第五話 冒険者
早朝。
ビンカを寝かせ、人助けをしていたマモルが次にやってきたのは、外壁で囲まれた爆炎と黒煙が上がる石畳とレンガの都市。
外壁を飛び越えて、助けが必要な人々を探しだし、街の外に立てられた病院に運び出す。
近くで新たに爆発が起こったので、そこに走り出した。
爆発した建物は銀行だった。周りには瓦礫と逃げ惑う人々、そして、巻き込まれて倒れている住民たち。そこに爆薬で開けられた穴からは二人の覆面をした悪党と幽霊の悪党がゲラゲラと笑いながら出てきた。
倒壊した瓦礫が逃げ惑う住民に降りかかる。その巨大な瓦礫を掴んで着地し、住民を助けた。倒れた住民や逃げ遅れた人々を助け、街の外や郊外などに運び出した。
「あ、ありがとう!」
「あんたも早く逃げよう!」
「いや。警察や軍が来るまで食い止める! 急いで逃げて!」
そして、マモルは火と煙が巻き上がっている現場に戻って行った。
「みんなおれたちを怖がって逃げていったぜ」
「こんなにうまくいくとは思わなかったぜ!」
「ガハハハッ! 人間の社会なんて大したことなかったぜ!」と、悪霊が言った。
「そうはいかないぜ!」そして、やはりマモルはやってきた。「その金はお前たちのものじゃ無いだろ!」
「金? 何のことだ?」
よく見てみると、奴らはお金や貴金属が入った袋とかそう言うものは一切持っていなかった。
「燃やしてやったのさ! こうすれば金持ち共も貧乏人の気持ちが分かるだろ! 教育してやったってことだ」
「もしいい金持ちの金があったとしても、どこかに寄付とかはできないということだ!」
「これで金持ち共の悪というイメージも保たれるってことだ!」
マモルは、無表情でその言葉を聞き流していた。
「ガハハハッ! ついでにお前らのことも燃やしてやるということだ!」と、幽霊が自らの霊力で人魂を作り出してこちらに投げてきた。
「新たな力を試す時だ……あ、試さなければならないということだ!」
マモルはそう言って、持ってきた炎の剣を抜いた。
その拳で向かってきた人魂を振り払い、幽霊を魔剣でみねうちして気絶させた。
「なに! 何だよそれ、どういうことだ⁉」と、人間の悪党が言った。
幽霊には怪力は通用しないかもしれない、魔法の力が宿った剣なら幽霊に威力があるかもしれないと考えて実行したのだった。予想通り、こうして悪霊は無力になった。
「これでお前たちの主戦力はなくなった。おとなしくしろ!」
「見た目で判断してもらっては困るな!」
そう言った男の体は布になってしまい、空中をひらひらと舞い始めた。
「オレの先祖は一反木綿だ!」と、一反木綿に変身した悪党が自慢げに叫んだ。「切り裂かれたくなかったら逃げることだな!」
すると、一反木綿は地面を切り裂きながら、マモルに向かって突撃してきた!
「え⁉ 布にそんな威力が!」
「おれも忘れるな!」と言って攻撃してきた男と言った男の手は固い氷で覆われていた。「おれのひいばあちゃんは雪女なんだぜ! くらえ!」
その硬い氷を拳で受け止めたが、威力で吹っ飛ばされたので受け身をとった。
「かてぇ! 何だ、お前は⁉」
「マモル!」
そう言って、炎の魔剣を振りかざして氷の男をひるませたあと、殴って気絶させた。
「おれはそうはいかないぞ!」
そう言って自らの体で斬りかかってきた一反木綿を掴み、紐を結ぶように縛り上げて身動きを取れなくした。
「こ、このヤロ~!」
「よし、次は……」
街を見てみると、そこら中で騎士団や兵団、警察が駆け回り、様々な装備や武装をした冒険者たちが魔法や超常の域に達した武術で妖怪らしきものと戦っているのが見えた。
街中で妖怪に変身できる人間が、同じようなテロ活動を行っているようであった。
駆けだそうとすると、何か巨大な者がスタッと着地してきた。全身を鎧でまとい、巨大な剣で武装した大男。
「……間に合わんかったか……」
「あ、ドラゴンスレイヤー……大変だ、街中が……」
「ああ。だから来たんだ。こらえていろ、魔装を使う」
すると、ドラゴンスレイヤーは魔法陣から、無数の腕のような紐がついた鞭を取り出し、それを振り払った。すると、鞭の手は街中で暴れる妖怪を掴み、閉めあげて気絶させていく。少しもしないうちに、悪党たちは倒され、戦っていた冒険者や兵士たちは驚愕した。
その後、事態の収拾のために政府が動き、街中で鎮火や撤去作業、行方不明者、ケガ人がいないかの捜索などが行われた。
マモルは一通り救出活動に協力した後、臨時でテントに設備された冒険者ギルドの前で、ドラゴンスレイヤーを待っていた。
協力に応じ参戦したドラゴンスレイヤーは功績を称えられ、大量の報酬をもらっていた。その様子を見ていた他の冒険者たちも、彼を妬ましく思ってはいないようであった。むしろ、尊敬していたようであった。
「あんなにあげて、大丈夫なのかな……街復興できるのかな……」
「ああ、それなら大丈夫だろう。この国は強いからさ」
「そう……って、ああ、あなたか」
教えてくれたのは、昨日の狼獣人の冒険者であった。
「で、考えてくれた?」
「まだ、一日しかたってないよ。なんか、百年くらいたった気がするけど」
「わかるよ。戦闘も救出も大変だからな」
「……あの人、すごいの?」と、マモルは、冒険者や兵団たちと話したり、握手をしているドラゴンスレイヤーに目を向けて訊いた。「なんか、すごい尊敬されてる感じだけど?」
「え? おい、すごいなんてもんじゃないぞ。特級冒険者、一人で強国一つ終わらせられるくらい強いんだ」
「……⁉ へ、へぇ~……」
「なんだ、知らないで一緒にいたのか? あんた、あの人の弟子とかじゃないのか?」
「それどころか、勘違いで殺されかけたんだけど」
「なっ……⁉ よよ、よく生き残れたな……」(いや、それよりも一体何でそんなことに?)
ドラゴンスレイヤーがマモルと狼獣人の元に歩いてきた。常人なら緊張で動けない。
「マモル、ほれ」と、やってきたドラゴンスレイヤーは金貨の入った袋を渡してきた。
「え? いや、受け取れないよ。ボランティアなんだ」
「あ? そんな調子だと悪党に利用されるぞ。砂漠で水をタダでやったとする。すると、後から水をタダでくれると、そいつやその仲間が大勢やって来て……」
「例えが残酷すぎる。わかった、ありがとう」
「うお、やっぱりすごい」と狼獣人は感動していた。「百年近く戦ってるけど、あなたほどの気迫を放つ人はほとんど見たことないよ。……おれもまだまだだな……」
「……え?」と、マモルは驚いて行った。「失礼ですけど、あなた、百才なんですか?」
「ああ、この国にいる冒険者ギルドの上級者は、ほとんどそんなもんだぞ」
「ウォルルガル団長! 行きますよ!」と、テントにいたギルドの受付嬢が言った。
見てみると、もう臨時ギルドは片づけて、他の任務に向かおうとしていた。
「ああ! じゃあな、えっと、マモル。考えておいてくれ。ドラゴンハンターズ、このウォルルガルと愉快な仲間たちがいつでも歓迎する」
「は、はい……」
「急に改まるなよ」(てか、おれのことも知らなかったのか。通りで声かけた時反応薄いと思った。結構有名なんだけどな~。まいっか)「では、ドラゴンスレイヤーさんも、また機会がありましたら、協力お願いいたします」
「ああ。達者でな」
「さ、さよなら……」
マモルは真顔で頷き、百人以上の猛者が所属する冒険者ギルドを率いる、狼獣人と人間の子どもの上級冒険者ウォルルガルを見送った。
「え、じゃあ、あなたは?」
「俺もそのくらいだな」
マモルとドラゴンスレイヤーは、もうやれることがない街を後にし、草原を歩いた。
やはり、今日も巨鳥は飛び回っており、マモルはそれを見上げながらつぶやく。
「……オレって、弱かったんだな」
「当たり前だ」
「……オレくらいの強さが普通なの? この世界だと?」
「そんなわけないだろ、間抜け。……ああ、すまん、記憶喪失だったな。だが、この国は強力な者が多く、お前のような怪力や耐久力を持つ者はざらにいるのは確かだ」
「そうか……じゃあ、やっぱりオレって弱かったんだな」
「そうかもな。だが、伸びしろはある」と、ドラゴンスレイヤーは言った。「上級や特級の冒険者は凄まじい生命力を持ち、お前のように鋼の肉体を誇る者もいる。魔法使いや魔術師なんかは魔力や精霊の影響で、殺されん限り数千年は生きる者もいる。だがしかし、そんな者たちは極々少数だ」
「そうか……ありがとう。教えてくれて」
常識を言っただけなのに誠実に感謝されて、何故かバカにされたような気がした。
「え、じゃあ冒険者になれば結構強い方になれるの?」
その無邪気なキラキラした目、希望に溢れた声を聞いて、ついに腹がたった。
「ああ、そうだ! だからあの魔女にずっと引っ付いて、ちょこちょこ人助けしていい気になっているのが腹立つんだ!」
