第四話 理不尽
魔族。悪魔、エルフ、ドラゴン、ゴブリン、トロール、ユニコーン、不死鳥などの怪物や妖怪をはじめとする、魔力という全能のエネルギーを生まれながらに持つ生命体全般のことを言う。彼らのうち非常に強力な個体の中では死んだ後、ある程度の期間を置いて復活する者もいる。その際には地獄や天国、宇宙空間を魂が漂う。天使や悪魔は人間の魂の選別や対処、輪廻転生に忙しくて構っていられず、魔物の魂は勝手にまた同じ姿と能力で復活、または別の魔物に転生する。その際に前世の記憶があるかないかは個体による。それなりの知能と環境があれば人間と同じく善か悪かの道を選ぶこともできるが、ほとんどは他種族や世界に害をなす存在である。すなわち、人間などの普通の生物とは性質が異なるが、死という概念は存在する。
その中でも異質であり、最も恐れられているのが魔女である。彼女たちは生まれながらに絶大な魔力を誇り、全能とされる。また、多くが生まれた時に人並みの知能と狂気を誇り、あたり一帯に疫病、天変地異、狂気、異常なほどの不幸など、凄惨な被害をもたらす。
一説には、死して冥界に行っても浄化されないほどの、前世での凄まじい悪意や邪心が魔力となり、世界に復讐すべく恐るべき力をもって生まれてきたとされている。また、一番恐ろしいところは死という概念が存在しないことである。なので、彼女たちの被害にさらされた者はできる限りの対策をして台風や竜巻のような災害が過ぎ去るのを待つように、ただ彼女たちが悪行に飽きるのを待つしかないのだ。さらに恐ろしく、危険なのは、特に特別でもない家庭や血縁の中でも生まれる可能性があるということである。
ある国の秘密施設。
「まさか、そんな、ウソだ!」男は叫んだ。「……あいつが死んだ? あんたらは突然オレの妻を隔離したうえに死なせて、しかも、なんだ、あんたらはオレの娘が魔女だっていうのか⁉」
「ですが、そうなんです……魔女としか考えられません」と、神父は言った。「現に国中で異常が起こっています。こんな、こんなことが……」
「あなたの娘さんが生まれた病院を中心に、その呪いが広がっており……」
「呪いってなんだよ、あれか? 国中の死人が生き返って、病人たちが治ったってことか? いいじゃないか⁉ たとえ娘が魔女だとしても、だから何なんだよ! いいことしたじゃないか! 悪い事なんてしてない!」
「ですが……やはり魔女は魔女です」と、ドラゴンの将軍も言った。「あなたの娘に、数々の兵器や魔法を使いましたが……何をしても死にませんでした。それ以前に、彼女からは魔女としか思えない程の絶大な魔力があります」
「あんた、オレの娘に、そんなことしたのか?」
「申し訳ございません。ですが、これは魔女に対して必ず行わなければならない処置でして……」
「あなたの身は保証します。直ちに新たな戸籍をつくり……」
「……あんたらのやり方は知ってる。生まれる前に娘を殺そうとしたんだろ? ……胎児とかの時点で偉くて優秀な教会の誰かさんが娘の魔力に気づいて、それで妊娠中の妻をオレから奪った。それで毒薬か何かでオレの妻と娘を殺そうとして……あいつを殺しやがった。女を……しかも妊婦を……よりにもよってオレの妻を……殺しやがって……」
急遽設置された魔女対策班は言い当てられ、少しの間黙ってしまった。
「申し訳、ございません……」
「娘に会わせろ」
「しかし、危険です。近くにいるだけでも、何か呪いが……」
「いや、会ってもらおう」と、王が言った。「実際に見た方が早い。責任はないが、罪はある。彼女を生まれさせた罪を、目に焼き付けてもらおう」
「王様……そのような言い方は……すいません」
男は、娘が封印されている施設の地下深くの最下層にエレベーターで連れて行かれた。
暗くて長い廊下を歩かされ、たどり着いたのはオニファルコンという鋼鉄で作られた扉。見張りの兵士が解除コードを入れ、鋼鉄の扉が開け放たれ、その先にはさらに魔法陣が刻み込まれた扉、その前では数十人のドラゴンと地獄から派遣された魔族が見張っていた。王が促すと守護者たちは下がり、数人の魔術師たちが扉の封印を解く。その向こうには、教会による超高度な封印が施されていた。はるか遠くでは、何人もの高度な教会の魔術師が信者の協力も経て神に祈りをささげることで、これを発動させている。扉の先にはまだ空間が広がっていた。その先にはこの地上にはない物質で作られた真っ白い空間。そこには光も飲み込む真っ黒い小さな渦がある。その前には背中から巨大な翼をはやした中性的な美しい人物がいた。
「て、天使様……⁉」
「主を恨むな、何よりも自分を恨むな」と、天使は言った。「お前とお前の妻は悪くない。悪いのは魔女に生まれてきたお前の娘である」
「……!」男は気持ちを押さえた。「……はい」
天使が黒い小さな渦、ブラックホールを広げ、一時的につくられた小宇宙に彼らを招く。そこには、真っ暗な空間と青く光り輝く強力な魔法陣。そこからドーム状に魔法壁が展開されて、彼女はその中に閉じ込められていた。そのドームの中心に、彼女は生まれたままの姿で震えていた。
まだ、生まれたばかりのはず。そのはずなのに、彼女は妻が子供の頃、ハイスクール時代の彼女にそっくりだった。可愛らしい顔立ち、金髪の長髪、涙を流している青い瞳、あの頃の母親よりは発育がいい気がするが、出会ったときに思わず振り向いてしまった大きな胸と尻、太ってはいないが柔らかそうなウエストをした男性が好みそうな豊満な体型。自分が愛した女にそっくりだった。何より彼女から感じる不安と悲しみ、雰囲気と面影で彼女は自分が世界一愛した女と自分の間に生まれた娘だと、本能で分かった。
一目見た瞬間、思わず駆けだしていた。しかし、魔法陣の中には入れず、はじき返されてしまう。
「おい、あの子をここから出せ!」
「それは、出来ません」
「なんでだよ! 何もしてないだろ!」
「……明日、彼女を地獄に転送します。そこで冥界王様と魔族の方々に封印と監督を委任する予定です。それまで……どうぞお二人で」
男は娘と二人きりにされた。娘はシクシクと泣いていた。
「……なあ」
魔法壁ギリギリまで近づき語りかけた。娘はビクッとしてまた泣きだした。しかし、そのまま懸命に語り掛け続けると、こちらまで近づいてきてくれた。魔法壁まで近づくと、彼女が触るとすさまじい痛みでも与えるのだろう、びくびくとまた体が震え始めた。
「いいよ、そこまでで」男はそう言って、彼女と自分が写っている写真と取り出して、彼女に見せた。「この人、キレイだろ? この人が、お前のママだ。それで、こいつが昔のオレ、パパだ。二人から生まれたのが、お前だ」
娘は少しの間キョトンとしていたが、意味が分かったようにニコッと笑った。思わず微笑み返してしまう。
彼女は壁の向こうにいる父に触れようとした。しかし、彼女が魔法陣から出ようとした途端、鮮血が飛び散った。彼女の頭と腕が吹き飛んでいた。
男は思わず叫び声をあげ、床に頭を叩きつけて自分を責めた。頭をあげると、凄まじく恐ろしい、身の毛がよだつ光景が見えた。残った娘の体から新たな頭と腕が生え、元通りになったのだ。彼女は泣き出した。しかし、男は安心してしまった。
「だ、大丈夫だよ、痛くない、痛くない……もう、ここから出ようとしちゃダメだよ」
彼女はその言葉を聞くと、嗚咽に苦しみながらもうなずいた。
こんなに苦しい思いをしたのは初めてだった。こんなに絶望したのは初めてだった。こんなに無力感がしたのは初めてだった。しかし、顔には出さないで、笑顔でいた。
「大丈夫。お話しよう?」
男は、妻との話やこの世界に伝わる昔話を聞かせた。この世界がどんなに美しいかを話し、醜い部分は話さなかった。娘は真剣な様子で聞き入り、悲しい展開を聞いた時はしょんぼりとし、喜ばしい終章には笑顔を見せた。
「……パ、パ」
「……え?」
「パ、パ。パパ!」
こんなに幸福な気持ちに満たされたのは、初めてだった。目から涙が溢れてくる。
「ううっ……なんで、こんな……」
「ぱ、パパ……?」娘が心配そうに手を伸ばす。「パパっ⁉」
男は怒っているようにも見える無表情で、魔法壁に両手を突き出した。
「あああああああああああっ⁉」
男はドームを突き破って中に入ると、魔法壁は砕け、それを展開していた魔法陣は消え去ってしまった。
「……なんだ⁉」
