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第三話 多種族

 太陽が王国を囲む空から顔を覗かせ登り、朝日の中を巨鳥が飛んでいた。

 気がつくと次の日の朝になっていた。お腹が空き、まだ寝ていたいので二度寝しようとした。

 ふと薄目でテーブルを見ると、マモルが直してくれた衣服があり、嬉しくなって笑ってしまった。

 すると、ドアを叩く音が聞こえた。動物たちは逃げていき、マモルはカーテンを閉めた。

「は~い、どちら様でしょうか?」

 そう言って家の屋根に空いた穴から飛び降りてきたマモルがドアを開けようとしたので、ビンカはハッと目覚めてしまった。

(わ、ワタシのこんな姿見られたら、マモルとそう言う関係だと……⁉)ビンカは恥ずかしくなってベッドの下にサッと隠れてやり過ごそうとした。(な、何をだろう……だけど、どのみちこんな格好だし……ううっ、着替えればよかった! カッコ悪いよ……)

 家の外には、馬車と一緒にマモルが助けた商人キャラバンのメンバー数人が、警護に雇った強そうな冒険者を引き連れて待っていた。やはり、この国の特徴で様々な種族で構成されている。

「ああ、あなた方は。あれから大丈夫でしたか?」

「先日は本当にどうもありがとう。おかげで助かった……あの時はどうなるかと……」

「そっちこそ、大丈夫なのか? なんたって、ここは……」

「ああ、オバケならもう大丈夫ですよ」と、心配していた商人たちと裏腹に、マモルは平然と言った。

「ああ、そ、そうか。通りで前に来た時より空気が軽くなったと思った」

「で、つまらないものだが、礼をしようと思ってだな」

 そう言うと、世界中の新鮮な食材が入った箱をくれた。その中でも巨大な立方体が一つ。まるで衣装ダンスのような扉がついた代物で、大きいが失礼と家に入れてきた。

「でかくてすまんな。だがすごいやつなんだ。人間だけの国テオス王国の叡智、冷蔵庫だ! 一見ただのデカい箱だが、空気中の元素で冷気を生成し、中はものすごく寒い! これで、様々な食材を長期間保存できる」

「え、すごいな。いいのですか。こんなすごいもの」

「ああ。こっちは新しいのあるしもっとでかいから」

「おい、黙ってろ!」

 お礼の品々を届けると、マモルに見送られながら商人キャラバンは帰っていった。と思いきや、警護についていた冒険者の一人である、一見普通の美男子だが、頭に狼の耳、尾てい骨の部分から狼の尻尾を生やした狼獣人の戦士が音速で戻ってきた。

「なあ、あんた、聞いてもいいか? 相手はゴーレムを使役してきたんだろ? 一体、どうやって……やっつけたんだ?」

「いや、オレは怪力のハイヒューマンらしいから、それでバーンと」

「そっか……」と、冒険者の狼獣人は納得したように言った。「やはり、この国はいろんな者がいるから、悪党もそれに立ち向かうやつもその分色々いて強力でないとな」

「大変なんですか?」

「それはもちろん! 上級冒険者やプロのはずの兵団や騎士団でさえ手こずるほどなんだ。そこでなんだが、仕事に困ってないか? よかったら力を貸してくれ。我らのギルドの名は、ドラゴンハンターズだ」

 そう言って彼が渡してきたのは、冒険者ギルドの住所が書かれた名刺だった。

「みんなドラゴンやっつけるの好きだな。そんなに嫌いなの?」

「悪いドラゴン、邪竜はみんな嫌いだろ? じゃあ、いつでも来てくれ」

 そう言って、彼は獲物を追いかける狼の如き速さで駆け、仕事仲間と雇い主たちに合流していった。

 その時、ビンカはベッドの下で泣きそうになっていた。

(マモル、ワタシが知らないところで人助けしてたんだ……ワタシ、自分のことだけでも精一杯なのに、マモルは自分のことでも大変なのに……)

「う~ん、冒険者か……やるか!」

「ま、待って……イテッ……ううっ……」

「ビンカ、そんなところで何してるんだよ……」

 ベッドの下に頭をぶつけて涙を流していると、マモルが心配そうにのぞき込んできたので恥ずかしくなり、痛みなど吹き飛んでしまった。

「うわぁ! ま、マモル……」

 マモルは彼女の手を優しく引っ張って、ベッド下から出してくれた。

「あ、ありがとう……」

「……頭大丈夫? いや、ぶつけたことについてで」

「わかってるよ! ……ううっ……マモル、冒険者になりたいの?」

「え、いやあ、人助けもできそうだし、お金ももらえるし。君に世話になりっぱなしじゃさ、いけないと思うんだ。一応、君よりは大人のつもりだし」

「や、やっぱりそうなの⁉ ううっ……」(ワタシも人助けしたいけど、マモルみたいに簡単にできないし……それに、いつもこんなに、なんでこんなにウジウジしちゃうんだろ)「ビンカ、わかったよ。じゃあ、大人になってもオレのこと異性として好きでいたら、付き合おう。正式に」

