82.全部剥いてから食べる派
トントンパーク閉園日、開催してるところが閉園っつったら閉園なんだよ、さっさとトントン連れてお家に帰ってくれ。
そのような事をオブラート千枚に包んで言って、ひっきりなしに来ていたお貴族様達に、トントンを持たせて帰らせたある日のこと。あいも変わらずリリーに捕まった私は、どうやら今日は家族で夜更かしをする日なのだと悟った。
「トンちゃんトンちゃん、今日はね、女神様が初めて世界を作った日なんだって」
「ぷぴぷぷぴきゅぴきぃ(作るの下手くそね)」
「だからね、みんなで年を越すから、起きてなきゃならないんだって」
「ぷぴぴぴきゅきゃきぃ(年越しの概念はあるのね)」
「リリー毎年寝ちゃうけど」
ダメじゃん。そんな会話をしながら、家族で年を越すために準備されたお部屋へと、リリーに抱えられながら向かった。
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年越し蕎麦ってある?無い?ないか。おせちとかもあるの?無い?ないかぁ。暖かい部屋でリリーと一緒にみかんを剥いて食べている、だけどこのみかん、とにかくデカイ。
メリョメリョなんて酷い音を鳴らしながら、手が黄色くなってきたリリーがミカンの皮を剥いていく。
「トンちゃん、リリーばっかりメガミカン剥くのって不公平だと思うの」
「ぷぴぁ(そうね)」
「だからね、ここは執事さんに剥いてもらうべきだと思うの」
「ぷぷぺぁぷっぴぁ(今薪を取りに行ってるわ)」
「だって、中身をだしておくと、トンちゃんが食べちゃうじゃない」
「ぷぷもむもめ(そこにあるからね)」
「すぐ皮が全部剥けるメガミカンって無いのかなぁ」
目の前に置かれたら食べるしかあるまい、めちゃでかメガミカンの一房をとって齧ると、甘くて瑞々しい果汁が口内に溢れやべっ、口の端からこぼれる。
じゅぅじゅぅと吸っていると、反対隣に座っていたシャスタお兄様が難しそうな本を読みながら、めちゃデカいメガミカンについて解説してくれた。本から目を逸らさずに話すお兄様のその肩では、アオバが羽繕いをしている。
「メガミカンはこの世界を作った女神様が、人間達に喉が渇かないように、子供も美味しく食べられるようにと最初に与えて下さった果実って記述があるんだよ」
「ぷーん、ぷぷぴむもももむもももみ(ふーん、そんな気が利くような女神に思えないけどね)」
「トンちゃんリリーの食べる分が無くなっちゃうでしょ」
「ミカンは早いもので秋頃から出荷されて、冬の後期までの長い時間市場に出回るよ、メガミカンは柑橘類の一種で他に類を見ない大きさと、酸味が少なく甘味が多いのが特徴だね、でも実が大きいからか他のミカンより皮が厚くて手で剥きづらいんだよ」
「むっもみむむみももめむ(やっぱり気の利かない女神ね)」
「トンちゃん、リリーのなくなっちゃうでしょ!もー!!」
子供も食べられるようにってんなら、子供でも皮を剥き易いよう柔らかくしてやりなさいよ、仮免でも無免でもこの世界の女神なんでしょうに。
ムッと鼻の上にシワを作り、リリーがせっせと白いスジをとったミカンをまた一つ食べる。全く、なんて無責任な女神なんだろうか、この私に女神権限が持たされたのはそういう事ではないだろうか、ほら、新世界の神になれとかそういうの。
「トンちゃんはメガミカンが気に入ったのかい?他にも味良柑、運充みかん、有賀多みかんって種類もあるよ」
「ぷももみぷみも(意外とあるのね)」
「なんでリリーが白いの取ったやつから食べるのトンちゃぁん」
「艶が良くて色が鮮やかな物ほど縁起が良いと言われてるんだ、アオバも食べるかい?」
