69.学校なんて無かったんだ!
世界には、色々な不思議がある、UMAとか、怪奇現象とか、陰謀説だとか沢山ある。
子豚的には沢山買っておいたオヤツが、日を跨がずいつの間にか消えているのも怪奇現象だと思ってる。私の口元にあるお菓子のカケラ?ちょっとなんの事か分からないですね。私、トントンだから。
カモネスで一時間かけてじっくり選んだ三日分のお菓子を、帰ってきてから十分足らずで全てお腹に入れた私とリリー。
二人で並んでベッドに座り、窓から見えるまだ晩御飯の時間にならない空を見て話していた。
「トンちゃん、リリーね、最近お兄様から聞いたの」
「プピキュきゅぅきゅプピィピぴきゃーきゅっきぴぴきぴき?(この世界のスライムは粘菌で出来ていたって話?)」
「お兄様、夏に、帝都の学校に行くってリリー達に言ってたじゃない」
「ぷぴぅピピキピキプピィピぴぴきゃっきゅーぴきゃ、ぷぷぴぅプキュきゅきゃきゃ、ぴきゃーきゅぴぴぃ(まさかナタデココスライム(よく食べてる奴等)が粘菌だなんて、流石のトンちゃんもショック受けたわ、あんな美味しいのが菌とかあり得ないって)」
「でもね、お兄様、今学校に行ってないみたいなの」
「ぴぅキュキピキぴきゃーきゃププぴぃぴぃぷ、ぷきょきゃぴきぴぴ……ぷっぴき?(でもキノコも菌の集合体なのよね、なら美味しくても問題は……行ってない?)」
顔を上げ、リリーのまんまるな目を見つめると、見つめ返された。行ってない?あの?学校を楽しみにしていたお兄様が学校に行ってない??
じゃあ今冬休みって帰ってきたお兄様は、夏から秋まで一体どこでどう過ごしていたんだ?あの女神(日本かぶれ)が九月入学とかに設定している訳ないと思うし、アホだから知らないでしょ。ましてやG.G(製作陣)がわざわざ設定したとも思えない、面倒臭がりっぽいし。
リリーがゆっくりと窓の方へ視線を戻し、淡々と、事実をその口から出した。
「入学式はね、春なんだって」
静かな部屋の中にリリーの声がただ響く。
「お兄様、いままでどこに行ってたんだろう」
やめて怖い。
◆〜◆〜◆
「ぷぅぴぃきゅきゃぴきょきょぴぃぷキャップきぴー!(まぁ本人居るんだし確認するっきゃないよねー!)」
「お兄様!学校なんて本当はなかったんでしょ!これからずっとお家でリリーと遊べるよー!!」
ヒゲオヤジの執務室にお兄様が居るという情報を掴んだ我々は、ドバァン!と扉を開け放ち、シャスタ・アリュートルチ学校行ってない疑惑を確認するために意気揚々と飛び込んだ。
その先には、お兄様を庇うよう背中に隠しているお母様と、何故か拳を握ってワナワナと震わせているヒゲオヤジ、オロオロしている執事さんが居た。
「ワシは帝都の暮らしに慣れるために早めに寮に入れるという話だったのに、何故シャスタが帝都の研究棟に居ることになっているんだ!?」
「貴方、書類に判を押したではありませんか、覚えていらっしゃいませんの?」
「ワシは説明を聞いとらんと言っているんだ!」
「判子は自分で押されていたではないですか、その際に書かれていた内容については理解していると判断しました」
お?なんだ?夫婦喧嘩か??ギャイギャイと吠え立てるヒゲオヤジと、顔色ひとつ変えずに少しだけ開いた扇子で口元を隠しているお母様。
びっくりしているリリーの方に、お兄様が近づいて来た。
「リリー、今ね、お母様とお父様は大切な話をしているから、あっちに行こうか」
「お兄様、学校無いんじゃないの?」
「うーん、厳密に言えばあるんだけど、僕の所にこんな手紙が来て、お母様に相談してみたら早めに帝都に行けるようになったんだよ」
そういって見せてくれたお手紙、ちょっ、小動物には見えない高さやめて、仲間はずれにしないで。
足元でぴょこぴょこと跳ねていたらリリーが抱えてくれた、えっと、何これ、どっかで見た事あるようなないようなお手紙ね。
『 来年学校に入学するそこの貴方!勉強の先取りで一年生春からみんなと差をつけちゃおう!!
