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第六話 正体不明

 マモルが身支度をしていると、ビンカは背伸びをして目をしょぼしょぼとさせながら、いつもより早く目覚めた。

「あ、おはよう、ビンカ。まだ、起きなくていいだろ?」

「……マモリュ……お、おはよう」ビンカは、眠そうにフワフワとした声で言った。「え、えっと……マモルのこと、見送りたいなって……う~ん……」

「ビンカ、ごめん。昨日言い忘れてたんだけど、君の薬のおかげで助かった人がいるんだ。本当にありがとう」

「う、うん……えへへ」

ビンカはベッドの上に座ってユラユラと体を揺らしながら、眠そうな声で反射的に返事をした。しかし、褒めてくれたようなことは理解していた。

「ほら、やっぱり。まだ眠いんだろ?」

「眠くないよ……う~ん、マモル……」と、ビンカはマモルに寄り掛かるように抱き着いた。「ワタシも一緒に……起きるの……スー……スー……んっ、寝てないよぉ……」

「ビンカが無理すると、薬も作れなくなるだろ? 助けられる人も助けられなくなる。それに何より、ビンカが心配だからさ。気持ちだけ受け取っておくよ」

「助けられなく……えへへ……わかったぁ……」と、ビンカはついにベッドに横になってしまった。「行ってらっしゃい……マモリュ……」

 スヤスヤと眠るビンカの穏やかで可愛い寝顔を見ると、彼女に毛布を掛けてあげて、マモルは出発した。

 まだ人が少ない街のギルドにつくと、何人かの兵士と騎士たちがウォルルガルと数人のベテラン冒険者たちに話をした後帰るところだった。マモルは避けて騎士と兵隊に道を譲ると、受付嬢ウーケがいる依頼受付カウンターに向かった。、

「おはようございます」

「おはよう、マモル。早いわね。……大丈夫なの?」

「ええ。ゴブリンからの救出、ありますか?」

「ま、マモル」(こいつ、同じようなのを?)「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

「平気ですよ」

「マモル」と、ウォルルガルが話しかけた。「おはよう。話したいことがある」

 マモルは、ウォルルガル団長にギルド長の執務室に連れてこられた。そこには、様々な勲章や賞状、様々な時代に起こった戦争や冒険の写真や絵画が飾ってあった。

「……すごいな。全部、あなたが参加したんですか?」

「私と仲間たちが参加した。ああ、君が見ているその、兵士や騎士たちと写っているのは戦争に参加した時のだ。しかし、本来冒険者は戦争なんかに駆り出される者じゃないんだがな、この時は仕方なかった」

「ドラゴンスレイヤーさんも言っていました。力と責任を持って、自由に冒険をする者だと。その話を聞いて、ここに入ることにしたんです」

「ああ、そうか」と、ウォルルガルは嬉しそうな笑顔で言い、俯いて気を取り直して顔をあげた時には真面目な表情になっていた。「正直に言うよ。君を我々のギルドに紹介してくれたのは、ドラゴンスレイヤーさんなんだ」

「え、オレってコネで入っていたの? そうか、字も書けないのに入れたわけ」

「君の力を見込んでだ。君が無償で人助けをしていることが、もったいないと言ってな。守る者もいるのに、こういってはひどいと思うがフラフラとしていたのを気に掛けたんだ」

 マモルは申し訳なさそうに俯いた後、懐かしそうに窓から見える空を見上げた。モクモクとした雲が浮かび、巨鳥が太陽を横切って行った。

「……助けた人に、ああやられたのは初めてでした。ですけど、まだ人も、ビンカだって助ける気でいます」

「そうだろう。それでだ、君にはこの国全体を守る手助けをしてほしいと、軍から依頼があったんだ」

 マモルは、ウォルガルルから話を聞いた後、ビンカのいる家に帰っていった。


 ビンカは、寂しさを感じながらも、魔法薬をたくさん作っていた。

「マモル……大丈夫かな……?」

 すると、ドアをノックする音が聞こえた。ハッとして駆けだそうとしたが、気を取り直してしまった。マモルは、ノックをして家に帰らない。

「どちら様ですか……? あ、ああっ⁉」と、思わず声を上げてしまった。

「私だ。グーンブ・ゼトリクス」

 この国の第二王子を家の中に招き入れ、震える手でお茶を淹れようとする。

「いや、お構いなく。今日は、これを見せに来た」

「え、こ、これって……」

「君たち二人の戸籍謄本だ。この国に、正式に住むことを認める。おめでとう」

 ビンカは、言っている意味を理解しようと、頭をフル回転させている間、目を点にして、可愛い口をポカンと開けていた。

「えっと、えっと……あ、ああっ⁉ ううっ……ありがとう、ございます! 王子様!」

「……君、このこと忘れてただろ?」(心を見なくても分かる。顔に出てる)

「えっ⁉」(ううっ、実は馴染んだ気でいたなんて……)「ご、ごめんなさい……」

「まあいい」王子は冷静な声で言った。「だが、これだけは忘れないでくれ。君も頑張ったがそれだけじゃない。君の主人が書いた、もしもの時は自分が責任を取るという証明書、君を倒そうとしたが思いとどまり、気持ちをこれでもかと抑え込んで見定めることにしたドラゴンスレイヤー、誰よりもマモルのこと。そして、君を受け入れたこの国の人々のことを忘れるな」

 ビンカは、今までの出来事や人々のことを思い返すと、泣きそうになったが我慢した。

「……わかり、ました。……ありがとうございます!」

「ああ」と、王子は笑顔で頷くと、手を伸ばそうとしたが、引っ込めた。「すまん」

「え? な、なんですか?」(さっきの手の感じ、もしかして、撫でようと……?)