「……ええっ⁉」(な、何言ってるの! そ、それに、もうそんな感じじゃ……もう、そう言うことでいいじゃん)「だ、だけどさ……わ、ワタシ……体は大人なんだよ? だ、だからさ……みんなにも言わなきゃ大丈夫だし……」

「いや、だけど精神は子供じゃない。それに、あの王子にはバレる」

「うっ⁉ ……む~ん……⁉」ついに頬を膨らませてビンカは怒ってしまった。「マモルはさ、そうやって、女の子の気持ちをないがしろじゃないけど、なんかさ、と、遠回しに……遊んでるの⁉」

「ごめん。前にも言ったけど、やっぱり怖いんだ」

「……え?」

 マモルが真顔で不安そう震えた声で言ったので、ビンカはハッとしてしまった。

(ワタシ……マモルのこと、考えてなかった。考えてるつもりだったんだ)

「君のことは好きだ。だけど、オレはやっぱりどういうヤツかわからない。そんな状態で、君とこれ以上親密になったり、好きになったりするのは怖い」

「……わかった」(そう、そうだった。ワタシが納得してないだけ。だけど……)「だけど、わかってるよね。ワタシがマモルのこと、大好きになっちゃったってこと」

「……ああ。分かってる。オレも君のこと大好きだよ」と、マモルは笑顔で言った。

「……ふっ⁉ う……えへへ……マモル……また、ハグしない?」

「……。やっぱりまだ子供だよ、ビンカ」

「う~ん⁉ もういいよ、ワタシは子供だもん!」

 それはそうとして、二人はハグをしようとした。

 すると、またドアがトントンと叩かれた。

(え……い、今⁉)と、ビンカは心の中で怒った。

 しかし、マモルがギュッとしてくれて、その怒りは吹き飛んでしまった。

「はい、どちら様?」

 マモルがドアを開けると、マモルが巨大狼から助けた女の子がいた。

「うふふ、その……この前はありがとうございます……」

「いや。ここまで大丈夫だった?」

「は、はい……あの、これ、フードとマントです。ちょっと早いですけど、冬になったら使ってください」

「おお、ありがとう」

 女の子はお辞儀をすると、また気をつけて両親のいる村にある家に帰っていった。

「ま、マモル……えっと、あの女の子もキャラバンも、いつ、人助けしてたの?」

「えっと、早朝とか夜とか? そのくらいの時間」

「えっ……」(気づかなかった……)「な、なんで、寝てないんじゃ……」

「眠りは必要じゃないんだ。食事と同じく。それと、どうしても聞こえてくるんだ。助けを求めている声と悲鳴が」

「そ、そんな……」(知らなかった。そんなこと……ワタシ、マモルにだけそんな大変な事させて……)「ま、マモル、今度はワタシも連れて行ってよ。ワタシ、弱いけど、な、何かできることがあると思うんだ……」

「……確かに」と、マモルはビンカに優しい目を向けていった。「オレができたのは、せいぜい殴り飛ばしたり壊したりすることだけだ。わかった。一緒に人助けしよう」

「……いいの?」

「ああ。それに、君一人にしたら泣いちゃうしね?」

「な、泣かないよぉ!」

 

 ビンカとマモルは、また魔法薬に使う薬草や材料を採取しに行った。

 ビンカはまたウキウキとした気持ちでいたが、マモルはあたりをチラチラと見ていた。

「マモル?」

「……⁉ 怖がらないで」

 すると、マモルはビンカを抱き上げて走り出した。凄まじい強風、目を開けられないほど。なぜマモルがこの行動に出たのか、少しずつわかってきた。明らかに周りの空気が重くて暗い。以前にも感じたことのある威圧感。

(も、もしかして、またオバケ……⁉)

 マモルに抱かれたビンカが恐怖で強張っていると、急に彼は立ち止まった。

「ど、どうしたの?」

「前を見るな」

 しかし、ビンカは前を向いてしまった。その光景を見て思わず涙目になってしまった。

 目の前にはあの恐ろしい悪霊の黒い靄を放った数えきれないほどのゴブリンたち。

「ま、マモル……」

「待ってて……」

 マモルはビンカを下ろし、拳を構えた。

「まだいたのか」

「まあな」悪霊は憑りついたゴブリンを通じて言った。「お前らを殺さないと成仏できそうにないぜ」

「わかった」

 マモルは幾多のゴブリンと殴り合いを始めた。マモルはその怪力でゴブリンを殴り飛ばし、そこを攻撃してきたゴブリンを掴んで他のゴブリンに投げ飛ばした。その隙を見て遠くから爆薬付きの矢を放たれたが、マモルはそれを掴んで投げ返した。爆発矢は轟音を鳴らして噴煙をあげながら爆発し、数人のゴブリンを吹き飛ばした。戦いは続き、ゴブリンを蹴り飛ばしたところに別のゴブリンが背後から襲い掛かって頭にめがけてオノをぶつけられたが、マモルはそれをものともせずに振り返って卑怯者を殴り飛ばした。

