氷の箱2
目が覚めたらどこか柔らかいものの上に寝かされていた。
「ノ……イ」
「エ、エルなの。 エルだ。エルがいる」
これは夢なのだろうか。目の前で消えてしまった私の大事な人が目の前にいる。
感極まって涙を流しながらエルの胸に飛び込む。
「よかった。 本当に良かった」
そう自分に言いかけてエルが確かにそこに存在することを両の手で抱いて確認する。
そして消えてしまわないようにさらに力を強める。
「あれ、エル」
消えてしまわないように強く握ったはずなのに私の手からいなくなってしまった。
が、エルは私の目の前にいる。
「どうゆうこと。 エルを確かに私は」
「ノ……イ」
エルの様子が、おかしい。
「エル具合でも」
アルは私を力一杯押した。
その瞬間、頭上を何かがかすめた。
「グラトニースライムの魔力を感じてきてみたが、そこにいるのはガキか」
ビリビリと肌に伝わってくる緊張感。
私たちがいた場所は突如現れた男によってクレーターと化していた。
見ても見なくてもわかる。この男は危険だ。
「なるほどな。 そこの嬢ちゃんがスライムに食い殺されたわけか。 そんでスライムは器を手に入れてその嬢ちゃんの姿をパクった訳か」
「な、何を言ってるんですか。 エルは生きてます。 だってここにいるんですから」
「ボウズは被害者か。 酷な話だとは思う。 だがなそいつはもうボウズの知ってる嬢ちゃんじゃないぞ。 そいつはもう村一つ吞み込みかけない化け物だ」
「違う、違うんだ。 エルは私を置いていったりしないから生きてるんだ」
そうださっきだってちゃんと抱きしめて、あげたはずだ。
「はぁ~。 これでもそんなことがいえるか」
そう云った男はどこからか取り出した槍をエルに投げつけた。
時間がゆっくりと進む。エルは動かない。ただその場で呆けている。
少しずつ、少しずつ槍がエルに向かって進んでいく。まるで磁石のように吸い付けられる。
エルはエルは本当にエルなのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎる。
ただまた目の前で大事な人が死ぬのを見るのは嫌だと思った。
「んな、なるほどボウズのその片腕……つけられたな。 色が妙だとは思ったがそうゆうことか」
強く願った。
槍を阻もうと思った。伸ばした左手が液体化して楕円上に広がり、槍が液体を通過して消えてなくなった。
「エルは殺させません」
「う~ん。 そうもいかないんだよな~。 お、わかりやすくなったじゃねえか。 ほら見てみろボウズの知ってる嬢ちゃんじゃなかっただろ」
「エル、どうして」
私がエルだと思っていたものはエルではなかったそうでエルは何かに怒ったような顔をしてまがまがしい姿に変貌していた。
「ボウズはまだいいとしてこっちはもう本性を現しちまったな。 ボウズ、下がってろ。 悪いが大人の事情で嬢ちゃんはここで処理させてもらう」
男は私が理解することを諦めたのかそう告げた。
ビリビリと気がぶつかり合っているのがわかる。気とかなんとか、まったくわからないけどそれでもわかるくらいの気迫。これがきっと殺気って奴だろう。
「まったく、なんでこうなる前に対処できなかったのやら」
男はまたもどこからか槍を取りだした。
睨みあう両者、先に動いたのはエルだった。
液体にして剣に変えた右腕を上段で振り下ろす。その剣は地面を穿ちクレーターを作った。そしてエルの液体は酸のようなものらしく地面が煙を上げて溶けている。
「怖いね。 本当に国が意地を張って軍隊を上げるからただただ肥えさせるんだ。 最初から役割が違うんだよ。 軍隊は戦争、冒険者が魔物。 これは常識なのにな」
男はそれを難なく躱してブツブツと文句を云いながら持っていた槍を投擲する。
その槍は速く、先ほど投げたものとは桁違いなほどのスピードでエルを穿ち、そのまま後ろの森すらも消し飛ばした。
「あ、あぁ、エル、が」
「っけ、やだやだ。 これだから国は嫌いだ。 俺がいつも嫌われ役をやんなきゃなんねぇ。 まあボウズ、とりあえずその腕は切っといてやるからな」
男は持っている槍を私に振りかざす。
失意の念に沈んでいた私に抵抗する力などないし、もう死んでいいと思った。
だが私に振りかざされた槍が下りてくることはなかった。
「確かに魔石はつぶしたと思ったんだけどな。 なんで生きてる」
「ノ……イ」
私に振りかざされたはずの槍はエルの肩を深々と抉っていた。
勘違い、していた。
エルはずっと私の名前を呼んでいたじゃないか。どうして、どうして疑ったりしたのだろうか。
ノイはこの男が私に危害を加えたと思ったから怒ったんだ。ずっとエルは私を守ってくれてたんだ。
「今度こそ止めを」
「まって、ください」
なら私がするべきことは決まっている。
「エルは絶対に殺させません」
「これだからガキは面倒くさい」
私を認めたたった一人の女の子を守るために。
そこには箱があった。
冷たい、冷たい箱だ。きっと触れば凍り付いて死んでしまうくらい冷たくて寒い箱だ。
それでも、そうだとしても目の前の女の子を助けられるのならば死んでもいい。
私は箱を開けた。
「氷の箱一番、叢雨」
左腕の液体を抽出し、氷の刀を形成する。
「ボウズ、たてつこうってなら容赦しねぇぞ」
「望むところです」
抽出した液体を凍結させる。
「氷の箱三番、氷柱」
「面白い技を使うな。 まったく面倒だな」
男がものすごい速さで突いてくるのを刀でいなし、躱しては氷柱を放つ。
手数はこっちの方が上、だと思っていた。