「いや」(撫でられるのが好きらしいから、そう言ったらさすがに怒るだろう)

 グーンブはキョトンとしているビンカの顔を見た。非常に可愛らしい。

 ビンカはまだ何かあるのだろうかと、だんだん不安そうな表情をしてビクビク、ヒヤヒヤして体を震わせた。

「マモルは、ギルドか?」

「は、はい……」

「そうか。君も、魔法薬を作ってくれているそうだな?」

「は、ひゃい、うっ、はい! です。……はい」

「……この国には、ありとあらゆる種族がいて、ありとあらゆる者たちがいる。そして、それに魅かれて悪しき者たちがやってくることもある」

「……は、はい」

「君たちになら言わなくてもよいだろうが、もし、誰かがその悪しき者の手にかかろうとしていたら、出来る限り助けてくれたまえ。この国だけではなく、万人をだ。君たちならそれができる。マモルは力、君は癒し。それぞれ違ったこと、得意なことを活かしてだ」

「……はい」と、ビンカは反射的に返事をしてしまった。

「すまない。説教をしてしまった。では……」

「あの王子様……」と、ビンカは恐る恐る訊いた。「マモルのこと、何か、わかりませんでしたか?」

「君が見つけた、彼の頭にある傷跡……。恐らくだが、君の思っている通りだ。もうすっかり治ってはいるようだが、記憶を司る部分、脳を一度破壊されている。彼の記憶はもう元には戻らないだろう」

 ビンカは、背筋が凍るような感覚がし、その次に、雷に打たれたかのような衝撃を感じた。頭がフラフラと、ボーっとする。視界がぼやけてくる。

 王子は、彼女を椅子に座らせてあげた。

「ぐすっ……」(そんな、じゃあ、マモルは一生、自分が誰かわからないの? 自分のことを知らないままなの? そんな、そんな……)「そ、それって、間違いってことは……」

「……それはない」と、王子は、涙目の彼女を優しい視線で見て悲しそうに言った。「脳を破壊された者の心を見たことがある。それとほぼ同じ。だが……」

ビンカは涙を流し、頬を赤くしながらやっと王子の方を見た。

「本当に大切だと思っていることは、消えないこともある。だから、きっと、もし脳が破壊されるような出来事がまた起こっても、彼は君のことを覚えていると思う」

「……王子様?」ビンカは、それに気づくとまたさらに涙を流してしまった。「そんなことが、あなたの……誰か、大切な人に……」

 グーンブ王子は頷き、家の外に出た。ビンカは、フラフラとしながらついて行った。

 彼は、空を見ていた。空には、今日も巨鳥が飛んでいた。

「……紹介する。スザーク。ゼトリクス王国第一王子。ワタシの兄だ」

「……え?」(ワタシ、ひどいことを……あの鳥さんのことも王子様のことも知らないで、怖がっちゃった……ごめんなさい……それに、そんなことが王子様にあったなんて……そうか。だから泉にいた王女様は……)「わ、ワタシ、ワタシ、そんな……」

 ビンカは、隣にいる王子、空を飛んでいる王子、泉にいる王女を思うと、ドンドンと涙があふれてきた。自分に、何ができるのだろうか? 魔法薬ではマモルの記憶は取り戻せなかった。では他にどんなことで、彼らを、自分たちを助けてくれた彼らを助けることができる? 

(わかんないよ、わかんない……どうすればいいの……助けたいのに……)

「気にしなくていい」


 王子は、あの日のことを思い出していた。

 父が海外で魔女と戦っている時を見計らって、転移魔法で入り込んだ魔王軍幹部の生き残りが、王妃であり国の頭脳だった母を殺害したうえ、その後膨大な魔力を使って自爆しようとした。それから部下や家族、なにより国民を守ろうと、兄はハイヒューマンとしての力を使って、鳥と話せる程度のはずだった能力を無敵の巨鳥に変身できるという能力にまで進化させて、爆発寸前の幹部を上空まで連れ去っていった。

 その様子を見ながら、生きているのを確かめるために、テレパシーを使って彼と思考を共有していた。その時目に入ったのは、最後のあがきに兄の頭を掴んで自爆する奴の怒りと狂気に満ちた形相であった。その後、目の前が真っ暗になった。

 発見された巨鳥の遺体から、兄は凄まじいハイヒューマンの再生能力を持ってして復活した。しかし、自分に笑顔を向けた途端、また巨鳥に変身して飛び去ってしまった。

 そのあと、戻ってきたのは父と喧嘩した時。人の姿で戻ってきて、悲しそうに弟と父を見ていた。それで十分だった。仲直りしたら、またどこかに飛んで行った。

 それから、隕石が落ちてくるときがあった。彼は、巨鳥の姿で、隕石を無害なほど粉々にしてくれた。その後、空から空賊船や、外国の空軍が飛行機とやらで襲ってきたこともあったが、彼が倒して守ってくれた。

以来、空からの脅威はなくなった。第一王子が残った大切な記憶をもとに、戦うからだ。


 グーンブ王子は、気がつけば、泣いているビンカの頭を撫でていた。兄が、泣いていた自分にそうしたように。

「う、ううっ……あ、ご、ごめんなさい……」

「いや、私こそ、すまない」(この子は、本当にいい子だな)

「ワタシに……」ビンカは涙をこらえて、声を振り絞って言おうとした。「何か、出来ることがあったら、言ってください……まだ、子供だけど……魔女だけど、ううっ……」

 すると、そこにマモルが駆けつけてきた。

「ビンカ、どうしたんだ!」

「ま、マモル……」(わ、ワタシ、どんな顔して、マモルに会えばいいの? ……会う資格なんて、甘える資格なんて、抱きつくなんて、泣きつくなんてできないのに。そもそも、ワタシがしっかりしてなくちゃ、それなのにいつも助けられて……ワタシが、もっと強かったら、もっと大人だったら……だけど、だけど……)「ま、マモル……!」

 ビンカは愛している彼の名を叫んで、彼に抱き着いて泣きじゃくった。

「ぐすっ、ううっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「ビンカ……いいよ、泣いて」

 ビンカを優しく受け止めて、頭を撫でているマモルを見て、王子は彼に歩み寄った。

「マモル」

「王子様? お久しぶりです……」

「……はっきり言う。君の記憶は戻らない」

「そうですか」

「ま、マモル! お、王子様……う、ううっ……」

 また泣きだしたビンカを離して、マモルは視線を彼女に合わせた。

「ビンカ、オレを見て」

「……マモリュ……」と、ビンカは涙を流しながら、彼を見つめた。ずっと見てられた。

「記憶が戻らなくても、いいよ。今は君がいるから」

「だけど、マモル……それじゃ、あなたは……」(いいの? 寂しく、ないの?)