 その様子は、戦場で戦う狂戦士を彷彿とさせ、ビンカは恐怖した。

「ま、マモル……」(ど、どうしよう、マモルが……大変なことに……)「マモル! 来て! もう戦わないでいいから!」

 マモルはハッとした顔をしてビンカの元に駆け寄った。

 彼が近くに来たのを確認すると、ビンカはある強力な魔法を使うために集中した。

「魔法壁よ、無力なワタシたちを包み、守ってください……展開!」

 ビンカが呪文を唱えると、ビンカとマモルの周りを光の円が囲み、そこからドーム状に黄金色の魔法壁が展開された。

 悪霊に操られたゴブリンたちは壁に突撃し、武器や拳で叩くが魔法壁はびくともしない。

「ううっ……」

「ビンカ、もういいよ。頑張ったよ……」

「わ、ワタシも……」

 ビンカは少しずつなくなっていく魔力をひしひしと感じていた。体から力が抜けていき、痛みのような感覚がする。しかし、ビンカは耐えぬいた。

「ちっ、今日はここまでにしてやる」

 そう言うと、悪霊はゴブリンたちの体から抜けていき、憑りつかれたゴブリンたちは次々と倒れていった。

「ううっ……」

 ビンカがフラフラと膝をつくところだったが、マモルがそれを支えた。

「大丈夫? もう、今日は帰ろう」

「う、ううん。大丈夫だよ……」

「だけど、すごいな。さっきの……ありがとう、助かったよ。ゴブリンたちが起きないうちに、行こう?」

「う、うん……」

 二人はゴブリンから離れるために森へ歩いて行った。

 ビンカは疲労感を感じていたが、マモルに頼らずに歩いていた。しかし、やっぱり手はつないでいた。

「ビンカ、さっきはどうしたの? 魔法壁を……」

「えっと……」(マモルがこれ以上戦ってほしくなかった……なんて……)「その、マモルが大変かなって……あと……その、戦いたくないと思って……」

「ああ、その通りだ。できれば戦いたくなかった」

「……マモル……。やっぱり暴力はイヤだよね?」

「ああ」

 ビンカはマモルが戦っている様子を思い出すと、怖かった。戦っている姿のマモルは、いつもの穏やかなマモルからは想像もできないほど怒り狂っているように見えた。

(ワタシは、マモルが乱暴なことしてるの見たくなくて……)

「ビンカ、だけど今度も何かあったら任せてくれよ」

「ううっ……」(マモルを戦わせたくないよ。だけど、ワタシはぜんぜん戦えないし……だけど、マモルが戦うなら、何か他に助けられないかな……あ、そうだ、あれが……)「マモル、あげたいのがあるの。待ってて」

 ビンカはそう言うと、魔法のバッグから彼女が持ち上げられないくらい重い刀を取り出そうとした。

「貸して」

 そう言ってマモルが手を貸し、刀を軽々と取り出してみせた。彼の持ち上げた刀は日光に照らされて光り輝いていた。

「すごい、東の方の国で使う剣だよね?よく斬れそう」

「う、うん……その、試しに魔法で作ってみたんだけど、ワタシじゃ重くて持てないからさ。だけど、マモルなら使えると思うの……どうかな?」

「ありがとう。大切に使うよ」と、マモルは笑顔で言った。

 ビンカはまたマモルに余計なことをしてしまったような気がしたが、彼が喜んでくれるならよかったと思った。

「おい、さっきはこれまでにしてやると言ったな」

 声がした方を見ると、巨大なオークの憑りついた悪霊がいた。

「お前! 何なんだよ⁉」と、言ってマモルは刀をオークに向かって投げた。

「ゲッ! 貴様⁉」そう言って悪霊はオークから出て行ってどこかに消えた。

「なんだぁ? うぎゃっ⁉」

 そう叫んでオークが避けると、そのまま刀は飛んでいき、遠くでザパンと、投げられた刀がどこかの泉に落ちた音がした。

「なにすんだ、てめぇ⁉」

「あ、す、すまん……」

「今度やったらただじゃおかないからな⁉」というと、オークはどこかに歩いて行った。

「なんだ、物分かりがいいヤツもいるんだな」

「え、あ、うん……」(また、戦うのかと思った……)

 ビンカはまたマモルが暴力を振るうことになると思ったが、ホッとした。

「じゃない! ビンカソードが⁉ 行こう!」

「え、う、うん……」(ビンカソードって……)

 ビンカとマモルは、刀が飛んで行った方向へ向かった。少し歩いて行くと、日光に照らされてキラキラと光り輝く綺麗な森の泉を発見した。

「うわぁ……」(き、キレイ……)