天使が振り向いた時だった。ビッククランチが起こった。一つの宇宙の消滅。その余波に巻き込まれ、天使の翼は捥がれ、体中が焼かれた。それは、幾人もの人々の願いを打ち消し、優秀な戦士たちを無に帰し、鋼鉄の扉を破壊し、地上への入り口を作り出した。
「……バカ、な……⁉」
焼きただれて骨が見えた、頭だけになって転がった天使は、魔女を抱き上げて歩いて行く男の姿を見た。
日の光が輝いている外へ歩いて行く。生きているのがおかしいはずなのに、まだ歩けている。魔女の父親の体は、神秘的な光に包まれていた。
「魔女が……他人を……助けている……⁉」
男は娘を抱きかかえながら、積み上げられたドラゴンと魔物の死体を踏み台にし、戦士と魔術師たちの死体の山を飛び越えて行った。すると、日光が照らし、木々が生い茂り、心地よい風が吹く地上へと脱出した。
「……これが、地上だ。君が生まれた世界だ。キレイだろ?」
「……パパっ」
娘は、地上に、外に、無限に広がっていた世界に、キラキラと目を輝かせていた。
王座の間。そこには、人種、宗教、種族を越え世界中から呼び集められた最強と呼ばれる冒険者たちがいた。
「まったく、なぜ獣人なんぞと一緒にいないといけないのだ」と、人間の騎士が言った。
「おい、ここには強い奴しか呼ばれないはずだ。なんで人間なんかがいる」と、ライオン獣人の武闘家も怒鳴り返す。
「エルフは森に帰って畜生と遊んでろ!」と、ドワーフの戦士がまくしたてた。
「お前らドワーフどもこそ、山で穴でも掘っていろ」と、エルフの狩人が怒鳴った。
「この悪魔とアンデットども、何しに来た!」と、教会の教えを極めた聖者が言った。
「なんだ、貴様! 」と、地下に広がる地獄出身の魔族戦士は怒鳴る。「地上で好き放題やっている悪魔と、正しいことをしている善の我々の区別もつかないのか?」
「やめろ」と、王が言うと、途端に冒険者たちは黙った。
「おぬしたちの小競り合いが見たくて、ここに集めたのではない。もっと重要なことをなしてもらうためにここへ召喚したのだ」
「何? 我々の聖戦を愚弄するか! 人間め!」
「何十年もかけて戦ってきたこの種族間戦争を小競り合いですと、王様⁉」
「そうだ。我々の敵の前では我々がなしてきた戦争もまるで意味をなさない。何故なら彼女が種族の中で最強だからだ」
「彼女だと? 何者だ?」
「余からの説明でも信じられないであろう。天使様、お願いいたします」
そこに、まだ再生しきれていない、筋肉や骨が見えている天使が現れて、冒険者たちは絶句した。神に最も近い無敵の種族をこんな姿にできるのはどのような存在か、もう察しはついていた。
「魔女が生まれて秘密裏に封印しようとしたが、逃亡された。これだけでも由々しき事態であるが、問題はそれだけではない……」
その前代未聞の知らせ、魔女の父親がしでかした所業は、王座の間に知らされた。
「信じられないことであろうが、本当だ。この姿とこの言葉で保証する」
幾多の戦場を駆け抜け、偉業をなして来た英雄たちも溜息をついた。
「……下手に刺激しない方が良いのでは?」
「ああ。いつも通り、魔女が飽きるのを待つとか?」
「そうだ、触らぬ神に祟りなし、暴れる魔女に喧嘩を売るな、死ぬのはごめんだ」
「私はやるわ。誰かが止めないとこの世界どころか、この宇宙が危険にさらされるかもしれないのでしょ?」
「その通りだ。このまま放置するわけにはいかない」と、王は言った。「あの男は、どうやったか知らないが、娘を救い出すために本来破られないはずの魔法と奇跡を打ち破った。さらに、彼は魔女である娘に愛されている。二人はお互いのためなら、何でもできる。何でもしようとする。娘のためなら、父のためならと」
その言葉を聞き、勇者たちは溜息を吐き、緊張した。
「……主は復活の儀式を承認した」と、天使は言った。「私も完全復活し次第、参戦する」
「感謝します、主よ、天使様」と、王は言った。「またとない機会だ。魔女はまだ赤ん坊。今なら殺せる可能性がある。きゃつらに苦しめられてきた我らが魔女に報復できる、魔女から宇宙を救うことができる、さらにこの延々とした種族間の戦争を協力によって終わらせることができる、またとない機会だ。直ちに始めろ。魔女を狩れ」
その後、死者復活の魔法や奇跡が行われてビッククランチに巻き込まれて死亡した戦士たちは復活させられた。世界中の冒険者ギルドや軍隊に手配書や討伐依頼が出され、冒険者たちは世界を救おうと捜索を始めた。
しかし、どんな文明の利器を行使しても、世界最高峰の魔術師がどんな魔法を使っても、神に愛された聖人や天使、神を信仰する者がどんな奇跡を起こしても、魔族たちがその恐るべき魔力をふるっても、二人の捜索は難航した。
どこかの森の小屋。
男は、娘の背丈などをメジャーで図っていた。
「大きいな、お前は。本当に、お母さんにそっくりだ」
「パパ……えへへ、ふふっ……」
「すまん、くすぐったいよな。少し、我慢してくれ」
その後、布を裁断し、彼女の服を作り始めた。材料はほぼ全て、近隣の村や街にある家から盗んだものだった。この家もそうだった。
数時間前だった。
食べ物を得分けてもらおうと尋ねた家のドアを開けると、明らかに狂気に満ちた男が亭主らしき男を殺していた。その家族は、家の隅で大けがを負わされて倒れていた。
「なんだよ、お前もおれの家を盗るのか?」
「……ああ」
そのあと、どうしたかは覚えていない。気がつけば二人の男の死体を埋め、生き残っている人たちを病院の前に置いてきていた。
家にあった服では彼女のスリーサイズには合わなかった。また、下着から上着、身を隠すためのフードやマントなどをつくるためには、家にあったものと盗んできた布を合わせても少し厳しかった。いや、違う。頭の中で設計していたのは、彼女のためのいろいろな種類の服だった。娘だ。色々な服を着て、オシャレをしてほしかった。
気がつけば、彼女の服は出来上がっていた。
「父さん、見てくれ。できたよ」
「……。お前は、兵士になれ」
「え、何言ってるんだよ? 父さんの店を継ぐよ」
「ダメだ、ダメだ! やめろ! 服職人なんてなんだ! 戦争が再開する! お前にこんなコソコソした仕事なんてしてほしくない!」
「こ、コソコソってなんだよ。立派な仕事じゃないか」
「ダメといったらダメだ!」
気がつけば、外に飛び出していた。
そのあと、街を歩きながら考えていると、男手一人で育ててくれた父にひどいことをしたと思いいたり、店兼我が家に戻った。
自分の目が信じられなかった。店の前にパトカーと救急車が止めてあったのだ。救急車に乗せられていたのは、血だらけの父だった。
「父さん、父さん! ごめん、ごめんよ……」
「……ああ、お前か。悪かったな……苦労かけて……今朝、言ったことは忘れてくれ。お前の好きなようにしろ……」
父は助からなかった。魔術師も医者も、敵国からの攻撃に備えて出払っていた。
犯人は逃走中の事故で死んだ。救急車に撥ねられたらしい。
保険金と遺産をもらった。息子の奨学金や店を建てた時の借金はつい数日前に返済し終えていた。
ハイスクールを卒業した後、店を継いだ。最初の二、三年は苦労したが、技術が認められて、普通の家庭から上流階級の金持ちたちを相手にするようになった。
「いらっしゃいませ……」
思わず二度見した。彼女は相変わらず可愛らしい顔立ちと、まるで作り物のような官能的な体つきをしていた。
「えっと……その……久しぶり? ……立派になったね」
「き、君こそ、相変わらず綺麗だ……」
「え? ……え、えへへ……えっと、そのオーダーメイドをしてもらいたいのですけど……」
「……ああ。任せてくれ」
出来上がった服を着せてあげると、娘は少しの間キョトンとしていたが、笑顔になってはしゃぎだした。ベッドの上に座らせていたら、そこから落ちそうになった。
「あ、危ない!」
すると、きちんと足を踏み出し、二本足で立った。
「……ああ、た、立てた。あ、歩けるのか? おいで、こっちだよ!」
「ぱ、パパ!」
彼女は走ってきて、ギュッと抱き着いてきた。
「う、ううっ……」
「な、泣かないでもいいだろ?」
「だって、こういうところ、初めてだし……」
「え、君が行きたいって言ったんだよ?」
「あなたと離れるなんて思わなかったんだもん……」
初めてデートに来ていた。人が行きかい、そこら中から遊園地の乗り物の音や効果音、人々の歓声、笑い声、子供の無邪気な笑い声やワガママが通らなかった悔しさの泣き声が聞こえた。
