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第一話 二人だけの王国

 世界を照らしている太陽が住まう清々しい青空は、今日もフワフワと白い雲を漂わせていて、その中で巨大な鳥の影が翼をはためかせている。下に広がる大地には青々とした草原が広がっていて、周りにはうっそうとしているが心地よさそうな木漏れ日が見える森林や樹海、巨大な氷山や火山、木々が生い茂る山々が囲っていた。その向こうには海岸があり、広くて深い海が広がっていて、向こうには広大な大陸が見えた。人工的なものはほとんどないが、地面にはある王国に通じるレンガの道が敷いてあった。

 その親切ではあるが足に悪そうなレンガの道を、一人の美少女が歩いていた。

長い金髪に美しい碧眼、幼くてとても可愛らしい顔立ちをしているが、大きな胸とお尻をした、太ってはいないがムチムチとした大人っぽい体型をしていた。ミニスカートにブラウス、大きなバックを肩から下げ、頭にはとんがり帽子を乗せていた。魔術師やその類の証拠である指揮棒くらいの長さの魔法の杖は、丈夫な木を加工したステッキの先に星形に加工した黄金のように光り輝く宝石をつけた作りで、無くさないようにベルトに下げていた。

 この少女、ビンカ・ウワカワイーは少し憂鬱な気分になりながら、自分の体力のなさを情けなく感じていた。しかし、この試練を耐え抜かなければ、自分には明日がないし、自分が救える人がもしいるとするならば、その人の明日もないかもしれない。そう思いなが、汗水を流して、のどかだが人っ子一人にいない、寂しいレンガの道を歩いていた。

 しかし、ずっとこんな景色を見ていると、自分がこの世界でたった一人取り残されてしまったかのような不安と孤独を感じる。

「ううっ……」

 思い出すのは故郷でお世話になった人々、そして命の恩人。彼女らに会いたくてたまらなかった。しかし、今の状況では、それは叶わないという現実。それを受け入れて、前に進まなければ。

「ワタシはビンカ、ワタシはビンカ……」と、おまじないのように自分に言い聞かせる。自分はここにいると。


 ふと空を見上げると、家一軒くらいありそうなほどの巨大な鳥が低空飛行していた。その影にびっくりして思わず走り出してしまったので、息を切らしてしまった。

 息を整えるとまた歩を進めた。もうどれくらい歩いただろうか。この道はどれくらい続くのだろうかと、永遠のように感じる。しかし、まるで競歩をするように、その大きな胸を張って腕を振りながら頑張って歩き続けた。

 レンガの道の外で心配そうに自分を見つめている者を、視界の片隅に捕らえた気がした。しかし、本能は気のせいだとその情報を処理してしまった。

「ねえ、大丈夫?」

 思わずびくっとしてしまった。気のせいではなかった。

その声のした方を振り向くと、そこには女の子の妄想から飛び出してきたかのような、少年とも青年ともいえない中途半端な外見の美男子がいた。パリッとした黒いスーツとネクタイ、黒いズボンに革靴。どこかで見たことあると思ったら、伝説の勇者が着ていたとされる服装であった。その舞台や仮装大会でしか着ない服装が異様に思えないほど、優しげな雰囲気が漂っていて、心配そうな表情をしていた。こんな所に一人でいるなんて怪しいのに、もしかしたら悪者かもしれないのに、思わず彼のことを見つめてしまっていた。

「いや、ごめん」と、気さくな感じで言われた。「急に話しかけて怪しいよね。だけど、本当に疲れている様子だったからさ。……このレンガ道をまだ歩くなら、少し休んだら?」

「え、いや、あの、ご心配かけてすいません……」

 なんだか安心した。この世には自分を心配してくれるような人がいることを思い出せた。この世界には親切な人だっているのだと。

彼を見ていると、安心しているはずなのにドキドキする。彼の声を聞き、彼の姿を見ているだけでポカポカと暖かく感じ、フワフワとした幸せな感覚がする。不安なところを優しくされたからそう感じるのか? いや、違う。彼だからだと、ビンカはわかっていた。

「え、えっと、ワタシはビンカ・ウワカワイーです。……に、人間です!」

「あ、うん。そうだろうね」

 美男子が驚いたような顔をしたので、ビンカは自分が変なことを言ってしまったのに気がついて、恥ずかしくなって口を押えてしまった。

「オレは……えっと……」

彼が笑顔で名乗ろうとしたようだが、その顔はだんだん真顔に近くなっていった。さらには、まるで病人のように顔を青くして、ガッと両手で頭を掴んで苦しそうに俯いてしまった。

「ど、どうしたのですか!」

 思わず駆け寄ってしまった。もしかしたら、悪者かもしれないのに、彼のことを心配していた。その信頼通り、彼は近づいてきた彼女に暴力をふるったり、カバンをひったくったりもしなかった。

 背が高い。人肌のはずなのに、鋼鉄のように固い感触がした。いつのまにか初対面の相手を心配してしまい、優しく頬に手を触れてしまっていた。

「一体、ど、どうしたのですか?」

「思い出せないんだ」と、青年は驚愕した表情で言った。「自分の名前が思い出せない。友達も家族も。どこから来たのかも、なんでここにいるのかも」

「え?」

 ビンカには察しがついた。自分を気に掛けてくれたこの美男子は、記憶喪失なのだ。

 こんなにも早く、救いを必要とした人に会うとは思っても見なかった。何の覚悟もしていないし、どうやって助ければいいかも分からない。

「あ! ま、待ってください……」

 そう言って、彼女は被っていた帽子を脱いで、金髪のぴょんとしたアホ毛が露になる。脱いだ帽子を裏返すと、ポンっという不思議な音を鳴らして大なべに変化してしまった。

「はぁっ⁉」と、青年は先ほどの雰囲気とはうって変わって驚きの声を上げた。

 しかし、ビンカは無我夢中だったので、彼の様子に気づかないまま準備を進めていた。カバンから質量保存の法則を無視したヤカンを取り出し、その中からはまた法則を無視した量の水が出てきて、それを重いのを我慢しながら大なべに注いでいく。すると、大なべは注がれた水を瞬時に沸騰させ、湯気を吐き始めた。

「よいしょっと……」

 カバンに入りきらないような大きさの本をまた重そうに取り出す。その本はビンカが求めている情報を受け取り、自動でパラパラとページをめくっていき、その情報を示す。

 ビンカは本に書かれた通りの材料をカバンから取り出す。やはり、その量も法則を無視していた。本に書かれたとおりの順番と適量の薬草や木の実を鍋に入れて、魔法の杖に魔力を込めながら、グツグツと煮えるのを待った。

 そうして出来上がったキラキラと光る液状になった宝石のような液体をコップに入れた。

「はい、どうぞ!」

 と、ビンカは自信満々の様子でそれを青年に渡そうとした。

 しかし、気付いた。自分は異様だったと。突然魔法の道具を取り出して、薬を調合し始めるのだから怪しまれて当然。それに、こんな得体のしれない者が作った得体のしれない薬を飲む者などいるだろうか。

「ご、ごめんなさい! えっと、これは……」

「すごいな」と、美男子は感動したかのように言った。「いやあ、魔法って本当にあるんだなって。もしかして、魔法使いなの?」

「え、いや……」正確には違うが、嫌われたくなかった。「そ、そんなところかな~……」

「もらおうかな? それを飲めば、記憶が戻るかもなんだろ?」

「う、うん」

 青年はビンカから薬を受け取ると、それを飲み干した。

「ど、どうかな?」

「ほんのりフルーティー。おいしいよ」

「そ、そうですか、えへへ……じゃなくて、記憶だよ!」

「……ごめん、これと言って……」と、彼は残念そうに言った。

「そ、そう……」

 薬の調合が間違っていたのだろうか? 魔力の扱い方を間違えたのだろうか? ビンカは自分の力が未熟だったに違いないと、責任を感じた。期待させておいて、それを裏切ってしまった。