沢山の先生、先輩方と一緒に君だけの研究論文を書き上げよう!勿論学業へのサポートも充実!!
この夏から君だけの帝都暮らしのスタートだ!
☆水道コンロ冷蔵庫エアコン完備のお部屋付き
☆三食+間食+夜食有り
☆先生のお手伝いによる手当有り
☆実験器具の貸し出し有り
☆将来植物課勤務希望の学生優待…etc 』
こ、この手紙に書かれた既視感のある文章は……!小学校低学年で僕やるよと言ったら最後、大学に入学するまで付き纏う、そう、その名は。
「ぷうぴいぷ(進研ゼ[ピ───]
[〜※しばらくお待ちください※〜]
○○◆◆◆◆◆◆○○
ハッ、意識が飛んでたわ。いつの間にか口に突っ込まれていたアイスボックスクッキーをモグモグとしながら、お兄様の所にきたという手紙の……後半の文字を読むと、教材買いませんかっていうより、住み込みバイトのチラシみたい。手書きだけど。
それにしても植物課って書いてあるけど、修正液っぽいのが塗られてる上だし、光の加減で物凄い筆圧強い元の文字……なんだろ……ナッ境課……?変な名前。
ソファに並んで座った兄妹の間に挟まれるトンちゃん、オセロみたいにひっくり返って人間になったりしない?しないかあ。
「帝都にある学校と同じ敷地にある建物なんだけど、そこで研究者の人達に勉強を教えて貰っているんだ、研究棟は凄くてね、設備も整っているし資料も沢山あるんだよ」
「お勉強するためのところ?面白くなさそう」
「ぷぷきゅぴきゅきゃー(クッキーもう一枚頂戴)」
「楽しいよ!僕らの領地で作っている魔獣用のナッツもね、何故かこの土地でしか育たないんだって。土壌の問題なのか分からないけれど、実験として帝都に植え替えしたものや他の領地へ移した物は全て枯れてしまうらしいんだ」
「ピーキぴきゅーぷきぴビャピャ(ゲームの強制力ってやつね)」
確かに最初の町でしかラジモンにあげる強化用ナッツは買えないけど、まさかここでしか育たないとは思わなかったわ。傍迷惑な設定ね。
ボリボリとアイスボックスクッキーを齧る私の隣で、ペラペラと続きを喋りまくるお兄様と、反対隣の瞼が落ち始めてきたリリー。
「魔獣はみんな喜んでナッツを食べるけれど、例えば、トントンを家畜化した動物である豚は食いつきが良くないんだ、ナッツの研究をする事で魔獣と動物の境界線を引くことが出来るのではっていう研究が今進められていてね」
「ぷぴーぷぴっきゅきゅぴぃ(意外としっかりしてる)」
「魔獣強化のナッツを食べさせる事で毛艶がよくなったり、待てなどの指示が通りやすくなったり、バフールシーカみたいな種類は角を立派にさせるために食べさせたりしているみたいなんだ」
「ぷぴぴきゅぷきゅきゅぴぷーぴっきぴぅ(攻撃力とか防御力が上がるのはまだ判明してないみたいね)」
つまり魔獣のオヤツというよりサプリメントとしての扱いの方が強いということね、しかもほぼ貴族向けにしか取り扱ってないから、大きさも形も良い物しか流通させないと。
どうりでチュートリアの町以外で魔獣用のナッツ見ないと思った、正規品にならないお得用のやつ、あれってナッツの価値を落とさない為に地元で消費してるらしいのよね。美味しいからいいけど。
「あと、最近は魔獣の成長を促進するナッツを探しているんだって、食べさせる事でラジモンを進化させる事が出来るナッツってあるのかなぁ?リリー、トンちゃん、何か知っているかな」
「ぷっぷぷぴぴー(だってよリリー)」
「すぅ……むにゃ…………」
