83. 動くと毛が舞う時期
トントンパーク開催時期はまだ雪が積もっていた、だがその雪も溶け始め、馬房で寝泊まりして貰っていたヌシ様の背中にも花が咲き始めた。
雪解けの季節、まだ所々に白い雪が残ってはいるが、森の木々から若葉が出始めた頃、チュートリアから他の領地の貴族へと譲渡されて数を減らしたトントンの群れだったが、残りは無事に森へと帰っていった。
トントンを連れて帰った貴族の名簿を見て胃と頭と顔色を悪くした、ヒゲオヤジと執事さん。
雪がまた積もっても壊れないお家をヌシ様に作ってあげようと、町の建築隊とお話しに行ったシャスタお兄様。
トントンを捕まえに来た貴族の中の懐かしいお友達と文通を始めるのか便箋セットをカモネスで買ってきたお母様。
ところで、動物って冬毛、夏毛とかもあるわよね?豚もあるの?よく分からんけどさ、抜けるのよ、毛が。
蹄でつまんで、引き抜くと、結構ゴッソリ抜けるのよ、私の可愛いピンクの毛が。ボソッと抜ける毛をリリーの部屋の小さいゴミ箱に入れていく。
「ぷっきぴぴーぴき、ぴきぴーきゃぴ、ぷぴぴーぷぴー(ひっこぬかーれて、ゴミばーこに、すてらーれるー)」
「トンちゃんそれなんの歌?」
「ぷぅぴ〜ぴぃ〜ぴぃ〜ぴぃ〜ぴぃ、ぴぃ〜ピギギ〜〜!!(今日も〜かゆい〜痒い〜カユイ〜かゆい、かゆ〜すぎる〜〜!!)」
「トンちゃん床でバタバタするの好きだね、楽しいのかなぁ、リリーもお布団の上でしてみよ」
うるさいわねリリー!子豚のバタバタは遊びじゃないのよ!!カッッッッユ!!!?
ジタバタプキウギと床へ背中を擦り付けるが、一向に痒さともどかしさと違和感は解消されない、世の中の換毛期を持つ生き物達はみんなこんな痒さと戦っているのか……いや、私が痒さに弱すぎるだけなのだろうか?
あまりに痒いのでリリーの部屋の柱へ背中を擦り付ける、これが一番マシ、でもまだ痒い。ぴるぴる震えていたらリリーに抱え上げられ、座った彼女の膝の上に乗せられた。
「トンちゃん、背中痒いのね、リリーがブラッシングしてあげるね」
「ぴぴーきゅきゃきゃぁぴきゅ(リリーにしては気が効くじゃない)」
魔獣用のブラシを持ち、私の背中に置いて優しく梳かし始めるリリー、でも痒いのはそこじゃない。
「ブ(ちがう)」
「ここじゃないの?こっち?」
「ぶ(そこじゃない)」
「こう?」
「ブぶ(そうじゃない)」
「こうかな?」
「ぶひー……(あ゛あー……)」
駄目ねリリー、生き物をブラッシングするセンス無いわ、これなら外の木に身体を擦り付けてた方がまだマシだ。
リリーの膝から飛び降り、部屋の扉に付いている魔獣用のドアから外に出る。
「行かないでトンちゃん!リリーがんばるから!!」
「ぷぴきっぴきぷきゃきゃきーぴきゅ(頑張っても駄目な時は駄目なのよ)」
「トンちゃん行かないで!!リリーもっとちゃんとブラッシングするから!!!!」
「ぴきぴきゅきゃーきぴぃ(気持ちだけ受け取っておくわ)」
「トンちゃぁん!!!!」
仕方がない、この痒さは仕方がない、だから私は背中掻きロードに旅立つ事にしたわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「トンちゃんさん、旦那様の部屋の前の廊下で抜け毛ロードを作らないで下さいとあれほど申したでしょう」
「ぷき」
「背中を絨毯に擦り付けて動くのはおやめ下さい、お掃除も簡単なものではないのですよ」
「ぷき」
「今度、毛がよく取れるブラシが無いかトレード様に聞いてみますので、それまで待てますね?」
「ぷき」
「よろしい、ではここは私がお掃除を頼んでおきますからね」
「ぽき」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あそこの絨毯が一番毛が取れるところなのに、もう使えなくなってしまったわ、執事さんに怒られちゃったから。
しょんぼりしながら調教師さんにブラッシングをしてもらう、この人が一番上手なのよ、なに見てんのよドーベリー共、お前らさっきブラッシングしてもらったんでしょ、散れ散れ。
「……豚の毛ってこんな抜けたっけなぁ」
「ぷぴぷぴきゃう、ぴきゅききぴぅ(トントンは魔獣よ、動物じゃないわ)」
「ほら、トンちゃん終わったぞ、お嬢様の絶叫がさっき聞こえてきたから戻ってやれ」
「ぷぴっきゅぅ(お断りね)」
だいぶスッキリしたわ。調教師さんの膝から飛び降り、私が飛び降りたところにドーベリーが飛び乗る、そして無慈悲にそれを下ろす調教師さん。
センキューと礼を言い、ドーベリー達の部屋からお外に出た瞬間、身体が宙に浮いて私の頭が濡れ始めた。
「トンちゃんごめんね!リリーこれから修行してブラッシング上手になるから捨てないで!!」
「ぴぃぷ……(うるさ……)」
「リリーよかったね、トンちゃんが見つかって」
「ぴゃぷぴきゅーぴき……ぷきゃきゃき……(シャスタくんなんとかして……お兄様でしょ……)」
「でも不思議だなぁ、家畜の豚の換毛期は初夏から夏にかけてなのに、トントンは冬から春にかけてなんだね!もしかしたら夏にもまた換毛期があるかもしれないから、きたら教えて欲しいな、観察してみたいんだ!」
は?これ年に二回やるの?嫌なんだけど??衝撃的で絶望的な事実に呆然としていたら、リリーがいつのまにか手に持っていたブラシで私の背中を梳かし始めた。
「トンちゃん、毛を梳かして欲しいところがあれば言ってね、リリー頑張って梳かすよ」
「ぷぴきゅぴぴぎゃ……(毛の流れと逆……)」
「リリーはトンちゃんのご主人様だからね、リリーがトンちゃんのお世話しないとなんだよ」
「ぶぺぱぷぴ……(ド下手くそ……)」
センスのカケラもありゃしねぇ……、ていうか、毛の流れに逆らってブラッシングされるのって凄い気持ち悪かったのね。
前世でよく毛を逆立てて遊ばせて貰っていた、通学路をよく散歩してたお爺ちゃんのゴールデンレトリバーに謝罪するわ。
それはそれとして、この痒みと戦える武器をトンちゃんは手に入れなければならない。そう決意して、リリーの持っているブラシを床にはたき落とした。
「なんでぇ!?」
「ブラッシングが気に入らなかったみたいだね」




