78.冬のトン祭り
主様と共に家が潰れたからワシの大切な屋敷に住まわせてくれと大挙してやってきた子豚の群だが、急遽領地内よりかき集めた空樽や木箱を横にして庭に並べ、子豚共に巣として使わせてなんとか凌いでいる状態だ。
ここで庭に小屋なんぞ建ててヌシ様諸共居座られでもしたら……なんて恐ろしい。ぶるぶる。
初日に、以前家が壊れた時に主様に入ってもらった馬房の空きの中に、主様を中心にぎっしりと折り重なる様にしてぎゅう詰めに詰まっているのを見た時には些か驚いたが、所詮、子豚は子豚だ。
こちらが用意した樽や木箱に暮らすモノ、雪も風も平気だと木の下に寛ぐモノ、(我が家の)軒下に仲良く並んで眠るモノなどそれぞれが様々に(俺の家の庭で)好き勝手にとても呑気に過ごしている。
「ワシの!家の!庭でだぞ!!」
「旦那様、机を叩かないで下さい癇癪を起こした幼子ではないのですから」
「ええい許せるはずがなかろう!あの子豚と同じ顔が何匹も何十匹も何百匹も我が物顔でワシの家の庭に居るんだぞ!?気が狂いそうだ!!」
「何百匹もは言い過ぎですよ旦那様、シャスタ坊ちゃまの報告では柵の中には78匹居たそうです、ですが、森からの出入りがあるので正確な数字は今は分からないそうですね」
「とにかくだ、ワシと家族の屋敷の庭であっても子豚共に占領されているのが気に食わぬのだ!忌々しい子豚共めまったく……!」
しかし、あの子豚の量をどう減らせば、使用人に言って森へ置き去りにさせたところで、日もおかずぷきぷきとやって来るのがオチだ。
しかしこのままではいつまで経っても庭からぷきぷきぷきぷきぷきぷきぷきぷきと煩い鳴き声が聞こえてくるばかりでいかん。
かさり、自分の指先に手付かずの書類と一通の手紙がぶつかった。目を向け、手紙を見ると、すぐにでも返信しなくてはならない友人への───
「そうだ……」
「どうかされましたか?」
「他所にやって仕舞えばいいんだ……!」
◇〜◆〜◇〜◆〜◇
木箱木の樽雪だるま、そこに住み着く野良トン達、アリュートルチ家の庭にちょっとしたトントンパークが出来てしまったの。近所の子が来て野良トンに野菜屑をあげたり、お腹をもちもちしたり、追いかけたりして遊んでるわ。
なんて平和な光景。リリーが雪の上に寝転がって、暖を求めるトントン達に群がられているのを少し遠くから見ているの。何やってんだか。
「ぷき?(あったかい?)」
「ぴき?(ここぬくい?)」
「ぷきき(ぬくい)」
「きゃぴゃ(あったかい)」
「んふぅ……トントンの蹄痛い……………」
「ぷきゃきゃぴょ(当たり前でしょ)」
犬や猫みたいに肉球ついてる訳じゃないんだし、蹄は硬いもんよ、当たり前でしょ。呆れながらリリーを見守っていたら、ヒゲオヤジが誰かを連れてきた、見たことない人ね、誰かしら。
近くに寄って行ってみると、ヒゲオヤジにしてはだいぶ仲良さそうな、でもちゃんと品のあるお髭を生やした相手、ちゃんとした友達も居たのねヒゲオヤジ。
「わざわざ寄らせて貰って悪いなチャーリー、娘と息子にアンテナーを刺す練習をさせてくれると聞いて飛んできたぞ」
「ジノンがミウの町に来るって書いてあったからな、速攻返信を飛ばさせたんだ、おお、リリー、子豚、ワシの学生時代からの友人であるジノン・キャトバリーだ、ご挨拶しなさい」
「こんにちわー」
「ぷきぷききー(こんにちわー)」
「チャーリー、君の御息女はトントンに群がられるのが趣味なのか……?」
「リリー、ちゃんと子豚の群れから起き上がってから挨拶しなさい」
トントンに乗られている状態から一寸たりとも動く気のないリリー、豪胆なのかアホなのか分からないわ。
それを不思議そうな顔で見ているジノンさんの背後から、リリーぐらいの女の子と、それより幼い男の子がひょっこりと顔を出した。
「お父様、トントンがたくさん居るよ」
「とんとんたぁたんいるよ」
「紹介しよう、リリーちゃんと同い年のシルフィーナと、3歳のジェスだ、ご挨拶しなさい」