「あ、そこのお似合いカップルさん! 写真一枚どうですか? 安くしとくよ!」
「写真だってさ、撮ろうよ?」
「う、うんっ! えへへ……」
写真に写る彼女の顔は緊張で少し強張っていたが、やはりかわいかった。
「えへへ、カップルだって……なんか恥ずかしいよ……えへへ……」
「しかもただのじゃないぜ。お似合いだよ?」
「えへへ……あなた……」
「パパっ!」
抱き着いてきた彼女を抱き返す。男は、彼女を世界一愛しい存在だと思っていた。
「愛してるよ、君のおかげだ」
「いいえ。あなたが頑張ったからよ。すごいよ、軍服のデザインなんて!」
「ありがとう。本当に、君が応援してくれたおかげだよ」
「あの……ワタシも知らせたいことがあるんだ」
「なんだい?」
「ワタシ、妊娠したの!」
気がつくと泣いていた。これ以上ないほどに。嬉し涙だった。彼女を思わず抱きしめた。
「パパっ?」
「だ、大丈夫だよ。これは、嬉し涙って言うんだ」
「……? えへへ、パパっ!」
彼女を守らなければ。男は自分がいつ、どこにいるのか、やっと思い出した。
空気中の窒素を燃料にした飛行艇が音もなく着陸し、機能と高尚さを併せ持った秀逸なデザインの軍服を着た兵士が下りてくる。
(ったく、やっぱり捨て駒にされるのは人間かよ)
(せっかくここまで頑張って、兵隊になったのに……くそ)
(こんなだったら、家の仕事を継ぐんだった……)
様々な思いを胸に抱かせ、騎士が率いる精鋭の兵隊は魔女討伐の前線に向かう。
「ハハハ、はい、口開けて」
娘は最初キョトンとした顔をしたが、素直に口を開けてミートローフを食べてくれた。しっかり噛んで飲み込むと、満面の笑みを見せてくれた。
男は、彼女に盗賊ゴブリンのキャンプから盗んできた肉を食わせたことを後悔していたが、彼女の笑顔を見るとそれも吹き飛んでしまった。
「……? ちょっと、待っていてくれ」
異臭を感じて外に出ると、ゴブリンたちが待ち構えていた。
さすがに死ぬかと思った。しばらくして、家の中に入ると、娘が口に入りきらないほどの大きさのミートローフの切れ端をフォークに刺して、食べさせようとしてくれた。
「パパっ!」
「……ありがとう」
魔女の魔力の反応があったところに辿り着くと、そこは凄惨なことになっていた。血だらけのゴブリンたちが息も絶え絶えの様子で倒れていたのだ。
「さすがは魔女、これだけの人数を……」
「いや、ちがう、魔力を感じない」と、彼らを率いる騎士は興味深そうに言った。「これは父親がやったことだ。うむ、この傷……。敵の武器を奪いながら戦ったようだ。……しかし、やはり……おかしい。強すぎる」
「おい、助けてくれ……」と、ゴブリンの一人が息も絶え絶えに言った。
「ああ」
騎士は剣をひと払いすると、ゴブリンの首が全て消し飛んだ。
その頃、男は奪った武器で武装し、娘を連れて山を登っていた。
「ぱ、パパ……ぐすっ……」
「ああ、すまん。疲れたよな。ほら、おいで」
男はただでさえ重い武器を背負いながら、大人と変わらない背丈の娘をおぶった。しかし、ずっとそうしていられるような気がしていた。
山を登っていくと、ドワーフによる巨大な工業都市が見えた。山そのものを改造したその都市の円筒からはモクモクと蒸気が湧きだし、そこら中から工場の機械音、鉱石から木材まで様々なものを加工している音が響いていた。
「やあ、旅の者だね」と、ドワーフの一人が男に言った。「その武具、ひどい扱い方をしたようだが、おぬしがぞんざいに扱ったわけではないだろう。見ればわかる、おぬしのその手は職人の手だ。……一体、どうしたのかね? ……誰から奪った?」
「……」男は少し黙った後言った。「ゴブリンから奪ったんだ。……金が必要で」
「奴らから盗るとは、只者じゃあないな。しかし、その状態では大した額にはならん。どれ、直してやろう」
ドワーフは、男と娘を招き入れてくれた。
神秘的な火花が飛び交い、様々な武器や道具、素材が整理整頓された、岩をくりぬいて造られた工房で、慣れた手つきで武具を直してくれた。
「お姉さん? ほら、お茶だよ」
「……えへへっ、パパっ!」
娘に茶を渡そうとするとただ無邪気な笑顔を返しただけだったので、鍛冶屋ドワーフの妻は微笑ましく感じたが、同時に不気味に思ってしまった。
「すいません、この子は……お構いなく」
「いや、すまないねぇ」
すると、主婦ドワーフの背後からさらに小さなドワーフの少年が出てきた。その子を見ると、娘は笑顔で手を振った。少年は恥ずかしくなってまた背後に隠れた。しかし、また出てきて、娘に近づいた。
「……えへへっ」
「お姉さん?」
「……あんまり聞いてほしくないだろうけど、その娘、どうしたんだい?」
「いえ、その、生まれつき頭の成長が止まってしまっていて……」
「そうかい。ふむ。じゃあほら、坊や。遊んであげなさい?」
「う、うん。お姉さん、来てよ?」
そう言うと、彼は娘を連れて近くの公園に遊びに連れて行ってくれた。
「あんた、男手一人で大変だろう?」
「いえ、別にそんな」男は娘をバカにされたような気がして怒りそうになったが耐えていた。「いい子ですから、全然……」
「そうかい。待ってて、なんだけど、いいものが……」
そう言うと、彼女は何かを取りに奥へ戻って行ってしまった。
「あんた、一体何があったんだ?」と、ドワーフが訊いた。「その手なら、別に仕事に困ったわけでもないだろう」
「いえ、別に」
「そうか。だがな、あの子をずっと連れまわす気か?」
「……それは……」
「じゃあ、早くどこか居場所を見つけろ。なんなら、ここにいるといいさ」
「そんなわけには……」
「心配するな。ここにいるのはいい奴らばっかりだ。誰だって歓迎する。それに、腕のいい職人をフラフラさせて、手をなまらせてほしくないんだよ。それ、出来たぞ」
そう言うと、ドワーフの職人は完璧に直った剣を見せてくれた。男は技に感動した。
「何をしたかわからなんだが、償えない罪なんてないさ。この剣みたいに直せばいい」
「……すいません、オレは……」
鮮血が顔にかかった。ハッとして鍛冶屋の顔を見ると、矢が刺さっていた。
「ほら、あの子が小さい時のだけど……」と、主婦が下着を持ってきてくれた。「つなげれば一応は……あんた……」
山から矢で彼女の脳天を貫くと、目標はガクッと膝をついた。
「奴が動揺した。今だ、放て」
すると、山中に轟くほどの爆音が響いた。
騎士団が上空を見ると、はるか西の国にある世界樹から来たエルフの軍団が空を舞うペガサスに乗って雷を放っていた。その後も、彼らは魔法の雷を放ち、都市を破壊していく。
「われらの里から盗んだ魔剣を返せ! さすればこの雷鳴を鳴りやましてしんぜよう!」
騎士は強力な魔法を惜しげもなく使う人外の軍隊に舌打ちした。
「ちっ、ここも種族間で争っていたようだな。お前たちは本隊に帰還、待機していろ」
「団長、ですが……」
「心配するな、奴と魔女の首は私が持ってくる」
男は、崩れ落ち、爆音と噴煙が巻き起こる都市で娘を探して駆けまわっていた。
「お~い! 返事をしろ! パパはここだ!」
「ほう、そこにいたか」
すると、見えない斬撃が彼を襲った。気配を察して避けると、背後にあったシェルターが切り裂かれて轟音を鳴らしながら崩れ、中から悲鳴が聞こえてきた。
「あ、ああ……っ⁉」思わず嘔吐してしまう。自分のせいだと思った。
「ほう、避けるとはな」
背後を見ると、全身を甲冑でまとった輝く剣を持つ騎士が歩いてきていた。騎士が剣を振ると、また斬撃が襲ってきたので避けようとしたが、背中をかすって激痛が走った。
「お前は魔法と奇跡を打ち破った凄まじい奴だそうだな。だが、極限まで鍛え上げた純粋な武術の方はどうだろうか。その様子だと、防げないようだな」
騎士は破壊される都市を逃げ惑う男に斬撃を放っていく。
(ええい、早く本領を発揮しろ! お前が倒したゴブリン共はあそこでは最悪クラスの指名手配犯どもだったのだぞ。そんな奴らを倒せた、その実力を見せろ!)
男は気がつけば、街の神殿に辿り着いていた。
中は暗かったのでここでやり過ごそうとしたが、斬撃が飛んできて神殿を斜めに真っ二つにして、怯えるその姿が差し込んだ日の光で露になってしまった。
「神にすがろうとでもしたのか?」
男は、娘のことが心配だった。自分が死んだら誰があの子を守るのだ?