 マモルは泉に駆け寄って、綺麗だが深くて底の見えない水面を見た。刀は見えず、自分の青い顔しか映らなかった。

「えっと、気にしなくていいよ」ビンカはなぜか申し訳なさそうに優しく言った。「あなたには力もあるし、あれは必要ないでしょ?」

「いや、君がせっかくくれたのに……」

「あなたが落としたのは……」

「うわっ、なんだ⁉」

 二人は驚いて、綺麗な女の人の声が聞こえた泉の方を見た。マモルはビンカを庇うようにして後ろに下がった。

 すると、泉の中から美しい顔立ちの背が高くて胸の大きな神々しい美女が現れた。その人を見てビンカは怖がりながらも、どこかで会ったことがあるような気がした。

「あなたが落としたのは……えっ?」

 泉の美女は、必要以上に後ろに下がっている珍しい型の刀の落とし主とその後ろから顔を覗かせている美少女を見て困惑した。そんなに下がらなくてもいいじゃん……。

「あ、あの、もっと近くによって。食べないから」

 二人はそう言われると、お互いに頷いて近くに戻ってあげた。

泉から出てきて水面に立っている美女は、どこかの絵本や絵画の真似をしているのか、目を閉じて妖艶なポーズで金と銀の剣を両手にそれぞれ浮かばてみせた。目を閉じているのでこちらは見えていないはず。顔はどこか遠くを向いてしまっている。

ビンカはその神秘的な姿を見て、失礼だとは思いながらも目をキラキラさせて見てしまった。

「ゴホン、あなたが落としたのは、この金の剣ですか、それとも銀の剣ですか?」と、泉の美女は目を閉じて透き通るような綺麗な声で言った。

神秘的な気配を放ちながらも、彼女は心配になっていた。もし、自分のことを怪しんで、目をつむってポーズをとっている間にどこかに行ってしまっていたら? それはあまりにも寂しすぎる。

「……チラ?」

 思い切って薄目を開けて見てみる。そして、目に飛び込んできたのは、自分と同類の可能性がある魔法使いの帽子をかぶった美少女だった。

「まあ、かわいいっ!」と、思わず彼女は初対面の少女の手を握ってしまった。「うふふ、かわいい。あなたも魔法使いなのね? うふふ、同じ才能を持った子に会ったのは久しぶりなの~」

「そ、そうなんですか……」と、ビンカは緊張し、驚いてしまった。

「間違っていたらすいません」マモルが何気なさそうに訊いた。「もしかして、王子さんの魔界をつくったのってあなたですか?」

 ビンカも気づいた。泉、魔法使い、ゼトリクス王国内、何よりあの魔界から感じた魔力と同じ魔力を目の前の美女から感じる。

「あ、あの、そうなのですか?」と、ビンカは目をキラキラさせて尊敬のまなざしを向けた。「あの魔界、すごかったです! あなたが作ったのですよね⁉」

「え……あ」王女は思い出した。「あ、あ、あの時の魔女さんとマモルさん……⁉」

「あと、王子様となんか、雰囲気が似てる気がする。高貴というか、もしかして姉弟?」

「せりゅー⁉」

 ビンカもそんな感覚がしてきた。彼女の可笑しな驚きようと高貴な雰囲気、そして、どこかの資料で見たゼトリクス王国を治める王族の写真にいた小さな女の子の面影のようなもの。間違いなかった。

「あの、セリュン王女様ですか?」

「せりゅ~ん⁉」泉の美女ことセリュン王女は、慌てた様子でまくし立ててしまった。「べべべ、別に、お母さんが死んで泉に引き籠って姫としての責務をさぼっているわけではありませんよ! ありませんよ! ありませんよ!」

「……あの……」ビンカは何か言ってあげようとした。

「何も言わないで……」セリュン王女は顔を手で覆った。

「ああ、ごめんなさい」マモルは本当に申し訳なさそうに言った。「みんなには言いませんから、そんなにショックを受けるとは思わなかったので……」

「いいの、気にしないで。あ、そうだ、それで、どちらを落としましたか?」

「いや、魔法で作ってもらった刀だけど……」

「正直者のあなたには、元のえっと、刀? に魔法をかけてお返しします」

 すると、泉に引き籠っている姫は、マモルが落とした刀を返してきた。

「ああ、ありがとうございます」

「お騒がせしてすいません」ビンカも母親みたいに言った。

「いえ、あ、あとすいません、今は銀と金の剣は品切れで……」

「いえ、気にしないで下さい」

 ビンカにそう言われると、姫は申し訳なさそうにお辞儀を何度もしながら泉の中に戻って行った。

(やっぱり、あの人って怖いのかな?)と、ビンカは不安そうな顔をしながら思った。(もしかして、王族のみんなって仲が悪いのかな……)

 他人のこと、しかも王族のことなのに余計なお世話だと思いながらも心配してしまった。

「おお、すごい! 見てよ、ビンカ!」

 ビンカがマモルの方を見ると、彼は炎をまとった刀を空に突き立てていたのでびっくりした。しかも、ものすごく熱い! その妖刀はこの森一帯を焼き尽くすような暑さと明るさを放っていて、ビンカは汗をかいてしまった。これ以上近づいたら火傷でもしてしまいそうだったが、マモルは平気なようであった。

そして、落ち着いて見た後に感動した。こんな高度な魔法が使えるのに、よりにもよって郊外の森の中にある湖に引き籠っているなんて。あのお姫様はとてももったいないことをしていると残念に思った。

(もし、また機会があったら、励ましてみようかな……)