「いいんだ。居場所があって、やることがあって、なにより君がいるから。記憶なら、これから作って行くよ。一緒に、作ってくれないかな?」

「ずっと、一緒に、いてくれる?」

「ああ。むしろ一緒にいてほしい」

「マモル……」ビンカは、マモルに抱き着いた。「一緒にいる。約束だよ……・」

 二人は抱き合った。そうするとビンカは安心し、泣きつかれて眠ってしまった。

「しょうがないな……」と、マモルは穏やかに眠るビンカを抱き上げた。「で、王子様は何でここに?」

「……あとで彼女から聞け」(まったく、人前で恥ずかしい……)「さらばだ」

「あ、はい……」


 グーンブは、王城の執務室に戻ってドラゴンスレイヤーに報酬を直接渡していた。

「……お疲れさまでした」

「いや」と、ドラゴンスレイヤーも親しみのある声で言った。「また何かあったら言ってくれ。それと、あの二人をよろしく頼む。まあ、ほっといても心配ないだろうが」

「……すいません、お聞きしたいことが」

「どうした?」

「なぜ、あんなにも早く、憎んでいるはずの魔女を許せたのです?」

「……人間や他の種族にだって、善い者と悪い者がいるだろう? そうして考えてみただけだ、単純なこと。この国を創ったお前の父親も、分け隔てなく受け入れることを望んだはずだ。それを分かっていて、お前は魔女であるあの子を受け入れようとしたのだろ?」

「国のためです。善意などではありません。彼女の力が抑止力になると思い……」

「グーンブ」と、彼は少し厳しめな声で言った。「少し休んだらどうだ? お前が倒れると、この国はまずいことになる。そして、家族も悲しむ」

「……そんなわけには」(なんだ、突然。私が考えすぎだったとでも?)

「言ったからな。あいつらの代わりに、誰かがお前に言ってやらんとな」

 グーンブは、兄と父、亡き母親のことを思い出した。そして、この国の成り立ちについても思い出した。

「私は、人の心が見えます。その人が、どんな目に合ってどんなことを思っているかもわかります。そして、この国の者たちの心は優しい。自分が苦しい目にあってきたから」

「そうだな。そうかもしれん。それで、お前はどうしたいんだ」

「これ以上、そんな優しい国民たちが、自分のような悲しみや苦しみを味わってほしくない。そのために頑張ってきたことを忘れていました。思い出させてくださり、ありがとうございます」

「そうか。頑張れよ。程々にな」

 ドラゴンスレイヤーがまた世界のどこかへ自由に人助けに行く。

業務を終えると、グーンブは姉のいる泉へ向かった。


 ビンカは仕事に出かけるマモルを見送ろうとしていたが、涙を浮かべていた。

(マモル、本当に行っちゃうんだ……記憶のこと、もう整理ついちゃったのかな?)

「ごめんね、ビンカ。一緒にいるって言ったのに、約束破っちゃって……」

「破ってなんかないよ!」と、ビンカは焦って言った。「だって、この国にはいるんだし、大切なお仕事だもん。マモルならできることだもん……ぐすっ……ううっ……」

「ビンカ、怖くて不安でも、君なら一週間くらい大丈夫だよ」

「こ、怖くも不安でもないよ! 子供じゃないんだから……」(だけど、寂しいよ。このお家で、一人ぼっちなんて……ワタシ、マモルがいない時でも怖くて寂しかったのに……だけど、マモルに心配かけちゃ……ダメ!)

 ビンカは俯いた顔をあげ、目に涙を浮かべながらも笑顔で言った。

「ううっ……マモル、気をつけてね!」

「ああ。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 マモルは、家から仕事に出かけていった。ビンカはスカートをギュッと握りしめていたが離してシワにならないようにはたき、また魔法薬を調合しようとした。

「ううっ……マモル、待って!」

 ビンカは家と森を飛び出し、マモルを探して辺りを見回した。しばらくの間、迷子の子どものように涙を流しながら彼を探していたが、気づいてしまった。

「そっか、跳んで行ったんだ。きっと……ぐすっ……」

「おい、止まりな! そこの……」

 あまりにも悲しそうに涙を流して歩いて行く彼女を見て、なんだか不気味で恐ろしく思えた盗賊たちは、彼女を襲うのをやめて帰ることにした。

 ビンカは家に帰ると、魔法薬の調合を始めた。頼まれたよりも多く作っていた。

「ぐすっ、マモル……」(ダメだよ、マモルに心配かけないように、頑張らないと……)


 マモルは軍に協力する依頼を受けて、今日は海岸の防衛を行っていた。

 その水しぶきと爆炎が荒れ狂う、激しい戦場と化した海に浮かぶ船の上から、巨大ダコのクラーケンや巨大ウミヘビのシーサーペントのような魔物、軍隊並みの戦力を保持する海賊船を相手にしていた。

 マモルは海に潜って海賊船をひっくり返し、ケガ人の兵士たちを乗せた救助船を海岸に持って行き、噛みついてきたシーサーペントの顎を掴んで怪力で引き裂く。その断片を、戦艦を沈めようとするクラーケンにぶつけ、怯んだところを炎の魔剣で燃やした。

 しばらくすると、マモルはやっと静かになった海賊船の残骸や魔物の死体が浮かぶ海がみえる海岸で、戦車や武器などの荷物を運んでいた。

「……すいません、いつもこんな感じなのですか?」

「いつもより、ひどい!」と、ドラゴンの将軍は怒鳴るように言った。「だが、そんなことは予想できたこと。魔族から人間まで、様々な驚異的種族が住むゼトリクス王国。海外のバカどもが、いつもその財力と力を無駄遣いして、挑戦などと抜かして喧嘩を売ってくる! そんな奴らからこの国と国民を守るのが、我々の使命だ! 忘れるな!」