下を見ると、明るい光が見えた。そこには炎のような淡い光を放つ剣の柄があった。
「……これか、魔剣って……」
「……おい、それに触るな!」
男は落ちている魔剣の柄を手に取った。すると、彼の体は炎の業火に包まれて燃え上がった。その燃え盛る炎からはつんざくような叫び声が聞こえた。
魔装。魔力が込められた武具。よほどの実力と精神力がなければ、その魔力に飲まれる。
「クソ、バカな奴だ。魔剣に素手で触れるなど……この私でさえ……」
すると、炎が収まった。そこから現れたのは、炎でできた刀身の魔剣を持った全身大やけどを負ったのにそのまま立っている男であった。
「……ほう」
騎士は再び斬撃を放った。しかし、男は魔剣を振り、その炎で斬撃を何とか受け止めた。騎士は恐れずに駆け出しながら次々と斬撃を放つが、全て受け止められてしまう。
「ならば! 」騎士はナイフを取り出して音速の速さで放ち、男の膝を斬り、肩を貫いてあげられなくした。(私にこの手を使わせるとはな! )「さらばだ! 」
しかし、男は動かせないはずの肩をグシャグシャと不快音を鳴らしながら振り上げ、向かってきた騎士の胴体を炎の刀身で切り裂いて真っ二つにした。
「なっ……⁉」自分の体が燃えていく痛みと熱さを感じながら、騎士は納得していた。(フフフ、あれでは奴ももうじき死ぬ。魔剣を扱えるようになってもエルフの雷撃で死ぬ。そうすれば魔女も我々の手中)「勝ったな……」
騎士は燃え盛り、灰になって消えた。
「ぐす、ぐすっ……ゾリ……パパ……」
死体が転がる公園で娘は目覚めた。自分の血で濡れた上にボロボロになった布が不快になって脱ぎ捨てていた。そのまま、新しく生えたばかりの足で歩き、ぶら下がっている顎から嗚咽を漏らし、再生しかけている眼の節穴から血と涙を流しながら父を探していた。そして、魔剣をもってゆらゆらと揺れている影を見つけた。
「パパっ⁉」
その時には、新たな眼球が節穴をふさぎ、千切れ落ちた顎には新たな顎が再生していた。彼に抱き着くと、見る見るうちに黒焦げだった父の肉体が元通りになって行った。
「あ、ああっ⁉ お前が、治してくれたのか……⁉ お前こそ、大丈夫だったか?」
「パパっ、パパっ、ゾリ、ゾリっ……ゾリ!」
「……すまない。もう行こう」
「イヤ~! ゾリ! ゾリっ~⁉」
男は魔剣を腰に差し、暴れて泣きじゃくる娘をおぶって、崩れ落ちる街を歩いて行った。
「おい、そこの人間! それに触るな、死ぬぞ……」
男は舞い降りてきたペガサスに乗ったエルフの騎士たちを、その魔剣で焼き払って灰にし、空で待機していた者たちにもその炎を浴びせて雷鳴を沈めた。
狼獣人の少年は父を尊敬していた。父は凄腕の冒険者で、悪い魔物や悪党から人々を守っているのだ。
父が帰ってくるときは、血の匂いがした。魔物や悪党をやっつけた時の返り血だ。それが村の向こうからツンとしてきた時は、父が帰って来る時だ。
「父さん、お帰り!」
「おう、ただいま。相変わらずお前はいつも鼻が利くな。獣人の誇りだよ」
「うん!」しかし、少年は思わず俯いてしまった。「だけど、学校のみんなが、お前は獣人じゃないって……お前は人間だって……」
「息子よ、気にするな! お前のその人間と獣人が合わさった外見は、死んじまったお母さんがここで生きていた証拠だ。顔が狼じゃないから、体の体毛が少ないからなんだ! 気にする事じゃない。問題は外見じゃなくて中身なんだよ」
「父さん……」
「だから、お前はピカ一ってことだ。もっと自信を持って、その力をいいことに浸かってくれよ。お父さんみたいにな」
「うん、父さん!」
朝、目覚めると、父はいつもよりも早く準備を済ませていた。
「父さん、今日は早いね」
「ああ。大仕事なんだ。遅くなるかもしれん。家で待っててくれよ?」
「うん……父さんなら、勝てるよ! どんな奴にも!」
「……ああ、その通りだ! 父さんは最強だからな!」
「うん!」
息子は、今日も父を見送った。
ほぼ裸でどこまで、何日歩いただろうか。衣服。身に着け、身を守るものが必要だ。
娘はくしゃみをし疲れてしまい、暖かい父の背中におぶられながら眠っていたが、背中から降りて地面に座り込み、泣き出してしまった。
「……あのガキ……あの子なら、大丈夫だよ。きっと」
「……うん、パパ」
二人は手をつないで、また森を歩き始めた。
すると、何かに強く引っ張り上げられたような感覚がした。ハッとして娘の方を見てみると、自分が握っていたのは、娘の千切れた手であった。
空を見ると、フクロウの獣人が音もなく翼を羽ばたかせて、爪を娘の方に食い込ませて飛んでいた。彼女の肩と腕から血が噴き出て、顔にかかった。
「おい! 娘を離せ! 」と、男は怒声をあげて駆け出した。
すると、何かが自分を蹴り飛ばしてきた。何とか受け身をとると、前にはウサギ獣人の蹴り上げられた足があり、顔に向かってキックを食らわせられた。
鼻から血を噴き出していると、何か大きなものが走って来て、自分にぶつかって吹っ飛ばし、地面に叩きつけられる直前にまた吹っ飛ばされて、ついに地面にドサリと落とされたと思ったら、その上から踏みつけられた。
頭がグラっとし、意識がもうろうとする中、何かがグルッと自分に強く巻き付いて動けなくなり、息がつまりそうになった。そこに、首から全身に激痛が走り、さらに何かが血管で蠢いているような感覚がした。
ドサッと地面に倒れる。首をあげようとすると、ウサギ獣人の強靭な筋肉の足にドンドンドンと、連続で頭を打ち付けらたうえに地面に踏みつけられた。
「フハハッ! 今日は一段とうまく言ったな」と、ウサギ獣人が笑った。
「所詮は人間よ。わたしたちの身体能力、特にわたしの毒の前では何でもないわ」
「さすがは毒蛇」イノシシ獣人が言った。「まあ、おれの突進力もあってのことだがな」
「おい、最初にやったのはこのおれの脚力だぞ!」
「二人とも、喧嘩するんじゃないわよ」毒蛇が目標の腰を見ると、柄だけをぶら下げているのが見えた。「ちょっと見てよ、これ! どういうつもりなのかしら……」
彼女がその柄を尾で取り上げると、彼女はつんざくような悲鳴をあげながら発火した。
「うあああっ⁉ そ、そんなっ……⁉」
ウサギ獣人が炎に燃えた彼女を見て後悔の涙を流していると、その顔を蹴り飛ばされ、腰に付けていた剣を奪われ、のどを切り裂かれた。
「き、貴様!」
イノシシ獣人が突進しようとするが、横によけられて首を斬り落とされた。
奪い取った金銀財宝を隠してある洞窟では、また新たな財宝が加わろうとしていた。輝く財宝に裸体の美少女が打ち付けられ、彼女は涙を流しながら気を失った。
「フハハハハ、久しぶりの人間だ」と、狼獣人はよだれを垂らしながら笑った。
「あなたも好きですね」と、フクロウ獣人は飽きれながら言った。
「ああ。しかも魔女だ。どんなに乱暴にしても死なねぇし、いつまでも食える。もろくて食ったらおしまいのあいつと違ってな」
「まったく、あんたも人が悪すぎる。あの子があんたのやったことを知ったら……」
音もなくフクロウの砂嚢が貫かれ、そのまま頭まで切り裂かれた。倒れた時はドサッとした音が漏れた。
「ん? どうした?」
振り返ると、男が剣を振りかぶって走って来ていた。しかし避けて蹴り飛ばした。
「こ、この野郎……あいつらを……⁉ 死ね~!」
狼獣人は噛みつき、男の肉を引き千切ろうと何回も首をブンブンと振った。そのうち肉が千切れて牙の中には腕が残り、後は財宝の方へ飛んで行った。腕を骨ごとバリバリと食らうと調子が出てきて、悲しみが少し薄れた。
「ち、やっぱりオスは大味だな。まあいい、魔女と親子一緒に食らって……」
男は黄金が入った袋を振り上げて、狼に叩きつけた。そのまま頭をふらつかせたところに股間に一撃を食らわせて悶えさせ、休むことなく剣を拾って顎から頭へ貫いた。それを抜いて勢いよく振りかぶって首を斬り落とすと、首元から狼の乳歯をつけたネックレスが落ちた。しかし、男はそれに気づかずに踏み砕いてしまった。
「……⁉ ……すまん……ウォル……」
涙を流す生首に目も向けず、男は娘に駆け寄る。千切れたはずの手は生え、肩に空けられた穴もふさがっていて、体中のかすり傷も再生しきっているが、やはり汚れていた。
「起きてくれ、なあ……頼む……」
「ぱ、パパ……パパっ⁉」
娘は抱き着くと無意識に魔法を使って、息も絶え絶えだった様子の父の腕を生やし、体中の砕かれた骨、破裂した内臓を再生させた。
「ぱ、パパっ……」
娘は疲れてしまい、また眠ってしまった。その様子を見ると、男は泣き出した。
「ありがとうな。いつも救ってくれて……オレが助けなきゃいけないのに……」