「一体、これ、どうなったんだ?」

「えっと、炎の精霊さんの力を借りて、刀に炎の力を宿らせたんだと思う。普通の刀を魔力を込めて魔装にしたんだね。その、念じれば消えると思うよ」

 マモルが鞘に収めるように刀をふるうと、炎は消えた。

「やった。さらに強くなれた気がするよ」

「う、うん。今度は気をつけてね?」

「ああ、わかったよ」

 ビンカはこれ以上強くなるマモルが少し不安だった。自分以外に誰も寄り付かなくなるのではと考えてしまったのだ。それか、彼の持っている妖刀を目当てに悪者たちがやってくるかもしれない。

「ま、マモル?」

「どうしたの?」

「その妖刀は、悪い人に渡ったら大変なことになるから、本当に大切ね。だ、だけど、その悪者がすごく強くて、それを渡せば見逃すって言った時は、渡しちゃっていいからね」

 マモルの身が一番大事だ。しかし、マモルがそんな命の危機が迫る目に合うところなど考えられなかった。

「ああ。だけど、大切にするよ」

 ビンカとマモルは、また悪霊に襲われないように気をつけながら、やはり手をつないで歩いていた。ビンカはまた彼に胸が当たるくらいにくっついていた。

「……ねぇ、怒らないでね」と、マモルは申し訳なさそうに聞いた。「魔法使いってみんなメンタル弱いの?」

「え、ええっ?」(ワタシって、そんなに……)「そ、そんなことないと思うけど……だけど、魔法を使うのは心とか気持ちが一番重要だからね。もしかしたら、悲しみとか怒りとか、そう言う強い感情が激しい人の方が使いやすいのかも?」

「……そうか。だけど、あの人も魔法使いだろ? なんで、魔女をそんなに……」

 ビンカはつい立ち止まってしまった。ついにこの話になってしまった。

 ビンカは話そうか話すまいが迷ってしまったが、マモルが魔女の自分といるのなら話さないわけにはいかない。

「マモル、その、魔法使いは精霊との契約とかしっかりした方法や法則を使って魔法を使うの。あとは修行をして魔力を得たり、自然界の魔力をつかったり。あくまで技術を学んで習得した人」

「ああ、努力が必要ってことだね。一種の技術者」

「うん、その通り。だけど、魔女は違うの。生まれた時から魔力を持っていてなんでもできる。そして、そのほとんどが生まれつき邪悪で、死なない……」

「だけど、やっぱり君は……いい子だ」

「……あっ、ん……ありがとう……だけど、だから、ワタシが例外中の例外なの」

「それじゃあ、この世界は魔女だらけで大変なことになるはずだけど……」

「うん。この世界で暴れ飽きたら、この星を出て行って宇宙に行っちゃう」

「う、宇宙⁉」

「うん。……もし、この星以外に生命がいる星があったら、もしかしたら……その魔女に襲われちゃうかもしれないの。……宇宙レベルで脅威なんだ」

「な、なんだよ、それ……」

「こ、怖いよね、ワタシのこと、やっぱり……」

「いや。むしろ可能性を感じるよ。魔女ってそんなすごいこと、何でもできるんだろ? なら、君はどんなこともできて、いろんな人を助けられる可能性があるってことだよ。もっと頑張ってみるといいかも」

「……う、うん。ありがとう」(何でもできるはずなのに、ワタシはできない。もしかして気持ちが足りないから? 本当は人を助けたくないんじゃ? そ、そんな……)「……マモル、ワタシが怖くなったら、もし怖いことをし始めたら逃げてね?」

「逃げないよ」

「ワタシが逃げてほしいの!」

「……ビンカ」

 ビンカはハッとしてしまった。いつも自分は怖がられてきた。それが悲しくて苦しくて、自分のことも恐くなっていた。そんな気持ちと恐怖を人にも押し付ける。それでこそ魔女なのではないか? そもそも自分が恐れられる存在だと思うのは傲慢なのでは? 

「ご、ごめん……ううっ……」(ま、また泣く、泣きたくないのに……ううっ)

 ビンカは我慢しよう肩を震わせる。声をあげるのは我慢したが、涙は止められなかった。

「はぁ。ビンカは本当に泣き虫だね。しょうがなぁ~……」

「だって、だって……」

 ビンカはまたマモルに抱きしめられていた。そうされるのが嬉しくて、そうされることが現実であることが信じられなくて、また涙が流れてしまった。

(ワタシを受け入れてくれるのは、ここではマモルだけ……ううっ……マモル、大好き)