 しかし、ここで泣くわけにはいかない。もっと自分の腕を磨かなければ。

「その、期待させといて、ごめんなさい……」

「ううん。ありがとう。オレのために」

 自分は何もできていないとビンカは思っていたが、彼の笑顔を見ると嬉しい気持ちになった。彼が笑顔を笑顔になりそうになる。

 しかし、自分は彼を助けられていない。記憶が戻せないのなら、彼のために他にできることはないかと考えたが、一つしかなかった。

「……行く当て、ないんだよね?」

「まあ、そうなるね」

「じゃあ、えっと、何ができるかわからないけど……その……ワタシ、あなたの記憶を取り戻すのに、協力させて?」

「え、本当?」と、彼は驚いていたが、喜んでいるようであった。「……いいの? 君だって、大変なんじゃないの?」

「そ、そんなことないよ。だ、大丈夫だよ」

「……本当?」と、美男子は心配そうに言った。

「……じ、実は……」(ワタシ、すごい無責任だ……だけど……正直に言おうかな?)「ワタシ、今、お家ないんだ。あと……無職、お仕事募集中……」

 ビンカは正直に言ってしまったことを後悔した。こんなことを言ったら、余計に頼りなく思われてしまう。

「ううっ、ごめん、迷惑だよね。頼りないよね……。こんなワタシなんかが、あなたを助けられるわけないし……」

「何かあったの?」

「え、えっと、そんな大したことないよ。故郷から独り立ちしたばかりで……その……」

「……不安で、怖いんだろ?」

 ビンカはドキッとした。彼と出会うまで抱いていた気持ちを言い当てられてしまった。

「……うん……ぐすっ……」(だめ、泣いたら……)「ご、ごめんなさい、ワタシ……」

 こらえようとしたビンカだったが、涙が止まらなかった。我慢しようとすればするほど、涙が溢れてくる。

 すると、そんなビンカを美男子が優しく抱きしめてくれた。ものすごく硬い。まるで鋼鉄のような肉体。しかし、暖かくて心地よい、安心するぬくもりを感じる。

 ビンカは涙を流しながら、気がつくと彼に腕を回して泣きついていた。少しすると落ち着きを取り戻し、自分が会ったばかりの男と抱き合っていることに気づいた。

「うわぁっ⁉」彼から離れてしまう。「ご、ごめんなさい……その、これは……その……ううっ……」(ワタシって、本当に子供だ。見ず知らずの人に慰めてもらって、自分の力も知らないで人助けなんかしようとして……だけど、だけど……)「ねぇ、あの……ワタシ、まだこんなだけど、あなたのこと助けたい」

「……え?」

「だ、だから、まず、ワタシみたいな人を受け入れてくれる国があるの。ひとまずそこに一緒に行かない? あと、もしかしたら、そこの人かもしれないし?」

「一緒にいてくれるの?」

「う、うん」(むしろ、ワタシが一緒にいたいかなって……な、何考えてるんだろ……)

「ありがとう……オレも不安だったんだ」

「あっ……」(そうだ、彼の方が不安に決まってる! それなのにワタシ……もっと、大人にならないと、ワタシがしっかりしないと!)「ワタシ、あなたのこと助けるから!」

「あ、ありがとう……だけど、あんまり無茶しないでね。君は何となく、無茶をして、自分を犠牲にしようとする感じがするんだ。少し心配なんだよ」

 ビンカはまたドキッとした。これも出会った人やお世話になった人みんなに言われる。

「わ、ワタシのことはいいから自分のことだけを考えてよ……」

「ああ、まずは自分からだ。自分ことを考えられないと、人のことも考えられないしね」

「そ、そうだね……」(ううっ、人のこと、言えなかったよ……)

 こうして、ビンカと記憶喪失の美青年は歩き出した。二人でレンガの道を進む。

 ビンカは一緒にいるだけなのに、安心したような気持ちになっていた。

「あ、あのさ……」

「なに、ビンカ?」

「手、つないでくれない?」

「え? ああ、いいよ」

 自分が頼んだのにそうすることを躊躇してしまった。恐る恐る手を握ると、やはりとても硬かった。しかし、ぬくもりを感じて安心する。

「……えへへ……」

「……嬉しい?」

「え、えっと……うん……」


 ビンカと記憶喪失の美男子は、レンガの道を出て、草原に毛布を敷いて休んでいた。

「のど、湧いたでしょ? はい」と、ビンカは相棒にジュースの入ったコップをあげた。

「ありがとう!」と、彼は笑顔で受け取ってくれたが、急に神妙な表情をした。

「ど、どうしたの?」(キイチゴのジュース、嫌いだったのかな……)

「……いや、ごめん、これは君が飲んでくれ」

「え、嫌いなの? やっぱり……」

「いや……気を悪くしないでね。何か、必要がない気がするんだ。本能で分かる。赤ちゃんが誰に習わなくても泣くことが必要だとわかるみたいに、オレには……食事はいらない」

「……え?」(確かに、そう言う不思議な力を持つ人がいるのは知ってるけど……あれ? これって、彼の記憶についてのヒントになるんじゃ?)「わかった。ねぇ。そう言う……食事を必要としない体質? 力の人って、あまりいないと思うんだ。だから、王国についたら聞いてみよ?」

「ああ、確かに。そうかもね。ありがとう。君がジュースをくれなかったら気づかなかったよ」

「う、うん……」(嬉しいけど、なんか、無理やり感謝されているような気がする……それに本当に要らないのかな? もし、おなかが減って倒れちゃったら心配するよ……)

 そう心配するビンカは彼に返してもらったジュースを一口飲んだが、考え事をするあまり味を感じなかった。

「このへん、オレたち以外人歩いてないんだね」

「うん、そうだね。確か……最近、悪者とか魔物が暴れているみたいで……」

「え? じゃあ、オレらここにいない方がよくないか?」

 ビンカはハッとした。自分は彼と出会うまで無法地帯の草原をテクテクと歩いていた。ヘトヘトになるまで歩けていたのが奇跡だ。いつ襲われていてもおかしくなかった。そして、彼が一緒にいることで可笑しな安心感がして警戒を忘れていた。

「そ、そうだね、早く行こ……」

 そう言って立ち上がったが、時すでに遅し。

「ギャハハハハハ! よお、バカども! 持ってるもん全部おいてけや!」

 突然、そう言いながらならず者のゴブリンと山賊たちが現れ、二人を取り囲んだ。魔物と盗賊、悪者同士結束することにしたのか? 中には魔法を使えるゴブリンもいた。

 ビンカは思わず恐怖した。自分が油断していたせいで、自分が、なにより彼が危険な目に遭ってしまっている。

「ひぅっ⁉」(ワタシが何とかしないと!)

 ビンカは何とかしようと、ユニコーンの角でできた杖を構えた。

「よっしゃ、先生! あれをやってくだせい!」

「任せろ! 杖よ、わが手中に来たれ!」

 呪術師のゴブリンが呪文を唱えると、ビンカの魔法の杖が悪いゴブリンのくせに変に清潔な手の中に移動した! 

「あ! か、返して!」

「ギャハハハハハ! やったぜ! これでお嬢さん、あんたは無力だ!」

 呆然とした。これで魔法を使うこともできない、無力な女の子になってしまった。

すると、青年が突然、呆然としていたビンカを抱き上げた。

「逃げよう!」

「えっ⁉」

 彼はビンカを両手に力強く抱きながら、大砲が発射されたかのように飛び上がった。

 重力に逆らい、風を感じた。頭上には空と自分の長髪、下には驚愕して見上げている悪党たち。その次にまた重力を感じた。自分を抱き上げている彼の顔を見てみると、口をきゅっと閉じて怒っているようにも落ち着いているようにも見える表情をしていた。

 気がつくと、離れた林の陰に着地していた。遠くには急に標的が消えて慌てふためいている悪党たちが見える。

 彼は人間離れした身体能力を持ってして、ビンカを避難させたのだ! 

 地面に下ろされたビンカはまだ驚きで膝をガクガクと震わせていたが、その偉業を行った本人は落ち着いているようであった。自分が魔法を使った時も、彼はこんな気持ちだったのだろうかと思った。

「ここなら、レンガの道も見える。あいつらが諦めるまでここにいよう」

「……う、うん。あわぁ……」

「ごめんね、突然あんなことして。大丈夫? 深呼吸して?」

「う、うん……」言われたとおりにすると少し気持ちが落ちいた。「あ、ありがとう。助けてくれて……ううっ、ぐす……」(だ、ダメだよ、こらえないと……)

「……⁉」彼は、サッと背後の森を振り返った。「なんだ?」

 ビンカもその気配に気づき、鳥肌が立った。何かの視線を、背後の暗い森から感じた。

ビンカが震えて動けないでいると、美男子はサッと庇うように、自分の後ろに隠れさせた。

 すると、背後からは巨大な両手、その次に悪臭、視線を送ってくる獣のような目、そして、頭から生えている巨大な角……⁉ 

「うわ、なんだ、お前⁉」と、さすがの彼も驚いていた。

「ガハハハッハハ! 叩き潰してやる!」

 そう言って、悪のオークはその剛腕で二人を潰そうとしてきた! 