「……。はい」

 その後、マモルは、レイセーイとオコールと一緒に銃の手入れをしていた。

「マモル、お前」と、レイセーイ。「あのドラゴンさんが将軍だって知らなかっただろ?」

「はあ⁉」オコールが言った。「オレも知らなかったぞ! 何で教えてくれないんだよ! それに、なんであんなに怒ってるんだよ!」

「お前は人のこと言えないだろ! それに、お前は知ってろよ……」

「それにしても、あんたら強かったんだな」と、マモルは思い出したように言った。「関係ないけど、みんなを治した薬、ビンカが作ったんだよ。すごいでしょ?」

「へぇ、お前の彼女か。待てよ? おれら、魔女が作った薬飲まされるかもしれないの?」

「……おい」と、マモルは睨んで言った。「そんなに魔女が嫌ならケガしないようにすればいいだろ?」

「……そうだな、そうしよう」

「ああん⁉ おれは認めねえぞ! お前に彼女がいるなんてな!」

「そっちかよ」

こうして今日も、強者たちが戦っているおかげで、ゼトリクス王国は朝を迎えられた。国外からの侵略者との戦いに追われているので、彼らは冒険者に国内にいる悪党や魔物を任せるしかなかったのだった。


 次の日、その次の日も、マモルが軍に紛れて悪党を相手にしながら、地獄と混沌の如き戦いを繰り広げる中、ビンカは日々魔法薬を作っていた。その数は日に日に増えて行っていた。

 ビンカは出来上がった大量の魔法薬を質量保存の法則を無視した魔法バックに入れて、医療ギルドをはじめ、病院や医療施設、薬局に届けに行く。

「いつも、ありがとうございます! おかげでみんな元気なりました!」

「……え? はい、よかったです。お疲れ様です……」

ビンカは会釈して、トボトボと寂しそうに帰っていく。

その様子を見て、医者と看護師は心配した。患者も自分たちも元気にしてもらっているのに、その功労者が元気ではないのはいけないことだ。

「だ、大丈夫かな……」と、看護師は心配した。「最近元気ないけど~?」

「おいっ!」(……ああ、そうだな。だけど、見てくれよ。薬もたくさん作ってくれたし、しかもだんだん効果も上がっているんだ。むしろ、順調なんじゃない?)

「え~? う~ん……だけど……」

「おい、お前ら。魔女なんだから心配する必要ないよ。それより忙しさはそんなに変わらないんだから働け!」

「はい~……」

「おいっ!」(はい……)

 ビンカはその後、一人寂しく森の中で材料を採取していた。

「あ、魔女さん」と、いつかのドラゴンが話しかけてきた。「歯とかキバ、いる?」

「……え? は、はい、ありがとうございます……」

「あ、ああ」

 ドラゴンは洞窟を掃除してくれた魔女が、寂しそうに帰っていくのを見送った。

「ねぇ、大丈夫?」

「え? は、はい……」

「そう、ならいいだけど」

 ビンカは家に帰ると、大なべに材料や熱湯を入れて、また魔法薬を作り始めた。

「……ううっ、マモル……ぐすっ……」

 寂しく夕食を食べ、寂しく風呂に入り、寂しくベッドに横になった。

 天上にある窓から綺麗な星空を見ていると、さらに心細く、この世で自分は一人なんじゃないかと思えて、また涙が流れてきた。布団を頭まで被って小さく縮こまってしまう。

「ううっ、マモル……マモル……」


 マモルは兵士たちとともに前回の海岸とは反対側にある絶壁で、悪魔の軍勢を迎え撃とうとしていた。

「来たぞ! 来やがった!」

 オコールが叫んだので、マモルは身構えた。

「あ、違う」と、レイセーイが言う。「すまん、敵じゃなくて援軍が来たってことだ」

「援軍?」

 キャンプで待っていると、白や黒の清潔で質素な制服を着ているが、モーニングスターやらハンマーやら物騒な武装をした、教会の神父やシスターたちがやってきた。

「悪魔対峙と聞いて、馳せ参じました。共に戦わせていただきます」

「よく来たな! 存分に戦おう!」

 教会の神父は手を、巨大なドラゴン将軍は人差し指を差し出して握手をした。

「え、教会の人も戦うの?」と、マモルはオコールとレイセーイに訊いた。

「ああん? 当たり前だろ? 悪魔退治だからな!」

「まあ、あんまり肉弾戦はしないで悪魔を弱めるためのお祈りとかをするんだと思うよ」

「そうか」

 しかし、闇夜の中で黒い禍々しい影と神秘的な白い光が暴れまわる凄まじい戦闘が始まると、教会の者も兵士たちに紛れてお祈りや文句を怒鳴るように説きながら、縦横無尽に戦うのだった。

マモルも怪力が悪魔にはほとんど効かないことに気づいて、炎の魔剣を振り回して倒していく。

 巨大な鬼のような悪魔を燃やしてふと背後を見るとシスターが襲われていたので、彼女を抱き上げて救出し、悪霊を追い払った時のように勇気を悪魔たちにぶつけた。すると、つんざくような悲鳴を上げて、悪魔は逃げていった。

 マモルはその様子を見て、さらに勇気と正義感を持って炎の魔剣を振るいながら怪力による超脚力で戦場を飛び回り、悪魔たちを倒し、そのうち敵を退かせていった。

 朝が来て戦いが終わった時には、そこら中に霊体化ができない下級悪魔たちの、触っただけでも死ぬほどの強力な呪いが宿った遺体、生きているのか死んでいるのかわからない兵士たちが転がっていた。

 マモルは聴力で心臓の音やか細い助けを呼ぶ声を聞きとり、視力でその人物を即座に見つけ出して、医療班と生存者とともに彼らを救出して回った。

 しばらくすると、死体や壊れたものを片付ける部隊、防衛を行う後続の部隊が基地からやってきたので、マモルたちはまた新たな戦場に行くこととなった。

「マモルさん、ですか?」

「え? はい」

 振り返ると、ガガンゴと共に悪のゴブリンから助け出した女性たちがいた。彼女たちはシスターの制服を着ていた。

「あの時は、ありがとうございます。それに、お仲間の方には……」

「いえ、あなた方こそ、もう大丈夫なのですか?」

「はい。今は主の元で人々の救済に励んでおります」

 四人は笑顔だったが、そこにはまだ癒えていない悲しみが見て取れた。彼女たちはトラウマを乗り越えるために、自分たちのような蔑められた人々を助けながら神に救ってもらおうと励んでいるのだった。