「ピュピュゥ(いただきます)」
珍しく説明を自分から区切ると、アオバへと薄皮まで剥いたメガミカンの一房を差し出すお兄様。はーんそれ良いわね、リリー次のみかん薄皮も剥いて。
メガミカンを剥き続けるリリー、本を黙々と読み進めるお兄様、暖炉の前で刺繍を続けるお母様、ワイングラスを空ける度にワインを注ぐヒゲオヤジ。
この家にしては珍しく静かな時間が流れ、執事さんが暖炉に薪を足し、赤とオレンジの炎がちろちろと薪を舐め、部屋の中をまた暖かくする。
暫くリリーが机に積んでいくメガミカンを強奪し続けていたら、時計を見たヒゲオヤジがワイングラスを机に置いて、おもむろに空中に向けてパッカリと綺麗に開いたダブルピースをゆっくりと顔の両脇の高さに掲げた。
どうした、気でも狂ったのか。顔は真剣、ヒゲのくせに厳かな雰囲気をまとい、そのダブルピースを近づけ、顔の前で左右のニ本の指の先をくっつけるヒゲオヤジ。
「今年も女神さまの加護がありますように」
「ああ。今年も女神さまの加護がありますように」
「今年も、女神様のご加護がありますように」
「ぴんぴゃきゃぴぅ……(みんなやってる……)」
ごめんねヒゲオヤジ、別に気が狂ったわけじゃ無いのね。それにしても変な年越しの挨拶に、変なお祈りの仕方ね、私にもできるわ、合わせるのは蹄だけど。ほら出来た。
顔の横に両蹄を上げ、顔の前でコツンと蹄の先を合わせる。前世でいうところの“明けましておめでとう”の代わりがこれ、どんだけ承認欲求が強いジブンスキーな女神なんだか。
「トンちゃんもお祈りしているんだね」
「ぷぷぴぃぴぅい(真似しただけよ)」
「よく女神様の絵姿では、水仙が三輪咲いて、メガミカンを二つ持っている女神様が描かれているんだよ」
「ぴぴぷぴぴぱぱぷーぴきぷきゃきけ、ぴぴぺぱぴぴぺぱぴぱぷぱぷぴーきぃぶぅ(一富士二鷹三茄子じゃなくて、一女神ニメガミカン三スイセンかよ)」
「女神様のお姿は色々なんだ、描く人によって違うけど、水仙とメガミカンだけはどの絵姿でも一緒なんだ」
あのナルシスト女神め、異世界であっても変わらずめでたい年明けに、何故めでたいから程遠いお前の話を聞かねばならぬのか。
ミカンを作ったのならコタツもセットで作るのが神としての義務じゃないのか、なぁオイ。
トンちゃんはミカンよりも餅が食べたいんだよ、年明けにはミカンじゃなくて餅だろ、あと蕎麦も食べたい、おせちも欲しい。
数多ある美味しいものの中で、何故ミカンをチョイスしたんだろう。新年にお蜜柑を持つ私って可愛いとかくだらない理由だったらあの駄女神許さないからな。
「ぷっきぴきぷ、ぷぷぴこぴぷ、ぱぷぴきゅきゅきゃわきゃぃ(やっぱ餅よ、そして米よ、パンは空気とほぼ等しいから腹持ちが良くないわ)」
「人間は何か食べないと死んでしまう生き物だからね、だから食べる物に困らないように、飲み水にも困らないように、今年も慈悲深い女神様が下さる加護への感謝を忘れずに毎年……リリー?」
「ぷ?(ん?)」
解説を続けていたお兄様が突然言葉を止めたので、反対側のリリーの方を向く。そこには、片手にメガミカンの皮、もう片手にひとふさのメガミカンを携えて、机に突っ伏し寝息を立てているリリーがいた。
どうりで静かだと思った、いつのまにか撃沈していたリリーに毛布をかけながら、お兄様が言う。
「あちゃぁ、リリーは今年も寝ちゃったかぁ」
「ぷぷぴ(寝てる)」
「毎年日付が変わる前に寝てしまうんだけど、今年はだいぶ起きてた方だね、それでねトンちゃん」
成る程、リリーが寝てしまう理由が分かった気がするわ。未だ止まらぬお兄様の解説BGMを聞きながら、リリーが築いた剥かれたメガミカンの山へ蹄を伸ばした。