9.トンちゃんレベリングする
今は夜、月明かりがさらなり。
お屋敷の皆んなが寝静まった後、私が意識を取り戻した、あのゲームの“はじめの森”に来ていた。ホーホーだかポゥポゥだかよくわからん鳥みたいなものの鳴き声が響く森の中、草木も眠る時間帯に暗い森の中の道を歩いていく。
結局私の魂どうこうよりも今はここが現実なんだ。オープンワールドでは無いゲーム内では一本道のこの森も実際あちこち移動可能なワケで。
現実味が無い現実だけど、元の世界に帰れるとは思ってない。実はもうこのゲームを教えてくれた友人どころか親兄弟の顔すら思い出せないんだから。
「…………ぷきっ(…………寂しいものね)」
アレだけ疎ましかったテスト勉強も、友人と笑い混じりに作った人生設計も、将来の不安でさえももうこの世界では必要なくなった。
徳を積んだとは思えない、だからといって悪人だったかと言われるとそうでもない、前世ではただの女子学生だった。
自分の足元を見ると人間とは程遠い身体、慣れるのが異様に早いのはそういう風に作られているからなのか……、うん、そういう事にしよう。
ガラッと話は変わりお話の主人公が動物で有ると必ず付き纏う、猫が猫を飼ってるの?問題と同次元の『お前が食ってんの何肉?』問題。
この世界の人間達はトントンを飼い慣らして遠い昔から家畜化させており、豚舎の元トントンは最早魔獣とは相容れない動物と化している。そう、別物なのだ。
牛や馬などもそうだが長い間家畜として飼い慣らされたアイツらとはもう全然話が通じない。家畜をはじめとする動物は我等魔獣とは全くの別物なのである。
実際豚舎に行ってこの目(口)で確認したが全く話が通じなかったのでその事に間違いはないはずだ。…だけどトントンである私に気を使って私のご飯にいつもお肉は無い、のよね。ああ、お肉食べたい。
「ぷひぴぷぅ……(豚カツ食べたい……)」
森の中を移動していたらちょうど良いレベル上げの相手が出てきたので誰にとも言うわけでもないが説明するとしよう。
魔獣と一言で分類し、人が魔のものは魔であると図鑑を作る都合で一括りにしていても、前世で鯨と人が同じ哺乳類であるように言葉や意思が通じる種類とそうでないモノがいる。
しかもゲーム内でも分類が雑だから、魔獣の括りの中に鳥とか爬虫類とか蟲とか魚とかも入れられてる。しっかり分けときなさいよ。
このゲーム序盤の最初の森の中で例をあげるとしたら……まずたった今、私がもしゃもしゃとたべているスライム。
コイツは同じ魔獣でも言葉が通じないようだ、ボクイイスライム、タベナイデ?なんて喋られたら罪悪感がマッハだしレベルあげどころではない。話通じなくてよかった。
そんなわけで。
魔獣の子豚になってしまった私はレベリングをしに夜な夜な部屋を抜け出して地道にスライムなどを狩っている。目指せ第二進化!目標人型!もうまん丸子豚とは呼ばせない!!
だって昼間はリリーがベッタリ張り付いていて、森になんて行けないし、もう知るかって入ろうとしたら調教師にリリーごと止められた。しかもその日の晩飯を減らされた!許すまじ。
スライムは夜行性で、普段は地面に隠れているみたい。びっくりしたり敵に遭遇したりすると地面の中に溶けて逃げこむと適当に読んだゲーム図鑑に書いてあったようななかったような気がする。
しかーし!私には優秀な鼻があるので少しフンフンすればスライムの居場所をたちどころに嗅ぎつける事が出来るのだ!居場所さえわかれば後は簡単、このスペシャル素晴らしい私のキュートでラブリーな鼻で掘り出して食べるだけ。プルプルと逃げるスライムの土を落とし、実食。
「ぷキュキュ(いただきます)」
スライムは前世でいうとナタデココの食感で、スライムの色味により味が違うみたい。今私が咀嚼しているのはど定番の水色。これはソーダ味がする、少しパチパチと舌の上で弾けるのは炭酸なのかそれともスライムの命懸けの攻撃なのか。
サイズも形もバラバラだし色も結構バリエーションがある。ゲームだと四角の一種類だけだったけど。あと愛らしい顔はついてない。
他に食べた事があるスライムは、紫色がぶどう味、オレンジがみかん味、赤色が苺味だった。味に飽きなくて嬉しいが、レベルが上がってる気もしないので暫くは夜な夜なスライム喰いに通うしかないだろう。
私がもしゃもしゃと似非ナタデココを堪能していると、前方の低木がガサガサと揺れて私と同じ円な瞳が愛らしいトントンが現れた。ちょっと開かれた口元を見ると立派な牙が覗いている。……雄ね。たぶん。
背中にウリ坊みたいな模様のある彼をじっと観察していると何かが私の方へと投げて寄越された。べちっと濡れたようななんとも言えぬ音を立てたそれを見下ろしてみる。
その太ましくケチャップをまぶした様な色の、ウネウネと体をくねらす物体は───ミミンジュ。前世のミミズの巨大バージョン。幼少期を思い出してほしい、大物だと言ってなんか凄いうぞめいてるミミズを持ってくるお友達がいただろう。
それの三倍太くて二倍長い、そんなものがうじゅるうじゅると塊になって寄越されたのだからモザイク必須である。
さらにウリ坊の彼はドヤ顔をしながらそのたくましい鼻でミミンジュの塊をコッチへと押しやってきた。要らん要らん要らん食べないキモい見た目が普通に気持ち悪いし吐き気を催す光景。
「ピピキィ!(俺のメシだ!)」
「ぷきゅっき!?(じゃアンタが食べなさいよ!?)」
ただのマウントだったらしい。良かった。テメェで食えこの野郎、女の子にそんなもん見せてくるんじゃないわよこんちくしょう。ドヤ顔をしながらスパゲッティのようにミミンジュを啜る奴から目を背ける、おぇ、さっき食べたスライム吐いちゃう。
「ぴきゅぴぅ!ププ!(腹いっぱいだ!あとやる!)」
「ぷきっっぷう!!(いっっらねぇわ!!)」
お腹いっぱいになり、残りのミミンジュ団子をその場に置いて茂みに帰って行くトントン。ほんと意味わからん。どっかの漫画でミミズハンバーグってあったけど、これってただのミミンジュの塊よねえ?ミミンジュ団子よねえ?
幸い、魔獣になったせいかお陰か虫なんかに対する耐性が前より強くなったみたいで案外平気みたいだ。……だからって食べる訳ではないし黒い光沢を持つ速いし飛ぶあいつは未来永劫敵だ。
蹄の先でハンバーグ大のミミンジュ団子を突くと、ウジュウジュと解散していくミミンジュ達。そうよ、あなたたちは森へお帰り……私はお家に帰るから…………そして蠢く団子を突いた事で濡れた蹄の先を見つめて思うことはただ一つ。
「……ぷきー(……帰ったら洗お)」
ふつうにきちゃない。
トントン.2: 基本(ゲーム内)は可愛いピンク色の子豚のみ。色は黒・茶・瓜坊柄・牛柄など結構割と雑多。