91.もぐぅ
トンちゃんは今、お空が良いお天気なので森の中を散歩している、木漏れ日がとても気持ち良い。こんな日は花の蜜でも吸うに限るわね。
ツツジだったかしら、とにかく甘い蜜が出る花を摘んでちゅーちゅー吸っていると、変な鳴き声が聞こえてきた。
「ぴぅ……ぴぅ…………」
「ん?なんの鳴き声かしら」
鳴き声の方へ鼻先を向けると、お兄様のラジモンであるアオバが、羽根を広げて地面に落ちていた。
苦しそうな呼吸をしているアオバ、なんでこんなとこに落ちてんのよ、花を咥えたまま駆け寄ると、アオバは目を開け私にこう言った。
「その辺の花は、さっきウルフルーの子供がマーキングをしていたぞ」
「ペッペッペッペッペッ!!!!!!!!」
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みんなは道端の花の蜜を吸う時は、犬のおしっこかけられそうにないところ、なるべく高い位置からお花を取るようにするのよ。トンちゃんとのお約束ね。
てか先に言えよ、口に含む前に言えよ、なんですぐに教えてくれなかったの。背中にアオバを乗せ、散歩は止めにしてとっとと家に帰ることにした。
「で?なんで地面に落ちてんのよ」
「翼に牙を受けてしまってな……」
「野良犬に食われかけたってわけね」
「ノライヌとはなんだ?」
「ウルフルーの別な呼び方よ」
テコテコトテトテ、可愛い足音を響かせながら森の中を進んでいくトンちゃん、あぁほんと私の散歩日和がパァだわ、屋敷に着くまでにリリーの遊ぶ体力が削れてると良いんだけど。
「森でなにしてたの」
「主人からの頼みで赤い木の実を取りに来ていた」
「はーん、美味しいやつ?」
「いや、出てくる汁で舌が痺れる」
「毒じゃん」
「主人にとっては毒ではないらしいぞ」
取り留めもない会話をピーピープープー鳴いてしながら、森の中を進んでいく、走ったらアオバ落ちるしな、やっぱ歩くと遠く感じるわ。
さっこさっこと緑の草を踏み締め進んでいくと、背中のアオバが突然、神妙な声で自分語りを始めた。は?別にアオバの過去に興味無いんだけど。
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───俺が今の主人と出会ったのも、今日のような木漏れ日が美しい日の事だった──────
「いや語らんでいいて」
ウルフルーと死闘を繰り広げ、追い返したは良いが、地に落ちてしまい、血も出て死を待つばかりだった自分を、主人が見つけたのだ。
「ウルフルーには勝てたんだ、すげーじゃん」
主人の巣に持ち帰られ、怪我をした羽根にクスリという物を塗りつけられ、布で縛られた。
今となっては恥ずかしい話だが、食糧にされるのではと主人の手を攻撃したり、威嚇したりと恩を仇で返すようなことをよくしていたものだ。
「警戒はするし身を守るために攻撃もするわ、そりゃ野生だもの、あたりまえの事よ」
なんど俺に攻撃されようと、主人は諦める事なく酷くしみる薬を塗り、羽根に巻いた布を替え、味の良い飯と綺麗な水を下さった。
普段では考えられないほど早く傷が治り、怪我をする前以上に自由に空を飛べるようになった俺に、主人は"あんてなー"なる物を見せながらこう仰った。
「怪我治っても放鳥しなかったから、アオバをラジモンにしたのね」
──────「僕のために、一生山の木の実や木の葉を取ってきてくれないか」と──────
「プロポーズじゃないんだから、てかそんなの私だったら即逃走一択しかないわ、割に合わなさ過ぎよ」
こうして、俺は主人のラジモンとなり、今も返し切れない恩を返すため、日々こうして森へと出かけているのだ。
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「つまり俺の主人は、羽艶の違いを見る目があったという事だ」