寝てる。眉間に皺を寄せ、難しそうな表情のまま眠るリリー。きっとお兄様の話を聞くの頑張ったのよね、だってリリーの頰と腕につねって赤くなった跡があるから。
頑張ったのよね、きっと。メイドさんの手によって爆睡したまま運ばれるリリーを、お兄様と一緒に温かい目で見送った。
◆〜◆〜◆
どうやら事の顛末はシャスタくん将来どうするの問題だったようだ。
あの手紙が届いてからヒゲとお母様の間で話し合いがなされた結果、領地を継ぐにしろ継がないにしろ、なんかバカクソ頭良い研究者の人達が生活も勉強も面倒見てくれるッてんなら一回帝都送り出そうぜって結論に至ったらしい。
今回ヒゲオヤジがそんなのワシ聞いてないと駄々を捏ね始めた理由は、学校のテストで良い点を取る為に研究棟に通ってるんじゃなくて、研究棟に住み込みで、バイト紛いの事をしているのを知らなかったかららしい。
「研究者共による陰謀だ、そうに違いない、領地を継ぐ一人息子を攫っていく算段なんだろ……!」
「大袈裟ですよ、シェイナからもとても良くして貰っていると聞いています」
「大体がだな!?顔と名前と職場と住所と研究内容を知っているだけの人間に息子を預ける事自体が危ないんじゃないか!!?」
「大丈夫です、流石に帝都付きの研究所に怪しい人って中々居ませんし、いたとしても人間に興味ない人が多いですから」
「信じられるか!!現にワシの息子の面倒を見るフリをして就職まがいのことをさせているじゃないか!!!!誰だシャスタを保護している奴は!!?」
それは同感ね。いくら顔知ってようが勤め先知ってようが、危険な目に遭う時はあるもの。扉を少し開いた隙間、上から順にお兄様、リリー、私で覗きながら部屋の中の様子を伺っている。
そうなると家族ぐるみの付き合いとか、昔から親しくしてる人とか?自分のお友達に頼む?でも保育士さんとかは育児をお仕事にしてる他人だしね、ううむ、難しいな。
子豚には育児の経験がないから分からぬ、誰なら安心できるのだろうか、実はお母様のお友達が研究棟?に居るとか??お母様が自分の子供をそんなホイホイと他人に預ける人とは思えないし……。
腕組みをして考える子豚になっていたら、部屋の中にいたシェイナお姉さん(結婚後の姿)が声を上げた。
「あ、それは私の旦那です、植物課に勤めてるルイス・ハンゾンシュですね」
「ダンナァ!!?!?!?」
「お手紙にも書いた筈ですけど……シェイナ・ハンゾンシュになりました、シャスタ様のお世話をしながら研究棟で働いてます。旦那様……まさか私の手紙読んでないんですか……?」
「手紙?そんなものどこにも……」
「お渡しした時は後で読むと引き出しに入れておいででしたよ、ここに入っておりますね」
諦めろヒゲオヤジ、これは分が悪すぎる。執事さんがそっと机の引き出しから未開封の手紙を取り出した、どこも破られも切られもしていない手紙を。
怨むんなら大事なお手紙をすぐに読まなかった自分にしておけ、お前以外誰も悪くないぞヒゲ、どんまい。
こうして、お兄様学校じゃないならどこ行ってるん事件は、ヒゲオヤジの手により開けられなかった手紙によって収束したのであった。
みんなも大事なお知らせやお手紙は、面倒がらずにすぐ読もうね、トンちゃんとのお約束だよ。
旦那ゲッチュ
「結婚おめでとうシェイナ、ところで、息子が世話になっているというルイス・ハンゾンシュさんとはどのように知り合ったのかね」
「裏返しの靴下をなおすのを手伝ってもらったのがきっかけですかね」
「靴下????」




