露店で、ソルトレモンという商品名の塩レモンが流通するようになったと、クンシラン領お抱え行商人から相次いで報告が入ったそうだ。
値段はアンジーの塩レモンより若干安いが、味はほぼ同じで、品質は少し落ちるとのこと。
発酵塩レモンは塩と檸檬だけで作られている。真似をすれば、誰にでも作ることはできるだろう。だが、アンジーの塩レモンは、塩分濃度や発酵過程や品質管理などを徹底してこだわった商品でもある。完全にあの味を再現するのは、そんなに容易なことではないだろう。
そこで考えられるのは、従業員の誰かが作り方や檸檬の横流しをしているのではないかということだった。
ヒフラはアルメリアが一番最初に農園を作った場所でもある。従業員たちとも親交が深く、信頼できる者たちばかりでこんなことは考えたくもないことだった。
更に関係があるかはわからないが、若干ヒフラ地域の治安の悪化が見られると報告書には付け加えられていた。治安が悪化してしまった原因は、まったくわからないとのことだった。
報告書を読み終えると、アルメリアはあの地域でなにかしらのトラブルが発生しているのは確かなのだろうと思った。
そんな不安を抱えつつ、アルメリアはブロン司教との約束の日を迎える。この日は、アルメリアが直接孤児院へブロン司教を訪ねることになっていた。助祭が慰問のついでにアルメリアの執務室へ遊びに来るぐらいは問題ないが、司教がプライベートで教会派でもない、社交界に影響力の強いクンシラン家の屋敷に訪問すれば、変な噂がたてられかねなかったからだ。
いつものアンジーの格好をすると、アルメリアは孤児院へ向かった。もちろん、リカオンもついてきたがったので、一緒に行くことにした。
考えてみれば、リカオンにとってはブロン司教は伯父に当たるのだから、ついてきたがって当然かもしれない。と、そこまで考えたときに、地下倉庫でリカオンが『伯父から聞いた話』と言っていたのを思い出す。きっとあの伯父とは、ブロン司教のことだったのだろう。
誤字脱字報告ありがとうございます。