娘は相変わらず無防備な姿で、美しい体を露にしており、それが情けなく悔しかった。
男は、倒した狼獣人に目を向けた。
娘が目覚めると、ふかふかの毛皮の上に寝ていて、体にもフワフワの毛皮がかけてあった。焚火にはおいしそうな肉が枝に刺して焼かれていた。
「ああ、起きたか」
「パパっ!」
娘は抱き着いてきた。娘は違和感がしたのか、父を見てみると、彼はきれいな真新しい毛皮と少しくたびれた布でできた服を着ていた。
「お前のもあるぞ。その前に、体を洗おう」
男は泉に行って娘の汚れた体を洗ってあげた。娘はくすぐったそうにキャッキャと笑った。やはり、妻より顔が幼くて体の発育がよかったが、彼女にそっくりだった。
しっかり乾かしてあげると、真新しい服を着せてあげた。局部は隠せたが、やはり少し小さく、これから街に行かねばならない自分を優先してしまったことに後ろめたさを感じた。
その夜、娘には武器で狩ってきたシカ肉を焼いて食べさせた。歯磨きは布でさせ、洞窟に眠らせた。その後、諸々の後始末を済ませて自分も横になった。
少年は、父の帰りを待っていた。それをいじめっ子は不気味に思ってからかおうとした。
「おい、人間、何してるんだよ?」
「父さんを待ってるんだ」
こんなに血の匂いがするのだ。そのうち帰ってくるはずだ。
娘が起きると、父が出発の準備をしていた。娘も背伸びをして、ついて行こうとする。
「いや、お前はここで待っているんだ」
娘はキョトンとしたが、やっと意味が分かって泣き出しそうになった。
「大丈夫だ。帰ってくるから。オレが戻るまで、待っているんだよ」
娘は大粒の涙を流していたが、コクッと頷いた。
洞窟を出発する父の背中を、娘は涙を流しながらずっと見守っていてくれていた。
男は窒素自動車と電車が行きかう都市に辿り着き、裏路地や家の屋根を通り、人通りと監視カメラを避けながらある場所へ向かう。その道中オートマタが犬の散歩をしていたのが見えたので、なんで飼っているのだろうと思った。
何とか目的地の高級住宅街にある邸宅の一つに忍び込んだころには、夜が更けていた。
会おうとした男は暗い部屋でたばこを吸いながらホロビデオを見ていた。ホロビデオでは人間軍がエルフの里をまた一つ侵略したとウソの報道をしていた。
「お義父さん……お久しぶりです」
「……貴様⁉ どうやって入ってきた? ……お、おい、あいつはどうした?」
「死にました」
「……は?」
男は妻の父親にすべてを話した。
「孫はどうした? 洞窟なんかに置いてきたのか⁉ なぜ連れてこなかった?」
「オレたちは指名手配されているんです。もう、あなたしか頼りがいないんです」
そう言って、男は洞窟にあった金銀財宝をテーブルに乱暴にバラまき、養父に見せた。
「あなたのコネなら金にできるはずです。それで娘と自分の新しい戸籍を作ってほしいのです。あなたならできるはずです。お願いします」
「……この、クソ野郎……」と、養父は泣いていた。「お前なんかにあいつをやるんじゃなかった。クソが、ここにいさせればこんなことにはならなかったんだ……二人とも先に逝かせちまうなんて……」
「……ですが、まだあの子なら救えるのです。お願いします、手を貸してください」
「……あの子の戸籍だけだ」
「……えっ⁉」
「当たり前だろ⁉ その金品はどうした⁉ その顔はなんだ! おれが相手にしていた奴らと同じ顔だ! お前は悪党の一人だ、そんな奴のところに孫を任せられるわけないだろ!」
絞め殺そう。今の自分ならできる、そう思ったがこらえた。
「……わかりました。車と銃を貸してください。あの子を連れてきます」
「その前に風呂に入れ。ひどい匂いだ。服もやる」
「ああ……そうですね。分かりました」
男は素直にぼんやりと覚えている風呂場に向かった。
「ああ、クソ、もうすぐ定年だったのに……畜生、死なせちまった……」
その言葉が頭から離れず、シャワーを浴びながら頭をワシャワシャとこすっていると、泡と一緒に血が流れてきた。止血してスーツに着替えようとすると、くたびれたスーツが目に入った。自分が作ったものだった。
さっぱりして着替え、車を借りようとリビングに戻ると、養父は酒に酔って寝ていた。
銃と、まだ取っておいていた妻と養母の衣服を詰め込んで、車を出した。久しぶりだったが運転できた。
養父は、娘を寝取った男が血痕と髪の毛を残しやがったので、的確に処理した。屋根と外壁に靴跡がないか調べ、それらしいものがあったら拭きとった。
チャイムが鳴ったので出てみると、刑事とオートマタの警備員がいた。
男は車を森に出して銃と娘の着替えをもって洞窟に向かった。
娘は暗い顔で、枝を使って地面に年の割に上手な父親の似顔絵を描きながら待っていたが、父の姿を見るとパッと笑顔になって抱き着いてきた。
「パパっ! えへへ……」
「ただいま。着替えたら出発しよう」
彼女には少し小さい服を取り出して着替えさせようとすると、娘は自分で服を取り出して着替え始めた。前と後ろを間違えて不快そうにしていたので、結局手伝ってあげた。
しかし、まだ手は離さないでいてくれた。それでも車まで自分で歩いていた。
車に乗せると、娘はしばらくの間、高速で流れていく窓から見える風景に驚嘆して笑っていた。
街に辿り着くと、何かがおかしかった。朝なのに人通りが少なかった。よく見てみると、各家の前にはオートマタが警備しており、近所中を巡回していた。
「おい……」
すると、車のタイヤが突然パンクした。ブレーキをふんだが方向感覚を失った車はそのまま電柱に突っ込んでしまった。体が揺れ、頭の中が揺れた気がしたが、すぐに意識を取り戻した。
「大丈夫か⁉」
娘はどこも怪我していなかったが、怖くなって泣いていた。
「よし、大丈夫だ、大丈夫だからな」
何かが車の扉を剥ぎ取り、、男の首根っこを掴んで引き釣り出して拘束し、コンクリートの道路に叩きつけた。
娘も車から乱暴に引き釣り出される。それだけではなかった。オートマタは寄ってたかってその性能で彼女の四肢を引きちぎろうとした。分解して無力にし、持って行こうとしているのだった。
娘の叫び声が住宅街に響き渡り、家の中にいた人々は耳をふさいだ。
「やめろ……!」
腰に付けた魔剣で斬ろうとするが、オートマタに取り上げられてしまった。心がないので燃え上がらなかった。
「畜生、なんなんだよ!」
男は無理やりその怪力のロボットアームを振り払い、オートマタの指を飛ばした。そのまま魔剣を手に取ったオートマタに突進しようとするが、びくともしない。そのまま殴ろうとするが受け止められ、腕を折られて血が噴き出した。その噴き出す血を、オートマタの関節から内部へ流し込んだ。すると、オートマタは火花を散らしてがくがくと震えた。
他のオートマタが銃を向けて男の頭を正確に撃ちぬいた。しかし、男は倒れなかった。このありえない状況にエラーを起こしているうちに、オートマタを蹴り飛ばして銃を奪う。
車から押収した銃を持って行くオートマタに向かって、弾丸を放とうとした。しかし、男の肉体に電流が流れてきた。オートマタにしか使わせない設計をされていたのだ。引き金を引いたまま全身に電流を流し、そのままオートマタに突撃した。オートマタたちに電流が流れ、機能が停止する。
その時、一台の車が発進しようとしていた。ゴミ収集車に偽装したパトカーだった。
娘のところに向かう。オートマタどもは男の対応に追われて、たった一体のオートマタが、うずくまって泣いている魔女の少女を見張っていた。それを見ると腹が立って、ヘッドパーツを撃ち抜いて倒れさせたあと、奴に向かって何回も無駄弾を放った。
男は頭から血を噴出して倒れ込んだ。朦朧とする意識の中、泣いている娘を見た。怖がらせて、痛い目に合わせたことを後悔した。なんで連れてきたのだと。
痛みに耐えながら泣いていた娘は父に気づき、彼をその大きな胸に抱き寄せた。
やわらかくて暖かい体温を感じる。緑色の光に包まれて、意識が戻って行く。
「……ありがとう」
「ぐす、ぐす……パパ……」
パトカーの音が鳴り響く。あっという間にオートマタが駆け寄り、親子を取り囲んだ。
男はオートマタ共に目を向けて、落ちていた炎の魔剣をふるった。オートマタはしばらく耐えたが、そのうち回路が溶けて動かなくなった。襲い掛かるオートマタを燃やしている間、また走り去ろうとするゴミ収集車を発見した。
男はそのまま覆面車に向かって炎を振りかざす。車はドロドロにとけ、中から人が焼ける匂いがした。
その途端、制御する者を失ったオートマタたちは火花と電流を走らせ、暴れだした。その中には住宅を守っていたオートマタに襲い掛かるものもいた。家を守り切れなかったオートマタは破壊され、暴走オートマタは家の中にまで入って暴れまわるものもあった。