「槍神の加護」
無数の槍が私を襲った。
いなそうとした氷の刀は根元から砕かれ、突き破られたお腹から内臓がはみ出し、右腕も骨を砕かれてどこかに転がっていき片足を失ってバランスが取れなくなったからその場に寝込む。
「ボウズ、なかなかやったほうだぜ。 俺にずるを使わせるとはな、でもまあお前さんが先に使ったんだ。そのくらいは許してくれな。さて、嬢ちゃんを……まじかよ」
「エルは、わたさない」
ボロボロになった体に鞭打ち男と対峙する。
傷口を凍結させ、即席で義手と義足を作り、なんとかバランスを保つ。
そして、刀も作り直した。
その刀は私の血が混ざり、真赤な氷の刀となった。
昔、シスターから聞いたっけな。血には最も魔力が溶けているって。
「氷の箱五番、氷車」
血液を混ぜた左腕を刀で切りつけ巨大な氷の結晶を高速回転させながら男に飛ばす。
「ボウズ、なかなか気合をみせてくれるじゃねえか」
「駄目、だよな」
今の技は今できる最大の渾身の一撃だった。それがわかったからこそ更に理解させられるこの男との力の差。
私の氷車は正面から砕かれた。
死ぬ。
それが分かった。
もう私が助かることはない。だけどもし、叶うのならば
「エル、だけは助けてください」
先ほどから横たわってぐったりとしているエルを見ながら男に懇願する。
もう、縋る以外にエルが助かることはない。醜くても、なんでもいい。私はただ、私を生かしてくれた大恩人に恩返しをできれば、それでいい。
「……だーくっそ。 もう無理だ。 無理無理降参だ。 やっぱり俺はガキは殺せねえよ。 それにあの嬢ちゃんはもうすぐで魔石壊したはずなのに再生が終わりそうなくらいの化け物だ。 それになんとなくだが意思を感じた。 だからまぁ有効活用できる可能性があるかもしれないからな。 とりあえず捕獲ってことでお前ら、うちのギルドに来てもらう」
「それって、じゃあ」
「助かった。 とりあえず今はそんなとこだ」
たす……かった。
「ボウズ、すまねぇな。 今治すからよ」
男は腰に下げたアイテムボックスらしきものから青色のポーションを取り出してバシャバシャと私に振りかけた。
その液体が体を浸透し痛みを和らげなくなって動かなくなった部位が再生し、いつも通り動くようになる。
……なくなった部位の再生って、今かけられたポーション、A級だよな。
A級って一本で多分教会が10年は安泰みたいな話を聞いたことがある。
……まずいわね。
助かる、そう聞いたとたんに心が軽くなったものの、さっそく重い話に頭を悩ませてしまうのであった。
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「ボウズどうしたそんな青ざめた顔して。 まだどっかわりいのか?」
「……わ、わたしお金持ってナイネ」
「そりゃあまあみてればわかるぞ」
「ポーションおたかいやつなのネ」
「金貨十五枚程度だな。 あ、まさか俺がお前みたいなガキから搾り取ろうとするようなカス野郎だと思ったのか。 おいおい冗談きついぜこの野郎。 俺が勝手に助けたんだ、金なんてとらねえよ」
あ、兄貴、かっけえっす。
「そんなことよりも俺はボロゥっつうもんだ。 よろしく」
「わ、私はノイスです。 こっちがエルルカ。 よろしくお願いします」
まだぐでっとしていたエルを立たせて一緒にお辞儀する。
「おいおいそんなかしこまんなくていいぜ。 もっと楽にしてろ、疲れてるだろうし。 これから少し歩かにゃならんから休憩してろ」
あらやだかっこいい。とってもかっこいいわ。
ボロゥの兄貴に一生ついていきます。
「そうだそうだ。 一応聞いとかなきゃな。 ボウズお前らはどっから来たんだ」
「わたしたちは近くの貧乏な教会に、いたはずです」
「ふむ、おかしいな。 ここらに教会なんてないはずだが……」
「そんなことないはずです。 わたしたちは近くの井戸に水を汲みに行ってその途中でスライムに遭遇して、そこからの記憶はあまりなくて……」
「教会……。 ボウズこれだけは言っておく。 三十年前の話だ。 とある大陸に現れたSSS級個体グラトニースライムロードが国を三つ飲み込だんだよ。 その時は先代の勇者が命を懸けて封印したんだ。 多分その時にその教会も消し飛ばされたんだろうな」
「それがわたしたちと何の関係があるというんですか」
三十年前の話など何ら関係ないはず、でも教会が消されたって、どうゆう意味だろうか。
「そんでそのスライムが封印されていたのがここだ。 もう、わかるな」
「アルがそのスライムだといいたいんですか」
「そうはいってないが、ほとんどそんな感じだ。 ボウズ、その嬢ちゃんはおそらく、それと同じ系統のレベル魔物として判断されてもおかしくはねぇってことだ」
「つまり、どうゆうことですか」
「ようは嬢ちゃんをぶっ殺すために軍隊が動くかもしんねえってことだ」
……エルは、確かに化け物なのかもしれないな。
あんな技を使うことができること自体がもう異常だろう。おそらくスライムに関する能力だろう。私の左手もそんな感じだろうしな。
でも、そんなこと、もうどうでもいい。
「何が動こうと私はエルを守りますよ。 これはもう、決めたことです」
「そうか。 ボウズ、強くならなきゃな、それなら。 今のまんまじゃ、まだ守られるだけだぞ」
「わかってます。 強く、なりますよ」
そう、強くなるんだ。強くなってエルを守るんだ。
「おっし、じゃあ行きますか」
「行くって、どこに」
「そりゃまあ傭兵国家ヘラクルスだ」