 ビンカは彼を連れて逃げようとした。服の袖を引っ張っても、なかなか彼は動かない。必死に引っ張ってもびくともしない。振り返って見てみると、また驚愕することになった。

 青年が片手で、その剛腕を受け止めていたのだ。

「この⁉ 離せよ!」と、美男子は怒鳴った。

「お前がな⁉」

 と、オークがもう片方の手で殴ろうとすると、彼はそのパンチを頭突きで受け止めて拳を痺れさせた。その次に敵の足を、その大ジャンプをした強靭な脚で蹴って転ばせた。さらに、その巨体に飛び乗り、腹を殴って気絶させた。そして、自分よりも巨大なその体を持ち上げた。そして、歩いて行く。

「あ、ああっ、ま、待って……⁉」

「取り返してくる。待っていてくれ」

 そう言って、彼は自分たちを襲った盗賊たちのところに歩いて行った。

「なんか、ズシンとした変な音聞こえなかったか?」

「それより、あいつらどこに行ったんだ?」

「ここだ!」

 そう言って、彼は持ち上げていたオークを、彼らの足元に叩きつけた。

気絶したオークを見て、盗賊たちは自分たちの体から血の気が引いて行くのを感じた。

「おい、まさか、あんたがやったのか⁉」

「そうだ! 喧嘩を売った相手を、お前たちは間違えたんだ。これで、お前たちはオレには勝てないとわかっただろう。杖を返せば、見逃してやる」

 思わず、あとでネコババしようと思った盗賊の一人は、奪ったビンカの杖を返してしまった。

 杖を受け取ると、彼はそのまま背を向けて、ビンカのところに帰ろうとした。

「このクソ野郎!」

 そう言うと、銃を持った盗賊が、彼の頭に弾丸を放った。

 キン! という音を鳴らして、凹んだ弾丸が地面に落ちる。彼はサッと振り返って、地面に落ちた弾丸を拾った。それを指ではじいて発射し、悪のガンスリンガーの銃に命中させて、奴の手を痺れさせた。

 そのあとは、ただ睨むだけであった。誰も彼のことを攻撃しなかった。

 彼は、自分の杖を取り返してこちらに帰ってくる。

 気がつくと、ビンカは彼のことが心配になっていた。思わず駆け出していた。

「ごめん、急に飛び出して。だけど、取り返したよ」

 そう言う彼を、抱きしめていた。彼の体はとても硬い。まるで鋼鉄。抱き着いた時に壁にぶつかったような痛みを少し感じた。しかし、やはり人の温かさがする。

もし、彼が強くなかったら、彼は死んでいた。彼に暴力をふるわせた。自分が弱いせいで。わざとらしいくらい優しい彼のことだから、彼が暴力を嫌っていることをビンカはわかっていた。

「……ごめんなさい、ワタシが弱いせいで……」

「そんなことないよ。オレを助けようとしてくれた。……君を怖がらせた、ごめんよ」

「……そ、そんな。なんで謝るの?」と、ビンカは首を振って、ギュッとさらに彼を抱きしめた。「ありがとう。助けてくれて。あなたのおかげで、痛いことにならなかったよ」

「……気にしないで」

 彼がどこかに行ってしまう気がした。あんなにも強かったら、きっと、一人でも大丈夫なはずだ。そうなれば、彼には自分など不要だ。彼と離れたくなかった。寂しいから。友達だから。

(それに……な、なんだろう……やっぱり、安心する。なんだか、幸せ)

「……ハグ、長くない?」

「うわあ、えっと、うん」

 もう少ししていたかったが彼を離した。

 そして、素晴らしい考えが浮かんだ。なぜ、今まで気づかなかったのだろうか。

「……マモル」

「……ん?」

「アナタの名前。ほら、名前、覚えていないでしょ? ……ワタシのこと、守ってくれたから……その……イヤかな?」

「そんなことないよ!」と、彼は嬉しそうに言った。「そうだ、何で気づかなかったんだか。マモルだ。オレはマモル。やっと自我を確立した感覚がするよ」

 嬉しそうな彼を見て、ビンカは泣きそうになった。嬉しかった。自分は名前を考えてあげただけ。それなのに、彼はとっても喜んでくれた。自分にはまだこれくらいしかできない。しかし、彼の記憶をいつか取り戻して見せる。

「そうだ、杖、取り返してきたよ」

「あ、ありがとう」

 そう、こんな感じで、簡単に人を助けられるように。

 そのあと、二人はまた悪者に襲われないように用心しながら歩を進める。

「少し、安心したよ。自分のことが分かって」

「うん。マモルの力を見たら、あの国の人たちも調べてくれると思う」

「それもあるけど、君の助けになれると思って」

 ビンカはドキッとして彼の方を見た。

「いや、さ。何もできないと思って。君の世話になるんだったら何かできないと、何かしないとって思ったんだ。このパワーがあれば君のことを守ったりできそうだ」

「もう、助けてもらってるよ……」と、ビンカはつぶやくように言った。

「オレが? 助けてもらったのはオレの方だよ」

「ううん。違うの……」

 ビンカは、自分が何を言いたいのかわからなかった。気がつくと、また手をつなごうとしていた。

握った彼の手を見てみる。思わず息をのんだ。ナイフで切られたような傷痕だらけでボロボロ。戦士や過酷な労働を強いられた者の手。記憶がなくなる前はどんな悲惨な目に遭ってきたのだろうか。

(もし……戦士だったらあんな風に……これ以上暴力を振るわせないようにしないと。マモルだって、暴力をふるいたくないはず)

「どうしたの?」

「待ってて」

 ビンカはまた帽子を大なべに変化させて、いくつかの薬草をかき混ぜ始めた。そうしてできたのは、雪のようにキラキラと光る塗り薬であった。

 それを塗り薬用のカンに入れると、適量を取って優しく彼の手に塗ってあげた。

 すると、マモルの手は元からそうだったかのようにきれいな手になった。

「す、すごい……ありがとう……」

「う、うん……ワタシはこれくらいしかできないから……」

「いや、だけどすごいよ。ありがとう。ビンカ」

「え、えへへ……あ」と、ビンカは蒼白とした。

「どうしたの?」

「もしかしたら、手掛かりだったかも……マモルの特徴……消しちゃった……」

 不気味な沈黙。ビンカは気を遠くしながらうつむいてしまった。

「いや、気にしなくていいよ。こういう人は多すぎてわからないだろうし」

「そ、そうかな……」

「そうだよ。すぐネガティブに考えるのはよくないよ。それに治してもらって嬉しいよ。それにいいことしたんだから暗い顔なんてしないで誇りに思いなよ」

「そ、そう? えへへ……うん」


 しばらく歩いて行くと、レンガの道の先に巨大な石の壁に作られた、巨大な門が見えた。壁のてっぺんには橋のようなアーチがあり、山などの高い所から見ると巨大なカゴのように見えた。そして、その恐ろしく巨大なカゴの中には人々が住む美しい街並みが広がっているのである。

 ゼトリクス王国。個性と共存の国。

「やっと着いた……あっ」

 首都に入るための門には長蛇の列が並んでいた。この国に商売に来た者、旅行に来た者、何となく立ち寄った者など、様々な人々がいた。或いは、馬車や自動車、どこから来たのかわからないが妖精や巨人もいる。この奇妙なカゴの中にある首都を持つ国の名はゼトリクス。人間もそうでない者もどんな種族も受け入れてくれる王国なのだ。

