第百八十四話 白紙
文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
連行されていくスカビオサは矢を射られて痛いのか大人しくしていたが、ダチュラはずっと恨み言や悪態をついて兵士たちの手から逃れようと抵抗しているのが見えた。
アルメリアは自分が悪役令嬢として断罪されていれば、逆の立場になっていたかもしれないと思いながらその姿を見送った。
彼らが連れ出されると、ムスカリが注目を集めるように手を叩いて言った。
「せっかくお集まりのところを申し訳ないが、こんなことがあってはこのまま舞踏会を続けるわけにはいかない。今日はお開きにさせてもらう」
その場にいた貴族たちは『これはしょうがない』といった顔をしながら、各々思い思いの励ましの言葉をアルメリアにかけ、その場をあとにしていった。そうして帰ってゆく参加者を見送ると、主要なものたちだけがその場に残った。
そこでアウルスがサンスベリアに言った。
「ところでスカビオサの処遇についてなのだが、こちらに引き渡してほしい」
「わかりました、なにか事情があるのでしょう? ですが彼は現在教皇という立場です。教皇を罪に問い他国へ引き渡すことはできません。ですから一度チューベローズ内で裁判にかけ、その地位を剥奪したのちの話になりますから、時間がかかると思いますがよろしいでしょうか?」
アウルスは頷いて答える。
「しばらくはこちらに滞在の予定だ。チューベローズの体裁もあるだろう裁判結果が出るまでは待とう。寛大な判断に感謝する」
サンスベリアは笑顔で頷くと、思い出したように言った。
「ところで、あの令嬢はどうなさいますか?」
「あれはそちらで処理してくれ」
「はい、わかりました。ではこちらで」
それを聞いていたアルメリアは、そうなるだろうとわかってはいたものの、実際にこうもあっさりとダチュラの処刑が決まってしまうとなんともいえない気持ちになった。
おそらくダチュラも裁判にはかけられるが、最初から処刑が決まっている裁判なので簡易的に行われ、ただちに刑は執行されることになるだろう。
あれだけのことをしているのだから、それは当然とも言えたがクインシー男爵のことを考えると心が痛んだ。
そこでアウルスは神妙な顔をして言った。
「それともう一つお願いがあるのだが」
「なんでしょうか? できる範囲内でなら」
「うん。ではアルメリアとムスカリの婚約を白紙に戻していただきたい」
その言葉にその場にいた全員が驚いてアウルスの顔を見つめる。
サンスベリアはムスカリの顔を見てから言った。
「私としては構いませんが、これはムスカリが決めたことです。ムスカリの意見を尊重したいのですが、如何でしょうか?」
アルメリアはムスカリから聞いていた婚約の経緯と話が違っていたことに驚き、ムスカリを見つめた。ムスカリは気まずそうにアルメリアを見つめ返すと口を開いた。
「アルメリア、君を騙していて申し訳なかった」
そう前置きすると、アウルスに向きなおった。
「説明させてほしい。ある日クインシー男爵令嬢が私に言った、アルメリアと婚約しろとね。私はあの令嬢になぜそんなことを言うのか訊いた。すると、あの令嬢は『貴男が大勢の前で婚約破棄をすれば、私がアルメリアを断罪しやすくなる』と言ったのだ。馬鹿馬鹿しい話だったが私はそれを利用することにして、強引にアルメリアと婚約することにした」
そう言うとアルメリアを真っ直ぐ見つめる。
「これが君と婚約した経緯だ。だから婚約を一度白紙に戻すのは問題ないが、どうするかはアルメリアの判断に任せたいと思う」
そう言うと、ムスカリは悲しそうに微笑み、アルメリアに囁く。
「正直に言えばこの婚約に下心がなかった、と言えば嘘になる。私は君との婚約を渇望していたし、それが叶うならなんだって利用したかった。だが、そんな下心がばれてしまえば確実に君に嫌われてしまうだろう。それが怖かった。だから君には本当のことが言えなかった」
ムスカリの言いたいことはわかった。だが、あの朝突然ムスカリから婚約が決まったと告げられ、動揺し戸惑ったのも確かだったし、無理に婚約はしないと言っていたムスカリを信じていた気持ちをムスカリが踏みにじったのも確かだった。
そんなことを思いながら同時に今までのムスカリとの色々を思い出す。今回は嘘をついたかもしれないが、ムスカリがいつも真っ直ぐな気持ちをアルメリアに向けていることも十分理解していたし、それは確実に心に響いてもいた。
しかし、このまま婚約してしまえば、きっと後々しこりが残るだろうことは明白だった。
ならば、この先ムスカリと婚姻することになるとしても、もう一度一からやり直したいと思った。
「わかりましたわ。一度白紙に戻しましょう」
ムスカリは目に見えてがっかりした様子になったが、次の瞬間余裕の笑みを浮かべて言った。
「わかった、また一からやりなおすだけだ」
アルメリアは申し訳なく思い俯いてしまった。そんなアルメリアにアウルスが声をかけた。
「アンジー、少し話をしたい」
アルメリアは顔を上げしばらくアウルスを見つめると、黙って頷いた。
アウルスがルクだったという事実をしり、アルメリアは今までの自分の気持ちをしっかり伝え、けじめをつけようと思った。
そして、今までのお礼と最後の別れの挨拶をして自分の気持ちにも決着をつけたかった。
アウルスはアルメリアの手を取ると周囲に向かって言った。
「みんな、アンジーを少し借りる」
そう言うと中庭にエスコートした。
手頃なベンチを見つけるとアウルスはそこに座るよう促した。二人は横に並んで座るとお互い何とはなしに夜空を見上げた。
朔月で降るような星空が見えた。アルメリアはふと先日自分の屋敷でアウルスと月を眺めたことを思い出す。なにも知らずにいたあの優しく穏やかな時間を。
アルメリアはランプで照らされたアウルスの横顔を見つめた。
「アウルス……いいえ、ルク。貴男はルクでしたのね」
アウルスはアルメリアを見つめ返す。
「そうだ。だが、今はアウルスとして生きている」
「そうですの……」
そこでアルメリアは今まで探し求めていた答えを知るために、アウルスに質問を投げ掛けた。
「シルは助かったんですの?」
「もちろんだ、シルとマニ、ルーファスも他の孤児たちと一緒にロベリア国から連れ出して、帝国で保護した。マニはもともと誘拐に巻き込まれた帝国貴族の令息だったから、帝国に戻るとすぐに屋敷に返された」
誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。