「パパっ……ぐす、ぐす……」
娘の泣いている声を聞いて、ハッと我に返った。彼女の元に走り、彼女を抱きしめた。
彼女を抱き上げて、養父の家に向かう。リビングには、倒れている養父がいた。テーブルには倒れたコップと大量の睡眠薬、そして手紙があった。
「パパ?」
「まだ、そこにいろ、入るな」
娘は玄関に座り込み、外から聞こえる爆発音と悲鳴に耳をふさいだ。
養父の遺体に毛布を掛け、手紙を手に取って読む。
『すまん。もし生きていたら、娘の部屋に行け。戦争に備えて地下に脱出経路を作っておいた。戸籍は作れなかったが金と車は用意できた。いろいろすまなかった。約束してくれ、その子だけは死なせるな』
男は泣いている娘の手を取り、地下通路に向かった。出口の森には新しい車があった。
王座の間。
「魔女がみつからん」と、天使は悔しさをこらえながら言った。「奇跡をもってしてでも、たどり着いた時には終わった後だ」
「魔女の父親によると思われる事件が発生しています」警官は恐怖しながら報告した。「戦争によるものもあるとはいえ、そのたびに凄惨な事態になっております。死者、ケガ人、行方不明者も多数報告されています」
「魔女の呪いは?」
「……いえ、全く。父親による犯行です」
「そうか、ならばまだマシといえる」
「陛下、ご報告が!」と、兵士は走ってやって来て涙をこらえながら報告した。「騎士様が亡くなられました……」
「そうか。されど、覚悟していたであろう。戦争の方は?」
「各地での種族間戦闘は激化、また、同じ種族でも国同士での紛争、内戦までも発生しています。……ここに召喚した冒険者たちもそれに追われ、それ以外の冒険者たちも報酬の高い都市の防衛や侵略行為に手を貸しています」
「……根本から変える必要がある」と、王は言った。
「何か考えでもあるのか? ……この状況を終わらせる方法が」
「はい、天使様。戦争を終わらせるのです」
「……子よ」と、天使は言った。「同じ種族である人間の国ならば、聞くくらいはするかもしれないが、他種族は聞く耳を持つとは思えん」
「演説をする気などありません。ただ、あなた方天使の力を貸してほしい。魔女を止めるために」
「そのつもりだが……」
「会わせたい者がおります」
その後、防護服をきた王と天使は、火山と氷山が隣り合う神秘の山脈に向かった。
「主は、いらっしゃるのですよね?」
「もちろんだ。だから私もお前もいる」
「でしたら、なぜこのように多種に分けたのでしょうか?」
「……よく勘違いされるが、主は生命をお創りになられただけであり、種族に分かれて知恵を持ったのは、お前たちが勝手にそうなっただけだ」
「……そうでしたか」
「どうしたのだ?」
「いえ、なぜ魔女のような恐ろしい存在や、争いのタネになるようなものを生み出したのだろうと思いまして」
「肝に銘じておけ、お前たちが勝手にそうなった。自分でそうした。主のせいではない」
「はい」
しばらく歩いて行くと、火山の噴火口に辿り空いた。有毒な黒煙、沸き立つ赤いマグマ、凄まじい暑さと熱。近づいただけで燃え上がりそうであった。
「……まさか」
「バランバラ、私だ。力を貸せ」
王が跪いて言うと、マグマの中から全身をマントで包み、頭をフードで隠した男が出てきた。彼は火傷どころか燃えても焦げてもおらず、平然としていた。
「お前は……⁉」天使は思い出し、膝をついた。「……人間とは、ここまで……」
「天使様、お顔をお上げください」と、王は言った。「紹介いたします。魔法でも奇跡でもない、人間の新たな段階の力を持つ、超能力者バランバラ。戦争は終わらせられる者です」
「……その力、その肉体……お前は……」
「初めまして、天使様」彼は心を見透かしたようだが、キレイな声をしていた。「このようななりですが、力には自信があります」
「……ああ、お前から恐ろしい力を感じる。体の方はすまない、侮辱したわけではない」
「バランバラ、頼みがある。お前にしかできない」
王は、バランバラに作戦を説明した。
「……わかり、ました……調子を取り戻してまいります」
「うむ。……もしものときでいい。お前は最後の手段だからな。だか、その時は期待している」
「では……」
すると、バランバラは光と共に消えてしまった。
「……では、冒険者たちを再び集結させます。天使様、もう動けますよね? あなたの奇跡をお貸しください」
「……ああ」
その頃、男は魔女である娘と共に、離島にやって来ていた。ここには誰もいない。つい昨日、ボートを盗んでやってきた。帰りの燃料はない。ずっとここに住むつもりでいた。
「パパっ!」
娘は、砂浜にやって来ては引き、引いてはやってくる波に驚き、その様子に好奇心を刺激されたようであった。
娘の靴と靴下を脱がして、そのきれいな脚を海に触れさせてあげる。彼女は海水の冷たさに驚いたが、笑顔になって飛び跳ねて海水を蹴って遊び始めた。
「パパっ! えへへ、パパ! 海!」
「……⁉ ああ、そうだな。海だね」
こんな所に閉じ込める気か? あんなに素晴らしい子を、あんなに素晴らしい力を持っている子を、なにより、あんなに可愛らしい子を?
「パパ? パ~パ!」
娘は父に抱き着いた。頭を撫でてあげると、無邪気に笑った。
「……なあ。約束できるか?」
「パパ?」
「お前は悪いことしないって? その力を自分のためだけじゃなく、人のために使うと? だ、だけど、君のためにももちろん使ってくれよ? 君の幸せのために、な?」
「……パパ……うん、えへへ……」
こんなこと、まだ彼女に聞いていいはずがない。分かっていながらも、笑顔で頷いた彼女を優しく抱きしめた。
やはり島から出ることにし、計画を練ろうとしたら、睡魔に襲われて眠ってしまった。
娘が申し訳ないと思いながら、全身を海水で濡らしてモジモジとテントに戻ってくると、父が眠っていたので、起こさないようにした。
父が洗濯を泉や川でしていたのを思い出して、昨日彼が見つけた泉に言ってジャバジャバと衣服を濡らして木に掛けて乾かし、自分も海水を落としてタオルで体を乾かした。
父の横で眠ろうかと思ったが、起こしちゃうかもしれないと思って、また砂浜に遊びに行った。
しばらくおみやげにしようと貝殻を拾っていたら、好奇心につられて海水を手ですくって飲んでみたら、ものすごくしょっぱくて驚いた。それも面白くて笑った。
しばらくはしゃいでいたら、海水に海に何かが打ち上げられているのが見えた。その灰色の生物の名がイルカだということはわからなかったが、助けてあげようと抱きしめた。イルカが魔法の光で包まれ、傷が治って行った。しかし、イルカは眠っていた。起こしたら父親と同じく可愛そうなので、そのままにしてあげた。
森に入って行くと、トラの親子が眠っていた。抱き着くと暖かった。しかし、起こしたら悪いと思ったのでまた歩いて行った。
洞窟を発見すると、昨日の自分のように、誰かが寂しく闇の中で待っているのではないかと思い、その孤独な誰かに会いに行こうと足を踏み入れた。中では巨大なオークと子分のゴブリンたちが大きないびきをかいて眠っていた。何があったのか、みんな大けがをしていて、腕や足がなかった者もいた。腕や足がないのはものすごく痛いことをよく知っていたので、自分の力で直してあげようとした。全員の手と足、体を元通りにしてあげると、オークとゴブリンたちの不細工な寝顔は、ずいぶんと楽になったような気がした。
また歩いて行くと、また動物たちが眠っていた。そして、この森自体が眠っているような、不気味な感覚がして寂しく、心細くなった。
気づけば泣きながら駆けだし、森から砂浜まで戻っていた。
心細くて泣きながらテントに戻ろうすると、砂浜に誰かがいるのが見えた。その人はこちらを向いてきた。
最初は怖かったが、なんだか見ていると安心するような感覚がした。恥ずかしがりながら近づいて見ると、その人には大きくてきれいな翼があった。
「……え、えへへ……あっ!」
娘は待っていてと仕草をし、テントに走って行った。そして、そこから父親にあげようと思っていた貝殻の中から一つ、二番目に綺麗だと思ったものを手に取って、翼がある人の元へ駆け戻った。
「……えへへっ!」
翼の人は茫然としていたが、貝殻を恐る恐る受け取ると安心したように貝殻を見つめて、娘に微笑みを向けた。その表情をみると、娘は嬉しそうに満面の笑みを見せてはしゃぎ始めた。
少しの間、その様子を翼の人が見つめていたので、娘はなんだか恥ずかしくなってモジモジとして、照れているように笑った。