「そう、ですか……。無理はしないでください。今日は一緒に戦ってくださり、ありがとうございました」

「はい。あなたに、主と精霊の加護を……」

 マモルは、街にある教会に帰っていくシスターたちを見送った。

「ガガンゴさんには、謝ったのかな……」

「おい! マモル、行くぞ!」

 オコールに呼ばれたので、マモルは次の戦場へ向かった。


 それから一週間と数日過ぎたころ。

 晴れ渡る青空では、爆撃機が空を飛びまわる第一王子に数発の核兵器ごと食われて消滅させられ、吐き出された乗組員は、さわやかな風が吹く地上で警察と軍に連行されていた。

マモルたちが、地底から侵略に来た悪のドワーフ、流れ着いたクジラの死体に乗ってやってきた巨大化したウイルス、樹海の木々を通じてニョキニョキと枝が生えるように瞬間移動してきた悪のエルフたち、蝗害を引き起こそうと巨大バッタの群れを連れてきた小妖精、海底を歩いてやってきた外国が差し向けた巨大ゴーレム軍団など、数々の外敵から国を守っている間、ビンカはすさまじい効力を発揮する魔法薬製造マシンとなっていた。

「……マモリュ……マモリュ……ぐすっ……ううっ」

 そして泣きながら、今日も病院などに薬を届けに行く。

「……ねぇ、大丈夫~?」と、いつもの可愛い看護師は不安そうな表情をして訊いた。「その、何日か休んだら~? ほら、薬剤室ももうパンパンだし……」

 それを聞いたビンカは首を傾げて、看護師が指さした方を見ると、倉庫から溢れている魔法薬の山が見えた。さらには、病院ではあるものも、静かすぎることに気がついた。精神や心の病気はともかく、ケガやガン、病気などの患者たちはみんな退院していた。

「だけど、もしもの時はあるからさ。これからも作ってもらいたいけど、量減らしても全然いいよ~?」

「おいっ!」(今日はもう帰って、眠ったら? それか、リフレッシュに街に遊びに行くとか?)

「あ……はい。……お疲れ様です……」

 しかし、ビンカは街も通り過ぎて歩いていく。もう正式な国民になったので入れるのに、前は門番と兵隊に囲まれた巨大なカゴの中にある首都にも行かなかった。

 ふと首都の方を見てみると、カゴ、すなわち周りを囲っている壁にあるアーチ状の部分に第一王子である巨鳥がジッと座っているのが見えた。

 いつもはビクッとし、巨鳥や下にいる人々の心配をしただろうが、ビンカはそんなことも考えないでただ一言だけ言った。

「……へぇ~」

 ビンカがトボトボと歩いて行くと、いつの間にかセリュン王女がいる泉に辿り着いていた。マモルが剣を投げ飛ばしてしまった時に始めて来たはずなのだが、前にも来たことがあるような不思議な感覚があった。

「ふぅ~ん、ふわぁ……」と、セリュン王女が背伸びをして泉から出てくると、体育座りをして俯いているビンカが目に入ったので驚いてしまった。「セリュッ⁉ ん?」

「ぐすっ、ううっ、あ、お、王女様……ご、ごめんなさい……」

「まあ、まあ、どうしたの?」(わぁ、やっぱりかわいい)「うふふ、こっちにおいで?」

「……無理です」(泳げないし……)

「あ、そうか」

 セリュンは泉から出て岸に上がり、ビンカの隣に座った。そして、ビンカから香る薬草の鼻に良く通るようなスーッとした香りを、クンクンと高い鼻で嗅いできた。

「ん……な、なんですか……?」

「あなた、魔法薬作ってるみたいね? ……薬屋さんのお仕事、大変なの?」

「いいえ、全然……むしろ、最近褒められました。量も質もいいって。えへへ、へ……ううっ……」(マモルもいっぱい褒めてくれるかな? ギュってして、撫でてくれるかな?)

「それはたぶん、あなたの心が不安とか悲しみでいっぱいだからね。その影響であなたの魔力が強くなっているのかも? 強い感情や気持ちは、強い力の源だから」

ビンカのその孤独感と不安、恐怖は彼女の魔力をさらに強くし、そのおかげで魔法薬は凄まじいまでにクオリティが上がっていたのだった。

「そうなんですか……」(全然嬉しくない……会いたいよ、マモル……)

「じゃあ……」(そう言えば、今日はいないわね)「あの男の子と、何かあったの?」

「……ぐす、ううっ……一週間って言ったのに、帰って来ないんです……ううっ」

「そ、そう……。だけど、きっと忙しいだけよ。あなたのようなかわいい子を捨てるわけないわ。大丈夫よ……あ、ちょっといい魔法があるの」

「ぐす……ううっ……え?」

 セリュン王女は目をつむって、額をビンカの額に当てた。

「彼を感じとるの。彼の持っている魔剣を通じて。あなたが作り、わたしが魔法をかけた剣を通じて……彼のことを、強く思うの」

「ま、マモル!」(無事なの⁉ 今、どこにいるの⁉ 早く、帰ってきて!)