「おお、いろんな人や人外がいるんだな」

「うん。世界でも類を見ない、たくさんの種族が共存している国なんだ」

「そうか……へ~、楽しそうだ」

 そう、そのような国なのでビンカはるばるやってきたのだ。おそらく、行列のなかにも自分のような者がいるのだろうと、ビンカは思った。

 ビンカは、行列に並んでいる間も、彼の腕に自分の胸が当たっているほどくっついて手をつないでいることに気づいた。周りに見られたかもと思ううと、恥ずかしい。

「あ、も、もういいよ」

「ああ、うん」

 手を離すと、寂しく感じた。無意識のうちに彼に身を寄せていた。

「やっぱり、不安?」

「う、うん……」

「大丈夫だよ、オレもいる」

「う、うん!」

 そして、長蛇の列を並んでいくと、ついに最後尾の二人の番がやってきた。

「シャラーボケエッ! 最後はどいつだ~! ゴルルルッラ~!」

「落ち着けよ!」

 二人の門番はいつもこんなやり取りをして、やってくる人々を驚かせていた。

 ビンカはそんな人々以上にびくっとして涙目になってしまったが、マモルが優しく肩に手を置いて、見守ってくれたので落ち着いた。

 いつも怒った態度である門番のオコールは、いつも通り喧嘩腰に話しかけようとした。すると、その相手が美少女であったので、思わず笑顔を向けた。しかし、その隣にニコニコしている美男子がいるのに気づいた。腹が立ったので、そいつにはいつも通りに接した。

「んだてめえ! どっからきたんだ⁉」

「なんで毎回喧嘩腰なんだよ⁉」

 ビンカは怖かったので心臓をドキドキとさせながらも、落ち着いている方の門番のレイセーイにこの国に入るための書類を渡した。名前、種族、年齢とか、そう言うものが書いてあるものだ。書類一枚や数枚に、その者の人生のほとんどが書いてある。それだけではその者のすべてはわからないが、大抵の人はそれで一時的にその人の全てを判断する。

 それを一読したレイセーイはいい子そうだ、危険人物ではないだろうと思っていた美少女が、急に世界一恐ろしい存在に見えた。

「……あ、あの、少々ここでお待ちください。あ、怒らないでくださいね」と、怯えたように言うと、オコールに書類を渡した。

「なんだよ! てめぇの仕事だろ!」

「いいからいけ!」

 煮え切らない様子のオコールに行かせると、他の兵士たちにも連絡をした。すると、門の前に兵隊がやって来て、警戒態勢に入った。ビンカたちの後ろに並んでいたみんなも、思わず何事かとどよめいた。

「おい、なんだよ」と、美男子は不思議そうに言った。

 やっぱり、みんな自分を怖がる。仕方ないことだが、やっぱり悲しい。

「なんだ」と、美男子は不思議そうに言った。「もっと怖そうな人たちもいっぱいいるのに、オレたちの方を一段と怖がっているみたいだ」

「あ、ち、違うの、えっとね、あなたを怖がっているんじゃなくて……」(ど、どうしよう。本当のことを言ったらワタシのこと、嫌いになっちゃうかも……)

 マモルが心配する中、ビンカは不安と恐怖で考え込んでしまい、泣きそうな顔になって俯いてしまった。

「何かが、おかしい……⁉」

「え? マモル……キャッ⁉」

 すると、その場からウォンッという怪音と共にビンカとマモルが消えてしまい、オコールと並んでいた行列は、ただでさえ突然の警戒態勢に驚いていたので騒然としてしまった。

「落ち着いてください! 」と、言ってレイセーイが戻ってきた。「心配ありません! 瞬間移動魔法で別の場所に移ってもらっただけです」

 行列の人々はその理由を聞きたい気がしたが、兵士たちを煩わせるのも迷惑だし、自分たちの都合もあるのでそれ以上は首を突っ込まずに、ただ正直にしていようと思った。

 しかし、オコールは聞かずにはいられなかった。

「で、どこに連れて行かれたんだよ?」

「王子様のところだ」

「え、何でだ⁉」

「彼女は、とてつもない人物だったんだ。あとで兵団長からも知らされるだろうから、今は仕事に集中しろ」

 そうして、レイセーイとオコールはいつも通りの仕事に戻った。


 かすかに声が聞こえる。優しいが、心配のあまり少し怒鳴っているような声。

「ビンカ、起きて!」

「ま、マモル……え⁉ こ、ここはっ⁉」

 ビンカとマモルは、どこかのきれいな泉の中にいた。天井からは湖面を通じて美しい日光が差し込み、絵本から飛び出したかのような様々な魚が鱗を輝かせて気持ちよさそうに泳ぎ、地上に咲き誇る花畑にあるような可愛らしい水生植物が躍っているかのようにゆらゆらとゆっくり揺れている。しかし、自分たちはしっかりと息をすることができ、体も濡れていない。そして、まるで地上のように歩けている。

「ま、魔界……すごい、こんなことができる魔法使いが、この国にもいるんだ……」

「魔界?」

「えっと、魔法で作った自分だけの空間。何か大切なものを入れたり、危険な実験とか隠れたりするときに使うんだけど、すごく難しいの……」

 ビンカはさらに緊張してしまった。尊敬すべき空間魔法の使い手がいる。失礼があってはならないし、このような術者が許した者にしか入れないところにわざわざ連れてこられた理由も知っている。

「では、話は早いな。来たまえ」

 その心を見透かしたかのような声を聞いて、ビンカはまた小さく悲鳴を上げてしまった。マモルが手を差し伸べてくれたので反射的に手をつないでしまう。

声が聞こえた方へ行くと、そこには貴族や王族が使うような豪華な机とイスがあった。そこに鎮座していたのは、立派な制服を着て、眼鏡をかけた厳しそうな青年であった。

「オレから話そうか?」

「ううん。マモル。ワタシにやらせて。頑張るから、ここで待ってて」

「そうか。わかった」

 ビンカは手を放し、マモルに見守られながら声の青年の元に歩く。

「し、失礼しま……」

「まて、それ以上は近づくな」

「ひゃうっ、す、すいません……」

 ビンカはその男が誰か一目でわかった。グーンブ・ゼトリクス王子。ゼトリクス王国第二王子でありながら、大臣らに頼らずに、自ら政界を統治している異端児であり秀才。そして、うわさ。彼は人の心が読めるという。

「話には聞いている」と、王子は冷静な声で話し始めた。「ビンカ・ウワカワイー。この国、ゼトリクス王国に住みたいそうだな」

「そ、そうでしゅ、あ、そうです」(こ、怖い……緊張するよ……だ、だけど、ワタシが頑張らないと……)「ここならワタシのような者でも受け入れてくださると思い……」

「ふむ。知っての通り、我が国はありとあらゆる人種、宗教、種族の者を受け入れて共存している。共存とは、つまりお互いの出来ることと出来ないことを補い合って助け合うことだ。国が民に奉仕するのなら、民も国のために奉仕してもらう。そうして社会は成り立つのだ。分かっているな?」

「はぅ、はい……」(め、面接? な、何か答えを考えないと……えっと……)

「さて、そこで質問だが君はどのようにこの国の民に奉仕できる?」

「ほ、奉仕っ⁉」(え、な、何の話? どうしよう、頭がこんがらがって……あ、そ、そうか⁉)「わ、ワタシは魔法使いです! えっと、薬をつくることが得意なのでそれで人々を助けることができればいいなって思っていますです、ます! はい!」

「……ふむ、わかった」と、王子は少し間をおいて静かに言った。「君は、まだ大切なことを言っていない。分かっているな? 言わなくても、書類ですでにわかっていることだが、君の口から聞きたい。一番重要なこと、万人を受け入れるこの国に来た理由を。君が隠そうとしていることを言え」

 ビンカは恐怖した。このことを言えば、知り合った人のほとんどが離れていく。せっかく仲良くなった人も、まるでなかったことかのように自分を恐れて離れていく。ひどい時には暴力をふるってくる。

 そして今は何より、この国に住むことができなければ、マモルのことも助けられない。

(や、イヤだよ……もしかしたら……マモルも……イヤ、もうお別れすること……どうしよう、他にワタシのことで隠し事みたいなこと……あ)