その様子を見た翼の人が俯いたので心配して駆け寄り、頬に手を触れた。悲しそうな顔をしていたので、手を引っ張って父の元に連れて行こうとした。
父は何でもできて何でも知っていて、一緒にいると安心できて幸せな気持ちになる。この人のことも幸せな気持ちにできるはずだ。
「えへへ、あはは、えへへ! パパの、とこ、行こ!」
天使は、自分は何をしているのだろうかと思った。自分は本当に正しいことをしているのかと。
「……いや、お前は魔女だ」
そう震えた声で言って彼が急に立ち止まったので、娘は驚いてしまった。振り返ると、新しい友達は涙目で顔をしかめていた。
男はハッとして目を覚ました。自分は一体何をしていたのだと、娘を探して回る。
すると、砂浜に熱線と炎で書かれた文字を発見した。それは、ある地点の座標だった。
男は無心で準備をした。あんな奴らに立ち向かうには、今までよりももっと勇気が必要だ。あの子を苦しめる者には報復してやる、どんな目に遭おうと助け出す。どんな理不尽からも、どんな魔法からも救い出す、それくらいの勇気がある自信があった。
世界聖戦を終結させた最強の勇者は、特徴的な服装をしており、軍からの要望を受けて男はそれをもとに軍服をデザインした。今度は完璧にそれを模倣して作る。
勇者はまだこの世界から忽然と姿を消す前、自らは異世界からの転生者であり、自分のこの服装は前世でいた世界の正装だという証言が残っていた。
男は完璧に模倣して作ったネクタイを首に絞め、スーツとワイシャツを着て、ズボンと黒い靴下、しっかりと紐を縛った革靴を履いて、炎の魔剣を手に取った。その姿は聖書や壁画、幾多の絵画に描かれている勇者にそっくりであった。
「パパは、お前の勇者だ」
異世界からの侵略者との攻防戦、世界聖戦と呼ばれた戦争を終結させた勇者と呼ばれる存在に憧れた者たちは、人間から魔物までが冒険者となり、強力な者たちは数々の偉業や伝説、英雄譚を残した。
各国の種族間の紛争。この戦いも後の世では第ニ次世界聖戦と呼ばれることになるかもしれないと考え、冒険者たちはその力と勇気で戦場に繰り出していった。
この綺麗な野原に集った強力な冒険者たちも、歴史に名を残そうと、世界を救おうと集まった者たちであった。
その相手はたった一人の男。冗談だと思ったが、本当だったとは。
奴は悪党のくせに、よりにもよってみんなの憧れの勇者の仮装をしてやってきた。恐ろしいその気配とその金髪碧眼、痩せた体以外は完璧だった。
「返せ」と、男はつぶやいた。
「おとなしく投降しろ、さもなくば、ここにいる勇者たちがお前を殺し、魔女も殺す」
「返せ」
男は炎の魔剣を抜き、火山の噴火の如き熱風と炎を発生させた。
その様子を見ても、冒険者たちは怖気づかなかった。
「……やれ」と、王は王の間から水晶玉で見守りながら、命令を下した。「思い知らせるのだ、お前たちの勇気と善意を」
「……かかれ!」
騎士団長の命令により、世界中から集った強者たちは、たった一人の男に襲い掛かった。
男は、海面に稲妻を走らせ、恐竜を絶滅させそうなほどの魔法も、物理法則を越えた奇跡も、空と空間を斬るような斬撃も、正確な雷の矢も避け、月を破壊するほどのドラゴンのは破壊光線も打ち消し、娘の元へ行く道を阻む悪党たちを薙ぎ払って行った。核兵器が直撃してもびくともしない魔法壁を砕き、斬られるという概念がない冒険者の肉体を切り裂き、神々の力を借りた加護も奇跡も打ち消して、次々と悪党たちを葬っていった。
気がつけば島全体の形が変わり、大陸の一部分が切り離され、山は崩れ落ち、川と泉は蒸発し、様々な種族の様々な死因の屍がそこら中に転がっていた。
それでも生き残っている者はおり、フラフラとした様子の男に、やれ子の仇だ、親の仇だ、恩師の仇だ、愛弟子の仇だ、友の仇だと涙を流しながら、怒鳴りながら、強大な魔法や超常の域に達する鍛え抜かれた武術で襲い掛かってくる。男はどの口が言っているのだと思いながら、地獄の炎を食らわせ、気持ちを打ち砕いた。
男はただ娘を探していた。
「お~い、パパはここだよ……」
娘がしっかりとした言葉を話す姿が見たかった。娘が駆けまわっている様子が見たかった。娘が友達と遊んでいる様子が見たかった。娘が楽しそうに学校に行く姿が見たかった。娘が怒っている姿が見たかった。娘と仲直りする安心感を分かち合いたかった。娘の語る将来の夢の話を聞きたかった。娘が頑張って独り立ちする姿が見たかった。娘が……好きな人を連れて来るのが見たかった。
「ハハハ、イヤだな~……」
あの子にどんな奴がふさわしいのだか。あんな素晴らしい子に見合う野郎なんぞいるわけがない。最低限、この自分よりも強くないといけない。そうだ、何にも負けないくらい力強くて、どんな魔法も武器も通用しない。何よりも、彼女を愛してくれること。ただ甘やかせばいいってわけじゃない、厳しくするときは厳しくして、彼女のために尽くしてほしい。だが、それだけじゃあの子に気苦労がかかる。ならば、少しは自分や他人のことも気を配れるヤツがいい。まあ、あの子を守ることを一番に考えてほしいが。
後ろを向くと、マントで全身を包んだ男が浮いていた。
「お前の気持ちはわかった。あの子を愛しているのだな?」
「……ああ」
「だが、なぜだ? なぜこんなことまでする? なぜこんなに力をふるう?」
「愛しているからだ」
「……。何故だ? あの子は魔女だぞ?」
「……で?」
「……確かに、そうだな。安心しろ、あの子は幸せ者だ」
バランバラは彼を尊敬した。なので、楽にしてやろうとした。
男を見つめ、力を込めた。
黒煙と炎、荒れ地と化した島。島中に最強と恐れられた者たちの変わり果てた死体が転がる。
男はグシャッという音と共に爆裂し、その場に血だまりが広がった。上空から見ると、その飛び散った血液と肉片は何かの魔法陣のように見えた。
テオス王国軍オペレーション・イレギュラーズ報告書より抜粋。
コードネーム『父』討伐作戦。
千二百名の特級冒険者、超能力者バランバラを投入。冒険者は全員死亡。バランバラの超能力により圧殺、討伐完了。
分析。復元魔法により『父』の遺体を再構築、分析。分析結果、百パーセント人間であることが判明、魔力反応なし、ハイヒューマン細胞なし。
備考。彼が所持していた世界樹エルフ製炎の魔剣による浸食と思われていたが、遺体からは魔剣による浸食の反応はなく、魔剣からも浸食の跡は確認されず。
分析後、遺体は冷凍保存。魂を回収後、地獄に委託。怨霊化、転生を防ぐため封印。
魔女キューティベイビィ(仮称)。
呪い。テオス王国アッカランシティで未明、数百人規模の死者の復活、数万人以上の重傷、重病患者の異常な全治が報告。全員が十歳以下で亡くなった児童、理不尽な殺人事件、不慮の事故に巻き込まれた被害者。肉体、精神の分析結果、全員異状なし。
被害。特になし。
得意魔法。治療、回復。
性格。非常に温厚。人懐っこく、無邪気。
特徴及び外見。十八歳ほどの少女。童顔、金髪、碧眼、豊満な体型。
北東の無人島にて、天使(本名発音不可)の大規模催眠の奇跡の行使により、彼女以外の住民を催眠。魔女の特性により起きていた目標を発見、確保。『父』の危険性を考慮し、速やかに撤退。
会議の結果、超能力者バランバラの原子操作により、ダイヤモンド漬けにして封印予定。
王の間では、騎士団による正式な報告がなされていた。
「よくやった、ご苦労」
王が騎士たちを下がらせると、天使は王に話しかけた。
「お前の作戦、素晴らしいものであった。主もお喜びになるであろう。復活の儀の際にはぜひ私も呼んでくれたまえ。勇敢なる冒険者たちに祝福を送りたい」
「……では、天国でそうなさってください」
「……な、なんだと?」
「復活の儀は致しません」
「な、なぜだ、貴様? 主も許してくださっている。魔女に立ち向かって散っていった者たちに死を送るというのか?」
「力がある者がいるから、それを暴力に利用する者が出てきます。彼らのような者がいる限り、戦争はなくならない。主戦力だった冒険者ら強者たちがいなくなったため、各国も弱体化しています。近いうち、紛争はなくなるでしょう」
「……それが、本来の目的だったのだな?」
「……良いところに魔女が現れてくれました。最初から利用しようとは思っていましたが、ここまでの事態に、さらには父があんなにも恐ろしい存在だったのは予想外でしたが」
天使はたじろいだ。
「魔女さえ利用し、冒険者を勇者だとたきつけて死なせ、目的のために有能な者たちの犠牲も厭わない。……あの男といい、あの超能力者といい、お前と言い……人間は恐ろしい生き物だ。なぜだ、なぜそこまで……」
「愛です」