「え、ちょっと強すぎっ⁉ ま、まって……⁉」

 すると、マモルが兵士たちと共に、悪党と戦っている様子が一瞬だけ見えた。

「ま、マモル……⁉」

 ビンカの思いに耐えきれなくなったセリュン王女は、魔力の制御を失って暴発させてしまい、二人は軽く地面に打ち付けられた。衣服は魔力によってボロボロになり、ビンカの官能的な体と、王女の美しい姿態がお互い露になってしまった。

「イッタイ……ん? せりゅりゅりゅりゅん⁉」(ひ、久しぶりに外に出たら、こ、こんなことに……⁉)「せ、せりゅ~……⁉」

「お、教えてください! マモリュ、マモルは、無事なんですか⁉」

 裸のビンカが大きな胸を揺らして涙を浮かべながら、押し倒すような勢いで詰め寄ってきたので、セリュンは顔も体も真っ赤にして恥ずかしくなった。

「え、ええ。あの様子なら大丈夫。彼は無事。だけど、あの戦場だと……まだ……」

「そ、そんなぁ……ううっ、だけど、よかった。マモル、無事……」(もう、帰って来ないんじゃないかなって……そうだよね、マモルがワタシのこと見捨てるわけないもん。マモルのこと、信じてなかった……)「ううっ、マモルのこと、教えてくれて、ぐすっ、ありがとうございます……」

「ウフフ、いいのよ。そうだ、彼のこと、聞いたわ。記憶喪失なのよね?その、参考までに、彼のことだけど……」


 マモルは工業都市の遺跡で、軍と冒険者を数日にわたって圧倒していた邪竜軍団の最期の一体の頭を拳で潰し、何とか倒し終えていた。

「ドワロさん! 大丈夫ですか⁉」

「ああ、おれは大丈夫だ……」と、ドワーフ冒険者のドワロは瓦礫の下からそれを持ち上げて出てきた。「他のやつらを探せ! まだ生きているはずだ!」

 マモルは黒煙と炎、瓦礫で埋もれた戦場跡へ駆けだし、次々と心臓の鼓動や助けを呼ぶ声を聞きだして、瓦礫をどかして何十人もの生存者を見つけ出して救出した。

「レイセーイ! オコール!」

 すると、かすかに息をする呼吸音が聞こえた。それが聞こえる崩れた工場跡に入って、邪竜の死体を見つけた。巨大な邪竜の下にはオコールが槍を突き刺したまま倒れていた。マモルはその意味をくみ取り、オコールを邪竜の体重から解放すると、大砲も通さない鱗の腹を魔剣で掻っ切り、中から胃液で鎧と肉体の一部が解けたレイセーイを見つけた。

 二人を運んでいると、後続部隊と救護部隊が到着しており、マモルが助けた者たちをはじめとする生存者の治療、捜索をしていた。

「おい!」と、救護の者が怒鳴るように言った。「その二人も連れて来るんだ!」

「二人をお願いします」マモルは彼らに二人を託した。「友達なんです」

「ああ。まだ動けるようだな? 生存者の捜索に行ってくれ」

「はいっ!」

 マモルは再び戦場跡に向かい、生存者を救出していく。

 次の生存者を探していると、体中に針を突き立てられたかのような恐ろしい気配を感じた。振り向くと、そこには黄金色に美しく輝く騎士がいた。

「……悪霊じゃない……だが鼓動がない……生きてはいない? 幽霊?」

「まあ、そんなところだ」と、騎士は剣を抜いて言った。「善行を行い、未練を晴らすために特別に地上に残してもらえたのだ。その未練とは、お前に勝つこと。あの時、決着がついたと思っていたが、間違いだったようだ」

「会ったこと、あったか?」

「……ほう、面白い。その様子だと記憶がないようだな。あの時、私が与えた頭の傷がかなり効いたように見える」

「何の話……」マモルは思い出したかのような表情をし、頭にあるかなり大きい傷跡の凹みにサッと触れた。「あなたが、やったのか? じゃあ、もしかして、それで……」

「フフフ。お前が前世の贖罪のためか、世界中で善行を行っているときに私に再会したのが運の尽き。と、言いたいところだが、こうしてまた相まみえるとは、やはり、私が完全勝利しないと、お前は呪われたままのようだ」

「……世界のどこかで、誰かを助けていたオレを殺そうとしたのか? そうしないと、成仏できないから? ……なんてこった……」

「……勝たないと、気が済まないのだ。お手合わせ願おう」

 マモルと騎士の亡霊は、お互い剣を構えた。

 マモルは度重なる戦闘で剣の扱い方を心得ており、騎士は達人の域をさらに超えた、剣技の超人であった。強者同士の決闘は、一瞬のうちに決着する。この時も、そうだった。

 お互いに駆けだして剣を振り上げる。マモルはその一撃を避けたが、それを見た騎士は即座に方向を変えてマモルの肩を斬り、骨と筋肉を露にする。しかし、マモルは足を止めず即座に後ろに回って魔剣を振り、騎士の頭を斬った。手ごたえはあったが、相手の外見はそのままであった。

「……ほう、意趣返しか。相変わらず残忍だな」と、騎士は剣を置くと、振り返って言った。「そんなに生きていたいか。生まれ変わって、善人になったつもりか? それで、前世で殺してしまった者たちへの償いになるとでも?」

「……わからない、あなたの話が。もしも本当にオレの前世が、あなたやあなたの大切な人にひどいことをしたのなら、謝ります。ごめんなさい」

 マモルは深く、申し訳なさそうに頭を下げた。

(今なら斬れる!)騎士は剣に手を伸ばそうとした。(……何がしたいのだ、私は?)

 死後、およそ百年間、いるのかもわからない唯一自分に打ち勝った者の生まれ変わりを追い求め、勝利しようとした。そして出会ったのが、あの男と同じように、勇者様の仮装をしながら、世界中で人助けをして回る奇妙な怪力美男子であった。

 出会ったとき、彼は全てに絶望したような目と表情をし、か細い声をしていた。

『あなたの、気がすむのなら……やりましょう』

『そう来ないとな』

 そして、美男子は騎士に頭を切り裂かれた。わざとやられた。騎士にはそれがわかった。

 自分が敗北して、相手の騎士を成仏させようとしたのだ。あるいは自分が助けようとした世界に絶望し、自分が死のうとしたのか? 