「ああ、そうか、そう言うことか、わかったよ。就職するよ」
「……ああ」(俺は父親か⁉)
ドラゴンスレイヤーは、あのビンカという魔女とマモルのことが余計に興味深くなっていた。何故かはわからない。なぜか、ほっとけないのだ。
「で、どうすればいいかな?」
「自分で考えろ。と、言いたいところだがお前には冒険者を勧める」
「え?」
「軍に入ると身動きがとりづらくなり、お前がやったように好き放題善行ができなくなる。しかし、冒険者になればある程度は自由が利き、人助けしながら稼ぐこともできる」
「うん」
「冒険者の報酬はピンからキリ、対して軍の方は給料が一定している。組織に入るのは同じだが、軍に入ったらお前のことを上が制御しようする。冒険者はほぼ自己責任だし、まだ自由な方だ」
「……そうか」
「まあ、最終的な選択はお前の自由だが」
「……なんか、大変なんだな。強いのも、自由なのも。今わかったよ」
「ああ。自由なことと力があることは責任だからな。それでせめて誰かを傷つけないようにしなければならん」
「……⁉ そうだね、その通りだ」
ドラゴンスレイヤーは自分が考えたことだが、この監視対象の相棒と何を話しているのだろうと思った。マモルが素直そうに聞いているのを見て、余計に心配になった。
「それで、もう一つ訊きたいことがあるんだけど、あの暴れていた奴らは?」
「あれはマンフェアリーズ。人間と魔物の混血だ。」
半人半妖〈マンフェアリーズ〉。その起源は、人間を陥れようと彼らに化けた妖怪が、そのまま人間たちと愛を育んでしまい子供をつくり、その妖力が遺伝した子供たちである。個人差はあるが、生まれつき先祖妖怪の妖力や人間と妖怪が混ざったような外見を持ち、また、人間と妖怪どちらにも変身できる個体もいる。
「やっぱり、そう言う人たちも差別されるの?」
「ひどくな。魔女と違い、ある程度人間に近いし、攻撃もある程度通用する。先祖や親は魔族。有史以前から世界や様々な生物に恐怖を振りまいてきたやつらだ。分かり合おうとし始めたのもここ百年くらいだ。中には無理やり産まされた者もいるだろうからな」
「……ああ、悪い魔物は本当に悪いやつらなんだな」
「当たり前だ。ほとんどが悪いやつらだ。倒せる力があるのなら、倒す必要があるのなら、倒しておけ」
「……うん、わかった」
「嫌だろうが」ドラゴンスレイヤーは、少し悲しそうに言った。「お前や俺のようなやつは、必ず戦う、暴力を振るわねばならぬときがある。その時は覚悟を決めろ。それに、他の誰かに何かを殺すような苦しみを背負わせたくないだろ?」
「……確かに。わかった。オレ、冒険者になるよ」
「……そうか」
「……冒険者って、魔物退治とか、さっきの悪者退治とか、あんまり兵隊さんたちと変わらないことするよね? 人手不足なの、あっち? なら、やっぱりそっちにした方が良いかな……?」
「だから、お前の自由だと言っただろ!」と、ドラゴンスレイヤーはナヨナヨしている様子を見て少し強く言ったが、すぐに励ますような声で言った。「……冒険者は、本来はそう言うことをする者じゃない。誰も行った事がない秘境や魔境に行き、見たこともないものを発見する。そして、また自由に世界へ冒険に繰り出していく」
「まさに、冒険する者……⁉」
「そうだ。お前はそれなりに強い。だから、色んなことを自由にできるはずだ」
「うん、わかった。ありがとう」
(……すでに、お前は善意という縛りに自由を奪われようとしている。まだ若いのに、その力があるのにだ。少しは自分のためにもパワーを使ってほしい。こいつなら、誰の迷惑にも掛からずに、自由を謳歌できるはずだ)
マモルとドラゴンスレイヤーはそう話しながら、家があるかつては呪われていた森の前に辿り着いた。
「じゃあ、オレはここで」
「ああ、じゃあな」
「この後も悪いやつを倒しに行くの?」
「ああ。この国以外にも悪党はいるからな、そのつもりだ。お前は? あの魔女といるのか?」
「うん、一緒にあの街のみんなを手当てしに行こうと思う」
「そうか」
「じゃあ、気をつけてね」
「……。ああ」
二人は別れた。ドラゴンスレイヤーは森に高速で駆けていくマモルを見送ったあと、次の戦場に向かった。
マモルは家に帰ってきた。
「ビンカ、ごめん、ただいま……」
「おかえり!」
ビンカが無邪気で可愛らしい笑顔で、ドアを勢いよく上げて言い、抱き着いてきた。
「……パパ……えへへ……ん?」
ビンカは、なぜこんなことを言ってしまったのだろうかはずかしくなり、顔を真っ赤にしてしまった。しかし、離すどころか、彼の胸に顔を寄せてしまった。
「……パパだよ」
「か、からかわないでよ!」
ビンカはそう言って頬を膨らませたが、結局彼に抱き着いた。とても幸せで、安心した気持ちになった。
「じゃないよ! マモル、今日はその、あの、魔法薬作ったから街に配りに行こうかなって……」
「……う~ん、見ず知らずの女の子が作った薬飲んでくれるかな?」
「あ……そうだね……」(そうだ、そうだよ、何で気づかなかったんだろ……)
「ま、オレは飲んだけどな!」
「そ、そう言えばそうだったね……」
「だけど、今日は必要な所があるんだ。薬を魔法のバックに入れて背中に乗ってくれ」
「え、う、うん……」
ビンカはいつもおぶってもらっているのに、今回背中に乗せてもらうのは少し恥ずかしく感じた。彼の背中は硬くて大きくて、暖かかった。
「の、乗った……よ? どこ行くの?」
「破壊された都市だ。よし、行くぞ!」
そして、マモルは風の如く走り出した。その間、ビンカは怖かったので目をつむっていた。
「ついた!」
「ん……? え?」
目を開けると、外壁の外に立てられたテントに寝かせられた大勢のケガ人、破壊された都市が目に入って恐怖し、体が震えた。しかし、すぐに首を振って気を取り戻す。
「マモル! ワタシ、みんなを手当てする!」
「ああ、頼むよ」
ビンカは人々の治療や手当てに追われる医者や救急隊の元に向かった。
「あ、あの、ワタシ、治療の魔法が使えるんです!」
「ありがとう! 魔術師、魔法使いか? 頼んだ」
ビンカは手足が潰れた人、出血が止まらない人、病院から避難したために適切な治療を受けられなくなった人などを治して駆け回っていた。そうしているうちに、次から次へと指示が飛んできて、その後に集中して治療魔法を施さないといけないので、疲れてきた。
「こっち、こっちも頼む!」
「ハァ……ハァ……ううっ、はいっ!」
泣きそうになったが我慢した。最後の魔力を振り絞って妊婦とおなかの中にいる赤ん坊、二人を治す。
「あ、ありがとう……妻と赤ちゃんも……」
「ありがとうございます……魔法使いさん……」
「ハァ、ハァ、えっと、はい……奥様とむ……あ、す、すいません……」(男の子か女の子か、ばらしちゃうところだった……)「で、では……」
「ねぇ! 次はこっち!」と、看護師がやってきた。
「えっと……」(ど、どうしよう、魔力がないよぉ……)「あ、あの……もう魔力がなくて……ごめんなさい! ですけど、その、この魔法薬を……」
「いや、それは……正規の魔法薬じゃないと」
「そう言えば、あんた何処のギルドの魔法使いだ?」
「えっと……」ビンカは焦りながらも言った。「そ、その……ふ、フリー? です……」
「……そ、そうだったのか? しかし……」
「その人なら信用できる!」と、入ってきたのはヘビのハイヒューマンにいた騎士だった。「ヘビの事件の村で、みんなを治療してくれた方だ」
「騎士様が言うのなら……試してみよう。ください、それ」
「は、はいっ!」
ビンカは大量に作った治癒魔法薬を医者たちに配って回った。そのあとは、ヘトヘトになった体力と魔力を回復しようと、テントで待っていた。
魔法薬を飲ませた患者たちはハッと目を覚まし、あんなに苦しかったのに元気な姿に戻っていることに驚愕し、喜んだ。
まどろみに耐えていると、医者や看護師たちがテントにやってきた。
「ああっ、み、みなさん、大丈夫でしたか? 薬、効きましたか?」
「あ、ありがとう……魔法使いさん……」
「あなたのおかげで、全員治りました」
「正直、もうダメかと」
泣いて喜びながら感謝する者たちもいたので、ビンカも泣きそうになった。
「……ビンカさん」
「あ、騎士様、で、では、皆さん……お疲れ様です……」
騎士に呼ばれたので、テントから出て行った。みんなは涙を流して見送ってくれた。
「ビンカさん、やはり、魔女なので……早く出て行った方が良いかと」
「……。うん、そうですね。わかりました」
ビンカは鎧で顔は見えないが、申し訳なさそうな気配を漂わせている騎士に見送られ、マモルを探しに行った。
「ううっ……」(やっぱり、ちょっと悲しいかな……それにウソついてるみたいで……)「ぐすっ……あ、マモル。マモル~! どこ?」