「えっと、実は、十歳で……その、生活に困っていて……」

「え、そうなの⁉」と、遠くから見守っていたマモルは驚きの声をあげたので、ビンカも思わず振り向いてしまった。

「ひゃうっ、ま、マモル……」

「ああ、ごめん」

 ビンカが苦笑を返してまた王子に向き直ると、彼は威圧的な気配を発して睨んでいた。

「え、えっと、これは、本当で……」

「わかっている。……はぐらかしたな?」

「え、そ、そんな……」

「隠そうとしても無駄だ。私について色々な噂が流れているらしいが、その一つは本当だ。私は、他人の思っていることが手に取るようにわかる」

 しかし、王子はそんな力を使わなくともビンカの気持ちが分かっていた。なぜなら、可笑しいくらい表情に出てしまっているからであった。こんなに素直な者は久しぶりなので笑いそうになったがこらえていた。

(すまないな。こちらも責任があるのだ)

 ビンカは、王子の気持ちなどわかるはずもなく、焦りと恐怖をひしひしと感じていた。

「え、ええっ……?」(あ、じゃあ、マモルのことも何かわかるんじゃ……ちがう、そうじゃなくて……)「ご、ごめんなさい、隠すつもりじゃなかったんです! その、えっと……」

「怖かったのだろ? 分かっている。だが、君の場合は厳しくいかないといけないのだ。この世で最も恐るべき存在、意志を持った災厄……魔女である君には」

 ビンカは、心臓をわしづかみされたかのような感覚を覚えて座り込んでしまった。

「う、ううっ……」(どうしよう、追い出されちゃう。このままじゃ、マモルのことも助けられない。誰のことも助けられないよ……)「ぐす、ご、ごめんなさい、許して……」

 ビンカは耐えきれなくなり泣き出してしまった。

「ビンカ……⁉」と、マモルはビンカに駆け寄って彼女を優しく抱きしめていた。「すいません、この子も緊張していただけなんです。オレもそれなりのパワーがあります。国に奉仕します。だから、この子を受けいれてあげてください」

「……そうだな。ビンカも君がいなければもっと冷静になれていただろう」

「……⁉ 今、なんと?」

「君のことを助けたい、好いている余り、冷静さを欠いてしまったのだ。先ほどの発言と決断には、君にも責任があるということだ」

「そ、そうなんですか……」と、マモルは泣いているビンカの頭を優しくなでた。「わかりました。私がこの子を助けます。貴国には縁がなかったということで。なので、魔女が何か知りませんが、その種族に対する罰のようなことはやめてください。この魔界から出してください。そうしてくだされば、二度この国には足を踏み入れません」

 マモルの淡々としているが力強い言葉を聞き、ビンカが親に泣きつく子供のように彼に抱き着いている姿を見て、王子は顔には出していなかったが奇妙な感覚を覚えていた。

(魔女が他人を愛している……そもそも、何者だ、この男は?)

 対象をビンカからマモルに移し、頭の中でマモルをイメージした鋼鉄の扉を連想して、その扉の鍵穴から心の中を覗き込む。ビンカと過ごした今日一日だけの記憶。圧倒的正義感などで固められた光輝く善意。何よりビンカに対する愛情。それ以外何もない。以前にもこのような心を持った者を見たことがある。

(……彼女の心を覗いた時に見た、彼の記憶喪失は本当だったか。本当に彼を助けたいと思っているのか、この魔女は)

「……この国に住むためには、試験が必要です」

「ぐすっ……え?」と、ビンカはやっと泣き止むことができた。

「あなた方が、本当にこの国に住むに足りる人物なのかを確かめます。そのための仮の住居を用意しましょう」

「え、え⁉ その、試験の内容というのは……」

「当たり前のことをすること。それだけ言っておきます。今から試験を始めます。では、頑張ってください」

「え……ひゃう⁉」

 魔界からマモルとビンカは消えた。

 すると湖が雪のように解けていき、王城にある執務室が現れた。いや、執務室に魔界が形成されていたのである。

「ありがとうございます。姉上」

(う、ううん……)と、心を読めることを姉は知っているので、心で返事をしてきた。


 いつの間にかビンカとマモルは、首都から遠く離れた森の中に座り込んでいた。魔界を通じてまた瞬間移動させられていたのであった。

 そして何より、目の前には幽霊でも出てきそうな丸太小屋があった。

「ビンカ、大丈夫? オレは平気」

「う、うん、マモル……大丈夫だよ……」

「ビンカ、ごめん」と、言って、マモルはビンカを抱きしめた。

「ま、マモル⁉」

「魔女が何か知らないけど、今まで大変だったんだろ? そんなときに世話になるなんて」

「そ、そんな……」(ワタシは、マモルに会えて……とっても嬉しいのに……)「わ、ワタシこそ、助けてもらって……」

 ビンカは怖かったが、勇気を振り絞ることにした。マモルなら本当の自分を受け入れてくれるはず。勇気を出して告白してもろくなことはなかったが、今日こそは違うと思った。

「マモル、正直に話すね。ワタシは、魔女って言う……怖い種族なんだ」

「……そうか」と、マモルは気にしていないように言った。

「ご、ごめん。いきなりそう言われても分からないよね……」

「あ、ああ。大丈夫。落ち着いて」

 ビンカは深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、マモルを見つめながら話した。

「その……魔女って言うのは、昔からいて、生まれた時から危険で強力な魔力を持っていてどんな魔法も使えるの。そして、生まれた時から姿が変わらない。それで、死の概念がない」

「死なないってこと?」

「……うん。それでみんなが怖がるのはね、ワタシたちのほとんどが悪者なの」

「ビンカは、悪者には見えないけど?」

「あ、ありがとう……だけど、ワタシは……生まれた時から、この体だから……その、お母さん、苦しかったと思う。……思い出せないけど。だけど、ご主人様が……あ、その、お金持ちのお嬢様が助けてくれたの。だけど、ワタシが迷惑かけちゃって、それで独り立ちするために、ここまで来たの」

「大変だったんだね。……想像以上だった」

「ううん。ご主人様もいたし。他のみんなほどじゃないよ。そ、それに……」(今はマモルがいるし)「え、えへへ……」

 ビンカは、心にのしかかっていた重みが消えたのを感じて、楽になった感覚がした。すると、涙がぽろぽろと溢れてくる。

「ま、マモル……ワタシ、こんなだけど……一緒に、いてくれる?」

「……当たり前だろ」

 ビンカは自分がとてもカッコ悪くて情けないと恥ずかしく思ったが、マモルにまた抱き着いていた。そんな彼女を、マモルは優しく抱きしめていた。


 レンガの道が敷かれた草原と違って、家がある森は鬱蒼としていたが、巨鳥が舞い飛んでいる空は雲を浮かべながら青々としていた。

 ビンカとマモルは、早速王国から与えられた仮の住居である丸太小屋の修理と掃除をしていた。ビンカは魔法を使って水を発生させ、ぞうきんやほうきを魔法で操って、彼女自身も慣れた様子で掃除をしていた。外では、マモルがビンカの魔法のバックから取り出された道具と材料を使って、怪力で持ち出した家具や、家の外壁を器用に直している。