 どちらにしろ、騎士はそれに腹が立ち、頭から脳みそと大量の血液を飛び出させた彼を、そのまま放っておいた。巨鳥が舞う空の下、レンガの道が敷かれた草原に。

 しかし、やはり勝ちたくなった。どうしても、戦いたかったのだ。

「フフフ、私が悔しかっただけだな」と、言って騎士は兜を脱いだ。「結婚したくなかったんだ。どうしても、女として生きたくなかった。まあ、それどころか死んだわけだが」

「生き方は、自分で決めればいいと思いますよ。次の人生では、自由に生きてください」

「……ああ、そうするつもりだ」

 鎧をまとった美女の亡霊の背後には、少女の姿をした死神がいた。彼女が手をつないで亡霊を見上げると、亡霊はまるで親友に再会したかのような表情をして頷いた。

 マモルは、天に上って行く二人を静かに見送った。

 斬られた肩が完璧に再生しているのに気づかないまま、救出活動に戻った。


 木漏れ日がさし、空気がきれいな森、その奥にあるキラキラとした泉。

 ビンカは、涙を流していた。

「ぐす、ぐす、マモル……」(そうだったんだ、昔から……)

「たぶん、彼だと思うの。わたしの妹、すっごい正直だから。不思議な話だけど」

 第二王女から引き籠っている姉に宛てられた手紙には、街で聞いた都市伝説のようなものが書かれていた。

 孤児院からある日突然いなくなった怪力少年。その日から、彼らしき者が勇者の仮装をして世界中で人助けをして回っている。

 第二王女である妹はこのような英雄譚が大好きなので、興奮気味な字と文章で書かれていて、読むのが大変だったし、それよりも学校の様子やクラスメイトの子とうまくやれているかなどの方を書いてほしかった。

(だけど、この子を助けられて、よかったかな?)

「ぐす、ううっ……ありがとう、ございます……セリュン王女様……」

「え、ええ……ウフフ」(こ、こんなこと、めったにない……⁉)「そ、その、お礼と言ってはなんなんだけど、ね……その、ウヘヘヘヘヘヘ……」

「な、なんですか? 王女様……?」(この目、ちょっと違うけど、どこかで……)

「その……あなたのそのおっきいオッパイ、よ、よく、み、見せてくれ、ない……?」

「……お、王女様……」

 ビンカは顔も体も真っ赤にし、頬を膨らませて、そのほとんど露になった大きな胸を押さえて、怒りで震える声で言った。

「な、何?」

「む~ん……! 女の人の、魔法使いさんって……みんな変態さんなんですか⁉」

「せりゅりゅっ⁉」(へ、変態、さん……⁉ あ、あれ、な、なんか……怒られてるのに、悪くない気が……って⁉)「そ、そんなこと、ないよ……だ、だって、ビンカちゃん、そんなにエッチな体してるんだもん……みんな、気になっちゃうよ……」

「や、やっぱり、変態さんじゃないですか!」(もう、せっかく、いい人だと思ってたのに!)「か、帰ります! それに、あなたのだって大きいじゃないですか! 自分の見てください!」

 ビンカはプイッとそっぽを向いて、ボロボロになってずり落ちている服を押さえて帰ろうとした。

「ま、まって、ご、ごめんっ! だ、だって、いいでしょ! 大人同士なんだから~!」

「む~ん……⁉」(自分が、都合がいいように……!)「ワタシ、十歳です!」

「せりゅっ⁉」(あの子と、同い年……)

 セリュンは、もう何百年も前のように感じる、妹の言葉を思い出した。

『おね~ちゃん! もう、あんまりメイドさんに変なことしちゃダメだよぉ? そう言うのは、恋人とか、大好きな人としか、やっちゃダメって知ってるもん! あ、そうだ、ボクくらいの子にはもっとダメなんだよぉ! もし、そんなことしたら、ボク、お姉ちゃんのこと、嫌いになっちゃうからね!』