「ここ」
マモルは、街に帰ってきた冒険者の一団の中からやってきた。その時も、フレンドリーに冒険者たちに手を振っていた。
彼に駆け寄ってハグしようとしたが子供らしいと思ってやめた。しかし、その硬いがぬくもりがある手をギュッと握ってしまった。
「ああ、ごめん。心配かけたね」
「ま、マモル? どうしたの? どこ行ってたの?」
「戦ってた」
「え?」
ビンカがケガ人の治療に駆けまわっている間、マモルは冒険者や兵団と共に、破壊された街の住民の命を狙ってやってきた魔物や、外壁が破壊されたことで侵入が容易くなった都市の中にある金品を盗もうとした悪党たちから、人々を守っていた。
「ごめん、言えばよかった」
「う、ううん。いいの」(そうか、マモルだって頑張ってたんだね……たぶん、今朝もここでみんなを助けてたんだ)「お疲れ様、マモル。ありがとう」
「ビンカも、お疲れ様」
ビンカはそう言われて照れ臭くなり、我慢しようと思ったが笑顔になってしまった。
「えへへ……あ、う、うん」
「あと、オレ就職した」
「……え⁉」(な、なんの話⁉)
「あの冒険者ギルドの冒険者になったんだ。すごいでしょ? これからは家に金入れるから、無理しないでね」
「……う、うん。おめでとう!」
「ハハハ、さあ、帰ろう?」
「……うん」
ビンカはまたマモルにおぶさって、家に帰っていった。
「ありがとう、お疲れ様、マモル。おなか減ったよね。何か……あ」
「いや、気にしないでいいよ。それよりも、オレが作ろうか?」
「い、いいよ。大丈夫……あっ」
ビンカは疲れでふらついてしまった。そこをマモルが受け止めてくれた。
「ダメじゃんか。いいよ、そこで待ってて」
「ありがとう……」
ビンカが椅子にちょこんと座って待っていると、キッチンからマモルが上手に料理する音が聞こえてきた。
(マモル、冒険者になるんだ……悪者とかをやっつけるのかな? マモル、強いから大丈夫だろうけど……マモルが誰かに暴力をふるうのはやっぱりなんだか……)
「できたよ~」と、マモルがおいしそうなホットサンドを持ってきた。「……どうしたの? 本当に疲れたんだな」
「あ、ま、マモル……ありがとう。いただきます」
ビンカはマモルが作ってくれたサンドを食べた。とても美味しかった。
(マモルが作ってくれた……美味しいよ……だけど、これを作った手が暴力に使われるなんて……)
「ぐす、ううっ……」
「ど、どうしたの⁉ もうワサビにあたったの?」
「入れたの⁉」
「いや」
「入れてないんじゃん! も、もう……」(なによ……マモルのこと考えてたのに……)
「ビンカ」マモルが真面目な声で話し始めたので、ビンカはドキッとしてしまった。「オレはこのパワー、使うべきだと思ってるんだ。誰かのためなら、どんなことにでも。救出にも、何かを運ぶことにも、誰かを倒すことにも」
「……マモル」(そうか、マモルも誰かのためになりたいんだ……ワタシと同じ)
「やっぱり、戦うオレは嫌い?」
「ま、マモルのことは大好きだよ! ……あ」(ま、また……本当だけど……恥ずかしい)
「そうか。戦うオレでも嫌いにならないんだね? じゃあ、気兼ねなく働けるよ」
「マモル……」(うん。マモルなら、たくさんの人を助けられる。ただ、ワタシが寂しいだけ……)「マモル……その、またハグしない?」
「いいよ、もちろん」
マモルとビンカは、笑顔で抱き合ってくれた。
翌日。晴れ渡る空を巨鳥が飛びまわっていた。
目を覚ますと、マモルは昨日魔法できれいにしてあげたスーツを着て、助けた少女がくれたフード付きのマントを羽織って出かけようとしていた。
「おはよう、マモル……え、もう、行くの?」
「おはよう。今日は簡単な検査の後、任務に行くんだ。じゃあ、行ってくるよ」
「う、うん。気をつけてね……」
マモルを見送った後、ビンカは寂しく薬の調合を始めた。材料が少なくなっていた。
「マモル! 一緒に……あ」と、気づいて泣きそうになったがこらえた。(誰もいないから、泣いても、いいかな……)「わ、ワタシはビンカ、ワタシはビンカ……よし」
すると、ノックする音が聞こえた。
「マモル、おかえりっ! ……ふぇ?」
大喜びでドアを開けると、昨日手伝った医者や、何人か位が高そうな役人がいた。キョトンとするビンカを見て、何人かは笑い出しそうになったがこらえていた。
ビンカは恥ずかしくなって顔を真っ赤にしてしまう。
「ご、ご、ごめんなさい……そ、その……お、おはようございます」
「おはようございます。魔女のビンカ様ですね? 我々はゼトリクス王国医療協会です。ぜひ、あなたのお力をお借りしたいと思いまして、参上いたしました」
「は、はい……」
「詐欺じゃないよ~。信じて~!」と、可愛い看護師の女性が言った。
「おいっ!」(余計に疑われるかもしれないだろ!)
彼らを家に入れてお茶を出し、話を聞いた。
ビンカは不安だったが、本当に詐欺じゃなかった。王国の医療施設や医療関係のギルドを統括している役所が、ビンカの作った魔法薬を使いたいということであった。
「知っての通り、魔法薬は魔導士によって質や効果、量にも幅があります。ですが、あなたの作って下さった魔法薬は最高の効果を誇っています」
「そこで、我々に力をお貸しください。お願いいたします。あなたほど強力な魔法薬を作れる者はおりません。お願いいたします、どうか、人々のために……」
「は、はい……わかりました」と、ビンカは承諾してしまった。
医者たちと役人たちは安堵した顔で、魔女の家を出た。
「よかった、食べられなかった~……」と、看護師が安心して言った。
「おいっ!」(聞こえるだろ!)
「あいつはそう言う魔女じゃない」
「ドラゴンスレイヤー様」と、役人と医者たちは頭を下げた。「ご苦労様です。あなたのおっしゃっていた通り、非常に親切そうな魔女様でした」
「あいつは、あの見た目でまだ子供だからな。優しくしてやってくれ」
「え、ええ……」
医者と役人たちは、ウィッチスレイヤーとも呼ばれる彼が、魔女であるあの少女を気に掛けているのを不思議に思った。
「……? あの子のこと、気に掛けてらっしゃるのですか~?」と、看護師が訊いた。
「おいっ!」(失礼だろ⁉)
「そんなわけないだろ、間抜け。とりあえず職業に就いてやることができれば、退屈で誰かに嫌がらせをしようとする考えが湧かなくなると思ったのだ」
「え、じゃあ、もしあの子が悪い事をしたくなったら先に被害に合うの私たちじゃん!」
「おいっ!」(やめろ、考えたくない!)
「あいつはそんなことしない。万が一そんなことがあっても、俺が何とかする」
「か、カッコいい~!」と、看護師はわざとらしいほどに感動して声をあげた。
「おいっ!」(おだててると思われるだろ!)
「なあ、そいつは『おいっ!』しかしゃべれないのか?」
「おいっ!」(すいません。話したことと反対のことが現実になっちゃうハイヒューマンなんです。反動が大きいからこうしないといけなくて)「……おいっ!」
「……そうか。悪かった」
「おいっ!」(今ので分かったの⁉ か、カッコいい!)
そのころ、ビンカは薬草や材料を採って来て、頼まれた量の魔法薬を調合していた。
「……ううっ、ぐすっ」(な、なんか、すごいことになっちゃった……ワタシも頑張らないと……う、嬉しいのかな……涙が……)「ん? うわああっ⁉」
ボンッ! という音が家から響き、そこからビンカがゲホゲホとせき込みながら、ドアを開けて出てきた。中からはモクモクと紫色の煙が湧きたってきた……。
「ううっ……」(失敗しちゃったよ……落ち着かないと……)「ワタシはビンカ、ワタシはビンカ……よしっ!」
その空に舞い上がる紫色の煙を、ドラゴンスレイヤー、医者と役人たちは見ていた。
「大丈夫かな~……」
「大丈夫だ。あの子は生きてる」
「おいっ!」(あ、そっち? そっちか……)
破壊された都市から移って、田舎村に一時的に引っ越した冒険者ギルド『ドラゴンハンターズ』。
(こいつはダメだ)と、ギルドに努める受付嬢ハーフエルフのウーケは思った。
目の前にいるこの男、外見はいいくせに全然字が書けない!
「あの、アタシが書きましょうか?」(まったく、大切な登録書類なのに……)
「ああ、お願いします……」
「はい、ではお名前を」
「マモル」
「……それだけ?」
「……ごめん、マモル(仮称)で。いや、それもヤダな……」
「ど、どういうことですか?」
「ごめん、記憶喪失なんですよ」
「……あんた、就職する前に、入院したら?」
「やだよ、これ以上十歳の女の子の世話になるわけにはいかなんだ! あ、これは、内緒にしてください、忘れて!」
(なんだこいつ、いい男だと思ったら、本当にヤバい奴じゃん!)