 マモルはビンカを胸に抱きよせながら、微笑んでいるようにも悲しんでいるようにも見える表情をしていた。


 色々あったので今日は帰ることにしたビンカは、泣き疲れてマモルにおぶられていた。

「ビンカ、起きてるなら歩きなよ?」

「お、起きてないもん……」

「起きてるじゃん」

「あ……ううっ……ぐ、ぐ~……う、うう……」

「しょうがないな~」

ビンカとマモルが家に帰ってくると、そこには十数人ほどの様々な種族の人だかりがあった。

その様子をマモルの背中の上から見ると、ビンカは恐怖してマモルの背中に隠れてギュッと目を閉じてしまった。

「ふぅっ⁉」(もしかしてワタシたちのこと、追い出そうと……)「ううっ……」

「ビンカ、まだわからないだろ?」

「だ、だけど……」

「ほら、ドラゴンの時を思い出しなよ。何もされてないのに怖がっていただろ?」

「……ああっ……」(そ、そうだ。ワタシ、ワタシのことを怖がっていた人と同じことしてた。すごい悪いことしてた……か、変わらないと……)「う、うん……わかった」

ビンカは深呼吸をしてマモルの手を放し、左右の手足をそれぞれ同時に出してカクカクと動かしながらも、勇気を出して話しかけた。

「えっと、えっと、な、何してるんですかぁー⁉」

 ビンカは緊張のあまり、変に大きい声で言ってしまった。家の前にいたみんなは、可愛いが大きな声を聞いてビクッとして振り向いてしまった。

 ビンカはみんなが振り向いた時にその目と表情を見まいとサッとうつむいて、ついにしゃがみ込んでしまった。

(み、みんな……こ、怖い、また、あの目で見られたら……)

「大丈夫かい?」

「ううっ……え?」

 ハッとしてみんなの顔を見てみると、彼らは心配そうにビンカのことを見ていた。その仲にいた小さな女の子が駆け寄り、小さな手でビンカの頭を撫でてくれた。

「よしよし……ふふっ」

「え、えっと……」

「いや、突然やって来てすまないな」と、ドワーフの男が言った。「昨日、村と村長さんを助けてくれただろう? それにあの後、魔法で手当てまでしてくれた」

「あれはすごかったよ」と、骨が見えるほどの重傷を直してもらった男が言った。「おかげで後遺症とかもないし、休まないで済んだよ。ありがとう、本当に……」

「あと、この森も悪霊から開放してくれて、助かったよ」と、その手当をしていた男。「他のケガ人たちもみんな治してくれた。あんなにいたのに、何事もなかったかのようにな」

「というわけで、みんなで君たちに礼をしに来たんだ」

「え、ええっ……」(お礼? そ、そんな……)「ううっ、その、頑張ったのはマモルで、ワタシは何にも……それに、ワタシは魔女です……」

「何言ってるのよ、そんなに関係ないわよ」と、穏やかそうなエルフの主婦は言った。「だんなの一瞬で大けがを治してくれたじゃないの」

「そうだよ、それにまだ若いじゃないか。わしらが助けてやる」

「手始めに、屋根直させてくれよ、おれたちに」と、ドワーフの一人が頼もしそうに言う。

 ビンカはその言葉もみんなの様子も信じられなかった。人々が魔女の自分を受け入れて恩を返し、助けようとしてくれている。

「え、えっと、えっと……」

「ほら」と、マモルが手を差し伸べてきた。

 ビンカは彼の手を取り、立ち上がった。少し頭がフリーズしていたので転びそうになったので、マモルが支えてくれた。

「ま、マモル……ワタシ、ワタシ……みんなが、みんなが、お礼したいって……」

 ビンカは嬉し涙を流しながら、人目もはばからずにマモルに抱き着いてしまった。そんなビンカを、マモルは抱きしめていた。

「なんだよ、喜ぶところだろ」

「ううっ、だって、だって……ううっ」


 その星空と月が見守る夜。ヘビのマンフェアリーズの事件からすっかり復興した村。みんなは村に、恩人であるビンカとマモルを招待して歓迎会を開こうとしていた。

村では、エルフの魔法使いが飛ばした淡い光を放つ魔法の灯をフワフワと浮かばせて、草木を操ってテーブルとイスを作り出して幻想的な光景が広がっていた。ビンカとマモルの家の屋根では、ドワーフたちが丈夫な蓋つきの窓をつけようと働いていた。

みんなは笑っていたが、ビンカは顔を真っ赤にして肩を震わせて頬を膨らませていた。

「む~ん……!」

「ビンカ、もう怒るなよ」

「怒ってないもん……」

 ビンカはみんなの前で泣いたりしたことを冷やかされて恥ずかしかった。

 普通の少女のように泣いたり怒ったり、喜んだりする様子のビンカを見て、みんなは彼女を可愛く思っていた。どうしても世話を焼いてやったり、からかいたくなってしまう、愛らしい存在。娘や妹、孫のように思えていた。