「はづや?どういう意味」
「強いピイピイほど身嗜みを整える時間が取れるという事だ、番相手にも困らんし、餌の貯蓄量も比ではない」
「魔獣の種類ごとに独特な文化が築かれているのかしらね」
「優秀な番相手を見抜ける事もまた優秀なピイピイである条件であろう、日々の暮らしに余裕がある強いピイピイほど羽の艶が良く、寿命が長く、経験を積んでいるからな」
はーん、そうなん。矢張り種族ごとに独特の価値観や、ことわざ的な文化が育っているようだ、すごいな魔獣。
人間に動物の言語形態は分からんし、魔獣にも動物の言語は通じない、逆もそうだろう。でも、他の魔獣を見ている限りだと、人間から教えられた事、理解できた事はしてみようと努力はしているみたい。
アオバだって、私が話すまで『名前』の意味がわからなかったようだし、お兄様の声と口笛は、とにかく自分を呼んでいるから行かねばならぬという認識だったようだ。
「種族も違えば常識も違う、そりゃそうか」
「当たり前だろう、地を這うトントンと空を駆ける我々では生きる世界が違う」
「腹立つ言葉のチョイスすな、空飛ぶために脳味噌軽くしてバカになってるくせに」
「あ゛?」
「お゛?」
子豚と小鳥が喧嘩を始めようとしたその時、後ろの茂みがガサガサと揺れ始める。背中のやつを落とさないように気遣いながら警戒態勢を取る優しい私と、その背中で警戒音を鳴らすアオバ。
ぴょこん!ほんわかポップな効果音と共に目の前に現れたのは、まだあんよも尻尾もふわふわの毛で作られているウルフルーの子供だった。
野良ワン=ワンとの見分け方?身体の毛が灰色に白と黒混ざったようなのはウルフルーが多いと思う、あとワン=ワンはもっと飼い慣らされた犬の顔してる。警戒をやめると、もう一匹ぴょこっと顔を出した。
「いた!にげてたピーピーいた!!」
「いたよちち!オレがかんだの、オレがかんだんだよちちー!!」
「分かったわかった、今行くから、目を突かれないよう気をつけてとどめを刺すんだぞ」
え?父?は?親??ガザザザザと藪を揺らして出てきたのは、右目の部分に大きな傷がついた歴戦の雰囲気を醸し出すウルフルー。
ヤババじゃん。そろそろと後退りをして逃げようとしたが、鋭い眼光が子豚と小鳥を捕らえた。背中のアオバがびくりと身体を震わせ、茂みから出てきたウルフルーの親に向かって鳴き立てる。
「お、お前は、あの時の……!」
「まさか、オレの右目を奪ったピーピーか……!?」
「余計な因縁持たないで」
やめて、登場キャラを増やさないで、てかそういう因縁の云々は他所でやって、可愛いトンちゃんを巻き込まないで。変ないざこざに巻き込まれた子豚可哀想でしょ、喧嘩はやめて、他所でして。
「人間なんぞに捕まって警戒心が鈍ったのか、息子に羽根を噛まれ地に落ちるとは、なんの因果」
「ちち!オレ!あのピーピーにオレがかみついたのねぇちち!!」
「ちょっと黙ってなさい、俺の右目はあの時から見えていない、だが例え片目が使えなくとも」
「オレも!オレがみつけたんだよちち!えらい?ねぇえらい!?」
「わかったから、お父さん今大事な話してるから、いい子にしてなさい、とにかく片目が使えなくとも」
「オレがみつけたんだからオレがたくさんたべていいよね!?」
「はあ!?たべていいのオレでしょ!ねぇちち!ちーちー!!」
お子さん凄く元気ね。ワウワウワオワオ吠え続ける子ウルフルーを微笑ましく眺めながら、そろりそろりと後退りを続ける。逃げるが勝ちのかすり傷すら嫌だぜ戦法。
戦闘からフェードアウトを狙ってちょこまか動いていたが、臨戦体勢に入ったウルフルー(父親の姿)に睨みつけられ、本能で足がすくんでしまう。
「逃げようとしているのか?どこだろうと追い詰めて、喉元を食い破り息の根を止めてや」