「ねぇ、ビンカ!」

「ん?」

 外を見てみると、マモルは机やいす、家具類を全て直し終えていた。

「見て、全部直ったよ!」

「わぁ、すごい……。ありがとう、お疲れ様! マモルも疲れたら休んでね?」

「ああ、大丈夫だよ。何か手伝おうか?」

 マモルの働きっぷりを見ると、ビンカは自分も頑張らなければと思った。すると、それに反応して魔法で操っていたほうきや雑巾がさらにテキパキと動き始めた。

「大丈夫! お掃除は得意だから。マモルは休んでて?」

「そう? わかった……どこか、村とかに行く道がないか見てくるよ」

「え?」(ここにいればいいのに……だけど退屈だよね?)「わかった。気をつけてね? 迷子にならないようにね?」

「ああ。いざとなったら跳んでくるから。じゃあ、行ってきます」

「うん。いってらっしゃい」

 マモルが見えなくなるまで思わず見送ってしまった。

「わわっ」(早く終わらせないと)「……ん?」

 ビンカが膝をついて床を掃除しようとすると奇妙なシミに気づいた。立ってよく見てみると、その大きなシミは人の形をしているようにも見えた。

「え……⁉」(そ、そんな、もしかして、ここって……)「そんな、まさか、ね……」

 そう自分に言い聞かせるビンカを睨む目が、クローゼットの中から覗き込んでいた。


 その頃、マモルは森を駆け抜けて飛び出し、首都に続くレンガの道を発見していた。

「なんだ?」

 マモルの視線の先では、商人のキャラバンの一団が巨大なゴーレムに襲われていた。

「やめろ、やめてくれ!」

「やなこった!」ゴーレムを操る魔導士は言った。「とっとと金目になるもの寄こせ! ぶっ潰すぞ!」

「おい、見てわからないのか! もう商品は売っちゃったからないんだよ!」

「なに!」

 一団は荷台のカーテンをめくってからであることを見せて退散してもらおうとした。

「じゃあぶっ殺してやる!」

「理不尽すぎる!」

 すると、空からマモルが蹴りを入れてきて、巨大な鋼鉄のゴーレムを破壊してしまった。

「ぎゃ~⁉ おれのゴーレムが……ぐおっ!」

 マモルは最後の一撃に、気絶させる程度に加減して魔導士を殴った。

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう……助かったよ」

「いえ、気にしないでください。じゃあ」

「あ、待ちたまえ、どこに住んでいるんだね? 今は持ち合わせがないのだが、後日礼をしたい」

「ああ、私たちはあの森に住んでます。あそこには私たちしか住んでないのでわかると思いますよ」

「え、あ、あの森にある家にか⁉」

「はい。じゃあ、家で待っているので」

 すると、やってきたかのようにまた大ジャンプをしてマモルは帰っていった。

 そのあと、商人のキャラバン隊は命の恩人を心配して騒然とした。

「お、おい、あの森って……」

「ああ、まずいぞ。近くの村か街に行って、見に行かせた方が……」


 そのころ、ビンカはすっかり丸太小屋を見違えたかのようにきれいにしていた。

「おお、ピッカピカだね」

「う、うん……ん?」聞きなれない声を聞き、身の毛がよだつ。「あ、あれ? え? 誰?」

「いや、君も掃除しながら魔法も使って疲れたでしょ?」

 周りを見渡す。誰もいない。

(お、オバケ?)

「その通りだ」

 その瞬間、家全体を黒い半透明の靄が包み込んで家の中が真っ暗となった。その次に、家じゅうを覆ういくつもの歪んだ笑顔。座り込んでしまったビンカを見て笑っている。

「え、ええっ……や、やめて、乱暴なことしないで……」

「やだね。ここはおれさまの家だ。誰にも渡さん。勝手に入ってきたやつは殺してやる」

「も、もしかして……」

「そうさ。お前が座り込んでいるそのシミ」

 ビンカは悲鳴を上げて跳び上がってしまった。そして、また力なく座り込んでしまう。

「そいつは、おれが最初に目につけていたこの家を買いやがったんだ。だからぶっ殺した。それからそいつの家族も追い出してやった。まあ、今頃おれのことがトラウマになって精神病院かどっかにいるだろうよ。まあ、ざまあないことだ」

「ひ、ひどい……どうしてそんな……」

「やりたいからさ。それにしても、こんなに可愛らしい女が来るのは初めてだ。殺してやる前に楽しませてもらおう……」

 恐怖で体が動かない。動かそうとしても、体中の力が恐怖で抜けてしまう。

(ど、どうしよう、な、何か……)と、考えれば考えるほど涙が出てくる。そして、パッと思いついたことがあった。

「わ、ワタシは、魔女だよ! わ、ワタシをこ、殺したら、の、呪っちゃうんだから、や、やめて……」

「はあ? お前みたいな弱いヤツが魔女なわけないだろ? まったく、笑わせる……」

「え……⁉」(ほ、本当なのに……う、魔女って言われたくない時には言われて、魔女だって言ったら、違うって言われた……)「う、いや、イヤだよ……ぐすっ……」

「ハハハ、面白い。怖がれ怖がれ。お前が恐怖心を抱けば抱くほど、悪霊のおれは強くなれる。それにしても、こんなに怖がられたのは初めてだ、どれ、もっと……」

 すると、屋根を突き破って何かが我が家に侵入してきた。

「ビンカ、大丈夫?」

「ま、マモル⁉」ビンカはマモルに抱き着いて泣いた。「ま、マモル……ううっ……」

 悪霊はまた我が家に侵入者が入ってきて苛立った。家じゅうに浮かび上がらせた無数の顔も怒っている。

(はあ? なんだ、こいつは? たく、イチャイチャしやがって癪に障るやつだ。まあ、おれさまの魔界に入ってきたのだから死んだも同然。屋根を突き破るくらいの力を持っているようだが、幽霊のおれに物理的な攻撃は……)

 その時、悪霊に百年ぶりの、しかも巨岩を叩きつけられたかのような痛みを感じた。

「ぐおっ⁉ な、なんだ……⁉」

「出てけ!」と、マモルはビンカを抱きしめながら叫んだ。それだけ。

 すると、また悪霊は激痛を感じた。またマモルが怒鳴ると、激痛を感じた。

「な、なんだ、一体⁉ どうやって⁉ 退魔術か⁉」

「いいからあっち行けよ!」

 すると、ついに家の外に殴り飛ばされたような激痛がし、家に憑りつけなくなってしまうほどに霊力が消し飛び、生前の姿で外に追い出されてしまった。

「な、なんだ、お前!」(ま、まさか、意志の力だけで……恐怖心がおれの力を増幅させるのなら、やつはその逆を行ったのか? 勇気で、おれを追い出しやがった!)「この野郎、死ねよ! 化物が!」

 そう言って、悪霊は暗くなり始めた森の中に退散していった。

「ビンカ、もう、大丈夫だよ……」

「ぐす、うう、ありがとう」(また、助けてもらっちゃった。ワタシに、もっと勇気があったら……)「マモル、怖かった……」

「え、オレが?」と、マモルは間抜けた声で言った。

「ち、違うよ! オバケがだよ!」

「なんだ。まあ、あいつはオレのこと怖かっただろうけどな」

「……ふふっ」ビンカは、まだ離さないでいてくれるマモルに身を寄せて笑った。

「どうしたの?」

「マモルといると……安心する……」と、つい口に出してしまい、ビンカはハッとした。「え、えっと、こ、これは、その、えっと……う、ううっ……」


 落ち着くと、ビンカとマモルはピカピカになった台所で一緒に料理をし始めた。

「ねぇ、この海藻の増殖どうやって止めるの?」

「ん? うわあ、ちょうだい!」

 そうしているうちにあっという間に料理が出来上がり、マモルが直してくれたテーブルに夕食を置いた。ビンカが思いついて、火をつけたロウソクをフワフワと部屋中に浮かばせてみると、明るくて幻想的な空間になった。

「おお、すごいな……いい感じ」

「うん……うっ、ぐすっ……」と、ビンカはなんだか安心した感覚がして嬉し涙を流し始めた。「ぐすっ、ごめん、なんか、大変だったからかな、疲れちゃった……」

「ああ、そうだね。ほら、冷めるから食べよう?」

 二人は食卓を囲んだ。ビンカは久しぶりに誰かと、マモルと食事をすることができてうれしかった。

「ふふっ。……ま、マモル、あ、あ~んして?」

 マモルはキョトンとした顔をしたが、笑顔で口を開けてビンカから焼いた鮭をもらった。

「えへへ、おいしい?」

「ああ、すごくうまいよ。ありがとう」

「ホント? えへへ、よかった……ハッ⁉」(な、何したんだろ、ワタシ! まるで、カップルみたいなこと……それに、マモルはご飯いらないんじゃ……)「ご、ごめん、ワタシ、変なことしちゃった……」

「え? オレは嬉しかったよ?」

「……えへへ」

 マモルを見てみると、彼は無表情で夕食に手を付けようと様子だった。彼は食事を必要としない。ビンカに悪いと思って無理をして食べようとしているのがわかった。

「ま、マモル?」

「ん?」

「あ、あのさ、ムリして食べなくてもいいからね? 明日、ワタシが食べるしさ……」

「ああ、ごめん。分かっちゃったか……」と、マモルは苦笑していった。「君と同じことをしたいと思ったんだけど……自分じゃできないもんだな」

「ま、マモル……」(合わせる必要ないのに……)「い、いいよ、気にしないで?」

「人と違うことって大変なんだな」と、マモルは言った。「オレはあの怪力とかこういう体質とかを誇りに思えていたけど、同じことや時を分かち合えないのはつらいものなんだな」

「マモル……」と、ビンカは共感したあまり何も言えなかった。

「君がどんな気持ちでみんなの仲にいたのかわかった気がする。自分だけ違う孤独な感じがして寂しかったんだな」

「マモルは、今寂しい?」

「いや、全然。君がいるからさ」

 ビンカは思わず立ち上がって、マモルをギュッと抱きしめていた。

「ビンカ?」

「人と違ってもいいと思うよ? マモルの人と違うところは、すごいところでもあるから」

「……あ、ありがとう、ビンカ」

 ビンカはマモルのその声を聞いてまた泣きそうになったが我慢した。そして、抱き着いていたことが今さら恥ずかしくなって、急に飛びのいて離してしまった。

「ふわあっ⁉ ご、ごめん……。ま、マモル、暇だよね? お風呂入ってきたら? 沸かしておいたから……うん、その、お先、どうぞ?」

「……え?」と、マモルは焦ったように早口で言った。「いや、別に……いや、オレ汚いな。戦ったり怒鳴ったり。うん、入ってくる」

「あ、うん……」(ほ、本当に行っちゃうの?)