「おい、マモルってやつ!」と、ドワーフの熟練冒険者ドワロが怒鳴った。「書類はいい! 力の検査をするぞ! あ、ウーケちゃんも手伝って?」
「はぁ、わかりました。ほら、こっちよ」
マモルは、筆記試験で学力と思考、水晶で魔力、鋼鉄でできた魔法で動く腕型怪力測定器との腕相撲で、力を図らされることになった。
「……なにこれ、絵文字?」と、ウーケは答案用紙を見ながら思わず言った。
「あん? ……おれの方が点数いいぞ」
「魔力は……ゼロ。まあ、見りゃわかるけど。こりゃダメね」
マモルと測定器は腕相撲をしようとお互いの手を握った。しかし、どちらも微動だにしない。
「おい、何してんだ! お前から力を込めるんだよ!」
「ああ、はいっ!」
マモルが鋼鉄の拳を握って力を込めると、鉄腕はひしゃげ、マモルの腕力に破壊されてしまった。
「あ、す、すいません!」
その光景に、二人は驚愕した。
「……あれは壊れるようなもの?」
「いや、団長でもワシでも壊せん。あいつ、戦艦でも破壊できるようなレベルだぞ⁉」
「よし、出来た!」
「……は?」
見てみると、いつの間にか腕型怪力測定器がマモルの手によって直されていた。
「オレ、手先はいいらしいんだ!」すると、マモルはロボットアームと一緒にじゃんけんを始めた。「あれ、おかしいな……こんなはずじゃ……」
「直すんなら直せ! 改造するな!」
しかし、なんやかんやで今までの人助けの功績が認められ、入団することになった。ウォルルガル団長により、マモルは紹介された。
「今日から仲間になる、マモル……」(ん? 苗字がない……)「えっと、マモルだ。仲良くしてやってくれ」
「マモルです。よろしくお願いします」
「……こいつ、大丈夫かな……?」と、全身包帯巻きの男が言った。
「あんたこそ大丈夫かよ⁉」と、マモルは叫んだ。
「心配するな~見ろよ!」と、包帯が解けて舞い上がり、姿が現れ……なかった。「見えないんだよな~! おれの体、透明だから!」
「うお、マジか⁉」と、マモルは大声をあげた。
「体なら自信があるわ~」と言って現れたのは、ビキニアーマーという露出度の高い鎧を着た美女だった。「このプロポーションを見なさい! 鍛え上げられたこの肉体!」
「そうだ! 筋肉はすべてを解決する!」と、筋骨隆々な大男が言った。
「さすがだぜ兄貴! その筋肉であの壊れた車動かしてくれ!」
すると、大男は道具を持ってきて、テコの原理を利用して破壊された車を動かした。
「よし、筋肉はすべてを解決する!」
「理科じゃねえか!」
「科学はおれの得意分野だ!」と言って、錬金術師が薬を調合しようとした。「見よ! これが金の生成方法だ!」といった彼自身が金になっていた。
「お前が金になってるじゃねぇか! 」
「この体を売るんだよ!」
「売っちゃうわ~」と、行って美しいサキュバスが突撃してきた。
「え? あたし?」と、突撃された少女狩人は困惑した。
「あなたのその体、堪らない……いいこと、しない?」
「ふほ~、いいねぇ~! おじさんも混ぜてくれ~」と、オークが突っ込んでいこうとした。
「貴様、そんなことが許されるとでも思っているのか?」と、百合の植物亜人が言った。
「主はどんな罪も許してくれます」と、シスターが言った。
「マジかよ、じゃあやっちゃおうぜ!」と、ナイフで武装した暗殺者が言った。
「先手必勝! くらえっ!」と言って、剣士が剣を彼に投げた。
「不意打ちだと! 堂々とやれ!」
「堂々?」と、召喚士の目が輝いた。「ドードーっ!」
「ピー」と、召喚されたドードーが泣いた。「あ~畜生~絶滅しちまったよ~」
「なんだって⁉ あたしがそうはさせないわ!」
「誰だ、お前は⁉」と、トカゲ獣人が叫んだ。
「地獄から舞い降りし天使、マジカルマジカ!」と、言って少女は魔法少女に変身した。
「そして、みんなのアイドル! 永遠の十五歳、ハンドレットオーバー!」
「「「二人はピーキュア! オールスターズ!」」」
「マジかよ……見ない間に一人増えてやがる」
「え? 誰よ、あんた?」
「ボッチ戦隊サビシンジャー、イエロー!」
「せ、せめて、あと四人……⁉」
「しょうがないでござる、拙者が四人になろう」と言って、忍者は分身した。
「よかったな、ブルー」
「ああ。あの空のようにまっさらな気分だ」
「それはワタシのパンツだ!」
そう叫ぶ姫騎士に、占星術師は空まで蹴り飛ばされた。
「お母ちゃ~ん! 今行くからな~!」
「そんな、うそだ……あいつが、負けるなんて!」と言って、波を発生させてサーフボードに乗っている男が言った。「畜生、畜生、あのメスガキ……調子に乗りやがって! ああ言うのは触手にやられるんじゃ……」
「呼んだか?」と、言って、触手の化物がやってきた。
「げ、まさかあなたは、宇宙の深淵からやってきた……」
「そうだ。ここにやってきたのはつい数年前のこと……」
そう話す彼を、武道家が棺桶に入れて蹴り飛ばした。その間も、中で触手の化物は身の上話を話していた。
「やつもダメだったか。ふっ、まあいい、まだ手はある」と言って、クモ亜人が隠していた足を見せてきた。「この手がある限り、お前は誰にも勝てない」
「畜生、おれは誰にも勝てないのか……⁉」と、武闘家の少年が言った。「いや、どこかにはおれでも倒せるやつがいるはずだ!」
「よかったら、相手してやってもいいわよ~、ほれほれ~」と、露出度の高いギャルが高圧的に言った。
「ほれぼれ~」と、学生服に埋もれている可愛い小妖精が言った。「あたし、興奮してきたぞ~」
「それ、なくなったと思ってたおれの制服……な、なんで……⁉」
「ふふ、何言ってるの? 妹なんだから、当然でしょ?」
「……そうだな~! 帰してくれ、学校行かないと~」
「きゃ~、遅刻しちゃう~!」と言って、マモルにパンを口にくわえた少女がぶつかってきた。
「何! 間に合え~」と言って、マモルが彼女を投げると、ギルドの中に立てられた校舎に入って彼女はスタッと座った。
「起立! 礼!」
「礼、レイ? ……霊、幽霊? ギヤ~⁉」と、ネクロマンサーは叫んだ。
「お困りのようだな」と言って、霊能力者がやってきた。「幽霊ならこのおれに任せな」
「よ~し、行くぞ~」と言って、少女がランドセルで幽霊を殴った。
「なに、なぜおれがポルターガイストだとわかった⁉ こうなったら仕方ない! 必殺、逃亡!」
「ありがとう、ありがとう……」と、マモルは少女に涙ながらにお礼を言った。
「いいってことよ」と、少女が持っているランドセルが言った。
「お前も、話せるのか……⁉」
「そう言う貴様は、おれのことが見えるようだな」と、魔装である生きた銃が言った。「いいだろう、お前はおれを使い、何をぶち抜きたい?」
「悪縁だ。いつもひどい目にあうんだ。例えば、通学路にエロ本が落ちてたり……畜生、しかもその中身、全部袋とじなんだ!」
「そ、そんな……くっ、わかったわ。あなたの仇は私が撃つ!」と言って、ガンスリンガーの少女がバズーカを虚構に向かって放った。
「と、いうのが、前回までのあらすじだ」と言って、マモルが〆ると、みんなは笑った。
「そうだ、変な奴がいるのは今に始まったことじゃなかったわ……」
受付嬢ウーケは、個性的すぎる冒険者ギルドの中で今日も呆れ果てるのだった。
「よし、じゃあウーケさん、仕事ください」
「え? ああ、じゃあ、とりあえず初心者の……」
「ああ、待ってくれ」と、ウォルルガル団長が言った。「マモル、一緒に来てくれ。今日は私が監督する。早速任務に向かうぞ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「うむ」
二人は、その任務に向かって行った。それを冒険者たちは手を振って見送ると、彼らもそれぞれ仕事に向かって行った。
「団長自ら……ウーケさん、どんな依頼?」
「えっと……騎士団からですね……え⁉ いや、いくら何でも、これは……」
マモルとウォルルガルは、不気味すぎて息がつまりそうな暗い森に入っていた。
「この感じ……まさか、悪霊?」
「ああ、気づいたか」と、ウォルルガルは言った。「君と魔女があの森から祓ってくれた奴だ。しかし、新たな地縛先にここを選んだらしい」
「え、じゃあ、オレがあそこから追い出さなければ、ここは……」
「いや、あそこの森はもう何十年も呪われていて、被害だって大きかった。ここはほんの少し。君が祓ってくれたおかげで弱体化している」
「オレに蹴りをつけろってことですね? やらせてください」
「……うむ。その気迫を保ち続けろ」
マモルとウォルルガルは警戒しながら呪われた森を進んでいく。
しばらく進んでいると、ウォルルガルが鼻をひくひくと動かした。
「来ますか?」
「ああ。いったん隠れるぞ」
二人が巨木に飛び乗って地上を見張っていると、恐ろしい形相をしたゴブリンとオークたちが出てきた。それも、数百人。剣、こん棒、弓、魔法が使えるのか、杖を持っている者も何人かいた。
「木を伝っていくぞ。ついてこい」
「わかりました」
二人は木から木へと飛び移りながら、寒気がする気配と息苦しさが強くなっていく方向に向かって行く。
「あれは……⁉」
「……弱くなったわけじゃなかったようだ」
悪霊は妖力を集中して、自らの形を巨大な家へと実体化させていた。窓からは黒い炎が湧き出ていて、怒りでブルブルと地震に襲われたかのように震えていた。
「呪う範囲を狭くして、自分の力を強くする方に集中している」
「倒すには、どうしたら?」
「君が祓ったのだろう? その時よりも強く気持ちを保ちながらそれをぶつける。実体化しているので、殴り続けて破壊することも必要だろう」
「オレがやります」
「私も力を貸したいところだが……」
ウォルルガルは鼻をクンクンと動かして後方を向き、サラサラとした髪が生えた頭にある狼の耳をピョコピョコと動かした。
「傀儡にしたゴブリンたちを外に出そうとしている」
「他のみんなは?」
「無理だ」(話しかけるな、ガキが……! し、しまった。そろそろ持ちそうにない。近づきすぎたか……ガキ、違う、マモルは大丈夫そうだが……)「残ったみんなでは勝てないだろう。あんな奴らとは戦わせたくない。そして……」
「ど、どうしたんです?」
「……私の人格に影響が出始めている。一人でやれるか?」
「はい、やります」
「そうか……。私はゴブリンを倒してくる。君は奴に止めを!」
「はい!」
ウォルルガルはゴブリンたちを止めに、マモルは悪霊を倒そうと空に跳び上がった。
「……なっ⁉」
マモルがドバーンと、砂煙が巻き起こるほどの威力のパンチで殴ってきたので、悪霊は避けようとしたが半分を砕かれた。
「蹴りをつけに来たぞ!」
マモルは悪霊の半身を破壊し、地面に亀裂を走らせた拳を、大地から抜いた。
「……しつこい野郎だ! 死ね」
悪霊はマモルに突撃したが、マモルはそれを両手で受け止めた。
「この野郎⁉」
すると、悪霊はドアを開け、家の中にマモルを吸い込んだ。家の中に吸い込まれたが、内部でマモルは受け身をとった。視界を覆うほどの怒りに満ちた顔面が彼を睨みつけていた。その顔はマモルに向かって、並みの人ならば精神が壊れるほどのひどい罵声やののしり言葉を浴びせた。そのうえ、凄まじい妖力による引き裂かれるような痛みが襲う!
