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第七十四話 甘いハチミツ

文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。

 アリウムの手紙には、リカオンが自分の中に宿っているとわかったときの喜び。出産の日、初めてこの胸に我が子を抱いたとき、強くこの子を守るためならなんでもしようと誓ったこと。無事に生まれてきてくれたことに感謝したこと。一年目の誕生日を迎えられて幸福感に包まれたこと。初めて喋ったときの感動……。


 そんなふうに、リカオンに関係する思い出がたくさん綴られており、どのエピソードも愛情のこもった言葉で溢れていた。

 そして、最後に自分の人生で最高のプレゼントであり、唯一無二の掛け替えのない存在だった。私のもとに生まれてきてくれて本当にありがとう、いつまでも愛している。と、締め括られていた。


『リカオン、貴男はオルブライト家を継ぐ人間なのだという自覚が在りますか?』


 あの言葉は、愛情から来る本心だったのだ。自分は死ぬ運命なのだと知ったときに、あとに残すリカオンのことを思った言葉に違いなかったのだ。

 それを読み終わると、リカオンは涙が止まらなかった。初めて声を出して泣いた。

 そして、自分は絶対に後悔しない生き方をしよう、両親に恥じない生き方をしよう、そう固く心に誓ったのだった。


 リカオンは、暗闇の中で呟く。


「親父、必ず助ける」


 そのとき、頭上から足音のようなものがした。そっとランプで天井を照らす。よくよく見ると、天井のレンガが一部崩落しており床板のようなものが見えた。

 よし、教会本部についたようだ。そう思い、天井を照らして、入り口を探しながら前に進む。

 しばらく進むと天井から、梯子が伸びているのが見えた。これだと思ったリカオンは、立ち止まり懐から懐中時計を取り出す。時刻は午前一時四十五分。


「二時まであと十五分か……」


 そう呟き、梯子の下に座りこんで皮袋に入っている水を飲んだ。そしてふと、緊張したら蜂蜜をなめろとアルメリアが言っていたのを思いだし、蜂蜜を取り出すとそれをなめた。


「甘い」


 それは今までにないくらいに甘く美味しく感じた。蜂蜜をなめると、自分を洞窟へ送り出したときのアルメリアを思い出した。


「本当に、あれじゃ母親みたいだ」


 思わず微笑んだ。そこで、アルメリアにも母親と同じようなことを言われたのを思い出す。


『貴男はオルブライト家の人間でしょう? それならば不貞腐れていないで、これからどうすべきか、オルブライトの人間としてちゃんと現実を見て考えなさいませ!』


 そう真剣な眼差しで言ってくれた。とそのとき、リカオンはアルメリアが本気で自分を心配してくれていたんだと思い、胸がギュウっと締め付けられるような切ない感覚に襲われた。


 このとき、心から彼女を愛してしまっている自分をもう隠しきれない、と思った。だが、気持ちをぶつけても、決して受け入れてもらえないこともわかっているつもりだった。


 大きく息を吐き深呼吸して落ち着くと、もう一度懐から懐中時計を取り出し時間を確認する、針は一時五十五分を差していた。

 リカオンは、邪魔になる腰につけていたロープと荷物、歩いたときに音が出るものもすべて外し身軽になると、梯子を登った。






 アルメリアは地下を覗き込んだり、地下倉庫を言ったり来たりしていた。


「遅くなくて? リカオンは大丈夫かしら?」


「アルメリア、まだ三時半ですよ。もう三十分は待ちましょう」


 ルーファスも心配していたが、アルメリアがそれ以上に心配しているため、宥め役に徹していた。


「そうですわよね、何かあれば洞窟内が騒がしくなるはずですもの。それより本当に教会本部の下に、この洞窟は続いていたのかしら?」


 そう言ったあと首を振り、続けて言った。


「今更そんなこと言っていても、しょうがないですわね。(わたくし)たちにはここから入って教会本部に行くという選択肢しかなかったんですもの」


 そう独り言のように、自問自答を繰り返していた。


 そのとき梯子を登る音がした。ルーファスとアルメリアは顔を見合わせると、急いで下を覗き込む。


「お出迎えいただき、ありがとうございます」


 梯子を登りながらリカオンはそう言って顔を見せた。


「『リカオン!』」


 声を揃えて名前を叫ぶ二人の前でゆっくり梯子を登りきると微笑んで言った。


「はい。ただいま戻りました」


「良かったですわ! 怪我は? トラップはなかったんですの? 本当によかったですわ」


「あんな暗闇の中を長時間、本当にお疲れ様でした。とにかく無事にもどられて良かったです」


 無事を喜びはしゃぐ二人を、リカオンは制した。


「僕が地下に行った理由を、二人ともお忘れですか?」


 二人は、はっとしてリカオンの顔をじっと見つめる。リカオンはニヤリと笑うと、背中側のズボンに突っ込んでいた台帳を取り出し、二人の前に差し出した。それを見て、アルメリアが興奮して叫ぶ。


「教会本部に行けましたのね!」


 リカオンは静かに頷き、したり顔で言った。


「しかも、裁判で何かいちゃもんをつけられては困るので、過去四年分の台帳をごっそり持ってきてやりました」


 アルメリアは驚いて、差し出された台帳を見る。


「四年分てこんなに少ないものなんですの?」


 その質問にはルーファスが答えた。


「そんなはずはありません。誰かが証拠隠滅を図ったのでは?」


 リカオンは首を振る。


「まさか、この台帳は一ヶ月分です」


 そして、続けてリカオンは下を指差しながら言う。


「残りは下にありますよ」


「そんな大量の台帳を、どのようにして持ち出しましたの?」


 リカオンはにっこり微笑み答えた。


「ちょうど、書類保管庫に台車があったので拝借しました」




 そこからがまた大変だった。リカオンが運んだ台帳を、リカオン、ルーファス、アルメリアそれにペルシックとで手分けし、目を皿のようにしてオルブライト教区の支援金の出入のみひたすら拾い上げると、こちらの台帳と違いがないかの確認をした。

 そして、チェック済みの場所には、簡易的な付箋のようなものを作って張っていった。


 そうして、裁判の始まる二時間前までにはなんとか四年分の台帳の確認を終わらせることができた。全てが終わったときリカオンは、改めて全員に深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。ここから先は、僕がすべてやります。必ず裁判で無罪を証明してきます」


「リカオン、(わたくし)もお手伝いしますわ」


「私もです。自分の教区でのことですし、パーテルを助けたい気持ちは私も一緒ですよ!」


 二人がそう言うと、リカオンは首を振る。


「アルメリアは関わらない方がよいでしょう。考えてみてください、クンシラン家は中立派なのですよ? そんな人物が関わったとなれば、社交界でどのように言われるか。政治的にもそれは上手くありませんね。それに、アルメリアが関わったと知られれば、貴女自身も誰にどのように目をつけられるかわかりませんしね。それと助祭、貴族の裁判に助祭が出てきたら、それこそ貴族とブロン司教との癒着を指摘されてしまいます。貴男はブロン司教のときに活躍されればいいでしょう。とは言っても、今日父が釈放されれば、ブロン司教も釈放されるでしょうし、助祭の出番はこの先もないとは思いますけど」


 そうして余裕の表情で台帳を台車に乗せると、笑顔で言った。


「行ってきます」


誤字脱字報告ありがとうございます。

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