 ビンカは寂しく思った。そして、マモルを見てみると、なんだか歩き方がギクシャクしていた。その様子を見て、彼が抱き着かれたり慰められたりしたことが恥ずかしくて、照れているのが目に見えて分かってしまった。

「ふふっ……」(どうしよう、なんか、急にかわいく思えちゃったよ……)

 マモルが浴室に行くと、ビンカは一人になってしまった。すると、急に心細くなってしまった。あまり大きくはない家がとても広く感じ、暗く感じる。

「ひぅっ……⁉」(な、なんか、怖くなってきた……)

 そう思うと、ビンカはモグモグと急いで夕食を食べ始めた。

 マモルはシャワーを浴びたが、全く熱さや暖かさを感じないような無表情をしていた。すると、急に気配を感じたかのように入り口に目を向けた。

「え、も、もしかして……」

 扉が開くと、官能的なスタイルの体にタオルだけを巻いたビンカが入ってきた。服を着ている時から大きかったが、それから解放された胸と尻はとても豊満であった。やはり十歳には見えない。非常に発育の良い十八歳程の少女に見えるが、本当に十歳である。

「ま、マモル? その、えっと、一緒に入っていい? 洗ってあげるから……」

「いいけど、どうしたの?」

「ううっ……そのっ……」(一人が、こ、怖いからなんて言えないよ……)「い、いいから、あっち向いてて!」

 ビンカはマモルの鋼鉄のように硬い体を洗ってあげた。その間、ビンカが緊張した表情をしているのにマモルは心地よさそうな表情をしていた。

(マモルの体、すっごい硬い……)

「ビンカ、やっぱりこわかったんだろ?」

「そ、そんなことないよ⁉ オバケくらいで……⁉」

 すると、外で強風が吹き、狼のような猛獣か、いや恐竜のような巨大な生物が大げんかしているような声が聞こえた。

 ビンカは思わず悲鳴を上げてマモルに抱き着いてしまった。

「なんだよ、一体……待ってて見てくる」

「だ、ダメだよ! ま、マモル……うっ、ううっ……」

 しかし、マモルはズボンを履いて外に出て行ってしまった。ビンカは怖くて動けなかった。

「おい、何してんだ……」

 マモルの視線の先には、大騒ぎしている大きなドラゴンをはじめとした森の動物たちがいた。中には恐竜やサーベルタイガー、どういう原理で地上にいるのかアノマロカリスやシーラカンスがいた。

「悪霊がいなくなったぞ~!」

「イェ~イ!」

「遠くでやれ! 近所迷惑だ」

 ドラゴンと森の仲間たちはマモルの言葉を聞くと、気に喰わなそうにしながらも遠くへパーティー会場を移した。しかし、やはり遠くから騒音が響いてくる。

 マモルは顔をしかめて振り返り、家の向こうにある森を見た。夜の闇の中ではただの木々に見えるそれはよく見てみると、眠っている巨大な鳥であった。

「ああ、ここに住んでたの?」

「ま、マモル……⁉」マモルが振り向くと、生まれたままの姿のビンカが走って来て抱き着いてきた。「う、ううっ……一人にしないでよ……」

「ビンカ、わかるけど、流石に何か着た方が良いよ」

「ん……? ふわぁあっ⁉」

 顔どころか体中真っ赤にしてしゃがみこんだビンカをマモルは抱き上げて、また浴室に連れて行った。

ビンカは、くしゃみをして冷えた体を震わせた。しかし、心は恥ずかしさで熱くなりドキドキとしていた。自分がどんなに恥ずかしいことをしたかに気づいてしまった。

「……くしゅっ……あ、わああああっ……ワタシ、こんな格好で……」

「まあ、怖かったよね。だけど、もう大丈夫だよ?」

 ビンカはまたマモルにギュッと抱き着いていた。やはり硬かったがぬくもりを感じる。今日で、しかも初対面で何度もしてきたが一番暖かく感じていた。それもそのはず。何も着てないから。しかし、もう恥ずかしくなくなっていた。

「ビンカ……」と、マモルは思わず悲しそうな声をしたが、すぐに元気づけるような明るい声で言った。「お湯を浴びてすっきりしなよ。じゃあ、今度はオレが洗ってあげる番ね」

「え?」

 すると、マモルはビンカにお湯をかけて、丁寧にだが迅速にビンカの体を洗い始めた。

「ま、マモル……⁉ い、いいよ……ああっ……」(気持ちいいよ……)

 恥ずかしがる泡だらけのビンカに、ザパーッとまたお湯が浴びせられてすっかりきれいになった彼女が現れた。

「ま、マモル、ありがとう……だ、だけどワタシ、女の子だし、あなたは男の子だし……」

「だけど、十歳だろ?」

「え?」

「いいじゃないか、子供なんだから世話焼かせてくれよ。甘えたっていいよ?」

 ビンカはドキッとした。この外見なので、今まで大人と同じくらいに、一人の女として見られてきた。なのに、急に子供だと、よりにもよって一人の女性として見られてほしい人に子供だと言われた。

 ビンカは先ほどまでの恥ずかしさが吹っ飛び、腹が立ってしまい、頬をぷくっと膨らませて肩を震わせていた。

「む~ん、うぐう~……!」(もう、わかってくれてると思ったら、ぜんぜんわかってないじゃん! ただ、子ども扱いして甘やかそうとしてるだけ!)「で、出る。いいよ、ワタシは子供だもん……」

「……? ああ」

 気まずそうな表情をしたマモルを置いて、ビンカは頬を膨らませながら風呂場を出た。


 ビンカは体を乾かして着替え、洗い物も魔法で片付け終えてベッドに座り、先ほどの態度を悔いていた。

「はぁ、ワタシ、子供というより、めんどくさい人だと思われただろうな……」

「君は可愛いと思うよ?」と、パジャマに着替えたマモルがやって来て言った。

「うわぁ、マモル⁉」

「着替え、ありがとう。あと、さっきはごめん」

「う、ううん。ワタシこそ、ごめん……子供みたいだったよ……」

「ビンカってさ」と、マモルは少し間をおいて真剣な様子で訊いた。「もしかして、オレのこと好き?」

「うん……大好きだよ? ……え?」と、ビンカは顔を真っ赤にした。「え、あ、あの、これは……その……ううっ……」

「ビンカ、嬉しいよ。オレ」

「……ホント?」

「うん。正直さ、記憶がなくなっているときに君みたいな女の子に助けてもらって、好きになってもらえてすごくうれしいよ。だけど、君こそ誰かに助けてもらわなきゃいけないと思う」

「うん、ワタシまだ子供だから……・」

「オレも似たような者だ。だけど、何者なのかはわからない。もしかしたら、みんなが言う魔女よりヤバいヤツかもしれない。だから……」

 ビンカはマモルに限って、記憶があった時は悪者だったなどとは考えたくなかった。しかし、彼が言いたいことも分かっていたし、自分の行いがどれだけ危険で愚かであるかもわかっていた。