「ちちおなかすいたー!」
「オレもー!!」
「仕留めるからちょっと待ってなさい、そこのトントン、今なら背中のピーピーを置いていけばお前は逃してやろう」
嘘つけ、お腹ペコペコの子ウルフルーが二匹もいるのに、ピイピイよりは食べがいのあるトントンを逃すとは全く思えないわ。
それに、逃したって追って捕まえれば良いんだし、命は助けてやろうとか悪役の常套句だし、てか私は謎のゲーミングスライムのお陰で結構レベル高くなってるんだから、隙さえ出来れば逃げおおせるのよね。
背中のアオバが私の毛を啄んで引っ張る、何、痛いじゃないの。
「俺を地面に置いていけトンちゃん」
「何バカなこと言ってんのよ」
「怪我をした一羽を背中に乗せたまま、あのウルフルーから逃げ切るのは困難だろう、置いていけ」
「シャスタお兄様が悲しむでしょ、無理」
「主人なら、俺よりもっと強くて、こんな失敗をしないようなラジモンを従えられるだろう」
「そういう問題じゃない」
突然のシリアス展開やめて、それと、涎で地面を濡らし始めた子ウルフルーもやめて、私達美味しくないわ。
背中でうごうごと身を捩らせていたアオバだが、ぴぃ、と、力無く鳴いて私に頼み事をしてきた。
「お前は人間と、俺の主人と話せるだろう、最後の頼みだ」
「やだからね」
「あなたのラジモンになれて嬉しかったと、そう伝えてくれ」
「私に頼み事するなら前払いじゃないときいてやらないから」
「たのむ、おなじ人間に捕まった者だろう」
「私はまだ捕まってないからね」
リリーとお兄様は違う人間よ、あいかわらず頭悪いわねコイツ。そして私は、目の前の地面にアオバを置いた。
赤黒く染まった羽を広げ、体毛?羽?を逆立てウルフルーに向けて精一杯の威嚇を繰り出すアオバ。
「さぁ、喰えるものなら喰ってみろ!お前の残った眼も、子供の舌も、啄んで使いも゛ッ゛」
を、頭から口に含んでしっかり咥える。
「キピィーーーッ!?ギュピィルーー!!?」
「は?」
「もっ(じゃ)」
「ちちー!オレのピーピートントンがたべたー!!」
「あーー!オレのメシのトントンにげたー!!」
「ピィーーーーーーー!!?!?」
逃げるが勝ち、戦わなければ負けはしない、つまり遁走は即ち生への道。どれだけレベルが高かろうが、戦うとたぶん痛いし、今はまだ私が戦うその時じゃない。
ほらまだバトルの練習とかしてないし?技の練習もしてないし?近所のシババンはあんなだし??しかも相手子持ちとか?万が一野生で生きていけないぐらいの怪我をさせたら寝覚めが悪いじゃない。
口の中、くぐもった声でピィピィピギャピギャ鳴いているアオバを咥えたまま、ウルフルーの追跡から逃げ続ける。
「なにが!?なぜ!!?なんで!!?!?」
「ももむゃむむみむー(もーうるさいわねー)」
「待て!そのピーピーだけはこの場で喰わ」
「オレのメシーーーー!!!!」
「オレのエモノーーーー!!!!」
さっさと家に帰ってご飯食べましょ、美味しいもの食べれば傷の治りも早くなるわ。
こうしてたったか逃げ出したトンちゃんとアオバは、低木を薙ぎ倒し、土を巻き上げ、アオバの頭を涎でベットベトにして、なんとかチュートリアの町へと逃げ帰ったのであった。
「トンちゃん?あれ、口に咥えてるのはアオバかい??」
「おぇ」
「うわぁ、涎でベタベタだなぁ……羽根を怪我してるじゃないか!?すぐに魔獣医師のとこに連れていくからね!!」
「ぴぇぃ……」
「木に成っている実で良いからって言ったのに、また地面に降りたんだろう、サンプルが欲しいだけだから熟れて地面に落ちた大きい実じゃなくても良いんだよアオバ」
「ぷふぴぴぷぅ」
「だから木の上の物しか頼まないんだ、適材適所さ、地面の物なら僕が採取に行けばいいんだから」
「ぴるぅ……!」
「ぷぱぱぴぁ」