「ハハハ、それにしても恐ろしいと言われていた魔女様がこんなに可愛げな少女とはな」

「あなた、もうやめなさいよ」

「つか、マモルさんも記憶喪失なんだってな。こんな可愛い子に拾ってもらえるなんて幸せもんだよな」

「だろ?」

「ま、マモル! む、む~ん……!」

「さあ、みんな、出来たわよ~」

 そう言って、動物亜人の奥様をはじめとした女性たちが、出来立ての料理を運んできた。

「こっちも終わったぜ?」と言って、職人ドワーフたちも屋根を直し終えて村に帰ってきた。「あとで見て行ってくれよ?」

「あ、ありがとうございます!」

ぴょんと立ち上がってお辞儀をしたビンカを見て、ドワーフたちは照れ笑いをした。その様子が可愛らしくて、周りのみんなも思わず微笑んでしまった。

 こうして、少しずつ歓迎会の準備が整っていく。

 そこへ一組の夫婦も酒の入った瓶を持ってやってきた。ヘビに変身する能力を持つ男とその妻であった。

「あの、ビンカさん、マモルさん……」

「そ、村長さんと奥様……⁉」ビンカは少し怖かったが、心配の気持ちの方が大きかった。「あの、もう大丈夫なのですか? 苦しくないですか? その、ケガとか……」

「いえ、全然。あなた方がいなければ、私は村を破壊して人々を殺していました。止めてくださり、本当に、ありがとうございます」

 そう言って自分に頭を下げる村長と妻を見て、ビンカは戸惑ってしまった。

「い、いえ、全然……お役に立てて光栄です……その、えっと、失礼ですけど、あの、これからどうなさるのですか?」

「夫は山にあるハイヒューマン訓練所に行くことになりました。私も同行することに」

「そう、ですか……その、ワタシにまた何かできることがあったら言ってくださいね?」

「いえ、もう十分してもらいました。妻とも分かり合えましたし、自分とも向き合うことができました、本当に……ありがとうございます……」

 そう言って村長が涙を流し始めたので、妻は呆れたようだが本当に愛しく思っているかのように寄り添い、夫の背中を撫でた。ビンカもつられて泣きそうになったが我慢した。

「あの、少しだけアドバイスいいですか?」と、マモルが真面目そうな声で言った。

「は、はい……」

「パワーを使う時は、自分が守りたいものを思い浮かべるといいです。そうすると冷静になります。そして、自分ならできると信じるといいです。難しいかもしれませんが……」

 その言葉を聞いた村長は妻の顔を見た後、手を見つめ始めた。すると、その手の指先が小さなヘビに変身し、ウネウネととぐろを巻いた。

「で、出来た……」

「え……⁉」

 ビンカはその様子に少しの恐怖を覚え、妻は喜びと驚きで口を押えてしまった。しかし、一番驚いているのは能力を少し使いこなし始めた張本人の村長であった。

「それと発展させて考えてみるんです。ヘビができることを、例えば……」

「あ、ありがとうございます、もう、十分です……」

 村長の驚きというより恐怖したような表情を見て、マモルは申し訳なさそうな顔をしていた。ビンカはその表情を見て心配してしまったが、余計なお世話ではと思った。

 夫婦は他のみんなにも挨拶と詫びをしに行く時も、何度も頭を下げていたのでビンカはそのたびに焦ったように会釈をした。

 その後、ビンカはパワーを使う際のマモルの言っていたことを思い出して頬を赤く染めてモジモジしてしまった。

「はわぁ……」(マモルの……自分が守りたいもの……それって……)

「ま、マモル……」

「どうしたの、ビンカ」

「あのさ、えっと、さ、さっき……」

 すると、この村の復興パーティー兼歓迎会を企画したキャラバンの商人が、合図をグラスとフォークで知らせた。

「お集まりいただきありがとう。我々の出会いと、新たな友人たちに感謝を……えっと……まあいいや、カンパイ!」

「考えてから言え!」

 そうしてパーティーは始まった。みんなは楽しそうに食事をし、違う種族の者たちとも家族や親しい友人のように仲良くしていた。

「で、ビンカ、なに?」

「え、えっと……その……ごめん、何でもないの……」

「……。そうか」

「ビンカさん!」と、マモルが助けた子がグラスに入ったお酒を持ってきた。

「あ、ありがとう……だけど、ごめん、ワタシ、十歳だから……」

「……?」少女は沈黙していたが、理解すると叫んだ。「え、お姉さん、十歳なの⁉」

 その叫び声を聞いて、シーンとしてしまった。

「え、そうなの⁉」と、みんなは驚きの叫び声をあげた。

「え、そうなの⁉」と、マモルは誰よりも叫んだ。

「マモルは知ってるでしょ⁉」

 みんなは衝撃の真実に驚きのあまりドッと笑い合い、ビンカは恥ずかしくなった。

「いや、すまんな」と、獣人の若者が言った。「いや、その、ああ……は、発育がいいんだな……」

「兄さん、それセクハラだから!」

「マモル、お前面白いヤツだな」と、常に変身を続けているシェイプシフターが言った。

「あんたこそ面白いやつだな」

「ふふっ……」

 ビンカは、善い人たちばかりで、魔女である自分のことも受け入れてくれる人々のことが愛おしくなって思ってしまった。

(ここなら、ワタシのことも受け入れてくれるかな……それに、マモルもいる……)


 そのころ、王城の執務室ではグーンブ王子が兵団から報告を受けていた。

「まず、魔女の同行者であるマモルについてですが、戸籍も記録も存在せず、まったく情報がありません。さらにいたるところでマモルと思われるハイヒューマンに助けられたという報告があります。証言も似通っていることが多く、信憑性が高いです」

「そいつは問題じゃない、魔女の方は? 何か魔女らしいことは?」

「それが……」と、信じられなくて思わず苦笑いしてしまった。「……まったく。どこからも疫病や天変地異、魔物の暴走など、魔女の仕業と思われる現象は確認されていません」