「ガハハハア! このまま身も心も……」
しかし、マモルは飛び上がり、家を貫いた。
「グェ⁉ こ、この野郎……⁉」
マモルは地面に着地して、そこから再び悪霊に向かってジャンプし、まるで弾丸のように突撃して内部に突入、そこで寄生虫が宿主を食い破るように悪霊を破壊していく。
(まずい、実体化を解かなければ……⁉)
悪霊が実体化を解くと、マモルが破壊した家の破片が紫色の煙になってしまった。
(このまま逃げてやる!)
しかし、悪霊はすさまじい圧力を感じ、悪霊は元の姿、少し体が透けた生前の姿に戻されてしまった。
マモルからはすさまじい念を感じる。純粋な精神体である悪霊は、マモルの肉体からメラメラ、ドバドバとあふれ出る精神に押しつぶされそうになった。
「この畜生⁉ なんなんだよ、そんなに弱い者いじめが好きか⁉」
マモルは何も言わなかった。彼は炎の魔剣を抜いて振りかぶり、悪霊の首を撥ねた。
「こ、この野郎……本当にやりやがった……」
「……すまん」と、マモルは言った。「だけど、これ以上現世で悪いことしてほしくない」
「お前……」悪霊は言った。「おれがお前を罵倒しているとき、おれの言葉を聞いていなかっただろ。この野郎、人の話聞けよ⁉ なぁ⁉」
「……ああ」
「……⁉ 何でお前がおれの呪いが効かないかわかるか? 心が強いから? 勇気があるから? 違う、お前に心がないからだ。人の話を聞こうとする、耳を傾ける、そういう心がないからだよ! だから平気でおれみたいな化物とも戦えるし、自分を押し通せるんだ……」
しかし、悪霊は思い出してしまった。目の前にいるこの腹立たしい男は、自分が襲おうとした魔女を自称する少女を救っていたことを。そのような行動ができるならば、心はあるということだ。ではなぜここまで自分を祓えるほど強いのだろうかと、訳が分からなくなっていた。
「な、なんなんだ、お前……」
すると、悪霊の斬り落とされた首の背後に、夜空に浮かぶ月のように青白く光る瞳、青白い髪、青白い素肌に黒いマントとフードだけを羽織った少女が音もなく舞い降りてきた。
「……まさか、死神……さん?」
「さよう」と、少女の姿をした死神は言った。「……わたし、魂、回収しにきた。お前、協力、感謝する。ありがとう」
「……はい」
死神の少女は、何かブツブツと考えをつぶやいている悪霊の頭を拾うと、空の彼方に舞い上がっていった。
ゴブリンを倒し終えたウォルルガルは、マモルが彼女を見送っている姿を見た。
「……さすがだ。ご苦労だったな、マモル」
「……悪霊、どうなる?」
「そりゃ、地獄だろ」
「……地獄、ある? どこ?」
「それは……確か、この世界の地下深くにあると言われているが?」
「……ウォルルガル団長、大丈夫、ケガ?」
「私はなんともない。……なぁ、死神様の話し方移ってるぞ?」
「……。話変わりますけど、あの子、寒そうだったけど大丈夫かな?」
「余計なお世話だろ。さぁ、帰るぞ」
その頃、死神はくしゃみをしていた。
森の中の家では、ビンカが時間通りに魔法薬を作り終え、受け取りに来た役人と医者にそれを渡していた。二人は、ビンカの仕事の速さと魔法薬の出来に感動していた。
「あ、本当にできてる……ありがとうございます!」
「おいっ!」(ありがとうございます! さすがです……泣きそう)
「そ、そんな、気にしないでください……」
二人を見送ると、家でマモルの帰りを待っていた。
(うう、さっき失敗した薬の臭いがついちゃったよ……お風呂入ろ……)
そう思って服を脱いで風呂に入ろうとすると、マモルが帰ってきたのを感じた。
「ただいま~」
「マモル! おかえり!」ギュッとビンカはマモルに抱き着くと、違和感がした。「ま、マモル……どうしたの? なんだか、ボロボロだし……」(か、悲しそう……)
見上げたマモルの表情は笑顔だったが、気配と雰囲気が悲しそうであった。よく見てみると、スーツも少し汚れている。鉄が焦げたようなにおいもする。
「いや、ちょっと疲れただけだよ。初日だったからな。まぁ、ニ、三日もすれば慣れる」
「ま、マモル……」(冒険者って、やっぱり大変なんだ……も、もしかすると⁉)「ま、マモル、い、いじめられたりしてないよね? 他の、その、冒険者さんとか……」
「ああ、みんなすごく面白くて愉快な人たちばかりだよ。仕事とプライベートの差がすごそうだけど」
「そ、そうなんだ……よ、よかった……」
「君こそ、何かいいことあったの?」
「あ、そうなの! えへへ……えっと、私が作った魔法薬を、病院とかに配ってくれるって! お仕事、ワタシもできたよ」
「そうか⁉」と、マモルは本当に喜んでいるように言った。「すごいよ、ビンカ! 君の薬が、君の力が、みんなを救うんだな! 感動だよ!」
「えへへ……ありがとう……」(ワタシも、これでみんなも、あなたのことだって、救えるかな? 少しだけ、みんな、あなたを助けることに近づけたかな……?)「マモル、みんなもそうだけど、あなたのことも、絶対、助けるから!」
「……ありがとう、ビンカ」
「……えへへ……」と、ビンカは嬉しかったが、モジモジと体を揺らしてしまった。
「……ねぇ、風呂入ったら?」
「え……な、なに……」(わ、ワタシと、入りたいのかな……ま、マモル⁉)「そ、そんな~……えへへ……ん? ……きゃっ~っ⁉」
ビンカはやっと自分が裸だったということに気がついた。
その翌日。
ビンカは清々しく目覚めた。
「あれ……マモル……?」
マモルは朝早くから冒険者ギルドに向かっていた。ビンカもそのことに感づき、少し寂しく感じた。
(マモル……あ、会えないわけじゃないんだもんね! ワタシも頑張らないと……)
ビンカは少し寂しく朝食や身支度を終えて、森や野原に薬の材料を採りに行った。
「えへへ……」(お家の周りの森、いっぱい薬草があってよかった)「ねぇ、マモル! ……あ……」(わ、ワタシ……マモルがいないと、そんなに……ひ、一人でいられるように、な、ならないと……)「ぐすっ、ううっ……」
ビンカは俯いて泣きそうになりながらも、必要な材料を採ったので、家に帰ろうとした。
「おいっ! 金よこせ!」
ビクッとして頭をあげると、巨大で恐ろしいオークがハンマーを振り上げていた。
(わ、ワタシ一人でも、大丈夫なんだから!)