「シルフィーナ・キャトバリーです、ハンカチに刺繍するのが好きです」
「お〜、娘と仲良くしてくれなシルフィーナちゃん、リリーはいい加減子豚布団から起き上がれ」
「じぇす、さんさい」
「う〜ん、ジェス、それだと指が一本多いなぁ、惜しいなぁ」
ペコリと行儀良く頭を下げて挨拶するシルフィーナちゃんと、ヒゲオヤジに向けて指を四本立てた手を見せるジェスくん。
何歳か言えても正確に指を見せられない、幼児あるあるよね。もう近くのトントンに興味津々なジェスくんは、黒いトントンに狙いを定めたようでヨタヨタと追いかけ回し始めた。
対照的にシルフィーナちゃんは、無害で無警戒な無益魔獣トントンといえども、ここまで多いと気後れするのかジノンさんの服の裾を掴んで離さない。
そんなシルフィーナちゃんを見て何を思ったのか、リリーがトントン布団を跳ね除け起き上がり、ビックリして逃げ出した野良トンの一匹をふん捕まえ、シルフィーナちゃんのところまで持ってきた。
「はい、触ってみて」
「え?……でも…………」
「ぴきぴー(つかまったぁ)」
「トントンあったかいのよ、触ってみて」
「……ほんとだ」
「リリーね、トントン大好きなの、リリーのラジモンはリボン付けてるトンちゃんだから、シルフィーナちゃんとはトントン仲間ね」
「トントン仲間……」
「ぷぴ?(呼んだ?)」
「他にも柄付いてるのとか、お鼻の色違うとか、色んなのが居るの、リリーと見に行こ」
「うん」
仲良くなれそうで良かったわ。トントンの群れに向けて駆けてく二人、その背中を見送るトンちゃんこと私。
まぁ、リリーにトントン仲間が出来るのは喜ばしい事なんじゃ?次の強い魔獣に替えるにしても、最初に選んだ魔獣はずっと飼い続ける人が多いみたいだし、シルフィーナちゃんに選ばれたトントンならきっと幸せになるだろうよ。
「して、ジノン、子供達が気に入ったのならここに居る半分くらいトントンを土産に持たせてもいいんじゃないかと思うんだが」
「そんなに要らないな、最低でも一匹だ、自分の領地にもトントンならたくさん居る」
「いやいやそんな事言わずに、日々の癒しにどうだ?」
「確かにここまで群れてる様はいっそ壮観だが、トントンを大量に飼った所で役にはたたんだろう」
「せめて十匹」
「要らんと言っておろうに」
「いいから持ち帰るんだ!何がなんでもジノンの馬車に乗せてやるからな!!」
「チャーリーは子爵で俺は伯爵だぞ!?そんな事して良いと思ってるのか!!」
「うるさい今ワシのところは子豚の群れで大変なんだ!トントンの十匹や百匹友達のよしみで持って帰ってくれたって良いじゃないか!!」
「まったく良くないわ!!!!」
あっちの髭仲間も仲良さそうで何よりだわ。キーキーワーワーと騒いでいるヒゲオヤジとジノンさん、それを不思議そうに見ている周りのトントン達。
仲良き事は美しきかな、そんな私の目の端では、やっと追いついた黒いトントンの頭に、おそらくお父さんから借りたアンテナーを刺して御満悦のジェスくんが笑っていた。
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シルフィーナちゃんのラジモンにするトントンを吟味し続けて二時間、ヒゲオヤジ達がお屋敷に入り、そろそろお帰りだぞと声をかけにきた。
シルフィーナちゃんが選んだのは、私とおんなじ身体がピンク色の、だけど鼻の色は白いトントン、私の鼻は可愛いちょっと濃いピンク色よ。
名前はパンチェッタ、本当にそれで良いのか。
「パンチェッタ可愛いね、トンちゃんも可愛いけど」
「これからよろしくね、パンチェッタ」
「ぷききぴ?(ぱんちぇった?)」
「ぷっきぴきゃきぴゃーぷ?(やっぱ名前考え直さない?)」
いいの?本当にその名前でいいの??キャッキャと笑い合うリリーとシルフィーナちゃんの足元をうろつくも、全く気にも止められない。
そんな二人を微笑ましく見ている父親二人、しかし、この時はまだ誰も知らなかった、ある一匹のトントンを巡ってあんな事が起きるなんて───