「せ、せりゅ~……。ごめん、ごめん……ビャッコー……うううううう……」

 うずくまって泣くセリュン王女の滝のような涙が泉に入って行くので、これを媒介にして魔界を形成していたのだろうかと考察しながらも、ビンカは呆れていた。

 しかし、泣いている彼女を見ると悲しくなるし、これ以上泣いてほしくなかった。

「セリュンさん、寂しいなら、また会いに来ます。あと、その、王子様のこと、聞きました。……大変だったんですね」

「……ぐす、ええ」(兄様……グーンブ……父上……)「ううっ……ビンカちゃ~ん!」

 セリュン王女が胸の中に泣きながら飛び込んできたので、ビンカは優しく頭を撫でてあげた。

「王女様……もう……仕方ないですね?」

「う、うへへへへ、ビンカちゃんのオッパイ、やわらか……」

 ビンカはえいっと王女様を泉に突き飛ばしてザパンと落とし、家に帰ろうとした。

「ぷは~!」と、セリュン王女は心地よさそうに泉から飛び出した。「ありがとう~! マモル君と仲良くね~!」

「は、はい~!」と、何だかんだで笑顔で返事をしたビンカだった。


 ビンカは、可笑しな疲れを感じながら家に帰ってきた。

「ビンカ!」

「……マモル?」

 彼の姿を見ると、涙があふれてきた。笑いたいのに、ドバドバと涙が溢れてくる。

 何もないのに転びそうになり、少しずつ歩み寄りながら、マモルにギュッと抱き着いた。

「マモル……ううっ……寂し、かった……」

 突然現れて、助けてくれた。それならば、突然消えることもあるのではないかと、不安だった。だが、この硬い肉体、暖かいぬくもり、頭を優しくなでてくれる心地いい感触。

 彼は、帰って来てくれた。

「んっ……ま、マモル……えへへ……」

「ビンカ……大変だったんだね?」

「ぐすっ……ううっ……そんなこと、ないよ、ワタシ、子供じゃないもん……」

「それにしては、甘えん坊だね。相変わらず」

「今日はいいんだもん……えへへ……」

「別に、明日もいいよ」

「……んっ……ありがとう、マモル……だけど、甘えないように頑張る……」

 ビンカは、また安心して眠ってしまった。

 彼女を寝かせると、また家の外に出た。家の外には、様々な動物たちがいた。

「よお、マモル。おかえり」と、ドラゴンが言った。

「また、少しの間頼むよ、あの子のこと」

「ああ。みんなで見守ってるよ!」と、リスが言った。

「魔物が来たら追っ払ってやる!」と、象が言った。

「今日もありがとう。ただし、ユニコーンと触手とゴブリンと透明なやつ、お前らは帰れ」

「「「「えええっ⁉」」」」


 マモルはビンカと家を森の動物たちに任せて、ギルドにやってきた。

「遅い!」と、ウーケが目に涙を浮かべて怒鳴った。「心配したのよ! 終わったらすぐ報告に来なさいよね!」

「へぇ、心配してくれてたんですか」

「なっ……⁉ ふ、ふんっ……」と、背を向けた彼女だったが、安心したように微笑んでいた。「……はぁ、よかった。無事みたいで……」

「……報告書、受け取って?」

「あ、ご、ごめん……」

 ウーケが顔を見せないように報告書を受けとって諸々の事務作業を終えるのを待っていると、ウォルルガル団長が安心した表情をしてやってきた。

「マモル、ご苦労」

「……いいえ。少し大変でしたけど、確かにオレが行くべきところだったと思います」

「そうか」(戦地から帰ってきたのに落ち着いている。これなら、またどこかにも行けるかもしれないが、行かせたくはないな。それも彼の自由だが)「君はこの一週間と少しで、軍や冒険者に名が知られたと思う。これからも、大変な依頼がこのギルドから君に知らされることになるだろう。しかし、責任は持たなくてもいい。君は冒険者、自由だからな」

「ですが、必要になればやりますよ」

「……そうか」

 マモルはウーケから大量の金貨が入った袋をもらい、二人に手を振って帰っていった。

「……。彼、縛られてないでしょうか?」と、ウーケは心配になり訊いた。「せっかく冒険者になったのに、他人のことばかり考えているような気がして……えっと、その……」

「それも、彼の自由だ。誰かの役に立つことが彼のやりたいことならば、そうさせよう」

「……!」ウーケはなんだか安心した気持ちになった。「そうですね、団長」

 すると、マモルはサッと戻ってきた。

「団長、明日と明後日、休んでもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。自由だからな。だけど、どうしたんだ?」

「いや、その、ハハハ、デートいこうかなって」

「なっ⁉」(は、恥ずかしげもなく⁉ きっと、あの子と! それに……来ないんだ……二日も……)「ふ、ふんっ! 随分と、体力が有り余ってるわね? 精々、た、楽しんでくれば⁉」

「それはいいな。行ってくるといい」

「はい! 団長、ウーケさんもお疲れ様です」

 マモルは笑顔で帰っていたので、ウーケは肩を震わせていた。

「ほんと、冒険者って、自由なんだから……」(寂しくなんか、ないんだから……)

「……ごめん」と、なぜかウォルルガルは謝ってしまった。


 マモルがギルドに報告を終えて帰ってくると、ビンカがギュッと抱き着いてきた。

「ま、マモル……」(また、どこか、行っちゃったかと思った……ううっ……ワタシ、バカみたいだよ……)「ごめん、マモル。ワタシ、その……しつこいかな……?」

「何言ってるんだよ」と、言ってマモルは彼女を優しく抱きしめた。「少し、甘えん坊かなとは思うけど、しつこいなんて思ったことないよ! それに、オレも君のことが恋しかった」

「えっ……」と、ビンカはマモルの腕の中で、顔を赤くして彼を見上げた。「そ、そうなの? わ、ワタシも、ぐすっ、ワタシもね、すっごく……えっと……ううっ……」

「だけど、泣き虫は少しなおそうか?」

「う、うん……」ビンカは涙を我慢して笑顔を見せようとしたが、止まらなかった。「ごめん、明日からでいいかな? こ、これは、嬉し涙なの……」

「わかった、いいよ」

「……えへへ、マモル……」

 ビンカはマモルと抱き合いながら、彼の真実を話そうか悩んでいた。なぜなら、彼のことを話したら、また彼がいなくなりそうな気がしたから。孤児院から突然消えたように、また世界のどこかに誰かを助けに行ってしまうのではないかと想像してしまう。

「マモル……」(マモルのためだもん、我慢しないと……・)「その、あなたのことで、分かったことがあるの」

「……実は、ビンカ。オレもなんだ」

 ビンカはセリュン王女が教えてくれたこととマモルにある頭の傷跡、マモルは戦場で出会った自分の頭をケガさせた騎士について話しあった。

「じゃあ、きっとその怪力少年とやらがオレなんだろうな」と、マモルは安心したような表情と声で言った。「よかった。悪者じゃないようで。これで、君と一緒にいられる」

「……え?」(一緒にいるって言った? )「ま、マモル……そ、その……」

「なんだよ、一緒にいるって言っただろ?」

「ま、マモル……」(よかった、どこにも、行かないんだ……だけど、泣いちゃダメ……抱き着いても……あ、だけど……)「マモル……」

 ギュッと、ビンカは今までで一番強く抱き着いた。

「よかったね、あなたのこと……ぐすっ……わかって……」

「うん。君のおかげだよ」

「ううん。あなたが頑張ったのと、みんなのおかげ……」

「だけど、それもビンカに出会えたからだ」

 そう言って、マモルはビンカを優しく抱きしめた。ビンカは泣かず、笑顔になった。

 その後、マモルは必要なかったが、一緒に夕食を食べ、ビンカはマモルがいない一週間と少しの出来事、魔法薬のことや、心配してくれた個性的なみんなとの日々を話した。マモルは、ビンカが嫌がるであろ、凄惨な戦場のことは話さず、そこであった面白い出来事やレイセーイとオコールと過ごしたことを話した。

「ま、マモル……一緒に、その……お風呂入ろ?」

「……。いや、それはちょっと……」

「えええっ⁉ そ、そんなぁ……」

「ごめん、わかったよ」

 ビンカはマモルの体を洗ってあげた。ビンカは断ったが、結局マモルはきれいに丁寧に洗ってくれた。

「マモル……あ、ありがとう、えへへ……」

「いいよ。こちろこそ、ありがとう」

 その後は身支度をして寝るだけ。

「ま、マモル……疲れてるよね?」

「全然? どうしたの?」

「えっと、やっぱり、狭いかなって……嫌かなって……」

「いやなんかじゃないよ。来なよ」

「わぁ……! うふ、えへへ……」

 ビンカはマモルの隣で、彼にギュッと抱き着いて心地よく眠った。

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