ビンカは魔法の杖を構えて、集中した。すると、魔法の杖から光があふれ、光はドーム状の魔法壁となって、ビンカを囲んで守った。
「う、ううっ……」
オークはハンマーをガンガンと魔法壁にぶつけ続けた。ビンカはその間、魔法壁ドームの中でうずくまって集中していた。
(こ、怖い、怖いよ……マモル……)「ううっ……」
「な、なんだ、こいつ……」と、オークは息を切らしながら、時間の無駄だと思って、怒りながらとっとと帰っていった。
「ハァ、ハァ……あ」(わ、ワタシ、追い払った……ひ、一人でも大丈夫だった!)「や、やったぁ! えへへ、やったぁ! 一人で勝ったぁ!」
ビンカは恐怖から解放された安心感で涙を流しながらも、喜んで飛び跳ねていた。
「おい、大丈夫……?」
「な、なんだ……?」
魔法壁とハンマーがぶつかる音を聞いて助けに来た狩人グループは、嬉しそうに飛び跳ねて大きな胸を揺らしている美少女を見て驚いた。
「えへへ……あ」ビンカは彼らに気づいて顔を真っ赤にした。
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です、お構いなく……う、うわああああっ⁉」
ビンカは恥ずかしくなって、家に走って帰ってしまった。
マモルはギルドで依頼を受けようと、依頼書が張り付けてある掲示板を見ていた。
「……邪竜討伐……魔物か。殺さないといけないのか。できるかな?」
「ま、マモル!」と、ウーケが少し怒って言った。「慢心しないで! そんなの初心者に出来るわけないでしょ?」
「そうだよ」と、剣士の少年エダボが話しかけてくれた。「おれ、エダボ。なあ、初心者向けからやりなよ。それはそれで辛いだろうけどさ。おれたち、兵士さんたちと一緒にスライム退治にいくんだけど、一緒に行こうぜ」
「いや、だけど……」
「お前にはまだ早い」と、ドワーフの熟練冒険者ドワロが言った。
「……おはようございます……測定器、直りました?」
「え? ああ、あれなら気にするな。それよりお前はそっちに行っとけ。心配するな。ワシらは達人だぞ」
そう言うと、彼が率いるパーティーが邪竜討伐の依頼書を取ってウーケに渡してしまった。
「はい、では、頑張ってください」
「ああ、じゃあな、ウーケちゃん」
「エダボの坊主も、新人を頼んだぜ?」
「ああ、おっさん」
「……気をつけて」
「ああ、お前もな、マモル。ハハハハハ……」
頼もしい熟練者たちは笑いながら、遠くにある遺跡へ邪竜退治に行ってしまった。
「ほら、マモル。行こうぜ」
「あ、ああ・・・…」
マモルと少年剣士エダボは、兵士たちと共に洞窟に入って行った。背中に火炎放射器を背負わされ、両手に大砲のような放射口を抱えて。
「これで、スライムの奴らを蒸発させることができる。もし巨大な個体を見つけたら、すぐに知らせろ。さもないと、溶かされるぞ」
兵士の言うことを聞き、彼らと共にマモルと少年剣士は洞窟に入った。
「スライムって、危ないの?」
「ああ」と、少年剣士はいかにも先輩のように得意げに言った。「ほとんどが水分でできてるから、物理攻撃は全然効かない。なによりも触れたらすぐに溶かされちゃうしね。どんなにおれが剣術を鍛えても、その剣が溶かされちゃ意味ないし。だから今日はおいてきたよ。間違っても触れて溶かされたらいやだし」
「……いや、全然初心者向けじゃない気がするんだけど?」
「……おれも、そんな気がしてきた。ごめん」
「おい、天井だ! いたぞ!」
兵士とともに、火炎放射器で天井に張り付いたウネウネと暴れる凶暴なスライムたちを蒸発させる。ゴムが焼けたようなひどい匂いがしたが、誰も溶かされることはなかった。
「あと、天井から落ちて来るのに気をつけないとな」
「やっぱり危険じゃん」
「だから、ごめん! 用心して行こう」
「うん」
しかし、それからは恐れていた天井からの襲撃も巨大スライムもなく、洞窟は安全になったので依頼は終わってしまった。
こうして、洞窟を山を抜けるためのトンネルにする工事の下準備が終わった。
「今日はありがとう。報酬はギルドに送っておいた。受け取ってくれ」
「はい、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした……」
マモルとエダボは平和に帰っていった。
「初心者向けだっただろ? ……万が一のことが起こらなかったら」
「……うん。ねぇ、君も強いの?」
「は? おれが強かったら団長やドワロさん、兄さんやお姉さんたちに失礼だよ」
「そうなんだ、みんな強いんだね」
「当たり前だろ?」
すると、マモルがはるか遠くに何かが走っているのを見つけた。目を凝らすと、はるか遠くにゴブリンに襲われている少女が見えた。
「人が襲われてる! 行ってくる!」
「待て、おれも行く」
「わかった、捕まって」
マモルはエダボを連れて飛び上がった。
「す、すごっ!」(おれもこのくらい脚力が……)
そう考えているうちに、マモルは少女を巻き込まないように少し距離を置いて着地していた。
「あっちだ!」
「マモルは女の子を、ゴブリンは任せろ!」
マモルは駆けだし、女の子を抱き上げる。エダボは落ちていた枝を拾って怒鳴っているゴブリンを切り裂いた。
助け出した少女は少しボーっとしていたが、少しすると安心してしまい、マモルの腕の中で泣き出した。
「大丈夫? 怖かったな」
「マモル! 伏せろ!」
マモルはエダボの怒鳴り声のような指示を聞いて、少女を守るようにうずくまった。少しすると、肉が切り裂かれる音と、金属がこすれたような断末魔が聞こえた。
それが鳴りやむと、マモルは少女に周りの風景を見せないようにしながら、顔をあげた。そこには、隠れて奇襲をしようとしたゴブリンたちの死体と、顔に返り血を浴び、血の付いた木の枝をもっているエダボがいた。
「その子、大丈夫か?」
「ああ。エダボさんは?」
「全然。その子の家族を探しに行こう。襲われているかも」
「……あっちだ」
マモルは超視力で確認し、二人を連れてその場所に着地した。そこには襲撃されたボロボロの馬車、複数人の遺体があった。
「ま、まさか、この子の……」
「あいや……」と、エダボは馬車と遺体を見ていった。「国外から来た人さらいどもだ」
「人さらい? じゃあ、この子は……」
「人身売買のためにこいつらに誘拐されたが、その馬車がゴブリンたちに襲撃されて、その間に何とか逃げた、だと思う」
「そうか……大変だったんだな、君は……」と、マモルは腕の中で眠る少女を見て、悲しそうに言った。
「とりあえず、後で警察に連絡しておこう。今日は帰ろう、マモル」
「……ああ」
ひとまずギルドに行くと、ウーケが警察に連絡してくれて、少女の親とも連絡がついた。
「ありがとう、エダボさん! マモルさん!」
「うん、気をつけてね!」
少女は笑顔で手を振り、両親も何度も頭を下げて感謝してくれた。
「……よかった、トラウマとかになってないみたいで」
「ああ、そうだな……」と、エダボも安心したような、しかし心配しているような表情をしていた。
「どうか、したの? 話くらいなら、聞けるよ?」
「そんな、話すことでも……いや、少し話とこうかな? ここにいるみんなは、おれみたいな人たちばかりだから」
二人は、ギルドにある食堂に行った。
「……おれの村は、ゴブリンの襲撃で滅亡したんだ。あの子くらいの歳の時に」
「……⁉」マモルは俯いたが、顔をあげた。「大変、だったんだね」
「ああ。一人だけ生き残って、子供で生きていく道は冒険者しかなかったんだ」
「え……」
「ほとんどの冒険者はそんなもんだ。仕方なく冒険者になって、仕方なく強くなった。だから、頭の片隅くらいには知っていてほしいだ。みんな辛い目に合った人たちだって。別にみんな強いから、そこまで気に掛けるほどでもないけどな」
「そう、か……」
「マモルは、記憶喪失だったんだろ。君も大変じゃないか」
「そうかな? あんまりそんな感じしないんだけど」
「そうか。だけど、もし辛いと思ったら思い出してくれ。ベクトルや話は違うけど、つらい目にあったのは自分だけじゃない、そう思うと少し楽になると思う」
「エダボは、オレに話して楽になった?」
「正直言うと、そうだ。うん、なんだかすっきりしたよ。聞いてくれてありがとう」
「そうか、よかった」
エダボはその日は帰っていった。見送っていると、優しいそうな女性が彼を迎えに来て、一緒に帰っていった。
「よかった、一人じゃないんだな」
「何一人でしゃべってんの?」と、ウーケがツンとした様子で話しかけてきた。
「あ、ウーケさん。お疲れ様」
「お疲れ。あんたは初心者なんだから今日は帰ったら? タダ働きまでして、血まで見て大変だったんでしょ?」
「へぇ。ウーケさん、あたり強いけど優しいじゃん、本当は」
「なによ、それ! じゃ、アタシは行くから、寂しくてもついてこないでね」
「はい。じゃあ、さよなら」
少し歩くと、ウーケは振り返った。マモルは本当についてきてなかった。
(なによ、本当に来ないなんて……ちょっと慰めてやろうかと思ったのに)
マモルはビンカが待っている家に帰って来ていた。
「ただいま」
「ま、マモル! おかえりっ!」ビンカは彼が早く帰ってきたので、思わず抱き着いてしまった。「早かったね……大変、だった?」
「それほど」
「マモル」(マモルは体力なら大丈夫なはず。じゃあ……)「マモル、こっち来て」
ビンカはマモルを椅子に座らせると、恥ずかしそうにモジモジとしてしまった。
(ど、どうしよう、本当にやろうかな……ワタシはこれで安心したけど……)
「ま、マモル……」
ビンカは、マモルを自分の大きな胸に抱き寄せて頭を優しく撫でた。洗った時にわかったが髪まで硬くて、気をつけないと斬れそう。なんだが自分の方が恥ずかしくなっていた。
「ど、どうかな? ……えっと、癒された?」
「……うん、ありがとう……」と、マモルは心地よさそうに言った。
「えへへ、よかった……」(……これで、いいのかな……? い、いいかな?)