「意識障害のようなものは? 例えば、悪夢にひどくうなされるなど。そのような者が大量発生し病院に搬送されるなどは?」

「いえ、これといって。というより全然……えっと、なぜでしょうか?」

「……魔女には私以上に精神に精通し、心を操る者もいる。文字通り何でもできるのだ」

(そんな事言ったら、こうやって報告したり、対策を立てたりするのも無駄なんじゃ……)

「確かにそうだな、軍曹。だが、しないよりはマシだ」

「あっ……⁉ し、失礼しました」

「……もう、二人はこの国に住まわせても大丈夫だと思います」と、隊長は失礼かもしれないと思いながらも、二人のために言った。「あの村、事件の場で見ていました。ヘビのハイヒューマンとその妻の心をつなげた魔法、何よりあの治癒魔法? でしょうか、あれはすさまじく素晴らしいです。……とても優しい少女と少年? でした」

「……ああ、お前が言うのだからそうなのだろうな。参考にしておく」

「はい……よろしくお願いいたします」

「今日はもういい。ご苦労」

「ハッ!」

 兵士たちを帰らせると、時間を確かめた。

 約束通り、姉が空間魔法で発動させた魔界が執務室に展開され、一瞬で泉の中となった。

 グーンブ王子の目の前にいたのは、全身を鎧で包んだ凄まじい覇気を放つ男。

「よく来てくださった。ドガグルー・ゾリッドさん」

「ああ。大きくなったな、グーンブ」相変わらず彼の声は凶暴で狼の唸り声を彷彿とさせるが、その中に確かに親しみがあった。「セリュンには会ったが、バランバラとお前の兄貴、妹はどうした? 元気にしているか?」

「父と兄は公務、ビャッコーは留学させています。それで……魔女と交戦したようですが?」

(ビンカたちとのことは心の中を覗いて見たのに、どう思うかは口で聞きたいのか……)

「はい、お願いします」

「……。俺なら簡単に倒せるだろう」

「そうですか、流石は魔女殺し〈ウィッチスレイヤー〉の異名を誇る特級冒険者ですね」

「ドラゴンスレイヤーの方はあながち間違いじゃないが、そっちの異名は間違いだ。殺せたことなんてない。せいぜい追っ払うのが精いっぱいだ。それに、あの子は殺す必要などない。今まで会った魔女、いや、街にいる一般人よりも弱い。無害そのものだ」

「それが演技の可能性は?」

「まったく。その類の技術を使える者、そのような魔法を使える魔女の気配もしない。お前も直接会ってあの子の心を見たのならばわかっているはずだが?」

「……魔女ですよ? あのような存在の前では何も信じられなくなりますよ」

「それもそうだな。しかし、あの子一人なら問題ではない」

「え、今、なんと?」(魔女一人でも問題なのだが……)

「問題は、あの魔女が一人ではなく、あの男を連れているということだ」

「彼は強力なハイヒューマンではありますが、それほど危険ではありません。もっと強力な力を持つ者も、国民の中にはいます」

「そう。中の上程度の能力だ。故に、何かにひどい目に遭わされる可能性もある。そして、大切な彼がひどい目に合ったら、弱くて優しいあの魔女はどうするだろうか」

「……ひどく動揺し、彼を助けるために何でもする」(家族がひどい目に合ったら、何でもするように。本当に面倒だな、それはそれで、つくづく魔女は……)

「そこで、あの男を簡単には死なせないようにしようと思う。あの男ならこれ以上強くなっても悪人にはならないはずだ」

「どうするつもりです?」

「冒険者になってもらう。仕事を教えるのに適任の冒険者とギルドもある」

 グーンブ王子は、その考えに頭を抱えた。魔女の眷属を強くしてどうするのだと。

「……グーンブ」と、最強の冒険者の一人は言った。「お前は、人の心がわかるのだろ。ならば、わかるはずだ。あの二人は善人だと。俺が信じられないか?」

 グーンブは彼の心を見た。職業柄荒んでもおかしくないはずなのに、どこかに導くような優しい光を放ち、凄まじい怒りの炎と憎しみの闇をその中に完璧に抑え込んでいた。

「責任なら取る。そのために俺を呼んだのだろ?」

「……では、お任せします。そして、もしもの時はお願いいたします」

「……ああ」

 魔界が閉じると、ドラゴンスレイヤー、あるいはウィッチスレイヤーの異名を持つ冒険者ドガグルー・ゾリッドは泉のほとりに立っていた。

「……俺が首を突っ込むのもあれだが……外に出たらどうだ?」

 しかし、泉からは波紋しか現れなかった。


 マモルは疲れて眠ってしまったビンカをおぶって、みんなに見送られて家に帰っていた。

「じゃあね~、気をつけてね~!」

「は~い」

 星空の下の草原を歩きながら帰っていき、マモルはベッドに優しくビンカを寝かせた。

 修理された屋根に空いていた穴には丸い窓、それを閉ざす蓋がはめ込まれ、星空と月明かりが眠っているビンカを照らしていた。

「ビンカ、君は誰からも受け入れられるよ。君が勇気を出せばいいだけだ」

 マモルは彼女の寝顔を見守りながら呟き、キリッと表情を変えて外へ駆け出していった。

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