「は?」
「魔法も奇跡も打ち消したあの力。あの男はただ娘を愛しただけ、それがあの強さの源です。愛の前には善悪も強力な暴力も無力です。愛は無敵の力。私もあの男が娘を愛したように、この国と国民を愛しているから当然のことをしたまで」
「……愛を言い訳にすれば、何でもしていいと思うな」天使は王を睨んだ。「あの子は、あの男が愛した娘はいい子だった。お前の方が魔女に思えてくる。……さらばだ」
天使はそう言うと、氷山のような巨大で白い王城から明るい太陽と青い空、宇宙空間を越えて、天界へと帰っていった。
何日かした後、バランバラが十数年ぶりに王座の前にやってきた。
「ああ、お前か。魔女を封印してくれたそうだな。ご苦労」
「……独り立ちします」
「……。本気か?」
「この国を出て、新しい国を作ろうと思います。宗教、人種、種族、力の優劣関係なく住める平和な国を作ろうと思っております。……あの男と冒険者たちが死んだあの島に」
「……。それは魔女も含める気か?」
「はい。あの子も連れて行きます。来るべき時に封印を解きます」
「そうか。では、私とこの国を相手にする覚悟もあると言うのだな?」
「ええ。国と国民のためならば」
「……そうか」
バランバラは頭を下げ、ここから去ろうとした。
「バランバラ」
「はい」
「ちゃんと産んでやれなくてすまなかった」そう言う彼女は、男装をしていていつも気高く見えたが、その時はとても美人に見えた。「お前は、私の誇りだ。……お前の父も、お前を誇りに思うはずだ」
「はい……お母さま」
バランバラは、あの呪われた島に辿り着いていた。戦いの末に巨大な大陸から切り離されて一つの大きな島となった地。ほとんど荒れ果ててはいたが、泉も森もほんの少し残っている。自分の力があれば、地獄でも治せるはずだ。
「君をこんなところに連れてきて、すまなかった」バランバラは、眠るようにダイヤモンドの中に封印されている、魔女の少女に話しかけた。「君を助けたいと思うが、君の父親にはなれない。君の父親は彼しかいないからだ。しかし、君には彼が願ったように幸せになってほしい。君を抱きしめたり、君と歩いたりできる人に出会えることを願っている。私にはできないことをできる人に出会えるまで」
風が吹く。マントが不自然なほどたなびく。彼の手足は生まれつきなかった。
「それまで、少し我慢していてくれ」
十年後。
島を治したのち、各地で蔑められた者たちを助けてこの島に連れてきて、気がつけばゼトリクス王国が出来上がっていた。
二十年後。
第二次世界聖戦が起こった。魔王が率いる魔族が蜂起したのだ。死に物狂いで戦い、勇者と称えられた。友達ができて、死なれて、また友達ができた。
三十年後。
終戦後、ゼトリクス王国をなんとか強国の一つに育て上げていたが、同時にどこからかならず者共も入って来ていたので、冒険者を受け入れるようになった。
四十年後。
自分のほかにも超能力を持つ男たちが出現し始めた。自分ほど強力ではなかったが、制御を教えるために、彼らから世界を守るために、彼らを彼らの力から守るために、世界各地に出向いた。
五十年後。
最愛の女性に出会った。愛を育んだ。彼女の働きにより、国の法体制がほぼ完成した。
六十年後。
魔族が復讐のためにゼトリクス王国に侵攻してきた。なんとか守り切ったが、以来、森や山には悪党だけでなく魔物も住みつくようになってしまった。
七十年後。
地中より、太古の大戦争『ワールドウォーサード』の遺物が発見された。
人間がこの星の文明を幾度となく亡ぼしてきたことが分かった。これにより、人間に対して各種族から不信感が抱かれたが、人間はその大多数を占める数を利用して対抗した。今もこの冷戦は続いている。
八十年後。
長男が生まれた。一年後に長女。そのさらに一年後に次男が生まれた。これほどの幸福はないと思った。あの男の気持ちがわかった気がした。
九十年後。
次女が生まれた。生まれた彼女を見て、まだ早いと思ったが封印を解くことにした。
封印から解いた魔女の娘を、極東の異国にある竹林に置いて行った。
そこに一人の令嬢がやってくる。理解があり、富も能力もあるのは彼女しかいなかった。
「あら……まあ……可愛いですわ。うふふ、こちらにいらっしゃい?」
「……えへへ」
召使いにも、もちろん両親にも、見ず知らずの白人少女を引き取って、自分と同じ魔術師として育てることを猛反対された。将来召使にするならよいと言われ、そうすると言ったが、彼女は自分の考えを押し通すつもりでいた。
彼女はその魔術師としての経験で、少女が魔女だと気付いていた。
令嬢は少女にビンカと言う名をつけて、綺麗な浴衣を着せてあげた。
九十五年後。
魔女と戦っている間に、妻が死んだ。長男が王国を守った末に、能力の制御が利かなくなってしまった。長女が泉に引き籠った。安全のために幼い次女を留学させた。
天界が、魔女が宇宙空間に開けた時空の切れ目から侵略者の存在を確認。協力を求められて、天界へ召喚された。
安定している次男に国を任せた。初めて口答えされ、怒鳴られた。自分のことでも大変なのに、長男が仲裁してくれた。次男と仲直りし、宇宙に出発した。
それから、機械でできた悪魔、惑星を丸呑みできる邪神、異世界の超能力者、平行世界の五体満足の自分、そして故郷の星で生まれてしまった魔女たちを相手に戦い続けている。
百年後。
令嬢は、娘に刺さった刀や包丁、ハサミや針を抜いてあげて、魔法で痛みを和らげながら、傷がすっかりふさがって元に戻るのを見守っていた。
「ダメといいましたでしょ、黙って城下町に行ったら……」
「人がケガしてたんです……治してあげたくて……魔女だって言ったら……ううっ……」
「みんなはあなたの魔女の部分だけ見て、本質を見ていませんわ。そんな者たちと友達になる必要などありませんわ。それにあなたには、ワタクシがおりますでしょ?」
令嬢は胸に彼女を抱き寄せて、頭を撫でた。そうされると娘は心地よさそうな表情をした。
「ご主人様……ご主人様は、なんで魔女のワタシに、そんなにお優しいのですか?」
「それはあなたがいい子だからですわ。それに、とっても……ああっ……」
令嬢は、娘を愛情深く育ててくれていた。しかし、その愛は別の形であった。
「ご、ご主人様?ど、どうなさったのですか?なんだか、その……」
「ハァ、ハァ……び、ビンカ……本当に、可愛いですわ……!」
令嬢は少女だった時に抱いた気持ちを爆発させて、愛情を込めて育ててきた少女を敷布団の上に押し倒して、貪るように口づけを交わした。
「……んあっ……⁉ ……ご、ご主人様……い、いま、何を……?」
「ご、ごめんなさいませ……我慢できなかったですの……」
「ご、ご主人様……あれって、そ、その……大好きな人とするんじゃ……」
「……フフっ……そ、そうね……」
「ああっ、あ……や、やめてください、ご主人様……⁉ ううっ……うう……」
「……び、ビンカ……」
「あ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい!……ぐすっ、うう……ご主人様……ワタシのこと、嫌いになりましたか?」
「そ、そんな! わ、ワタクシこそ、ごめんなさい……」
それを誰かに聞かれたらしかった。令嬢は両親に怒鳴られた。近々皇族の一人と結婚するはずなのに、今さら自分の性別を告白され、しかも相手が魔女であることに腹が立ったのだ。
突然別れが決まったその次の日、両親が選んだ追放先の外国に溶け込めるように、令嬢は娘を慣れない洋服に着替えさせた。
「よし、完璧ですわ……ウフフ、かわいい」
「ごめんなさい、ご主人様……ぐすっ……う、ううっ……」
「ワタクシが悪いのですわ。……この書類、多いですけれど、無くさないでくださいまし。あなたが安全な魔女だという、ワタクシの署名、保証ですわ。これで、ゼトリクスなら受け入れてくれるはずですわ」
「ううっ……イヤです……離れたくないです……」
「……ビンカ」
令嬢はビンカを抱きしめて、指で顎をあげさせて口づけをしようとして……やめた。
「ぐす、ご主人様……いつも、優しくて……」
「誰か、他にも優しい人がいるはずですわ。不安になった時は、自分がここにいると念じながら、自分の名を言いなさい」
「ワタシは……ビンカ……わ、ワタシは……う、ううっ……」
「……ううっ……さあ、もうお行きなさい。これ以上あなたといたら、泣いてしまいますわ。……さあ、早く」
「ぐす、ご主人様……はい。……さようなら」
ビンカは、令嬢が生み出した魔法の扉を通り、ゼトリクス王国に辿り着いた。
「ぐす……ううっ、ワタシはビンカ、ワタシはビンカ……」