ビンカはマモルの頭を撫でていると、彼の頭に横一線に少し凹んだ感触がした。何気なく見てみると、それは大きな傷跡であった。
「こ、これって……」
「ビンカ、もう、いいよ」
「あ、ご、ごめん。えへへへ……」
そのあと、ビンカとマモルは一緒に魔法薬の材料を採りに行ったあと、一緒に魔法薬を作った。マモルが液に毒がある薬草や硬い骨や牙などの材料を砕いたり、すりつぶしてくれたので、いつもよりずっとはかどった。
「マモルは、毒とかも平気なんだね?」
「ビンカこそ、こんな危険な代物を扱っててすごいな。君こそ大丈夫なの?」
「ワタシは魔女だから。失敗しても治るもん」
「だけど、痛くないのか? 苦しかったりもしない?」
「し、失敗した時はね……だけど、大丈夫だよ」(やっぱり嫌だけど……)
「そうか、だけど手伝える時は手伝うから遠慮なく言ってくれよ」
「あ、ありがとう……えへへ」(じゃあ、頼んじゃおうかな?)「マモル、ごめん。じゃあ、手伝ってくれない?」
「いいよ。任せてくれ」
そのあと、出来上がった薬を魔法のバックに入れて街へ出かけた。平日の昼間だからか、人通りも少なかった。そんな街で、ビンカはマモルと手をつないでいた。恋人繋ぎで。
「えへへ……」
「……やっぱり、一人で行くのは寂しいの?」
「そ、そんな子ども扱いしないでよ……。ほ、ほら、悪い人とかが来ても、マモルなら追い払えちゃうし……」(本当は一緒に行きたいからだけど……あと寂しいし、一緒にいられるときは一緒にいたいし……)「……うん」
「ふ~ん」
「わ、ワタシ一人でも、本当は大丈夫なんだから!」
「そうか。オレもこれから忙しくなるかもしれないから、一緒にいられるときはいようよ?」
「わぁ……」ビンカは目を輝かせてしまった。「う、うん。えへへ……」
ギュっ。マモルに抱き着いてしまう。マモルはそんなビンカの頭を優しく撫でる。
「ビンカは寂しがり屋で甘えん坊さんだな~。やっぱり子供じゃん……」
ビンカは抱き着いたまま離れなかった。ずっと顔をマモルの胸に引っ付けていた。
「び、ビンカ? ごめん、怒った? あと、ここ、街だからそろそろ……」
「マモル……」と、ビンカは顔をあげた。さらに目をキラキラとさせながら。「も、もっと、撫でてくれない……? す、すごく、なんか、いいの……」
「本当に甘えん坊だった……⁉」
マモルは驚きながらも、優しく彼女の頭を撫でてあげた。心地よさそうにビンカが小さく笑い声をあげると、マモルも頬を染めながら笑顔になった。
「ハハハ……ビンカ……ハァ⁉」
「な、ああっ……⁉」
驚いたマモルの目の前には、頬を染めながら怒鳴りだしそうな表情をしているウーケがいた。
「あ、あんた……⁉」(この女の子をまるで犬みたいにデレデレに……⁉)
「……。あ、また会いましたね」
「はぐらかそうとするな!」と、ウーケは怒鳴った。「だ、誰よ、その子!」
「えへへ……ハッ⁉」と、ビンカはここが街であることを思い出し、後ろにいるウーケと目が合った。「こ、これは、その、えっと……ま、また会いましたね!」
「お前もかよっ⁉ つか初対面だよ! ……あ」(な、なんだ、この子。すごい可愛いじゃない……こんな彼女がいるなら、こんな所で浮かれたくもなる……いや、やっぱないわ)「はあ、マモル。あんた新人のくせして本当に一丁前ね。まあ、別にアタシには関係ないけど。周りの目くらいは気にしなさい」
「ああ、すいません。気をつけます」
「え、えっと……す、すいません……」と、ビンカも頬を染めながら頭を下げた。
「な、何謝ってるのよ? じゃあ、アタシは行くから。また明日ギルドでね」
「はい。ウーケさん、お疲れ様です」
「お、お疲れ様です。えっと、マモルがお世話になってます!」
「え、ええ……」(二日だけだけど)
ビンカはウーケと別れると、マモルを外に待たせて病院に魔法薬を届けた。
受付にいたのは、家に取引をしに役人とやってきた看護師だった。
「ありがとうございます。すいません、忙しくて受け取りに行けなくて~」
「い、いえ……」(う~、どうしよう、さっきのことが頭から離れないよ……)「気にしないでください」
「ビンカさん、顔赤いですよ~?」
「え、ええっ⁉」(そんなに顔に出てた?)「だ、大丈夫です、気にしないで……」
「魔女の方も風邪ひくのでしょうか? 調べさせてくれません~?」
そう言って、看護師はスカートのポケットから注射器を取り出してきた。
「えっ、うわぁ~っ⁉ 注射イヤです!」
「治りましたか? ショック療法です~」
「……は、はい……」
その次の日も、ビンカが起きた時にはマモルはもうギルドに向かっていた。
「マモル……」(今日から、忙しくなっちゃうのかな……そしたら、なかなか会えなく……だ、ダメだよ、そんなこと考えちゃ! 昨日だってお仕事終わったら一緒にいてくれたもん)「よ、よし……」
ビンカは身支度を終えて朝食を作ろうとすると、テーブルにサンドイッチが置いてあるのが見えた。マモルが作ってくれたのだ。
「ま、マモル……ぐすっ……」(あ、ありがとう、帰ってきたらお礼言わないと……)
その頃、マモルはギルドでウォルルガルと先輩の冒険者に会っていた。
「マモル、今日は彼と共に重い任務についてもらう」と、ウォルルガルは真剣に、重い声で言った。「血を、いや、それ以上に残酷な所を見ることになる。そして、魔物や悪党とはいえ、殺しもやってもらわないといけないかもしれない。その覚悟はあるか?」
「はい。もちろん」
「……そうか」(決まってるな。大丈夫そうだ)
「おれが監督を務める」と、濃い緑色の肌をしたゴブリンの大男が言った。「ガガンゴだ。見ての通りゴブリンだが、ここのみんなとは仲良くやれている。よろしく頼むぞ」
「よろしくお願いします」
二人は握手を交わした後、森に入ってある洞窟を目指していた。
「今日の任務は、ゴブリンの集団の討伐、そして何よりも奴らに連れ去られた女たちの救出だ」
「……殺さないと、だめですか?」
「ああ。いつかはな。お前はまだしなくていいぞ。お前の今日の課題は血に慣れておくこと、そしてなにより、攫われた女たちの救出だ。いいな?」
「……わかりました」
二人は暗くて湿った洞窟に、松明をもって侵入していく。
「気をつけろ。どこにどんな罠を張ってあるかわからんからな」
「はい」
「明かりを消せ。いる」
マモルは、松明を消す前にガガンゴが指さした部屋を見て、耳を澄ませた。
「……いますね。四人。鼓動が聞こえる。人間のもの」
「……ああ。だが罠があるだろうな。……ここは後回しにすんぞ」
「ですが……彼女たちは……」
「助けないわけじゃなねぇ。行くぞ」
少し進んでいくと、ゴブリンたちが集まっている大きくて明るい部屋があった。全員武装しており、奥には巨大なゴブリンがいた。
「……グハハハハ。よお、よく来たな」
二人が何事だと思って耳を澄ませると、ゴブリンたちの仲に一人の少女が放り込まれた。
「い、いや……」と、彼女は泣いていた。
「そう悲しむな。お前は今からおれたちの子孫を産めるのだぞ。誇りに思え」
その様子を見て、マモルが歯を食いしばっているのをガガンゴは見た。
「落ち着け、マモル!」
「……オレなら、行けます」
「……よし、わかった。あれを試してみるか」
少女は恐ろしく醜いゴブリンたちに囲まれて、自分は何のために生まれたのだろうかと後悔した。
「……ううっ、パパ」
「ガハハハ、これからおれたちがパパになってやるよ……」
すると、何者かがサッと降り立ち、泣いている少女を抱き上げて連れ去った。
「な、なんだぁ⁉」
マモルが少女を救出すると、臭い液体が自分たちに撒かれ、そこに火が投げ込まれた。
すると、あっという間にゴブリンたちは燃え上がってしまい、洞窟中に黒煙が湧いた。
「よし、今のうちに女たちを救出するぞ! 運べるな?」
「はい!」
二人は、混乱するゴブリンが走り回る洞窟を忍びながら進んでいく。
ガガンゴは呪術師のゴブリンがいる部屋を見つけ、背後から彼を殺す。その部屋から印のついている本を取り出す。
その後、攫われた女性たちが鎖でつながれている部屋に戻ってくる。
「おれが罠の魔法を解く。しかし、それに備えた新たな魔法がその十秒後に発動しちまう。その間に全員を助け出せ」
「わかりました」
ガガンゴが解除呪文を解くと、マモルは部屋に駆けだす。虚ろな女性たちをつなぐ鎖を指で破壊して、ガガンゴの元へ運び、彼が安全な部屋に素早く運ぶ。
マモルが最後の一人を連れ出そうとすると、ガガンゴが両手を伸ばす。その両腕に背負っていた女性を投げ、ガガンゴは彼女を受け止めると、岩を盾にして守るように抱え込む。
ゴブリンたちの娯楽部屋に爆炎と火花が上がる。ガガンゴはその凄まじい熱さから、女性を両腕と背中で守った。
「マモル⁉ 大丈夫か」
ガガンゴは爆炎が収まり、煙が沸き立つ部屋からマモルが出てくるのを待った。すると、煙を払って、無傷のマモルが出てきた。
「無事のようだな」
「はい。女性たちの方は?」
「全員無事だ。さあ、あいつらを外に出す……」
「貴様ら~!」
洞窟の奥から、全身に大やけどを負った巨大なゴブリンの頭領が走ってくる。
「それはおれのものだ~! 返せ~!」
マモルに向かってゴブリンの巨碗が振り下ろされるが、マモルは避ける。その次は、背中に背負った熱せられた金棒を振り回して殴りかかってくるが、マモルは全て避けきる。
「こ、このヒョロガキが……⁉」
「王様」と、ガガンゴが、同族の臭いを放ちながら、背後から話しかけた。
「ん? おお、まだ残っている忠実な奴がいたか⁉」
「おう」
振り向いたゴブリンの頭領の頭を、斧で砕く。
巨大なゴブリンは砕けた頭から血を噴出し、怒りに満ちた目でガガンゴを睨みつけながら、ドシンと倒れて絶命した。
「……こいつで、最後ですか?」
「……いや、まだ逃げてない奴らがいる」
二人は奥に進む。
「まだ残っている敵が?」
「おう。いずれそうなる奴らだ。……あの女たちが産まされた、子供だ」