「あなたのこと、好きになっちゃダメ?」

「……簡単に言うと、そうなんだろう。ビンカは純情で素直すぎるからさ。自分で言うのも何だけど、オレみたいな得体のしれない奴を簡単に好きになるなんて……危ないよ」

「……ううっ」(また子供扱い……だけど、確かにそうかもしれないけど……)「……うん」

「だけど、そこがいいところだ。オレ、記憶ないけど、そんな君を守りたいと思う」

「え?」

「ビンカ、君の思いには答えたいと思うけど、もしかしたらできないかも。だけど、今のところは君を守らせてくれないかな?」

「……うん」と、ビンカは思わずベッドから立ち上がって言ってしまった。「わ、ワタシも、まだ子供だけど、魔女だけど、弱いけど……マモルのこと、助けさせて?」

「ああ」

 その後、二人はそれぞれの温かいベッドに横になった。

 ビンカは暖かいはずなのに寒く、マモルと一緒の家にいるはずなのに寂しかった。それに怖くもあった。先ほどのことも、これからのことも。

 気がつけばマモルが眠るベッドにもぐりこんでいた。

「ビンカ?」

「あ……うう……ごめん」

「いいよ。あ、そうだ、つかまってて」

「え? きゃっ……」

 すると、マモルはビンカが乗ったままのベッドを、穴が開いたままのベッドの下へ動かした。そこからは、森の木々と綺麗な星空が見えていた。

「……き、キレイ……」

「……明日って晴れだよね?」

「う、うん。大丈夫だよ。……ありがとう、マモル」

「いや」

 横に眠るマモルの顔を見る。まるで作り物みたいに端正な顔立ち。少年というには大人すぎるが、青年というには若すぎる。見つめていたら恥ずかしくなって、また綺麗な星空の方に目を戻してしまう。

(わ、ワタシ……なんか、すごいことになっちゃった……今日会った男の子と、しかも記憶喪失の子を……)

 そんな恥ずかしさが、また表情に出てしまっていた。それを彼は見逃さなかったようだ。

「どうしたの? 怖い?」と、マモルは何気なさそうに訊いた。

「ち、違うよ! マモルがいるから、怖くないよ……」

「そうか、よかった……」

 ビンカはマモルに抱き着き、ぬくもりと安心感に浸りながらスヤスヤと眠った。


 朝になった。隣を見てみると、マモルがいなくて焦った。しかし、落ち着きを取り戻す。

(マモルなら大丈夫)

 朝食を作って食べた後、いつでも出かけられるように身支度をして、薬草を煮詰めて魔法薬を作りながら、マモルの帰りを少し寂しく思いながら待っていた。

その頃、マモルは無表情で、巨鳥と太陽が鎮座する晴天のしたに広がる草原を駆け抜けて、人を救おうとしていた。ビンカが起きるのを待っていたマモルは、森の外から聞こえた少女の悲鳴を超聴力で聞きとったのだ。

 悲鳴を上げた少女の元にたどり着き、キノコを採りにやって来ていた少女を襲っていた巨大な狼を殴り飛ばして追い払った。

「大丈夫?」

「は、はい」と、彼女の声は震えていたが、徐々に落ち着きを取り戻していた。「ありがとうございます……」

「一人で帰れる?」

「はい……」

「そうか、じゃあ、気をつけて」

 そう言って、助けてくれた美男子が森に歩いて行くので、少女は焦った。

「ま、待ってください! そっちはダメです!」

「え? だけど……」

「そこは、悪霊が棲んでいるオバケの森です! 入っちゃいけません!」

「え……そうか、そう言うことか」

 マモルが何かわかったかのように納得したような表情をして頭を抱えたので、少女は心配してしまった。

「ありがとう、教えてくれて。オレのことは心配しないで家に帰って」

 マモルはそれだけ言い残し、やってきた時のように森に跳んで行った。

 その頃、ビンカの家を双眼鏡で見張っている兵団があった。

「幽霊はいるか?」

「いえ、ですけど、夜に偵察に行ったときはフワフワと人魂のような物が浮かんでいたのですが……」

「いや、もしかしたら魔女だから、悪霊の人魂おも明かりにしていたのかもな」

「何か来るぞ!」

 すると、見張っていた家の前にマモルが降り立ち、家の中に入って行った。

「生きてるってことは、大丈夫なんじゃないか?」

「もう少し様子を見ておこう、悪霊にも注意するんだ」

 見張られている丸太小屋で、ビンカは魔法薬を調合しながらマモルの帰りを待っていた。

「あ、マモル、おはよう、おかえり!」と、ビンカは思わず笑顔で言った。

「うん、ただいま。……鍋、沸騰してる」

「え? わぁっ⁉」

 急いで仕上げをし、正確なタイミングですりつぶした薬草を入れると、ポンッという音と共に薄紫色の小さな煙がモクモクとあげってスーッと消え、魔法薬が出来上がった。

「ふふ、出来た!」

「それはどんな薬?」

「えっと、これは害虫が寄り付かなくなる薬なんだけど、あ、えっと、ワタシ、魔法薬のお店やろうと思ってて、それで、試しに作ってみたの」

「ああ、そうか。しっかり考えていたんだな」

「う、うん。だけど、それもこの国に住めたらの話で……」

「そうだね。そのことだけど王子さんがさ、試験とか、当たり前のことをすること言ってたよね?」

「うん」と、ビンカはつい不安そうに言った。「ま、マモル……ど、どうしよう……その、ワタシも考えていたんだけど、やっぱりよくわからなくて……」

「たぶんだけど、わかった気がするんだ。参考までに言うね?」

「え、ホント? 聞かせてくれない?」

「ああ、おそらくだけど、王子さんが言っていたのは人を助けることだと思う」

「人を助けること?」(マモルなら大丈夫だろうけど、ワタシは……)

「この家、オバケいたよね?」

「う、うん、怖かった」と、ビンカは思い出してしまってこわばった。

「オレもさっき知ったんだけど、この森、悪霊が住んでいることで有名らしんだ」

「……え?」

「たぶん、王子さんは君と僕の力でこの家と森から悪霊を追い払うという社会奉仕をしてほしかったのだと思う」

「確かに、社会に奉仕とか、なんとか……おっしゃってた……」と、ビンカはマモルの考えが正解だと思ったが、出来るか不安だった。「えっと……できるかな……」

「ビンカ」マモルは、不安が泣きだしそうな顔に出ているビンカの手を、両手で優しく包んでいった。「オレもいるから大丈夫だよ。ビンカがオレにしてくれたようなことを、他の人にもしてあげるんだ。君なら得意だと思うけど?」

(わ、ワタシ、マモルに何かしてあげられてたかな? だけど……人助けはしたい! それは、この国に住めるからとかそう言うことじゃなくて、人助けはワタシがしたいこと!)「マモル、ワタシね、人助けがしたいの。だから、ワタシ、頑張るね」

「じゃあ、すぐにでもこの国に住めそうだね。君ならできるよ」

「……えへへ。ありがとう。あのさ、マモル……これからよろしくね?」

 笑顔になったビンカを見ると、マモルも笑顔になった。


 見張っていた兵団が家を見張っていると、ビンカとマモルが出てきたので驚いた。

「おい、本当に生きてるみたいだぞ」

「先生、大丈夫でしょうか?」と、兵士の一人が派遣されてきた霊媒師に聞いた。

「……大丈夫ですね。すっかりいなくなっています。あと、ここの悪霊は一体しかいなかったようです」

「え? それにしては、ここは被害が多発していて……」

「それほど、あの家と森に憑りついていた悪霊は強かったということです。ですが、それをあの二人は追い払った。二人の意志の方が強かったということでしょう」

「な、なんと……急いで報告しよう」

 そう言って、兵団たちは任務を終えて気づかれないように撤退していった。しかし、マモルは彼らがいた方向をじっと見ていた。

「ん? どうしたの?」

「いや……」

「そう……手、つながない?」

「ああ」

 二人は手をつないで歩いて行く。その時、ビンカは彼にくっついてしまっていた。

 二人を見張るたった一人の監視者は、自分ではなく兵団の気配と視線を察知したことに安堵した。そのまま油断することなく監視を続け、来るべき時に二人の力を見極めるために……二人を理不尽な暴力で襲わねばならない。

 ビンカは自分を見張るものの気配に気づくはずもなく、ただ大好きなマモルと一緒にいることに幸福を覚えていた。


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