「こ、子供⁉」マモルは顔を青くして言った。「そんな、子供まで殺さないといけないんですか? ですけど……オレには、無理です。それに……」
「殺すべきじゃない、これを見ても、そう言えるか?」
マモルがガガンゴに連れてこられた部屋には、大きくても中型犬くらいの背丈の、小さいが凶暴に暴れまわっているゴブリンの子どもたちがいた。全員、鎖でつながれていて、お互いを食うように取っ組み合っている者もいた。
「……生まれたばかりの魔物は、理性の欠片もない。ある程度の集団行動や暴力による力の差を見せつけられて、やっと自我が目覚めて凶暴性が薄れる。しかし、それと同時に知恵をつけて感情を持つ。どうすれば自分はもっと優位にたてるのかとな」
「それなのに、あんなひどいことを……」
「そうだ。本質はなかなか変わらない。魔物も、その他の種族の悪党もだ」
そう話すガガンゴは、斧を持っている手を震わせていた。
「ですけど、あなたはすごいいい人そうだし、それに……他のゴブリンより男前だ」
「お前に言われても嬉しくねぇよ」と、ガガンゴは悲しそうに笑った。「魔物は、そいつの本性が外見に出やすいんだよ。あいつらを見ただろ? 怖くて、醜い、化物共だ。正直、同族なのが嫌になるね」
「あなたと彼らは全然違いますよ。それに、何かがあって変われたのでしょう? あなたは彼らと違って、先に進めて成長できた。誇りに思うべきです」
ガガンゴは、自分を孕んだ人間の女性を殺された時の事を思い出した。その感情が目覚めた時、奴らとは違うと悟って山を出て、理解がある者たちに助けてもらった。
「そりゃ、ありがとうよ」(おれは、環境に恵まれてたんだな。こんな性格じゃ、あっちに残っていても遊ばれてただろうよ)「あんまり嬉しくないが、励まされたぜ」
「……よかったです」
ガガンゴは、最後の仕事をしようとした。
「彼らは、教育とかで助けられないのですか?」
「……残念だが、もうこの歳まで育っちまうと、ダメだな」(ち、産んだ時に立ち会えればな。もしかしたら、赤ん坊の時から何とかすれば……いや、結局そいつ次第だな)「外に女たちを連れ出してろ。すぐに行く」
「オレに、やらせてください」
「……何?」
「これから、何かを殺さねばならない時が来る。ですが、彼ら以上につらい相手はないでしょう」
「……ふむ」(たく、本当に決まってやがる。あの人が見つけ、団長が直々にスカウトしてきただけはあるな)「そうだろうな」
ガガンゴは下がって彼を見守った。
マモルは焦げた上着を脱いで、凶暴で不潔な、生まれたばかりのゴブリンがはびこる洞窟に突撃し、一体一体、その拳で一撃の止めを刺していった。
その後、女性たちを洞窟の外に連れ出そうと、彼女たちを避難させた部屋に向かった。
「皆さん……」
「死ねぇっ!」
女性がマモルに向かってゴブリンが使っていた剣が振り下ろされようとしていた。
「マモル⁉」
ガガンゴがマモルを怪力で突き飛ばし、剣は彼の頭を斬り、鮮血が飛んだ。
「そんな⁉」と、マモルは駆けより上着で彼の頭を押さえて止血しようとする。「オレなら、大丈夫なのに……」
「すまん、つい、な……」
「死ね! 死ねよ!」
女性は、憎いゴブリンを庇う青年の背中にこん棒をぶつけ続けて、それが折れると彼を蹴ってゴブリンからどけようとした。
「あんたが悪いのよ!」と、別の女性が叫んだ。「あんたが助けに来ないから!」
「こ、この!」また別の女性が、少女を押し倒していた。「あんた、あんただけ助かって!」
「や、やめてください! いやっ⁉」
マモルはとっさに暴れる女性から少女を助け出して、洞窟の外に走って連れ出した。
「ごめんよ」
彼女にそう言い残して再び俊足で洞窟に戻ると、女性たちはガガンゴの太い首を絞めて、殺そうとしていた。
「やめてくれ! この人は違う!」
マモルは彼女たちを引き離し、ガガンゴを外に大急ぎで連れ出す。
「近くの村……」と、マモルは考えを震える声に出していた。「これ以上高速で走ったら、彼の体が耐えきれない、近く、近くの……」
「あ、あの」少女が言った。「西、西の方に、ワタシの村が……」
「あ、ありがとう……」
マモルはガガンゴの体が砕けないように調整しながら走り、村に辿り着いた。
「お願いします!」
「な、なんだ! そんなに血だらけで……」
「わ、わかったから、一体どうしたんだ……」
マモルは戸惑う村人にガガンゴを託し、呆然としている少女が外で待っている洞窟に向かった。
「ごめん、もう少し待っていて」
少女にそう言うと、マモルは洞窟に入って発狂した女性たちのいる部屋に向かった。
「ああああああああっ!」
女性に斧で殴りかかられるが、その刃はマモルに当たるとバラバラに砕けてしまったので呆然と立ち尽くした。しかし、二人目の女性がマモルに殴りかかり、その腕を折って悲鳴を上げた。
「な、なんなのよ、もう、もう……」
「皆さん……落ち着いて、もう大丈夫ですから……」
「うふふふふっふ、ウフフフ……」と、三人目の女性は虚ろな目で笑っていた。
四人目の女性は力なく壁に寄り掛かって、瞬きもしないで呼吸していた。
マモルは彼女たちを村になんとか連れて行った。
「ありがとう、ありがとう……娘を、連れ戻してくれて……」
「……はい」と、マモルは笑顔で言った。
村を出た後、フッと心配そうな顔をして、ガガンゴが担ぎ込まれた病院に向かった。
「……マモルか⁉」
「が、ガガンゴさん! 大丈夫なんですか⁉」
ガガンゴは、あんな重傷を負っていた頭に傷跡一つなかったが、ひどくやつれた姿で病室のベッドに寝かせられていた。
「ああ、なんとかな。新しい魔法薬が効いたんだ。一応、様子を見るためにしばらく休む」
「そ、そうでしたか……」と、マモルは安心したような呟くような声で言った。
「女たちは?」
「……助け出しました」
「そうか。そりゃよかった。ったく、何十年もやってきたのにあんなことは初めてだ」
「二度と起きませんよ」
「ま、そうだな。それより、今日は疲れただろう。もう帰りな。ウーケから聞いたぞ。彼女がいるんだってな」
「はい、いずれはそんな関係に……」
「ああ、そうか……。おれも女房がいる。大事にしろ、お前だけの命じゃないんだ」
「……はい。ガガンゴさんも、安静にしてください」
マモルが帰って少しすると、涙を流しながらエルフの妻が駆け付けてきて、付きっ切りで世話をしてくれ、何より一緒にいてくれた。お互い忙しい中、こんなに一緒にいたのは久しぶりな気がした。
「なあ、お前」
「どうしたの、あなた? 水? トイレ? 一緒に行くわよ?」
「いや、聞きたいことがあってな? ……なんで、お前みたいな素晴らしい女が、おれと一緒にいるんだろうなってな?」
「なによそれ? そうね……男前だから? ふふ、それ以上に、あなたの心がきれいだから? って、ちょっと何言わせるのよ……うふふふふっ……」
夫婦は笑い合った。
マモルは、ギルドの受付に依頼達成の報告に行った。
「ウーケさん、ウォルルガル団長いらっしゃいますか?」
「いえ、ガガンゴさんのところに行ったわよ」ウーケは、マモルの顔を見ると泣きそうになった。(この、アホ、なんて顔するのよ……わかるけどさ……)「団長もこういう重いって意味じゃなかったって俯いてたわ。あと、あんたみたいなやつのことだから、自分に責任があるとか思ってるでしょ?」
「はい」
「やっぱり」と、ウーケは溜息をついて、マモルに顔を寄せて言った。「ああいうこと、誰も予想つかないわよ。だから、シャキッとして彼女さんには笑顔、見せなさい? いい?」
「……。ウーケさん、ありがとう」と、マモルの声は震えていたが、笑顔で言った。「そうですね。そうします」
「あ、アタシに笑ってどうすんのよ……あと、その格好と臭い、ひどいわよ。更衣室とシャワー貸してあげるから、キレイにしてから帰りなさい?」
「ウーケさん、ビンカほどじゃないけど可愛いですね」
「は、はぁ⁉ やっぱり帰れ! バカ!」
マモルが、家に帰るとビンカが待っていた。
「わぁ……! ま、マモル、お帰り!」
「うん、ただいま」
ビンカはマモルに抱き着こうとしたが、立ち止まってしまった。彼の姿をみると、泣き出しそうになる。彼からは、昨日までのポカポカとした優しげな雰囲気と一緒に、吹雪の中にいるような冷たい気配を感じた。
(マモル……ワタシより頑張ったんだ、また、先に……泣いたら、ダメ……)
「ビンカ?」
「マモル、何かあったの? き、来て。話して。話したくないなら、いいけど……」(ち、違う、ワタシから行かないと!)「ま、マモル、ワタシ……あなたが大好きだよ」
ビンカはマモルに歩み寄り、ギュッと抱きしめた。硬い、暖かい。大きな胸が彼から弾こうとしてくる。それを、男の子なら嫌じゃないはずと思いながら、強く寄せる。
「ま、マモル……」(こ、こんなのじゃ、マモルのこと、癒せるわけないよ……だけど、どうすれば……)「……ワタシ、その、あなたの記憶取り戻せてないけど、まだ、取り戻せないけど、今のワタシに出来ること、あなたのために、他に、何ができるかな?」
「ビンカ、一緒にいてくれるだけでいいよ。ありがとう」
「マモル……」
その夜、ビンカはマモルのベッドにもぐりこんだ。
「マモル……」
「ビンカ、そこまでしなくていいよ」
「う、うん……だ、だけど……」
「怖いの? 寂しいの?」と、マモルは間が抜けたような声で訊いてきた。
「む、む~ん……! ふ、ふんっ!」
ビンカは頬を膨らませて自分のベッドに戻ったが、少しもしないうちにまた潜り込んできて、マモルを抱きしめた。
「こ、こうすれば離れないかなって……」(ちょっと寂しくて怖いのもあるけど、これは本当だもん……マモルのためでもあるもん……)「マモルのこと、癒したいなって・・・…」
「ありがとう。じゃ、そう言うことにしてあげよう」
「む~ん……! んっ……」(あ、あれ? 今夜も、誰かの所に行っちゃうのかな……?)
程なくしてビンカはスヤスヤと眠ってしまった。
マモルは彼女を見守っていたが、悲鳴を聞きつけて、今夜も外に飛び出していった。